己の命の終わらせ方

 リシュリオル達が寝室にいる頃、ラフーリオン達は甲板に空いた穴を降りて、そこから落ちた二人を探していた。


「おーい! 生きてるかー!」ラフーリオンの声が船内に響き渡る。だが、二人からの返事は返ってこなかった。

「どこまで、行ったんでしょうか?」リーリエルデがランタンをかざして、周囲の様子を伺う。


「分からない。本当に勝手な奴らだ」苛立ちの表情を見せるラフーリオン。


「取り敢えず、船内を見て回りましょう。彼女達が居た形跡があるかも知れません」

「そうですね。……それしかなさそうです」ラフーリオン達はリシュリオル達と同じように通路の端から、各船室を調べて回った。


「この扉、イルさんの力で開けてあります」リーリエルデが変わった形の扉を指差す。その扉には枠より一回り小さい扉が、扉の内側に取り付けられていた。


「イルシュエッタの鍵の力ですね。開けてみましょう」ラフーリオンが慎重に扉を開ける。扉の先にはベッドに寝ているリシュリオルの顔を伸ばして遊んでいるイルシュエッタがいた。


「おーい、そろそろ起きないと。昼寝は終わりだよー」イルシュエッタがリシュリオルの顔をつねる。


「……何してる」ラフーリオンは真顔で聞く。


「おお、師匠。それに先輩も」ラフーリオン達に気付いたイルシュエッタ。今度はリシュリオルの顔をはたき始める。


「イルさん、大丈夫でしたか?」リーリエルデが心配した様子でイルシュエッタに近付く。


「私は平気ですよー。ただ、我が弟子がさっぱり起きなくて」

「……弟子じゃない」リシュリオルがイルシュエッタの言葉を否定しながら、目を覚ました。


「やっと起きましたか。リシュは本当に寝覚めが悪いですね」アリゼルが呆れたような仕草をする。

「顔が痛い……」リシュリオルは寝ている間、イルシュエッタに弄り倒されていた自身の頬をさすった。


「異界の鍵はまだ見つかってないみたいだな」ラフーリオンがリシュリオル達の様子を見て言う。


「うん。この船、広くて複雑だからねー。鍵探しをするのは大変だよ。でもこんなものがあったんだ」イルシュエッタはポケットから革張りの手帳を取り出した。


「何だそれは?」

「日記だね。この船の乗員のものだと思うよ。内容は……まあ読めば分かるよ」


 イルシュエッタは手帳をラフーリオンに手渡した。ラフーリオンはパラパラとページをめくり、大雑把に日記の内容を読み上げた。


 ◯月◯日、戦争はそろそろ終結するだろう。街一つを一瞬で焼け野原にする新型の爆弾が我が国で開発されたそうだ。敵国の連中には悪いが、ただでさえ泥沼になっているこの戦争が更に長引くのは御免だ。さっさとその新型爆弾を敵陣にばら撒いて、我が国の勝利でこの戦争を終わらせてくれ。


 △月△日、例の新型爆弾が敵国の土地に向かって放たれた。だが、敵国も同じような爆弾を開発していたようだ。俺も今まで知らなかったが、両国で開発されたその新型爆弾は呪いのような物を撒き散らすらしい。呪いは少しずつ体を侵食して砂状にしていくとか。噂で聞いただけだから、真相はよく分からないが。


 ◇月◇日、我が国から新型爆弾が敵国の最優先目標に打ち込まれたらしい。これで俺達は再び地獄のような戦場に行かないで済むだろう。


 ✕月✕日、くそったれ、くそったれ。奴ら、俺達の停留していた港に爆弾を打ち込みやがった。船員の一人が、例の呪いで足が消えちまった。俺の肌もどんどんカサカサになって削れている気がする。艦は一目散に港から離れて、我が国の本拠地に向かうことになった。


 ✕月◯日、船員の殆どが消えた。もう俺の愚痴を聞いてくれる余裕がある奴はこの船の制御システムくらいだ。そして、俺が生きていられるのも後少しだろう。もう歩ける足もない、腕も右腕しか残っていない。お互いの国同士は未だ、爆弾を打ち合っているらしい。馬鹿な奴らだ。 


 ラフーリオンは悲痛な表情で日記を閉じた。


「この世界で人に会えないのは、戦争で人が消えたからか」

「多分、そういうことだね」イルシュエッタが頷く。


「本当にこの世界には誰もいないのでしょうか?」リーリエルデが心配そうな表情をする。

「船って人と話せるのか?」首をかしげるリシュリオル。ラフーリオンはリシュリオルの問に少し考えた後、答える。


「この日記を書いた奴は船とではなく、船の制御システムと会話している。文明が発達した異界には人間と会話できる機械があったりするんだ」


「ラフーリオンは機械と話したことあるのか?」

「何回かはある……もしかしたら、まだシステムは生きているかもしれない。この船はやけに状態が良いしな」


「探してみましょう。異界の鍵に繋がるかもしれません」リーリエルデが張り切った様子で言う。

「いきましょー!」イルシュエッタが腕を振り上げる。


 一行は鍵の探索を兼ねて、船の制御システムを探すことにした。




 ラフーリオン達は一度、最上部の甲板に戻ってきた。その道中に船の構造を確認した。


 この船は五階層の甲板があり、今ラフーリオン達が立っている最上部の甲板『第一甲板』から下の階層に行くに連れて、第二甲板、第三甲板と付属する数字が増えていく。


 リシュリオル達が落ちた先は第三甲板で、船員のための寝室や火薬庫、食料庫などの船室が並んでいた。第二甲板も似たような船室の構成だった。


 第一甲板に戻ってきた頃には夕日が地平線に沈みかけており、波打つ海がキラキラと暖かい色の陽光を反射させていた。


「もう日が暮れる頃だったのか。そういえば、この世界に来てからまだ何も食べていないな。そろそろ食事を摂ろう」ラフーリオンが海の向こうの夕日を眩しそうに見つめながら言う。


「そうですね、私のケースの中に食材や調理道具は一通り揃っています。せっかくこんな綺麗な景色が見えますし、この海を見ながら食事をしませんか?」リーリエルデがケースから大きな折りたたみ式のテーブルを出しながら、提案する。


「いいな、賛成だ」リシュリオルは嬉しそうに笑った。

「じゃあ、料理は私が作りましょう!」イルシュエッタが腕を捲りながらやる気満々で言う。


「いや、お前は何もしなくていい。おとなしく座っていてくれ」ラフーリオンはイルシュエッタの顔の前に手を突き出し、彼女の行動を制止した。


 イルシュエッタは舌打ちをしながら、リーリエルデが用意したテーブルに座って夕日に染まる海を見つめているリシュリオルの方へと向かっていった。

「ははは……」苦笑いするリーリエルデ。


 調理はラフーリオンとリーリエルデが行い、調理中の様子を見たいと言ったアリゼルは生成の力を活かして、火元を担当した。その間、リシュリオルとイルシュエッタは隣同士に並んで座り、沈む夕日を見ていた。


「さっきの私の体術を教える話の事なんだけど」イルシュエッタが話を切り出す。

「な、なんだ?」不安げに返事をするリシュリオル。


「やっぱり条件を変えてもいいかなーって思ってね」

「本当か! ……でも、その条件っていうのは?」


「師匠が目的を達成するまで一緒に居てあげてよ」

「何だそれ? 異界の扉次第だろ、そんなの」


「まあ、そうなんだけどさ。下の寝室でも言ったけど、師匠はリシュと出会ってから、変わった気がするんだ。元気になった気がする。……私じゃ、あの人を変えることができないと思うから、できるだけ一緒に居てあげて欲しいんだ」


「……なんでそんなこと」リシュリオルはイルシュエッタの顔を見る。彼女は海に沈んでいく夕日を見つめ続けている。


「私は師匠が好きだから」


 イルシュエッタはそう言った後、リシュリオルの方へと振り向き、笑った。リシュリオルにはその笑顔が夕日の輝きのせいか、やけに眩しく感じた。


「……私にはそういうのはよく分からない。でも、できるだけ一緒に居るようにするよ」今度はリシュリオルがイルシュエッタの笑顔から視線を反らして、夕日を見つめ始めた。


「ありがとね、約束だよ。体術の事は明日から教えてあげるから、よろしく」

「分かった」リシュリオルはこの日の太陽の最後の輝きを見ながら頷いた。


 夕日は海の向こうに沈んでしまった。赤みがかった空は濃い青色に染まり、星の輝きが薄っすらと浮かび上がる。


「そろそろできるぞ。運ぶのは手伝え」リーリエルデが用意した即席の調理場からラフーリオンの叫ぶ声が聞こえた。

「はいはーい」イルシュエッタがやる気の無い声を上げて立ち上がり、調理場に向かって歩き始めた。リシュリオルも少し遅れて、それに付いていく。


「さっきと比べて随分仲良くなりましたね。何かあったんですか?」リーリエルデが笑いながら質問する。

「何にもないですよー。先輩、それより今日のご飯は何ですか?」

「海を見ながら、ということなので、海鮮物を使った料理ですよ」自信満々に料理の紹介をするリーリエルデ。


(ケースから食材を取り出していたが大丈夫なのか?)一緒に調理を手伝っていたラフーリオンはケースから次々と現れる食材の鮮度が気がかりでしょうがなかった。


「いいですねー。ちょうど新鮮な魚が食べたかったんです」イルシュエッタが楽しそうに皿に載せられた料理を見つめる。

「後で何があったか教えてくださいね」リーリエルデがイルシュエッタの耳元で囁いた。

「先輩、結構しつこいですね」イルシュエッタは思わず苦笑いした。


「本当に何があったんだ?」ラフーリオンも不思議そうにリシュリオルに聞いた。

「別に」リシュリオルはそっけない態度で料理を載せた皿をテーブルに運んでいった。


「ふふふ、話すと長くなりますよ」アリゼルが笑いながら言った。

「……ならいい」ラフーリオンは面倒臭そうに質問を諦めた。


 一行は月明かりに照らされる海と点々と輝く星空を見ながら、食事をする。食後は暫くの間、他愛の無い会話を楽しんだ。そして、船内の寝室に向かい、明日の探索に備える為、静かな波の音の中で眠りについた。




 次の日の朝。ラフーリオンはいつもの様にリシュリオルを叩き起こす。朝食は昨日の残り物で済ませた。


 朝食後、ラフーリオン達は直ぐに異界の扉の鍵と船の制御システムの探索を始めた。探索は二手に別れて行い、ラフーリオンとリシュリオルが甲板から突き出た檣楼を、リーリエルデとイルシュエッタが船体側の未探索箇所である第四甲板と第五甲板を担当した。


「どうして師匠と組ませてくれないんですか?」と、イルシュエッタが喚いていたがリーリエルデが駄々をこねる後輩の腕を引っぱって、船内に入っていった。


 リーリエルデとイルシュエッタが船内に消えた後、ラフーリオン達は檣楼に向かった。檣楼は甲板から30m程の高さがあり、いくつもの設備や兵装が複雑に積み重なっている。その姿は歪な形をした鉄の城の様に見えた。


 二人は檣楼の異様な佇まいを目に焼き付けながら、その内部に入る。


 檣楼内部は外から見た通りに複雑な構造をしており、まるで迷路のようだった。各部屋を虱潰しに探索しながら、檣楼の上部へと向かう。


「思ったんだが、どうしてこの世界の異界の鍵の気配はこんなにまとまりが無いんだ?」リシュリオルが複数の計器が置かれた部屋を歩き回りながら質問する。彼女はどこか落ち着かない様子だった。


「俺の考えだが、多分この船自体が異界の鍵なんだと思う。だから、船の中にいると、鍵の気配が拡散するんだ。この船を使って何かする事が異界の扉を開ける方法なんじゃないか」ラフーリオンが考える素振りをしながら答える。


「そうか。昨日言っていた通り、船の制御システムが鍵なのかもな」リシュリオルはそう言ってそそくさと部屋から出ていく。


 ラフーリオンはリシュリオルの様子を不思議そうに見ていた。

「なんなんだ?」ラフーリオンはリシュリオルがいなくなった部屋で独り言を呟いた後、彼女の後を追った。




 探索を続ける二人は、自分達がいる場所を確認する為、一度船外に出ることにした。近場にあったデッキに出る扉を開けると、船内に強い潮風が流れ込んできた。扉の向こうに清々しい青空と海が広がっているのが、甲板から見るよりはっきりと確認できた。デッキに出てみると、二人は艦橋の真下にいることが分かった。


「制御システムがありそうなのは、指揮を行う艦橋の近くだろうな」見晴らしの良さそうな高所にある艦橋を見ながら呟くラフーリオン。

「……そうだな」リシュリオルは心ここにあらず、という様子だった。デッキの柵によりかかり穏やかな海を見つめていた。


「お前、何か様子がおかしいぞ」ラフーリオンは心配そうにリシュリオルに近づこうと足を一歩前に出す。その瞬間、リシュリオルはラフーリオンの方に振り向き口を開く。


「ラフーリオン、お前に聞きたいことがある」真剣な表情でラフーリオンを見るリシュリオル。ラフーリオンは彼女の普段見せない態度に少し気圧された。


「今更改まってどうしたんだ?」

「お前の旅の目的のことだ」ラフーリオンは黙り込んだ。


「お前が異界を渡っているのは死に場所を探すためだよな? 最終地点、扉の現れない異界を」ラフーリオンは口をつぐんだままだった。質問を続けるリシュリオル。

「扉の開かない異界についたら、ずっとそこにいて死ぬのを待つんだろ? どうしてそんなことをする?」デッキに吹き付ける激しい風がやけに静かに聞こえた。


「イルシュエッタに聞いたのか? あいつはいつも余計なことをするな」ラフーリオンは誤魔化すように軽く笑った。


「私の質問に答えてくれ!」リシュリオルが叫ぶ。空に響き渡る彼女の声が静まった後、ラフーリオンはゆっくり口を開いた。


「……詳しい理由については言えない」

「どうしてだ?」

「言えないものは言えない。お前だって、自分の街のことを話してくれないじゃないか」

「……」何も言い返せず、黙り込むリシュリオル。


 ラフーリオンは話し続ける。

「簡単に言えば、疲れたんだ。異界渡りでいることに。少し長く生き過ぎたんだ。……俺に異界のことを教えてくれた人が言っていた。永遠の命なんてものは元々ただの人間である異界渡りには重すぎる。だから、何処かで区切りを付けたくなる時が来るのさ。でも、どこで死んでもいいってわけじゃない。辺境の地での野垂死ぬよりは異界渡りになった事を利用して、自分の好きな場所で力尽きる方が良いだろうって」

 ラフーリオンが話している最中、リシュリオルはいつの間にか眼下に広がる海へと視線を戻していた。


「その人は自分の好きな場所で命を終えられたのか?」彼女は海を見ながら質問を続ける。

「ああ、俺があの人と分かれたのは、あの人が死に場所を見つけたからだ。この世界みたいに穏やかな海がある港街だった」ラフーリオンも海を見つめる。


「最初は俺もその事を知った時、質問攻めにした。なんでそんなに死にたがるんだって。最終地点に着いた時には俺は怒り狂ってあの人を次の異界に進ませようとしたよ。異界の扉は開かないんだから、どうしようもないのにな。結局、一人で次の異界の扉を通って、一人で異界渡りを続けた」ラフーリオンが懐から煙草を取り出し、口に咥えた。


「でも今なら分かるんだ。あの人も長いこと異界渡りをしていて、いろいろと見てきたみたいだったから」風に掻き消されないように片手で火元を隠しながら、煙草に火をつける。


「私には……私にはよく分からない。分からない事が多すぎる」

「当たり前だろ。まだ異界渡りとしても人間としても半人前のお前が理解している事なんて、殆ど無いさ」


「私はラフーリオンさんよりももっと長く生きていますよ。私にとってはラフーリオンさんも半人前です」アリゼルが急に現れ、笑い声を上げる。

「人間と精霊様とでは精神構造が違い過ぎるんだよ。そう簡単に比較なんてできないだろ」ラフーリオンも笑った。

「ははは、そうかもしれませんね。……さあ、あまりもたもたしていられませんよ。船体に向かった彼女たちがそろそろ探索を終えてしまうかも。私達も船内に戻って探索を続けましょう、リシュ」


「……ああ」リシュリオルはアリゼルの言葉に頷いた。ラフーリオンにぶつけようとした気持ちを胸にしまい込んで。

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