「弟子」&「元弟子」
ラフーリオンとリーリエルデが甲板にぽっかりと空いた大きな穴を覗き込む。
「大丈夫か!」ラフーリオンの声が穴の中で響き渡る。
「大丈夫、私も弟子も無事だよ!」イルシュエッタの声が返ってくる。
「弟子じゃない!」リシュリオルの声も確認できた。
「……大丈夫そうだな。今から下に行く方法を考えるから、そこで待ってろ!」
「どうせこの船の中に鍵があるなら、いろいろ調べてみるよ!」
「待て! そこを動くな!」ラフーリオンの制止の声に対する返事は聞こえなかった。彼は大きくため息をついた。
「どうしましょうか?」リーリエルデが困った顔をしながら質問する。
「取り敢えず、この穴の下に降りる方法を考えましょう。リーリエルデさん、何か使えそうな物は持っていませんか?」
「はい、なんでも持ってますよ。私の異界渡りの力はこのケースです」そう言って、リーリエルデは手に持ったアタッシュケースをラフーリオンに向けて突き出した。
「ケース?」ラフーリオンが首をかしげる。
「私のケースにはいくらでも物を入れられるんです。ロープでも梯子でも、なんでも入れてありますよ」
「なら、長めのロープを出して下さい。あと、船内を照らす明かりもお願いします」
「分かりました。今出しますね」リーリエルデは少しだけ口の開いたアタッシュケースに手を突っ込んで、ガサガサとまさぐり始めた。
「ありました!」リーリエルデがアタッシュケースから手を引き抜こうとすると、ケースがはちきれそうになるほど、膨れ上がる。彼女はお構い無しにケースから思いっきり手を引き抜いた。
「どうぞ、ロープとランタンです」どういう原理なのか、膨れ上がっていたアタッシュケースは元の大きさに戻り、リーリエルデの手元には束ねたロープと大きなランタンがあった。
「……ありがとうございます」
ラフーリオンはどうやってそのケースの口より大きな物を取り出したのか聞こうと思ったが、異界のまだ見ぬ驚異の力なのだろうと考えて、すぐに忘れる事にした。
「じゃあ、下りていきましょう」ラフーリオンはロープを甲板上の適当な柵にくくりつけ、リシュリオル達が落ちていった穴に投げ込んだ。長いロープの先端が抜け落ちた床の底に向かって落ちていった。
床とともに甲板から落ちてしまったリシュリオルとイルシュエッタは鍵の気配を見つける為に、船内の探索を開始しようとしていた。船首に近い場所から落ちた為か、二人は真っ直ぐな通路の端にいた。
通路を進むにつれ、抜け落ちた穴から照らされる光が弱まり、船内はどんどん見通しが効かなくなっていった。
「これじゃあ、探索どころじゃないね。……我が弟子よ。精霊の炎でこの暗い船内に明かりをつけたまえー」ふざけた態度でイルシュエッタがリシュリオルに命令する。
「調子に乗るなよ」リシュリオルは悪態をついたが、空中に小さな炎の玉を発生させる。船内は行動を起こすにはあまりにも暗すぎたのだ。
「よーし、偉い偉い。じゃあ行こうか、我が弟子」イルシュエッタが先行して歩き始める。
「面白い人ですね」アリゼルが笑いながら言った。
「……」リシュリオルはアリゼルの言葉にも、イルシュエッタの悪ふざけに対しても何も言わず、先に進んで行くイルシュエッタに付いていった。
片っ端から船内を調べていく二人。船内は他の船と比較すると状態が良かった。浸水している場所なども無く、動かそうと思えば今からでも海の上を進んでいきそうだった。だが、船室の一部の扉は錆びついており、精霊の力で強化されたリシュリオルの腕力でも開けることができなかった。
「だめだ、全然開かない」リシュリオルが苛ついて、開かずの扉を蹴りつけた。
「師匠に任せなさい。開けてあげましょう」イルシュエッタは扉の前に行き、ポケットから鍵束を取り出した。
「私の鍵は何でも開けられるんだ」イルシュエッタは船室の扉の鍵穴に明らかに形の合わない鍵を差し込もうとする。
「そんなの入らないだろ」リシュリオルがイルシュエッタの行動を馬鹿にするように笑う。
だが、鍵はするすると鍵穴に入っていった。そして、扉に四角く筋が入っていき、扉の内側に一回り小さな別の扉が現れる。
「どう? すごいでしょ。さあ、お先にどうぞ」イルシュエッタがお辞儀をして、扉の横に移動した。
リシュリオルは不愉快そうな顔をして、扉を開けた。扉の先は寝室につながっており、二段ベッドがずらっと並んでいた。少し埃を被ってはいたが、硬そうなマットレスもまだしっかりとした骨組みを残しており、目立った汚れの無い白いシーツが敷かれていた。
「少し休もっか。なかなかの寝心地だよ、このベッド」ベッドに飛び込み、横になるイルシュエッタ。
「そんな事してる場合じゃないだろ」リシュリオルが怒鳴り声を上げる。
「じゃあ一人で鍵でもなんでも探しに行けば?」イルシュエッタはリシュリオルの方も見ずに目をつぶったまま、どうでも良さそうに言った。その様子を見て、リシュリオルはイルシュエッタの説得を諦め、彼女が寝ているベッドとは反対側のベッドに座り込んだ。
「弟子はさー、どうして異界渡りの旅をしてるの?」横になったままのイルシュエッタが突然聞いてくる。
「弟子じゃない」
「じゃあ、リシュリオル……だっけ? ……君はなんで旅をしてるの?」
「お前のせいで異界に飛ばされて仕方なく。……異界渡りは異界を渡っていないと生きていけないだろ?」
「ははは、そうだね」イルシュエッタが呑気そうに笑い出す。リシュリオルは彼女の笑い声に苛立ち、引きつった表情をする。
「私はね、異界の景色を見て回るのが好きなんだ。次の異界に行く度、新しい世界に生まれ変わった気分になる。リシュも異界を渡っていて、凄いとか綺麗だとか思うことはあるでしょ?」楽しそうに話すイルシュエッタ。
「まあ」
「そういう感性は大事だと思うんだ。なんの為に異界渡りをしているのか分からなくなったりしたら、この旅は結構きついよ」
「なんで、そんな話をいきなり始めるんだ?」リシュリオルは話の流れが掴めなかった。
「師匠の旅の目的は知ってる?」
「師匠?」
「言ってなかった? 私、ラフさんの元弟子だよ」
「そうだったのか。だから、さっきも私のことをそっちのけで話し込んでいたのか」
「久しぶりだったからねー、しょうがないよ。許してあげて」
「アイツのことはどうでもいいが、お前の事は許さない」イルシュエッタを睨みつけるリシュリオル。彼女はイルシュエッタに異界に飛ばされたことを相当に根に持っていた。
「ははは、またリシュが強くなったらやろうね」イルシュエッタは笑いながら余裕そうに言った。その反応に苛立ち、何回目かも分からない舌打ちするリシュリオル。
「それで、ラフーリオンの旅の目的っていうのはなんなんだ?」
「やっぱり聞いてなかったか。師匠はね……死に場所を探してるんだ」
「死に場所?」リシュリオルは思いもよらぬ答えに驚き、目を見開いた。リシュリオルの影に潜むアリゼルも興味深くイルシュエッタの話に耳を傾けていた。
「師匠は何処かにある異界渡りにとっての最終地点、異界の扉が現れなくなる場所を探してる。本人が強い意思で求めれば、そういう場所に辿り着けるらしいよ。そこで異界渡りとしての寿命を終えようとしてるみたい。師匠に異界の事を教えた人がそうやって寿命を迎えたって聞いてる」
「異界渡りとしての寿命ってなんだ?」
「異界渡りが同じ異界に居続けることで、力尽きる事だよ。異界渡りは一つの異界に居続けることはできない」
「どうして、そんなこと」
「私が師匠の元を離れてから、色々あったみたい。何があったかは聞けてないけど」
「…………」リシュリオルは沈黙する。
「私が師匠にそのことを聞いた時は、抜け殻みたいな状態だった。私のおふざけも通用しないくらいに落ち込んでたよ」
「初めてアイツに会った時はそんな風には見えなかった」
「リシュと会ってから、少し変わったのかもね」くすっと笑うイルシュエッタ。
「そうかな?」
「そうだよ」イルシュエッタがまた笑って答えた。
「リシュ、君はそのうち師匠と別れることになる。それは確実だ」イルシュエッタは話し続ける。
「師匠と別れることになる前に自分の旅の目的について、考えておいたほうがいい。まあ、そんなもの私みたいに観光とか軽い目的でもいいと思う。……仕事も一応目的の一つではあるけど」
「旅の目的か……今まで、ラフーリオンに付いていくだけで考えたことも無かった」リシュリオルは今までのラフーリオンとの旅の事を思い出す。
「旅の目的と言っても、生きる為にとかはやめたほうがいい。私達は異界を渡っていれば永遠に生き続けられるからね。永遠の命を維持する為に異界を渡り続けるなんて、不毛な作業を繰り返してるみたいでなんだか辛いでしょ?」
「永遠の時間……」リシュリオルは自分が不死に近い存在になったという実感が無かった。
「まだ焦らなくてもいいって言いたい所だけど、異界の扉は気まぐれだからね。次の異界が師匠の目的の場所かもしれない。今からでも考えておくといいよ」
「単純なようで難しいな。直ぐには思いつかない」
リシュリオルはベッドに横になり、ラフーリオンの旅の目的の事。そして、自分の旅の目的の事について考えている内にいつの間にか、眠りについてしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます