印の部屋探し

 次の日、ラフーリオンは早めに眠ってしまった為、早朝、日の出と共に目を覚ました。ベッドに入っていても眠れそうにないので、カフェテラスに出て煙草を吸うことにした。静かな朝に一人、ラフーリオンは昨日の出来事を思い出していた。


(あの地図から鍵の気配を感じたという事はきっと次の異界にもリシュと一緒に行くことになるはずだ。一度、誰かと同じ扉を通ると、次も同じ扉を通ることになりやすいと聞いたことがあるが、どこまで一緒にいることになるだろうか? 俺の目的の場所に着く前に、彼女と別れていることを願おう)


 一本目の煙草を吸い終わったラフーリオンが次の煙草に火を着けようとした時、カフェテラスの扉が開く。


「おはようございます。今朝はお早いですね」アルフェルネがカフェテラスの扉から出てきた。

「おはようございます。アルフェルネさんこそ、まだ日が昇り始めたばかりですよ」ラフーリオンは煙草を懐にしまった。


「今日からお客さんが来ますからね、その準備がありますから」

「そうでしたか。なら、ベルフリスさんはもう起きていますか?」

「そろそろ起きてくる頃だと思いますよ。昨日の地図の印のことですか?」

「ええ、何か分かったことがあるか聞いておきたくて」ラフーリオンの言葉の後、扉が開く音がした。


「おはよう。みんな早いね」ベルフリスが眠たそうにカフェテラスへ出てきた。

「おはよう、父さん。ちょうど良かった、ラフーリオンさんが地図の印のことで聞きたいことがあるって」

「ああ、そのことか。少し待っててくれ」ベルフリスはホテルの中へ戻っていった。


「私は朝食の準備をしておきますね」アルフェルネもホテルの中へと戻った。


 数分後、ベルフリスが数枚の地図と書類を持ってカフェテラスに再び現れた。

「待たせたね」

「何か分かりましたか?」


「この印の場所はかなりの曲者だったよ。印の打ってある場所は昨日言った通り、変わった構造の建物の一部で『可動部屋』と呼ばれている部屋だ。この建物の内部には同じサイズの可動部屋が沢山並んでいて、可動部屋同士を連結させたり、切り離したりすることで、賃貸面積を調整できる特殊な物件なんだ」


「じゃあ印の場所はその可動部屋の一つということですね」

「そういうことだね。だけど今、この建物には印の部屋は無いだろうね」

「どういうことですか?」


「大改修の際に、倒壊事故で破損したり、老朽化が進んでいた可動部屋は廃棄されたみたいなんだ。他の年代の地図と照らし合わせてみたら、印の部屋は大改修で廃棄された可能性が高い。各部屋は固有のナンバーで識別されていて、地図にもそのナンバーが記載されているが、印の部屋のナンバーは大改修後の地図を見てもどこにも記載されていない」


「そんな部屋、どう探せばいいんですか?」

「この建物の管理会社に問い合わせてみたが、廃棄された部屋はある企業の倉庫の一部として利用されているようなんだ。だから、そこの住所を聞いておいたよ」ベルフリスが倉庫の住所が書かれた紙を差し出し、話を続ける。


「ただ、倉庫にはこの建物で廃棄された可動部屋が無差別に大量に集められているみたいで、部屋のナンバーなんかは管理していないと言っていた。特定の部屋を探すのはかなり骨が折れそうだよ」


「そうですか……。虱潰しに探すしかないか」

「あと、もう一つ分かったことがある。地図の裏側に、メッセージが書いてあったんだ」

「メッセージ? 昨日は気付かなかったな」


「『最愛の人へ、思い出の場所に言葉を残しました。あの部屋のあの場所に。貴方にならすぐに見つけられる筈です』」ベルフリスが地図の裏側に書かれたメッセージを読み上げた後、ラフーリオンに地図を渡した。


「『言葉を残しました』ですか。手紙か何かかな? それがどう鍵に繋がるんだろう」地図の裏側のメッセージを見つめ、頭を悩ませるラフーリオン。


「分からない。それは実際に印の部屋に行って確かめるしかないだろうね。本当は僕も手伝いたいんだけど、今日はお客さんがいるからね」


「いえ、そこまではお願いできません。あとはこちらでやってみます。リシュが起きたら、一緒に倉庫に行ってみます」


「分かった、地図と情報をまとめた書類は渡しておく。倉庫の管理人にも後で連絡するから。それじゃあ、健闘を祈ってる」




 その後、ラフーリオンはなかなかベッドから出ようとしないリシュリオルを無理やり叩き起こし、朝食をとった。朝食の間、寝ぼけ眼のリシュリオルに印の場所について説明する。食後は地図や書類の整理などを行い、印の部屋の探索をする為の身支度を整えた。


「じゃあ、いってきます」

「頑張ってくださいね。これ、お昼に食べて下さい。サンドイッチです」


「ありがとうございます」アルフェルネから昼食を受け取った後、ラフーリオンとリシュリオルはホテルを出発した。


 街中を走り回る周遊バスを使い、ベルフリスが教えてくれた住所を頼りに倉庫へと向かった。二人は度々道に迷ったが、なんとか倉庫のある建物に辿り着く。


 建物の外壁には案内板が掲げられており、『御用の方は一階の受付まで』と書いてあった。ラフーリオンは案内板の通りに受付に行き、倉庫の管理人にベルフリスの事を伝えた後、倉庫に入るための手続きを行った。


「この中から、一つの部屋を探すのか?」倉庫の管理人は目を丸くして、手続きをしているラフーリオンに聞く。

「ええ、そうですけど」管理人の様子に少し不安になるラフーリオン。


「まあいいか。倉庫の方に案内するから、付いてきてくれ」

「分かりました」ラフーリオン達は管理人の案内に従って、受付のある部屋から倉庫のある部屋へと向かった。


「ここが倉庫だ。このフロアと同じ大きさの部屋があと三十階ある」


 管理人が倉庫の構造を大雑把に説明した。ラフーリオンは倉庫のある部屋を見渡して、気分が悪くなった。見つけるべき印の部屋と同じタイプの可動部屋がざっと見ても百棟以上は並んでいたからだ。この倉庫はラフーリオンの想像以上に巨大な施設だった。


「連絡用に通信機を渡しておくから、目当ての部屋があったら連絡をくれ。こっちで扉の鍵を解除する。それじゃあ、頑張れよ」管理人は説明を終えた後、直ぐに受付に戻っていった。


「このフロアが三十階もあるのか。全ての可動部屋を見て回るのにどのくらいかかるんだ?」リシュリオルは周囲を見渡しながら言う。


「印の部屋がもし異界の扉に関わっているなら、近付けば目当ての部屋かどうか分かるはずだ」


「印の部屋が異界の扉の鍵じゃなかったらどうするんだ?」

「……そんなこと考えるな。さあ、手分けして部屋探しだ。俺は向こうから、お前はここから探索を始めてくれ」


「もし、何も見つからなかったらお前のボサボサ頭を灰にしてやる」

「……ああ、覚悟しておく」二人は分担して印の部屋を探した。


 探索を開始してから三時間が経過したが、三十階ある倉庫の内、三階までしか探索は完了していなかった。


「聞こえるか、リシュ。そろそろ四階に入るから一旦合流して休憩しよう」通信機に話しかけるラフーリオン。


「分かった。……はあ、私はどうしてこんなことやってるんだ?」リシュリオルがため息をつきながら、愚痴をこぼした。

「案外、異界の扉の鍵探しはこんなもんだ。前にも言ったが、異界渡りの旅は楽しいことだけじゃない」


 二人は四階に向かう階段の手前で合流し、アルフェルネが用意してくれた昼食のサンドイッチを食べた。昼食後、再び二人は印の部屋の探索を続けた。探索開始から更に六時間が経過し、二人は九階にいた。


「変な感じのする部屋を見つけた」ラフーリオンの持つ通信機からノイズ混じりのリシュリオルの声が聞こえた。

「分かった、すぐそっちに向かう」ラフーリオンはリシュリオルのいる場所を聞いて、急いでその場所へと向かう。


「この部屋だ」リシュリオルが部屋の入り口で待機していた。

「確かに、鍵の気配を感じる。識別ナンバーを確認してみよう。ドアに書いてあるはず」ラフーリオンは懐から紙を取り出し、ドアに書かれているナンバーと印の部屋のナンバーの照合をする。

「『No.8253771』、ビンゴだ。管理人に連絡しよう」ラフーリオンは通信機で、管理人に連絡を送った。


「よく一日で見つけられたな。今、部屋のロックを解除する。中の物にはできるだけ触らないでくれよ」数秒後にドアからガチャッとロックが解除される音がした。ラフーリオンはゆっくりと扉を開く。部屋の中には大量の箱が置いてあった。


「当たり前だが、完全に倉庫として利用されているんだな」箱だらけの部屋を見てラフーリオンが呟く。


「地図の裏側のメッセージには、この部屋の何処かに言葉を残してあるって書いてあったんだろ?」リシュリオルが部屋を見渡しながら聞く。

「ああ、鍵の気配を探ればその場所も直ぐに分かるはずだ」ラフーリオンは部屋を歩き回り、メッセージの場所を探した。


「壁だ。向こうの壁から強い気配を感じる」ラフーリオンはそう言うと、壁に沿って歩き始めた。そして、直接壁に触れながら五感を集中させて、入念に観察する。


「何かある! 床の下だ。床に僅かだが段差がある」


「流石ですね、ラフーリオンさん。こんなに簡単に見つけるとは。鍵の見つけ方が上手い」アリゼルがラフーリオンの観察力に感心する。

「そいつは、どうも。さっさとこの床を外して、何があるか見てみよう」


 ラフーリオンは薄い布を床の片方の隙間から床下へと滑り込ませた。床下に滑り込んだ布を異界渡りの力で操り、もう片方の隙間から布を引っ張り出した後、布の両端を輪のように結ぶ。そして、床を外すように手前に引っ張り、段差の部分を抜き取った。床下には小さな空洞があった。


「箱が置いてある。小さい箱だ」ラフーリオンが床下から箱を取り出し、リシュリオルに見せるように片手で持ち上げる。

「何か書いてあるぞ」リシュリオルが箱の表面に文字が書いてあることに気付く。


「本当か? 何が書いてある……」ラフーリオンが箱に書いてある文字を見ながら、黙り込んで、固まってしまった。


「なんなんだ? なんて書いてある?」

「この箱は、俺達より先に開けないといけない人がいる」ラフーリオンは箱の文字が書いてある面をリシュリオルの目の前に突き出す。


「これは……。そうか、ならさっさと帰るぞ」リシュリオルは部屋の出口へ歩き出す。

「そうだな、疲れたしな。帰るか」リシュリオルに続き、ラフーリオンも出口へと向かった。


 二人は受付のある階へと戻り、管理人に挨拶をして、倉庫を後にした。

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