砂の街の冒険家

 街に出掛けたリシュリオル達は、とある本屋にいた。


 その本屋はアルフェルネの馴染みの店で、稀覯本から料理のレシピ本まで様々な本が売っている。店内はかなり狭いが天井の高さまである本棚が並び、すべての棚にぎっしりと大量の本が敷き詰められていた。


「こんにちは、アルフェルネ嬢。今日は何をお探しかな」髭を蓄えた老人が店の奥にあるカウンターテーブルからアルフェルネに話しかける。


「こんにちは、お爺さん。この前、頼んでいた本は手に入りましたか?」

「ああ、私にかかれば朝飯前さ。この通りだ」老人は近くにあった棚から、一冊の本を取り出し、アルフェルネに渡した。


「さっきから気になっていたんだが、そこの女の子はだれかな?」老人の瞳がリシュリオルを見据える。


「ラフーリオンさんを覚えていますか?」

「あの白いボサボサ頭か。よく覚えているよ。異界の本を買い漁っていた」


「彼女はラフーリオンさんの弟子なんです」

「違うぞ、アルフェルネ。私はあいつの弟子なんかじゃない」強めの口調で否定するリシュリオル。

「弟子です」笑顔で語気を強めるアルフェルネ。


「そうか。面倒だからこれ以上は聞かないでおく」老人は諦めるように目を閉じた。アリゼルはリシュリオルの影の中で笑っていた。


「さっきの本とは別にいくつか本が欲しいのですけど」

「どんな本が欲しいんだい?」老人は目を開き直す。


「上手に物を教えるための教本とこの街の歴史書はありませんか? 歴史書はできるだけ子供でも読みやすいものがいいのですが」


「両方共あるよ。探してくるから、少し待っててくれ」老人はアルフェルネが指定した本を探しに行った。


「どうしてそんな本を買うんだ?」リシュリオルが不思議そうな目でアルフェルネを見つめる。


「教本の方はラフーリオンさんに参考にしてもらおうと思って」

「もうひとつの本は?」


「あなたによ、リシュ。この街の景色をよく見ていたから。本を読むのは嫌いだった?」


「いや、好きだぞ。……ありがとう、アルフェルネ」リシュリオルははにかむ顔を隠すためにうつむきながら、感謝の言葉を言った。


「お待たせ。多分、要望通りの本だと思うが」老人は2冊の本をテーブルの上に置いた。


「ありがとうございます。それじゃあ行きましょう、リシュ」アルフェルネは会計を済ませて、リシュリオルの手を引っ張り、本屋を後にした。


「また来てくれよ」老人がテーブルから手を振っているのが見えた。


 本屋で購入した数冊の本を車のトランクに入れた後、アルフェルネがリシュリオルにどこか行きたいところがあるか尋ねる。


「もっと街の景色をよく見てみたい」

「じゃあ、とっておきの場所があるから、そこに行きましょう」


 アルフェルネはエンジンを掛けて、車を走らせた。車は広い道路を道なりに進んでいく。


 そして、赤信号の交差点の前で止まった。止まった車の中、リシュリオルは交差する二つの通りの内の一本を窓越しに見つめる。


「あそこの通りはなんだ? やけに人が多い」リシュリオルは人だかりのできている通りを指差す。


「あの通りは商店街。この区画では一番大きいところかな。あとで寄ってみる?」

「ああ、ちょっと見てみたいな」

「分かったわ」アルフェルネの了承の後、ちょうど信号が変わり、車が動き出した。


「アルフェルネの言う街のとっておきの場所っていうのはどんなところなんだ?」


「街の端の方にとても大きな建物があるの。普通は街の端にある建物は新しく建て始めたばかりでそこまで大きくないんだけど、その建物は急ピッチで建設が進められたから、周りには低い建物しかまだ無いの。そのおかげで街の中心部を遮る物無しに見れるのよ」


「なんだか凄そうだな」

「凄いわよ。あそこからの景色を見る度、私はこんな街に住んでいるんだって考えてしまうわ」




 とりとめのない会話を繰り返しながら、車は砂漠が隣接する街の端の方へと近付いていく。


 すると、巨大な塔のような建造物が現れる。その塔は周囲の建物と比較してもあまりに巨大で、異質な雰囲気を醸し出していた。


「もしかして、とっておきの場所ってあの塔のことか?」リシュリオルは思わず呟いた。


「そう、あの塔よ」

「楽しみだな、どんな景色が見れるんだろう」

「期待していてね」


 しばらくして、車は塔の真下に辿り着く。塔の周辺には観光客らしき人々が溢れていた。


「改めて、見るととてつもない大きさだな」リシュリオルは空に突き刺さりそうな程、高くそびえる塔を見上げる。


「ずっと見上げていると疲れるわよ、リシュ。さあ、上まで行きましょう」アルフェルネが手を差し出す。

「分かった」


 アルフェルネに手を引かれて、リシュリオルはエレベーターに乗り、塔の上部へと向かった。エレベーターに乗り始めて15分ほどの時間が経った。 


「まだ着かないのか?」窓も何もないエレベーターの中で暇そうにするリシュリオル。

「もう少しよ、我慢してね」ポーンとエレベーターのスピーカーから音が鳴り、扉が開く。

「ほら、着いた」エレベーターの扉の先にはガラス窓で覆われた巨大な空間が広がっていた。


「ここは展望室よ」リシュリオルはアルフェルネの言葉も聞かずに、エレベーターから抜け出し、窓の方へと走り出した。


「凄い! この街はあんなに大きな建物ばかりだったのか」窓からは遠方に密集する巨大な建築群が見えた。

 蜃気楼によって、街は巨大な生き物のように揺れ動いて見えた。


「凄いでしょ、ここが私のとっておきの場所なの」

「素晴らしい景色ですねー! 思わず出てきちゃいましたよ」アリゼルが急にリシュリオルの影から現れた。突然、現れたアリゼルに慌てるアルフェルネ。


「アリゼルさん、出てきたら不味いんじゃないですか?」

「大丈夫ですよー。今、この部屋には私達しか居ないようですし」そう言われて、辺りを見回した後、アルフェルネはホッとする。

「確かに今は大丈夫そうですね」


 二人と精霊は暫くの間、展望室から景色を眺めていた。


「この街は成長し続けているのですね。ここからなら分かりますが、地平線の向こうにも建築物が見えます」アリゼルが街の景色を見つめながら言う。


「はい。いつかはこの砂漠も全て街に飲み込まれるのかもしれませんね。それとも街のほうが砂漠に飲み込みれてしまうかも」アルフェルネが思い耽るように窓の向こうの景色を見つめる。


「街が飲み込まれる? どういうことだ?」リシュリオルが不思議そうに聞く。


「まだ街からはかなり離れた場所に巨大な砂の海が見つかったらしいの。その砂の海は日に日に大きくなっていて、街に近づいていると父さんが言っていたわ。砂の海の砂は建材にもならないし、しっかりとした地盤が無いから、建物は建てられないの。砂の海に飲み込まれてしまった建物も実際にあるわ」遠くを見ながら話すアルフェルネ。


「この街が消えるなんて、そんなこと考えられない」


「そうね。でも、どんな物もいつかは消えてしまう。過去を省みること、未来を見据えること。どちらも大事だけど、私達が生きているのは今。今という時間は止まらないから、その一瞬の今を大切にしないとね」


 アルフェルネは真剣な顔で話した後、リシュリオルの頭に手を置いた。


「今を大切に……」リシュリオルは街の景色を見つめ直した。

「この言葉は父さんの受け売りだけどね」アルフェルネの表情が笑顔に戻る。


「そろそろ行きましょうか」二人はエレベーターに戻り、展望室から降りた。




 塔を出た後、二人は車で商店街に向かった。商店街にはまだ沢山の人が溢れていた。


 リシュリオルは店を見る度に、アルフェルネにあれは何だ、これは何だと質問攻めをした。アルフェルネはリシュリオルの好奇心の高さには少しついていけなかった。


 店を見て回るリシュリオルが地図を売っている店の前を通りがかった時、彼女は不思議な感覚を感じ取った。


「前にもあったぞ、この感覚」

「鍵じゃないですか? 異界の扉の鍵です」アリゼルがリシュリオルの影から頭だけをぬっと出していた。


「き、気持ち悪い! お前、あんまり出てこない方がいいんだろ?」リシュリオルが驚きながら、アリゼルの行動を止めようとする。


「鍵の気配を感じたなら、店を覗いてみたほうがいいのでは?」リシュリオルの言葉を無視して、鍵の事を気に掛けるアリゼル。


「そ、そうだな。アルフェルネに伝えてくる」リシュリオルは駆け足でアルフェルネの元に戻る。


「アルフェルネ、あの地図を売っている店に異界の鍵の気配があるんだ。だから、店を少し覗いてみたい」

「地図屋に鍵の気配ですか? 分かりました。行ってみましょう」二人は人混みを掻き分け、地図屋に向かった。


 地図屋の中は背の高い壁で覆われており、壁全体に大小様々な地図が貼り付けてあった。

 

 店の真ん中にはカウンターテーブルがあり、店員らしき女性がそのテーブルの上に座りながら、手に持った地図を眺めていた。


 店内に入ってきたリシュリオル達に気付いたのか、地図を眺めるのをやめて、店の入口にいる二人の方へと視線を向けた。


「いらっしゃーい」店員は雑な挨拶をしたあと、また地図を眺め始めた。店に入ったリシュリオルは早速、自分の感覚を頼りに鍵になるものを探し始めた。

 

 アルフェルネはその間、テーブルに座っている女性と話していた。


(鍵は『人』だけじゃない。『物』の時もある)リシュリオルは店内を歩き回り、鍵の気配が強い場所を見つける。


 鍵の気配は、カウンターの上に置いてある箱から感じ取る事ができた。


「そこに置いてある箱は、何が入ってるんだ?」リシュリオルはテーブルの上に座っている店員に話しかけた。


「地図だよ。地図屋だからね。この区画の大改修前の地図。昨日の工事で見つかったんだってさ。」


「リシュ、もしかしてこの箱から鍵の気配を感じるの?」隣にいたアルフェルネが聞いてくる。


「ああ、多分この箱の中に入っている地図が鍵だと思う」

「その地図なら安く売ってあげるよ」店員がテーブルから降りて、箱を開け始めた。


「この地図、記載された範囲も狭いし、あまり精度の高い地図とは言えない。大改修前の地図だと、コレクターの間でも大した価値は無いから、どうせ高値じゃ売れないし」


「それで、いくらでなら売ってくれますか?」アルフェルネが尋ねる。

「昨日の改修工事で更新されたここの区画の地図を買ってくれたら、おまけでこの地図も付けてあげるよ」


「分かりました。新しい地図はまだ買っていなかったのでちょうど良かったです」アルフェルネは新しい地図を購入し、箱に入った地図と一緒に受け取った。


「毎度ー」店員のゆるい声を聞きながら、二人は地図屋を後にした。


 地図屋を出た二人は商店街のまだ見ていなかった店を一通り見て回り、小さなレストランで昼食をとったあと、ホテルに戻ることにした。


「今日は楽しかった。ありがとうアルフェルネ」リシュリオルは嬉しそうに言った。

「どういたしまして。早く帰って夕食の準備をしないとね」アルフェルネはそう言って、車をホテルまで走らせた。





 ホテルに戻る頃、道路の向こうの地平線に太陽が沈みかけていた。車を駐めている時、食堂の窓から光が差し込んでいるのが見えた。


「ただいま」ホテルに戻った二人は最初に明かりの点いていた食堂に入った。


「うっ、お酒臭い」

 アルフェルネは食堂に漂う強いアルコールの匂いに思わず鼻に手を当てる。食堂の中を見回してみると、窓際の席でラフーリオンとベルフリスが顔を真っ赤にしてテーブルに伏せていた。

 テーブルの上には大量の酒瓶が無造作に置かれている。


「父さん達、もしかして朝から飲んでいたの?」アルフェルネが飲んだくれた二人に呆れてため息をついた。


「ああ、おかえり。ちょっと飲みすぎたかな?」ベルフリスが傾いた眼鏡を掛け直しながら、身体をゆっくりと起こした。


「おかえりなさい。何もなかったですか? 心配したんですよー」ラフーリオンはテーブルに伏せたまま、首だけを動かしてアルフェルネの方を見た。


「おい、ラフーリオン! 鍵を見つけたんだ。異界の扉の鍵だ!」リシュリオルがラフーリオンに大きな声で鍵の発見という成果を報告する。


「鍵? 鍵、うーん……何! 鍵を見つけたのか!」鍵の発見の報告を聞いて、ラフーリオンの酔いが一気に醒める。


「鍵は何だった? 見せてくれ」

「この地図だ。商店街で見つけた」地図を広げて見せるリシュリオル。


「確かに鍵の気配を感じる。だが、次の異界の扉が開いた気配が無いということは、まだやらなきゃいけないことがあるはずだ」


「何をすればいい?」

「地図をよく見せてくれ」ラフーリオンはテーブルの上に置かれた酒の瓶を片付けた。


「分かった」リシュリオルはテーブルの上に地図を広げて置いた。


「地図屋さんは大改修前のこの区画の地図だと言っていました」アリゼルがリシュリオルの影から現れる。

「大改修?」ラフーリオンは首を傾げる。


「大改修というのは、過去にこの区画の建物が老朽化で倒壊する事故があって、その再発防止の為に区画内の建物を調査して、老朽化の進んでいた建物を補強したんだ。それが大改修さ」ベルフリスが赤い顔で説明する。


「僕にも地図を見せてくれ」ベルフリスはふらふらと立ち上がり、地図を見下ろした。


「この地図、僕達が大改修前に暮らしていたアパートの辺りの地図だ」

「ホテルを経営する前に、母さんと暮らしていた時のアパートね。薄っすらと覚えてる」アルフェルネが地図を見ながら話す。

「ああ、そうだよ。アルフェルネはまだ小さいときだったがよく覚えていたな」


「確か、奥さんは……」

「ああ、重い病気でね。倒壊事故やら大改修やらであの時期は慌ただしかった」視線を地図から反らすベルフリス。


「すみません、あまり口にする事ではありませんでした」

「いいんだ、気にしないでくれ」ベルフリスは再び地図に視線を戻す。


「見てくれ、ここに印が打ってある」ベルフリスの指差した場所に黒い線でバツ印がついていた。


「確かに、なんの印だろうか」ラフーリオンが顎に手を当て、考える素振りをする。


「印の意味は分からない。だけど、印の打ってあるこの建物の事は知っている。ショッピングモールだ」

「ショッピングモール? 行ったことがある所ですか?」


「ああ、アパートに住んでいた頃はよく行っていたよ。なかなか変わった構造の建物なんだ」ベルフリスは笑いながら昔の事を懐かしんだ。


「そういえば鍵の事だけど、この印の場所に行けば何か分かるんじゃないかな? 大改修後の地図と比較して、この印のある場所が今どこにあるか探してみよう」


「ありがとうございます。ベルフリスさん。今日はもう遅いから、また明日に現地に行ってみます」


「それじゃあ、今後の予定も決まったようですし、夕食にしましょうか。直ぐに作ってきます」アルフェルネは厨房へと向かった。


 その日の夕食は肉と野菜をふんだんに使ったシチューだった。夕食後に昨日と同じように異界勉強会を開こうとしたが、今度はラフーリオンが酒のせいで眠ってしまい、中止となった。


 ベルフリスは鍵となる地図を調査するために、様々な年代の地図と比較して、印が打たれた場所の特定に勤しんだ。

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