また再会

 朝が来た。ラフーリオンはなかなか起きようとしないリシュリオルを食堂まで、無理矢理運ぶ。食堂に入ると、テーブルには数種類のパンやソーセージ、果実が並んでいた。


「おはようございます。リシュ、やっと起きたんですね。朝食の準備はできていますよ」アルフェルネが笑顔で挨拶する。


「おはよう……、アルフェルネ。……いい匂いだ」朝食の匂いを嗅いで、少しだけリシュリオルの目が覚める。


「焼きたてのパンです。温かいうちに召し上がって下さい」

「ありがとうございます。ではいただきます」


 ラフーリオンはパンを一つ手にとり、かじりつく。リシュリオルは既に食事に手を付けており、小さな口でパンを頬張っていた。


 朝食を食べ終わり、一息ついているとき、食堂のドアが開いた。


「ただいま、アルフェルネ。お客さんが来ているのかい?」眼鏡をかけた中年の男性がドアから現れた。


「おかえりなさい、父さん。ラフーリオンさんです。覚えていますか?」

「お久しぶりです。ベルフリスさん」立ち上がって、挨拶をするラフーリオン。


「ああ! 覚えてるよ。久しぶりだね、ラフくん」ベルフリスはラフーリオンに近付き、手を差し出した。それに応えて、ラフーリオンはベルフリスと握手を交わした。


 握り合った手を離したあと、ベルフリスの視線はリシュリオルの方へと向く。


「そちらの子は……?」ベルフリスは眼鏡をかけ直しながら、リシュリオルの顔を見る。


「彼女はリシュリオルと言います。精霊憑きです。黒い炎の精霊を知っていますか?」

「アリゼル・レガだね? もしかして彼女は……」


「はい、そのアリゼル・レガの宿主です」

「驚いたな。こんな女の子が、かの有名な精霊の今の宿主だなんて――」


「いえいえ、それほどでもないですよー。私は素晴らしく優秀な能力を持つ精霊ですが、彼女はてんで駄目な娘です」

 急に現れたアリゼルが自身を褒め上げながら、宿主を貶し始めた。


「うわっ!」ベルフリスはいつの間にか自分の横に浮かんでいたアリゼルに驚き、声を上げた。


「すみません、驚かせるつもりはなかったのですが……。始めまして、私アリゼル・レガと申します。以後お見知り置きを」いつも通り、礼儀正しく自己紹介するアリゼル。


「は、始めまして。……私はベルフリスです。先程は失礼しました。あまりに急に現れたもので……」ベルフリスはアリゼルの畏まった態度に動揺しながら返答する。


「いえいえ、お気になさらず。ただ一度、無能な我が宿主共々、挨拶を済ませておきたかったので……。では、久しぶりの再会をした二人の間に水を差すのはよろしくないと思いますので、私はこれで」アリゼルはリシュリオルの影の中へと消えていった。


 ラフーリオンがリシュリオルの方へ視線を向けると、彼女は鬼の形相を浮かべていたので、すぐに目を反らした。


「ふう、びっくりしたよ」胸を撫で下ろすベルフリス。一息ついてラフーリオンへの質問を続ける。


「……それで、彼女とラフくんはどんな関係なんだい?」

「えーと、弟子のようなものです」


 言葉を選びながら答えるラフーリオン。ベルフリスの後ろでアルフェルネがくすくすと笑っている。


「弟子? 君が? こいつは驚いた。前に一度だけ弟子がいたのは知っているけど、あの時はもう弟子なんてとらないと言っていたから」


「あまり、嫌な記憶を思い出させないで下さい。頭痛がしてきた」

「ははは、そんなこと言わないであげなよ。きっと彼女も君には感謝してると思うよ」


「いや、あいつはそういう奴じゃありませんよ。この街に来たときだってあいつは……」


 リシュリオルは昔話に花を咲かせる二人をつまらなそうに見ながら、小声でぼやく。


「私はあいつの弟子になった覚えはないぞ」アルフェルネがそんなリシュリオルの様子を見て、彼女に近付き、耳元で囁くように話しかける。


「リシュ、少し二人だけにさせてあげて。その間、私達は外に出掛けましょう。いくつか買いたい物もあるから」


「わかった。一度、街の中を見て回りたかったんだ」さっきとは打って変わって、楽しそうにするリシュリオル。


「父さん、ラフーリオンさん。少しリシュと一緒に出掛けてきますね。」

「ああ、気を付けて」


 ベルフリスが手を上げながらリシュリオルとアルフェルネを見送る。ラフーリオンは目を丸くして、リシュリオルの顔を見る。


「大丈夫か、リシュ。頼むから変な騒ぎは起こさないでくれよ」本気で心配している様子のラフーリオン。


「問題ない。私の邪魔をする奴は跡形も無く燃やしてやる」自信満々で言うリシュリオル。


「……やっぱり不安だ」ラフーリオンの表情が曇る。

「大丈夫ですよ。私が付いていますから、いたずらしないように見張ってますよ。近所の子供の世話もよくやっていましたし」胸を張るアルフェルネ。


「いたずらどころじゃすまないんですよ、こいつの場合は。街が火の海になるかも……」青ざめた顔で話すラフーリオン。


「火の海になんてしないさ、こんな面白そうな街。もったいないだろ?」

「そうかそうか、街は燃やさないか。だが人だろうが物だろうが、燃やすのはやめろ。アリゼル、こいつの力を抑えることはできないのか?」


 ラフーリオンの呼びかけに応じて、リシュリオルの影からアリゼルが再び現れた。


「難しいですねー、精霊憑きとは精霊の力を共有しているだけなので、お互いに力を制限することなんてできませんから」


「だが、こいつが力を使うようなことがあったら止めるように努力してくれ、頼む。あとアリゼル、お前もあまり姿を見せない方がいい。お前の黒い炎を見たら、誰だって正体に気付く。面倒な奴らを惹きつけるかもしれない」


「了解です。ラフーリオンさんを困らせることなんてしませんよ」アリゼルは笑いながら、リシュリオルの影の中に消えた。


「心配だ……」

「大丈夫ですよ、リシュはそんなに悪い子じゃありません」

「そうだ、私は良い子だぞ。お前は大人しくここで爺臭い昔話の続きでもしてろ」


「……分かった。俺はベルフリスさんとここで待っているよ。アルフェルネさん、気を付けて下さい。……本当に気を付けて」


 ラフーリオンの心配を他所に楽しそうに鼻歌を歌っているリシュリオル。よく見ると、バーで出会った時から身に着けていたコートを小脇に挟んでいた。


「お前、そのコートを着るつもりなのか?」

「こんなに暑いのに着るわけ無いだろ。大事な物だから、常に持っていたいんだ」


「ずっと手に持ってたら、かさばるだろ? ちょっと貸してみろ」怪訝そうな表情でコートをラフーリオンに渡すリシュリオル。


「まあ、見てろ」ラフーリオンがコートを受け取った瞬間、コートは球状に小さくまとまった。

「異界渡りの力か」リシュリオルが驚きの表情を見せる。


「これで運びやすいだろ。あとお前の服、バーで貰ったんだろうが、ヨレヨレになっていてみっともない。そのままだと目立つから、俺が新調してやる」


 そう言うと、ラフーリオンはポケットから数個の球状に丸めた布を取り出し、はみ出た布の一片を勢いよく引っ張った。


 すると、布は瞬時に広がり、一枚の大きな生地になった。ラフーリオンは取り出した数枚の生地をリシュリオルの体に巻き付け始める。


「な、なんだよ」リシュリオルが巻き付く生地から逃げるように体を動かす。

「大人しくしてろ」

 ラフーリオンは既に生地から手を離していたが、どんどんとリシュリオルの体に纏わりつくように巻き付いていった。


 全ての生地が巻き付き終わった後、ラフーリオンは数本の針と糸を生地に縫い付けた。


 すると、巻き付いた生地達が先程よりも素早く複雑に動き始めた。生地の動きが収まると、リシュリオルの服は以前のヨレヨレの服から新品の服に交換されていた。


 足元にはリシュリオルが来ていた服の生地がバラバラになって落ちている。


「だいぶ生地が傷んでいるが、まあ雑巾くらいには使えるか」ラフーリオンはリシュリオルの足元に落ちた生地を回収して、球状にまとめた。


「ラフーリオン、見直したぞ。だけど……」リシュリオルが新しい服を見直す。黒のブラウスと、黒のスカート。


「すごく地味だな、真っ黒だ」リシュリオルの新調された服は上下とも黒色だった。

「目立たないほうがいいだろ」


(本当は売れ残りの生地が余っていただけだが)ラフーリオンは心の中で囁いた。


「逆に目立たないか?」

「それなりに良い生地なんだ。文句言うな」

「私は赤が好きだ。明るい赤色」

「次の機会があれば、考慮しておく」


「良かったわね、リシュ。似合ってるわ」アルフェルネがリシュリオルの頭を撫でる。


「そうか?」新しい服をアルフェルネに見せつけるように動き回るリシュリオル。

「これだけやってやったんだ。炎は使うなよ」

「分かった」


 ラフーリオンの言葉に、リシュリオルは先ほどとは打って変わって、素直な態度で返事をした。


「流石ですね、先生」アルフェルネが笑いながら、ラフーリオンの方を見て言う。ベルフリスも隣で笑い出しそうになっていた。


「や、やめてください。本当に」ラフーリオンは困惑の表情を見せた。


「それでは、いってきます」アルフェルネはリシュリオルの手を引っ張って、食堂の扉の向こうへと消えて行った。


「大丈夫だろうか?」未だに気が気でない様子のラフーリオン。

「大丈夫、どんな力を持っていたとしても彼女はまだ子供だよ。ラフくんが繕った服の効果が切れたら、お菓子でもあげていれば大人しくしているさ」


「そんなに簡単に済むのならいいんですが」ラフーリオンは大きな溜息をついた。


「そうそう、会議の帰りに寄った酒屋で、あまりここらでは見ない銘柄の麦酒を見つけたんだ。味見してみないか?」ベルフリスが鞄から瓶を取り出した。

「まだ朝ですけど……。でも、確かに見たことのないラベルだ」


「少しだけ呑まないか? 今日はどうせ改修工事の直後で客もいない。一杯や二杯なら問題ないさ」

「こんな時間から、流石にまずいのでは?」


「ラフくんが呑まなくても、僕は呑むぞ。つまらない区画会議で鬱憤が溜まっているからね」 


 ベルフリスはグラスを食器棚から取り出して、テーブルに置いた。そして、瓶の栓を抜き、グラスにゆっくりと流し込む。


 鼻孔をくすぐる花のような香りが部屋に満ち始めた。グラスにきめ細かな泡を作りながら、黄金色の麦酒が注がれていく。


 ラフーリオンは思わず喉を鳴らした。


「さてと、一口目をいただきますか」ベルフリスがグラスをゆっくり傾けながら、口の中に麦酒を流し込む。


「うまい! 久しぶりにこんなうまい麦酒を飲んだ気がするよ」笑顔で二口目を飲み始める。


「……俺にも一杯いただけませんか?」ラフーリオンは結局我慢ができず、麦酒を飲むことにした。


「いいとも。心配事なんて今は忘れて、楽しく飲もうじゃないか」

 ベルフリスが食器棚からグラスをもう一つ取り出し、麦酒を注いだあと、ラフーリオンに渡した。


「久しぶりの再会に乾杯」ベルフリスがグラスを差し出す。

「乾杯」二人はお互いのグラスを当て合った。

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