闘争劇
翌日、一行は闘技大会に参加する為に、大会の受付を行っている王城に向かった。受付の最中、王国の兵士から今回の闘技大会の説明を受けた。闘技大会はトーナメント形式で行われる本戦と、本戦に参加する闘技者を決める為の予選が行われる。
予選は闘技者達を幾つかのグループに分け、そのグループ内でバトルロイヤル形式の試合を行うというもので、最後まで勝ち残る事ができた者が本戦に進む。幸いな事に、ラフーリオン達四人は別々の予選グループに分けられた。
予選はトーナメントが行われるメインの巨大闘技場の周囲に複数点在する小闘技場で行われる為、ラフーリオン達は受付を終えた後、それぞれの会場に向かった。
リシュリオルは高ぶっていた。イルシュエッタの修行の成果と昨日新調した服の性能を試す機会がやっと訪れたからだ。彼女は早足気味で自分の予選グループの試合が行われる闘技場に向かう。
予選が行われる小闘技場には、既に数人の闘技者達がたむろしていた。彼らは皆一様に殺気立っており、互いに睨み合っている。その殺伐とした空間の中に、一人目を輝かせている少女の姿は明らかに場違いだった。
予選が始まるまでの間、「ここから客席には行けないよ」とか「君みたいな子が来る場所じゃない」などと彼女を心配する声を他の闘技者から掛けられた。
リシュリオルが自分も闘技大会の参加者であることを伝えると、闘技者達は笑いながら、もしくは怪訝そうな表情をして、彼女から距離を取った。
予選開始の準備の為、闘技者達が少闘技場に入場する。十数人の闘技者達が一定の間隔を空けながら、少闘技場の形に合わせて、円状に並んだ。闘技者達は、緊張した表情で対戦相手との距離や所持している武器の種類などを確認し合っていた。
リシュリオルも両隣の闘技者を見る。右には、長剣を持った筋肉質な男。左には、短剣を持ち、背中にクロスボウを背負った男。
リシュリオルは試合開始の前に闘技場の地面に落ちていた小石を数個拾ってポケットに入れておいた。
全闘技者の整列が終わったのか、複数いる審判のうちの一人が予選の試合のルールを説明を始めた。
試合はバトルロイヤル形式の個人戦。銃火器の類の武器使用は禁止。完全に意識を失った者、自主的に敗北を宣言した者は脱落。また、非好戦的な態度を取り続ける者についても即脱落とする。自分以外の闘技者が意識を失った時点で試合は終了し、最後まで意識を保っていた者が勝者となる。また、敗者の生死は問わない。
リシュリオルはあまり他者の命を奪うつもりは無かったが、自分の命に危険が及ぶ場合はこの限りではなく、容赦なく敵の息の根を止める気でいた。
彼女はラフーリオンとの異界渡りの旅で、生存の方法を学び、瞬間的な決断力が鍛えられている。そして、旅を始めた当初の感傷的な部分が異界の険しさを知るうちに少しづつ薄まってきていた。リシュリオル自身もあまり気付いていないこの二つの精神の変化が彼女の戦闘能力を向上させていた。
審判の「用意」という大声が闘技場内に響く。次の瞬間から試合が始まる。
「始め!」という声と共に試合開始のゴングが鳴った。リシュリオルは左側の男に向かって素早く走り出す。
「なんなんだよ!」男は慌てて猛烈な勢いで向かってくる彼女に向けて、背負っていたクロスボウを構える。リシュリオルはイルシュエッタから教わった指弾術により小石を数発撃ち込んだ。
リシュリオルの指から放たれた小石の弾丸は男の引き金を握る指に命中し、グチャグチャに粉砕した。クロスボウを扱うどころか、持つこともできない程に。
男はうめき声をあげながら、既に目の前まで近付いてきているリシュリオルへ向けて、短剣を振り下ろす。リシュリオルは振り下ろされる短剣よりも早く動いた。
姿勢を低く保ったまま身体を回転させ、滑り込むように男の懐に入る。そして、一撃。
低姿勢から、弾けるバネのように一気に身体を伸ばして跳躍し、男の首元に回し蹴りを見舞った。助走と回転の勢いを利用した重々しいその一撃は男を地面に叩き伏せる。
彼はこの試合の最初の脱落者となった。
リシュリオルは彼の持っていた地面に落ちたクロスボウを拾いながら、周囲の状況を一瞬だけ確認する。敵は来ていない。
そして、適当に近くにいた鍔迫り合いをしている闘技者二人に向けて引き金を引く。矢が命中するかを確認する前に一度、闘技場内の状況を確認する。自分に向かってくる闘技者は今の所いない。皆それぞれが一対一で組み合っている。
すぐにその場の確認を終え、矢の向かっていった先へ振り向く。片方の闘技者の肩の後ろに矢が刺さっており、態勢を崩していた。
(細く小さな矢だ。死にはしないだろう) その隙を見計らい、もう片方の赤髪の闘技者が長剣で止めを刺そうとしたが、相手は敗北の宣言をしたので、剣の動きが止まる。
リシュリオルは直ぐ様持っていたクロスボウを捨て、生き残った方の闘技者に向かって走り出した。まだ彼はこちらに気付いていない。
赤髪の男は息を荒げて、たった今まで戦っていた相手を見ている。リシュリオルが粗土の地面を駆ける音が赤髪の男に近付いていく。
彼は倒した相手の身体に矢が刺さっている事に気付き、周囲を警戒するが、リシュリオルが接近するには十分な時間を彼女に与えてしまった。
こっそり最初に薙ぎ倒した男から奪っていた短剣を赤髪の男に向かって投げつける。彼は急に飛んできた短剣に対して、反射的に剣で振り払おうとする。
リシュリオルはその隙に彼の背後に回り込む。赤髪の男はすぐに後ろへ振り向こうとしたが、リシュリオルが打ち込んだ拳が顎をかすめる。脳震盪を起こしたのか、彼は気絶し、その場に倒れ込んだ。
地面に倒れ込む赤髪の男から目線を反らし、すぐに周囲の状況確認。自分を除いて、あと四人いる。いや、今一人倒れた。あと三人。
残った闘技者達は互いに牽制し合い、間合いをはかっている。
リシュリオルの位置は二人の闘技者に挟まれる形になっていた。もう一人は離れた場所から様子を見ている。
リシュリオルを挟む位置にいる二人の闘技者が距離を詰めてきた。二人がかりで潰しにくるつもりだろう。一人は双剣、一人は長柄の槍を持っている。
双剣の男が初めに仕掛けてくる。リシュリオルは双剣の男の顔に向けて、数発の小石を指で撃ち出す。男はギリギリでそれを避けたが、態勢が崩れてしまい、リシュリオルの拳を胴体に受けてしまう。
怯んだ双剣の男に止めを刺そうとしたが、背後から槍による攻撃が迫っている予感がしたので、追撃を中止する。
リシュリオルの予感通りに槍の男が猛進してきていた。素早い突きが繰り出される。紙一重で槍を躱し、逆にその槍の柄を掴み、膝を使って槍を真っ二つにへし折った。
そして、刃先が付いている方をこちらに向かって来ていた双剣の男に向けてぶん投げる。槍の刃先は双剣の男の頭をかすめて闘技場の壁に突き刺さった。双剣の男の顔から冷や汗が噴き出す。
「ま、参った」双剣の男は持っていた剣を地面に落としながら、言った。
「俺も降りる」槍の男もただの棒になってしまった槍を捨てて、両手を上げている。
リシュリオルは最後に残った一人の方を見る。彼は無言のまま、慌てて武器を落としながら、両手を上げた。この瞬間、審判の叫び声が闘技場内に響き渡る。
「勝者! リシュリオル!」客席から歓声が上がった。リシュリオルを称える声がそこら中から聞こえた。
彼女は笑顔で客席に手を振りながら、闘技場を出ていった。
リシュリオルは本戦への出場の受付を済ませた後、他のメンバーと合流する予定だったホテルのフロントに向かった。
そこには既にラトーディシャがいて、ソファに座って本を読んでいる。リシュリオルはラトーディシャに声も掛けずに、彼から遠い場所のソファに座った。
「挨拶ぐらいしたらどうです?」アリゼルが話しかけてくる。
「誰がするか、奴は氷の竜だぞ」リシュリオルが腕を組みながら、不機嫌そうに言う。変わることの無い彼女の態度にアリゼルは大きくため息をつく。
「リシュ。何度も言っていますが、彼は関係ありませんよ」
「それ以外の事でも、何か気に食わない」
「何ですか、それ……」
リシュリオルとアリゼルが話している時、足音が近付いてきた。リシュリオルは足音の正体を知り、舌打ちする。ラトーディシャが目の前に現れた。
「やあ、本戦には進めたのかな?」ラトーディシャは微笑みながら話しかける。リシュリオルは明後日の方向を見ながら、何も聞こえていないふりをする。
ラトーディシャはリシュリオルの予想通りの反応に苦笑した。ラトーディシャは本題に入る前に少しだけリシュリオルと打ち解けておきたかったが、今の彼女には何を言っても無駄だと判断し、唐突に言い放つ。
「氷の竜のことについて話そう」
その言葉を聞いて、ラトーディシャの顔を見るリシュリオル。無表情だったが、その瞳の中には激しい憎悪の念が渦巻いていた。
「何を?」リシュリオルが椅子から立ち上がり、ラトーディシャにゆっくりと近付く。
「何を話すんだ? 言ってみろよ」リシュリオルがラトーディシャの服の襟を掴む。
「落ち着いて、リシュ」アリゼルがリシュリオルを止めに入ろうとするが、ラトーディシャは手助けは必要ない、という仕草をする。
「君がいた街にいる氷の竜の事だ」
「私がいた街? どうしてその事を知っている? それを知るお前は何者なんだ? 正直、私は自身を氷の竜だと言うお前の事を全く信用できない。お前が私にとって信頼できる者なのか、証明してみせろ!」
リシュリオルの叫び声がフロントに広がり、宿泊客や従業員の視線が彼女達に集中する。
ざわつくフロントにラフーリオンとゼールベルが戻ってきた。
騒がしい空気の原因を探る為、ラフーリオンはフロア全体を見渡した。
そして、大声で叫ぶリシュリオルとそれに掴まれるラトーディシャを見てしまう。ラフーリオンは騒ぎの中心がリシュリオル達である事を知り、ゼールベルの肩を叩いた後、指を差す。
ラフーリオンの指先にラトーディシャとリシュリオルがいるのを見たゼールベルは真っ先に両者の間に入り、二人を突き放した。
「何やってる、お前ら!」ゼールベルが怒鳴る。
「邪魔が入ったね。また後で、落ち着いて話し合おう」ラトーディシャはそう言いながら、崩れた衣服を整えた。そして、自分の部屋に戻っていった。
「何があった?」ラフーリオンがリシュリオルに近付き質問したが、リシュリオルは彼の方を見なかった。
「なんでもない」リシュリオルの視線の先には暫く、部屋に戻っていくラトーディシャがいた。
ラトーディシャが視界から消えると、ラフーリオンの方へ振り向く。
「ラフーリオン、お前は本戦に進めたのか?」リシュリオルの顔からは先程の憤怒の表情は消えており、ラフーリオンを馬鹿にするように笑っていた。
「まあな」
「すごいなぁ。どうせ予選落ちだと思ったよ」わざとらしく驚きながら言うリシュリオル。ラフーリオンは彼女の反応に苛立ちを覚えた。
「俺をあまり舐めるな」
「どうやって、勝ったんだ?」
「実力だよ」フッと笑って、リシュリオルを見る。
ゼールベルが後ろから、得意気に話すラフーリオンに対して、軽蔑の目を向けている。
「何が実力だ。俺の試合が終わった後、こいつがどうなっているか心配で見に行ったら、こいつは透明になる外套で闘技者が最後の一人になるのを闘技場の端に隠れて待っていたんだ。そして、最後の一人が勝利を喜んでいる所を、後ろから頭をガツンと殴って、倒したんだ」
「それって、ルール違反じゃないのか」リシュリオルがラフーリオンを冷やかな目で見る。
「最後まで俺の事を見抜けなかった審判が悪い」自慢気に話すラフーリオン。
「ラフーリオンさんらしいですね」アリゼルが可笑しそうに笑う。
「本当にな」リシュリオルは呆れ返り、顔から笑みを消していた。
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