第三章:炎と氷の闘技場
戦人、集え
ここはどこかの世界、どこかの街。熱気溢れる闘技場。この地には力を競い、力を求める者が集う。戦いの最中、戦士達の雄叫びと断末魔が木霊する。また勝者と敗者が生まれた。
ここはどこかの世界、どこかの街。男と少女は未だ異界を渡り続けている。少女は異界を渡り歩く事で、成長していた。訪れた街にあるのは闘技場。異界渡りの旅で育った彼女の力が試される。
ラフーリオンとリシュリオルの異界渡りの旅はまだ続いていた。ラフーリオンにはあまり変化は無かったが、リシュリオルは肉体的にも精神的にも成長し、少しずつ大人に近付いていた。
そして今、ラフーリオンとリシュリオルは巨大な闘技場のある世界に訪れていた。もうすぐ国を挙げた大きな闘技大会が開催されるらしく、街の通りを見回すと、屈強な戦士達が互いに視線をぶつけ合っていた。街の中には今にも戦いが始まってしまいそうな、緊張した空気が張り詰めていた。
リシュリオルはイルシュエッタから受け取った指南書による修行によって、その力を大きく伸ばしていた。彼女もまた他の戦士達と同様に自身の実力を試したくて仕方が無かった。
戦いをできるだけ避けようとするラフーリオンには戦士達の気持ちはよく分からなかった。彼は強い者と戦う事や強くなる事に一切興味が無い。彼にとってはこの世界はただむさ苦しいだけの居心地の悪い空間だった。
「どうして、そんなに誰かと戦いたがったり、強さを求めるのか、俺にはさっぱり分からん」ラフーリオンはたまたま入ったカフェから白けた目で街の様子を伺っていた。
「私はもっと強くなりたいと思う。それに、修行の成果を試したいとも思ってる。悲しい事にラフーリオンじゃ相手にならないからな」握りしめた拳を見つめるリシュリオル。
この時、ラフーリオンの力では精霊の力を抜いてもリシュリオルの強さには敵わなかった。
「そいつは申し訳無いな。俺じゃあ相手が務まらないなら、他の誰かに付いていけばいい」
ラフーリオンはリシュリオルにわざと冷たい態度を取っていた。彼は船の世界でリシュリオルが示した決意が自分の目的に対する意志を弱めてしまう事を恐れていた。
「そんなことはできない。私はお前に対して、抵抗を続ける」彼女の決意はラフーリオンが思っていたよりも強く、決して折れることはなかった。
ラフーリオンとリシュリオルが無言で睨み合っていると、ハット帽を被った背の高い男が話しかけてきた。
「何処かで見たことがある姿だと思ったが、ラフじゃないか。まだ生きていたんだな」
「ゼル! お前こそまだ生きていたのか?」ラフーリオンが目を大きく見開く。
「酷いな、ラフ。俺はそう簡単には死なない男さ」帽子を被り直すゼルと呼ばれた男。
「誰だ? この胡散臭いおっさんは」リシュリオルがつまらなそうにラフーリオンに聞く。
「こいつはゼールベル。見た目通りの胡散臭い伝記を書いているロープを扱う異界渡りだ。一応、俺の知り合い」
「おっさんとか胡散臭いとか、酷いな……」帽子のツバを持ち、顔を伏せるゼールベル。顔を上げ直して、リシュリオルの顔をじっと見ながら質問する。
「そう言うラフーリオンと仲良く話す君は誰なんだい?」その質問にリシュリオルはラフーリオンを一瞥してから答えた。
「私はリシュ。リシュリオル。ラフーリオンの目的を止める為に一緒に異界を渡ってる」その答えを聞いて、笑い出すゼールベル。
「こいつの目的を? ラフ、良い子に会えて良かったじゃないか」ゼールベルはまだ笑っている。
「余計なお世話だ」
「俺も何度もラフを説得しようとしたが、こいつは俺の言葉なんて一欠片も聞こうとしなかった。だから、もう諦めてる。こいつが何処でくたばろうが関係ないってな」ゼールベルの言葉からは苛立ちを感じられた。
「私は決めたんだ。最後まで諦めたりしない」リシュリオルの言葉を聞いて、ラフーリオンは彼女から目を逸らした。
彼女の決意の強さに改めて、畏怖の念を抱いた。このままでは本当に目的を達成できなくなるかもしれないと。
ラフーリオンの気持ちとは裏腹にゼールベルは呑気にリシュリオルに話しかけていた。
「こんな奴、放っておいて俺と一緒に来ないか? 女の子がいると、旅も華やぐと思うんだ」
「嫌だ。ラフーリオン以外の奴と旅する事になっても、おっさんとは嫌だ」リシュリオルはきっぱりと断った。
「そんなぁ」ゼールベルが間の抜けた声を上げる。その気の抜けるような声を聞いて、ラフーリオンはほくそ笑んだ。
ゼールベルはリシュリオルにしつこく話し掛けたが、彼のあらゆる言葉は直ぐに一蹴された。ゼールベルはそれでも諦めがつかなかったのか、今度はラフーリオンに彼女を説得してくれと頼み込んできた。ゼールベルのぐだぐだとしたつまらない話を聞き流していると、彼の名前を呼ぶ声が何処からか聞こえてきた。
「おい、ゼル! 探したぞ!」声の主は少年だった。少年は透明感のある青白い髪に、輝く金色の瞳をしていた。
「おお、ラトー。すまん、知り合いがいたもんで。ははは」ゼールベルは少しも謝る気が無さそうに笑っていた。
「ふざけるな! 急に何処かに消えるな!」少年の怒号が店内に響く。その声に反応したように、アリゼルがリシュリオルの影から飛び出した。
「何やら懐かしい気配がすると思ったら、ラトーさんでしたか!」いつもより楽しそうに笑うアリゼル。
「その声、久しぶりに聞いたよ! まさか、こんな所で会えるなんて」少年とアリゼルは周りを置き去りにして、互いの身の上話をし始めた。
「この少年とは、知り合いなのか?」
「ラトー、この方は何者なんだ?」
ラフーリオンとゼールベルが同時に口を開く。
「君から紹介してくれないか?」少年がアリゼルに視線を送り、紹介を頼む。
「分かりました。……まず、私はアリゼル・レガと申します。そこの彼女、リシュリオルを宿主とする精霊です」
「アリゼル・レガ! 太陽の国の精霊にこんなところで会えるなんて」感激するゼールベル。
「後でサインくれ!」ゼールベルはそう言って、ポケットからペンと紙を取り出した。
「少し黙っていろよ、ゼル」少年が鋭い目つきでゼールベルを睨みつける。
「……はい」少年の言葉でゼールベルは大人しくなった。ラフーリオンは縮こまるゼールベルを見て、鼻で笑った。アリゼルは少年に手を差し向けて、紹介を続ける。
「そこの少年は、ラトーディシャ。氷の竜の一族です。私が前の宿主に憑いていた時に、雪の世界で出会いました。まさか異界渡りになっていたとは」
「ゼールベル、何だかもの凄い奴と旅をしているんだな」ラフーリオンが目を丸くして言った。
「お前こそ。俺達、奇妙な縁に恵まれているな」ゼールベルは感慨深そうに頷く。驚きを共感し合う二人の隣でリシュリオルがわなわなと身体を震わせていた。
「氷の竜? それに、前の宿主だと? アリゼル、こいつは誰だ!」リシュリオルが椅子から立ち上がり、ラトーディシャを見て、怒鳴る。
「リシュ、彼は違います。ラトーさんはあの街の事とは関係ありません」
「本当にそうなのか? 本当に奴とは無関係なのか?」リシュリオルがラトーディシャを見る瞳の中には、尋常ではない怒りの念が込められていた。
「早速、嫌われてしまったみたいだね」ラトーディシャは困った表情をしながら言った。
「あとで事情は話します。リシュ、落ち着いて」アリゼルがリシュリオルをなだめる。
「いや、この事は僕から話す。事情は何となく察した。リシュリオル……と言ったかな、今は気を鎮めてくれないか?」
「……ああ、分かったよ」ラトーディシャの提案に承諾をするように頷いたリシュリオルだったが、依然その瞳の奥には怒りの火が灯っていた。
ラフーリオンはリシュリオルのただならぬ様子に驚いていたが、彼女にそれを聞こうとする気はもう無かった。幾度となく彼女がいた街の事を聞こうとしたが、彼女はどんな質問に答えなかったからだ。
隣りにいたゼールベルも流石に空気を読み、リシュリオルに対し、これ以上の追求はしなかった。そして、重い空気を和らげる為、その場にいた全員に向かって提案する。
「あー、少し気まずい空気になったが、互いに久しぶりの再会ができたんだ。丁度、昼時だし、一緒に飯でも食わないか?」
「……そうだな。そうしよう」ラフーリオンもゼールベルの意見に同意し、店員を呼んだ。
食事中、ラフーリオンはゼールベルにラトーディシャとの関係を尋ねた。ゼールベルはラトーディシャと出会った時の話をした。
ラトーディシャとは、ゼールベルが雪の世界の雪原で次の異界の扉の鍵を探している際に出会った。ラトーディシャ自身が異界の鍵だったのだが、彼はとある事情でその雪原から抜け出せなくなっていた。
雪原に長く囚われ、ラトーディシャの竜の力は衰えていた。過度の弱化によって竜の姿を維持できない為、彼は今の少年の姿をしているらしい。ゼールベルはラトーディシャから雪原から出る方法を聞き、彼を助けてあげた。
そして、ラトーディシャは異界渡りとして、ゼールベルと共に行動することになった。
ゼールベルはラトーディシャとの関係について話した後、ラフーリオンとリシュリオルの関係について同じ様に聞いてきた。どうやって出会ったのか、どんな旅をしてきたのか、そんな他愛のない質問をラフーリオンは素っ気なく受け答えした。
ゼールベルはラフーリオンの目的の事やリシュリオルの街の事については話題にしないようにしているのが、彼の言葉選びから伺えた。
ラフーリオンとゼールベルが話している間、ラトーディシャとアリゼルは時折、口を挟んできたが、リシュリオルは黙々と出された料理を食べているだけだった。
アリゼルが彼女を気遣って、なだめるように話しかけたりもしたが、リシュリオルは最後まで会話に参加することは無かった。ラフーリオンは彼女の強情さに、ほとほと呆れていた。
食後にコーヒーを飲んでいると、食事中からずっとつけっぱなしだったテレビから一際大きな歓声が聞こえてきた。
テレビの画面にはこの国の王族らしき人々が映っており、何やら次回に開催される闘技大会について説明しているようだった。
「我が国の伝統ある闘技大会も、遂に次回の開催をもって千回目となる。そこで、千回目の闘技大会に相応しい報酬を提供することにした。優勝者には我が娘の一人、第三王女であるリアノイエと婚約する事で、王族の一員となる権利を与えよう」
「何を言ってるんだ、このオヤジは」ラフーリオンは鼻で笑いながら、テレビの画面を見ていた。だが、次の瞬間に彼の顔から笑みが消えた。
王の背後から現れた第三王女を名乗る少女から、異界の鍵の気配が伝わってきたのだ。ラフーリオンは他の面子と顔を見合わせる。皆が唖然とした顔をしていた。どうやら全員、次の異界への鍵がテレビに映っている王女らしい。
「テレビでも異界の鍵って、分かるんだね」ゼールベルが間の抜けた顔で呟いた。
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