第二章:平和海域

大海原には船が浮かぶ

 ここはどこかの世界、どこかの街。見渡す限りの大海原。海の上には沢山の廃船が浮かぶ。船の墓場。過去には船上に人が住む街があったのだろうか。しかし、今はもぬけの殻。船のきしむ音だけが鳴り響く。


 ここはどこかの世界、どこかの街。男と少女は異界を渡り続けていた。そして、今度は廃船の上。人の気配の無い廃墟となった街の探索。異界渡り達も知らぬ未知の世界を旅する。




 砂の異界を後にしたラフーリオン達は、その後、いくつかの異界を渡り歩いた。都市、農村、森、渓谷。二人が歩いた異界は沢山の人々の生活や景色を見せた。


 そして、今回の異界の扉の先は強い日差しが差す海の上、巨大な船の甲板へと繫がっていた。両隣にも大型の船がずらりと並んでおり、甲板から隣の船に繋がる橋がかかっていた。


 二人は無数の船の上に作られた街に辿り着いたのだった。


「変わったところだ。船の上に街を作るなんて」ラフーリオンが辺りを見回す。

「ラフーリオンも始めて来る世界なのか?」同じように海を見渡すリシュリオル。

「ああ、来たことのない世界だ。他の異界渡りから聞いたこともない」


「珍しいですね。ラフーリオンさんが見たことも聞いたこともない異界なんて」アリゼルがリシュリオルの影から現れる。

「今まで渡った全ての異界にラフーリオンは訪れていたからな」リシュリオルがアリゼルの言葉に続けるように話す。


「異界は無限に近い数が存在すると聞いたことがある。俺が知らない場所も多いだろう。ただ異界渡りによって、辿り着く異界の傾向はあるらしいが」

「誰も知らない未知の異界。楽しみですねー」愉快そうに笑うアリゼル。

「あんまり楽しいだけじゃないがな。こういう世界では何が起こるか全く分からない」ラフーリオンは改めて鋭い目つきで周囲を見回す。


「取り敢えず、この船を調べてみるか」ラフーリオンたちは異界の扉に繋がっていた船の中を探索し始めた。船は大型の旅客船でレストランやバーなどの飲食施設、プール、シアター、カジノなどの娯楽施設が多数設けられていた。


 だが、船内は荒れに荒れており、壁紙も剥がれかけ、床も所々抜け落ちている。そして、船体の殆どが海に浸かっていた為、生身で探索できる場所はあまり無かった。これ以上この船にいても仕方がないとラフーリオンが判断し、二人は甲板に戻ることにした。


「何もないな。あるのは廃船になった豪華客船だけみたいだ」ラフーリオンは甲板から見える大量の船を見渡して、ため息をついた。

「他の船もあまり期待できそうにないな」

「ああ、よく見ると、他のどの船も外装がボロボロになって剥がれかけてる」リシュリオルが船体の表面へと目を凝らす。


「この世界に人はいないんでしょうか? こんなに大きな船が何隻もあるなら、一人くらい人間がいてもいいと思うのですが」アリゼルがリシュリオルの隣にいる時よりも高く浮かび上がり、空中から周囲を見回した。


「人がいなくなった異界もある。そういう異界にも何度か訪れたことがある」ラフーリオンが答える。

「人がいなくなった? どういうことだ?」

「……戦争とか伝染病とか、何かしらの理由があって、その街の人間が全滅したってことだ。……人が消えても扉は残るから、異界の扉として通ることはできる」口を開くのを少し躊躇うように話すラフーリオン。


「異界の全てが平和ってわけじゃないのか」リシュリオルは異界の暗面を知り、少し悲しくなる。

「どんな世界にも良い面と悪い面があるもんだ。目に見える表面だけで世界の情勢を判断するのは良くない」

「リシュがいた世界にはいろいろありましたからね。異界に平穏な世界を期待するのも分かります」アリゼルが上空から降りてきた。リシュリオルはアリゼルの言葉を聞いて、舌打ちをする。


「そんなに酷いところだったのか? お前の住んでいた街は」

「あの街の事は話したくない」リシュリオルはそっぽを向いてしまい、自分が住んでいた街について何も話さなかった。


「まあ、誰にでも言いたくないことはあるだろうさ。……さて、ここでお喋りを続けていても問題は解決しないし、他の船に行ってみるか」ラフーリオンは好奇心を抑えて、今立っている船に隣接している貨物船に向かって歩き出した。


 貨物船には、大量のコンテナが無造作に積まれており、甲板は迷路のようになっていた。崩れ落ちたコンテナを避けながら、甲板を歩き回るラフーリオン達。


 だが、この船にもめぼしいものは何も無かった。今にもコンテナが崩れ落ちてきそうだったので、急いで隣の船に向かった。


 貨物船の隣の船はクルーザーだった。その隣の船は大型漁船。いずれの船にも人や鍵の気配は無かった。


「船にもいろいろあるんだな。勉強になる」ラフーリオンは興味深そうに頷きながら、船を見て回る。

「どうでもいいよ、そんな事」リシュリオルは悪態をつきながら、ラフーリオンの後をつまらなそうに付いていった。


 船の上を渡り歩き、探索を続けているとリシュリオルが何かに気付く。


「おい、あれを見ろ」数隻隣にある船を指差すリシュリオル。

「誰かいますねー。ここからではどんな人かは分からないですけど」アリゼルが上空から呟く。


「ここに来て、初めての人か。どんな奴か分からん。注意して近づくぞ」ラフーリオンが先行して、慎重に船との距離を狭める。船に近づくに連れて、今まで見てきた船とは異なる様相をしていることに気付く。


「軍艦だ。この世界での戦争で使われていたんだろう」ラフーリオンは船体から飛び抜けた背の高い檣楼を見上げる。ラフーリオンは何かを察知したようにリシュリオルの方を見る。


 リシュリオルは彼の視線の動きに合わせて頷く。

「鍵の気配がする」

「ああ、この船からだな」


 二人は再び目の前の巨大な軍艦を見上げた。


 ラフーリオン達は軍艦の甲板に向かう為、船体にかかる梯子に取り付いていた。他の沈みかけの船と違い、軍艦はしっかりと海上に浮かんでいる。その為、船同士を繋ぐ橋が架かっておらず、長い梯子で船体を登る必要があった。


「もうすぐ甲板に出る。ここからは更に慎重に行くぞ。アリゼル、甲板の様子を覗いてきてくれないか?」

「お安い御用です」


 アリゼルが船体の壁に沿いながら浮上し、甲板を覗きに行った。しばらくすると、ラフーリオン達の元に戻ってきた。


「この梯子を登り切ると、檣楼の真横辺りに出るみたいです。あと艦首の方、一番手前の砲塔の近くにスーツを着た若い女性が二人いました。何かを探しているようでしたが……」


「スーツ? ……取り敢えず、俺一人でその二人に接触してみる。何かあったら合図を送る」ラフーリオンは梯子を登りきり、甲板に足をつける。リシュリオルは見つからないように、梯子の近くで待機していた。


 アリゼルが言っていた通り、二人の女性は一番手前の砲塔の辺りにいて、何やら話し込んでいた。ラフーリオンは彼女達に見つからないように、甲板上の設備の陰に隠れながら艦首付近の砲塔に近付いていく。二人に気付かれずに、砲塔の側まで辿り着いたラフーリオン。更に彼女達に近付いていく。二人の内の一人が笑い声を上げる。


(なんだか聞き覚えのある声だ。気のせいだろうか? ……嫌な予感がする)ラフーリオンは聞き覚えのある笑い声に不安を感じながら、彼女達の死角から顔を覗き見る。一人は長い金髪、もう一人は明るめの茶髪を後ろに結んでいた。


(まさか……)二人の内の一人はラフーリオンがよく知っている人物だった。


 リシュリオルと出会う前に、弟子として一緒に異界を渡っていた――。

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