第二話

第2話

あの男がちっとも離さなかったせいで、ドンキで洗剤を買っていたら家路につくのに12時を回ってしまった。

アイツときたら時間が過ぎても名一杯「楽しみ」やがったおかげで深夜までうろつかなきゃならなくなってしまったことにイライラする。

しかも、誰も良いと言ってもないのに汚いものをつけたまま口にまで突っ込みやがった。


この町は、駅前から数分歩けば足元はどっぷりと宵闇に飲まれて街灯もまばらになる。

この街はさみしい。田舎の町はどこもわずかな光を取り合い肩をぎゅうぎゅうに詰め合っている。疲れ切って、住人以上に歳を取ったかの様にガタが来た家々の群れ。ひび割れた塀に錆び切った襤褸の鉄階段。

本当はこの世で僕は独りぼっちなんじゃないかと錯覚する。


住んでいるアパートが見えてきた。僕はポケットに手を突っ込んで鍵を引き摺り出す。

タンタンと音を鳴らしながら、他のアパートよりは幾分かペンキを塗り替えられ新しく見える鉄階段を上る。

このアパートは他の襤褸に比べればまだ新しい。と、思う。建物も人間も若い方が良い。おっさんは図々しいしね。

やって貰って当然とか思ってるし遠慮がないんだよな。感謝がない。それにケチ。君も気持ちよかったからタダで良いでしょとか言う。キモい。

仕事の愚痴をボヤいていたら部屋まであっという間に着き僕は鍵を差し込んで回す。


「ただいま。」

ドアを開けモザイク状のドア窓から見える明かりの中にいる温もりに帰宅を告げる挨拶をして僕は漏れ出る光の中に急いだ。

「ごめん遅くなっちゃって。客が時間オーバーしても離さなくってさぁ。マジウザかったんだよ。直ぐに洗濯機回すけどもう洗濯籠に洗濯物入れておいてくれた?ってか風呂入った?入ってないならもうちょっと待ってから洗濯するけど。」

「もう入ったし洗剤も買って洗濯しちゃった。タツヤ夜遅くなること多いから。」

繰り出される僕のマシンガントークにコウジが苦笑しながら答えたのを見て、自分の話ばかりしまくる自分と夜遅くになってしまってばかりの自分とが合わさってとても恥ずかしく感じた。


「何度もごめん。今日は当番だから早く帰ってくるつもりだったんだよ。本当にごめん。何度もコウジに押し付けちゃってごめん。」

僕は顔の前に両手を合わせる。

このジェスチャーをするのは何度目だろう。こうして何度も手を合わせ、何度もコウジは僕を笑って許してくれている。そのことを本当に申し訳なく感じている。

「いいよいいよ。タツヤは俺と違って働いてるんだしさ。夜働きながら夜家事やるのは難しいし、俺は学生なんだから多めにやるよ。」

コウジは相変わらず苦笑しつつ、だから気にしないでと付け足した。

「ほら、そんな弱った犬みたいなかしないでさ。お風呂入ろうよ。ホテルのシャワーより家の湯船の方が落ち着くでしょ?」

そういうとコウジは湯船の追い炊きに向かった。

コウジは誰とも違う。高校も行っていない僕を差別もせずにいてくれる。一緒にいてくれる恩人でもあり友人でもありかけがえのない人だ。


この部屋は広くはない。寝室とキッチン、風呂トイレは別でリビングが一つ。

リビングには僕が寝て寝室ではコウジが寝る。

朝はあまり早く起きられないけどコウジの邪魔にはなっていないはずだ。二人分の広さはあるし。

机に広げられた参考書を片付け始めるとコウジはもう寝る時間だ。僕が風呂から上がるころにはコウジはもう寝ているだろう。

もう少し話をしていたかったけれどコウジは朝が早いし迷惑をかけたくない。

コウジお休み。そう言って僕は脱衣所へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

分裂な自我 モイラ @onigashima5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ