分裂な自我

モイラ

第1話

僕はホモじゃない。お金がなくて仕方なくやってるだけだ。


夜の帳が下りても、この辺りは車のヘッドライトや町明かりが煌々と光り、まるで昼のように明るい。至る所で吐き出される光を浴びながら、僕は仕事をするために待ち合わせ場所に向かっていた。

駅前のバス停が待ち合わせ場所、いつもの場所だ。僕を買う男はいつもこの場所を指定する。理由は知らないけど、決まりでもあるんだろう。この時間にはバスはでないのにバス停の前には男が居た。あの男が今日の客だろう。


「君だよね?」まだ少し、距離が離れていたと言うのに男は僕に話しかけてきた。返事を返す間もなく男は話し続ける。


「君、若いね。年はいくつ?それにゲイなのかい?今日が初めて?」

「年は15、ホモじゃないよ。お金がなくて仕方なくやってるだけ、初めてならビクついてるでしょ。」

「15?その割には茶髪にして、ピアスまで開けて色気付いてんじゃん。」


僕は返事をしなかった。舐め回す視線も下品な声も不快だった。お前の為じゃねぇよ。そう言わなかったのは自由になるために、生きていくために失ったものか、あるいは手にいれたものがそうさせたのかも知れない。


「ほら、行くよ。」


男は僕の腰に手を回し、手を繋いで指を絡める。意外だった。今までの客は他人を装えとか親子を演じるように言ってきたからだ。僕の腰に回された腕に力が入るのを感じた。男の息遣いを感じるまで抱き寄せられ、恋人のように寄り添いながら目的の場所へと僕を連れていく。


初めての事に僕はどぎまぎして心臓が少し早く動いたけれど、相手が客だと思うと直ぐに心臓は平静を取り戻した。

色気があって可愛いよ。そんな、お世辞とも本気かも分からないことを言われ続けたが、余りに大げさに褒められるごとに僕の心臓と共に頭も冷めていった。冷めた頭で僕は適当な生返事を返し続けたけど、男は興奮して気付かないのか饒舌に僕を誉め続けている。


洗剤が少なくなってたな。終わったら、ドンキにでも寄って洗剤を買わないとな。自由は面倒だ。食事の準備も、洗濯もしなければいけなくなった。家事を終わらせてなかった僕は、男の言葉は全然頭に入ってこなかったけど男はホテルに付くまで永遠と僕を誉め続けていた。僕を誉めたかったのか自分の興奮させるためなのかは分からなかったけど。


男にエスコートされるように曳かれ、ホテル街へと入っていく。薄汚いビルから赤や青に光る看板が腕を伸ばすさまが、けばけばしい年増女の客引きか必死に客をとろうと手を伸ばすたちんぼのような醜さを感じた。


僕は男に引かれるままホテルへと入る。ここはホモ御用達のホテルだ。たぶん。いつもこのホテルに入るからそう思う。あのバス停の様に決まりがあるんだろう。部屋にも文句はないし、どうでも良いんだけど。

フロントから鍵を貰い、エレベーターに乗るとき、男のズボンはこれ以上なく膨れ上がっていた。男の、グロテスクなまでの性欲を見せ付けられたような抑える気の無い明け透けな性欲を感じて、なれているはずなのに体がこわばっていくのを感じた。


男が鍵穴につっこみ、回す。ドアを開けるより少し早く腰に回った腕に力が入れられ、つんのめるようにして僕は部屋へと引き込まれた。


部屋に入った途端うなじに唇を押し付けられる。

「シャワー浴びないといけないんだけど。」

そう言っても首筋への愛撫を止める気配がない。仕方なく僕は身をよじって、男の拘束に抵抗する。

「雰囲気無いなぁ。」

男はボヤキながらも僕から離れた。でも、君は可愛いから許したげると耳許で囁きながら。


「ねぇ、ここで脱いでよ。」

「え?ここで?」

初めての要求だった。ネコもタチもやったことはある。沢山の客を取ったけど今までは早く済まして終わってたし。

男は早く脱ぐように急かす。僕は戸惑いながらシャツを脱いでいく。シャツを脱ぎ、ズボンに手をかけたとき戸惑いが羞恥に変わった。急に体温が上がり体が熱を持つ。たぶん僕は顔を真っ赤にしてたと思う。言葉もつっかえながらしか話せなかった。


「あ、あの、やっぱりここじゃないとダメ?」

「顔が赤くて可愛い。代わりにサービスしてね?」

軽く抱きしめ、唇に軽く触れるだけのキスを落とすと、男は僕を浴室へと解放した。


「オレ、タチだからね。」

これで「シャワー」の内容が決まる。ネコは準備がいるのだ。別に初めてじゃない、慣れている。でも、さっきの羞恥が残っていたのか、僕はシャワーノズル外したまま立ちすくんでしまった。


不意に、唇に押し付けられた男の唇の感触を思い出し赤面する。感じたことのない気持ちを解決できないまま、僕は準備を始める。その動作一つ一つを終えるたびに、これからあの男に抱かれるんだという実感が心臓の鼓動を激しくさせた。


「上がったよ。」

「顔赤いじゃん。ノンケなのに期待しちゃった?」

クスクスからかう様に笑う男は、妙な色気を漂わせていた。


「俺が上がるまでに服着といて。脱がされるのも興奮するんだよ。」

そう言って男は浴槽に入っていった。


風呂から上がったばかりだから暑いんだよなぁ。そう愚痴をこぼしながら服を着る。やっぱり暑い。でも、いつもより暑く感じたのは部屋が暑かったからなのか、それとも別の理由なのかはわからなかった。


男は体を拭くのもそこそこに浴室から出てきた。服を着ていた時の見た目以上に引き締まった体に、下着の中では窮屈そうにする男のモノが強く自己主張していた。


「かわいいよ。」男は僕を抱きしめると耳朶を甘噛みする。男の体温や、熱い吐息がハッキリと感じられ吐息が耳に入り脳まで入り込んで来るように感じた。


男はゆっくりと僕を押し倒す。シャツの中に入ってきた手は艶かしく僕の体を這い回る。しっかりと、確かに僕の体を撫でまわり這い回った。掴むと言う程の力ではなかったが、触ると言うには余りにも無遠慮でしっかりとした手つきだった。


徐々にシャツを捲り上げ、追いかけるように男は熱い舌を僕の体に這わせた。体温を上回る赤い熱舌は、僕の理性を鈍らせていく。下半身が熱い。攻められる上半身に比例して下半身の熱も上がっていく。


「固くなってる。ズボン、ぬごっか。」

ズボン越しに撫でられた僕のモノは、自分でも信じられないくらいに膨張していた。


ズボンを脱がされる、いや、僕は示し合わせたように腰を浮かせた。脱がせてもらったんだ。男は下着以外の全てを取り去った裸を満足げに眺めると、舌を絡めたキスをした。


「君、ホントにゲイじゃないの?。」

「違うよ、お金の為に」

「へぇ、ノンケなのに男とキスして体舐められて勃起してるんだ。」


男は下着越しに僕のをしごく。興奮の頂点が、僕の下着にシミを作っていた。変態だね。耳元でささやかれた僕は返事が出来なかった。それは腰が抜けてしまって出来なかったのか、認めたくなかったのかは分かりたくなかった。


彼はおもむろに下着を下す。下着の中からは、きっと体の中で一番熱い塊が空を見上げた。

「しゃぶれ。」


低く唸るような声だった。命令形の言葉は初めてだったけど、反抗心はわかなかった。熱にあてられたのか脳がしびれる。僕は命じられるまま熱の塊に舌を這わせた。ピチャ、ミチャ、自分がこんな淫靡な水音をたてている事実にクラクラする。


僕は懸命に舌を這わせた。口の中に、僕の下着を汚したモノと同じ感触を感じる。そのことが、下着を汚した僕はとてもはしたないことをしたような気がして羞恥心を煽った。


僕は自分が望んで、能動的に、強く吸う、舌を巻きつける。そのたびに顔を歪め息が上がっていく彼に、下半身が反応する事実を僕はもう否定できなくなっていた。


「欲しがってる顔してる。」

顎の下に手を入れ、口淫を中断させた彼は僕の口内を舌で犯す。長い長いキスだった。酸欠でぼぅっとする。口の端から銀の糸が垂れる。もう唾液を制御することができない。きっと僕は無防備で、欲望を隠せていない。僕は彼の手を取り、欲しい、そう言った。


「ローションとゴム取って。」

言われるがままに動く。四つん這いになって、受け入れる体制になる。彼は僕の入り口に潤滑剤を丹念に塗り込み、ゆっくりとほぐす。今までは、機械的な準備だった筈のこの行為がたまらなく体に熱を持たさせる。朦朧とした意識なのかで不意に熱いモノが僕の入り口に宛がわれた。そう思った時に瞬間には僕は、お腹の中を焼けただれるほどの熱で貫かれていた。


「ああああ」

貫かれた衝撃に遅れて、僕が咆哮する。感じすぎ。笑いが混じった声が後ろから聞こえたけど、その意味を深く考えることはできなかった。パンッパンッパンッ。激しく肉がぶつかる音が、衝撃が、快感が僕の思考をぐちゃぐちゃにかき回す。


「あ、あ、あ、ああああ」

獣の咆哮と、快楽に追い詰められた精神の嬌声が混ざり合った叫び声が止められない。彼が僕の腰に手をまわし、ひと際深く僕の中に突き立てたとき、僕と彼は快楽の限界を迎え果てた。


息が上がって意識がパチパチと弾ける。消えそうな意識の中僕は思う。僕はバラバラだ。お金の為に仕方なく売る僕、腰に手をまわされ指を絡められた時に心乱された僕。


自由になるために売りをしている僕、自由を面倒だと思う僕。獣の様に叫ぶ僕、女みたいに声を上げる僕。ホモじゃないと言う僕、彼が欲しいと言った僕。どれが僕なのだろう。そのか細い意識も、潤滑剤と精液でべとべとになった性器を口に入れられ、何度唾液を何度のみ込んでも消えない、喉の奥に引っかかるネバネバとした感覚に塗りかえられていった。

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