第111話 もう一つの帰還
ドライの救援を受け邪教徒の襲撃を退け、再びアトラス学院までの帰路につく事になったアクアを筆頭にしたアトラス学院の面々。そんな彼女らであったが、その帰路は軍の警護があった事もあり何事もなく終わりを迎える事になる。
そんな彼らを見送りながら、今回の襲撃の原因とも言えるアレクセイは先に襲撃を行わせたラウとアレンを回収。軍にばれない様に専用車――大型のキャンピングカー――で撤収していた。
「よぉ、帰ったか」
「うっす……あ、すんません。酒っす?」
「ああ……あ? そういやアレンの奴は?」
「あー……あいつ、ちょっと顔やっちゃって。治療中っす」
「マジか」
ラウの報告に、アレクセイは楽しげに笑う。アレンの顔であるが、美形と言って遜色はない。それを誇りというか利用しているので、顔が傷付くと利用出来なくなってしまうと大急ぎで治療していたらしかった。
で、ラウも自身の失態で相方に怪我を負わせてしまった為、一人で報告に来たのであった。と、そんな彼にアレクセイは笑いながら、問いかける。
「ま、そりゃどうでも良いか。で、なんか見たか?」
「は? なんかって……なんっすか?」
「そりゃ、お前……ドライかツヴァイ来ただろ? 姉貴ってかあの二人の事だ。確実に姉貴はどうでも良いかな、って流す事でも道義的責任だの何だのって言って誰かは走らせるべき、って言うだろうからな。となると、姉貴はあの二人のどっちかを差し向ける。どっちかは来ただろ」
「さ、流石っすね……」
普通はここまで想定しておく事なぞ出来っこない。それをさも平然として自分達を動かしていたのだ。ラウとしても只々流石と言うしかなかった。というわけで、ラウは一切隠す事もなくアレクセイへと報告する。
「ドライっす。奴が来た時点で逃げたんっすけど……大丈夫っすよね?」
「正解だ。流石にお前らの面もドライにゃバレてるからな」
言うまでも無い事であるが、アレクシアの最側近であるドライ達をアレクセイが見知っている様に、アレクセイの側近である彼らの事をドライや他のメイド達も見知っている。
アレクセイの側近達はアレクシアの側近に決して手を出さない様に顔を覚えておかねばならないし、アレクシアのメイド達はアレクセイの側近達が屋敷に入らない様に覚えておかねばならないからだ。それ故、彼女のメイドの誰かが介入した時点で彼らの介入はバレるも同然で、撤退は正解だった。
「ですよね……で、何か見たってなんっすか?」
「だから、ドライが来たってんだからなんかあったか、って聞いてんだ。言った通り、オーシャン家の
「あ、うっす。あの若干蒼味がかった黒髪の優男っすよね?」
「おう」
よかった。ラウはターゲットの人物像を聞いていなかった為、内心で大いに焦りながらも幸い対象が正解だった事に安堵を浮かべる。なお、幸いではなくフィンがそうなる様に場所をきちんと選んでいただけである。
「奴が介入するまでに、その優男が何か変化したかって聞いてんだ」
「変化?」
「ちっ……その様子だと、何も無かったか。外れか?」
どうやらラウの反応から、カインが何も起きなかったと理解したらしい。それに舌打ちして落胆を露わにする。そんな彼に、ラウが問いかけた。
「何か気になる事、あったんっすか?」
「うん? あー……まぁ、良いか」
若干考え込んだ様子のアレクセイであったが、ラウの問いかけに少し重い様子で口を開いた。
「あの銀化。お前何か聞いた事があるか?」
「うっす……俺は正直されたくないっすね。気味が悪い。だってあれっしょ? 南極の氷の中で見付かったっていう……あの、あれっしょ?」
「まぁな。あのクソ親父さえ、姉貴のおぞましさに耐えかねたほどだ。ま、銀化出来る奴の大半があの力の正体は知らないってお粗末な話だけどな」
どうやら明言する事も憚られたらしいラウの返答に、アレクセイが楽しげに笑う。実際、彼としても銀化の力の根源となる『儀式』を受けたくはなかった。と、そんな彼の言葉にラウが首を傾げた。
「アレクセイさんの親父さんですか? 聞いた事ないっすけど……どんな人だったんすか」
「あ? ああ、そりゃ俺の親父だぞ? 正真正銘、下手すりゃ俺と同レベルのクズ親父だ。俺が知ってる限りでも愛人は複数居たし、地位と金にかこつけてやりたい放題やってた」
「で、アレクセイさんもそのおこぼれに」
「モチのロンよ!」
ぎゃはははは。アレクセイとラウは楽しげに笑う。今の自分達の他人には言えない趣味を開花させる事が出来たのは、全てそのアレクセイの父親のおかげと言っても過言ではなかった。というわえで楽しげに笑いあった二人であったが、目端に涙を浮かべながらアレクセイが話を続けた。
「あー、まぁ、そういうわけでな。その銀化。先天的に使えるのが、ツヴァイってわけだ。これ、なんでか知ってるか?」
「聞いた事はあります。確か、例の研究で得られた成果を使って作られた完成体が、ツヴァイなんっしょ? その二体目って意味でツヴァイって」
「ああ……が、ここで疑問に思わねぇか?」
「ツヴァイ、ですか?」
「おう」
ツヴァイがあくまでも実験体の二体目を表すのであれば、つまりそれは実験体の一号が居る事に他ならない。が、ラウは今まで一度も聞いた事がなかった。そうして、アレクセイは今まで側近たちが決して語ろうとしなかった、その一体目についてを語った。
「……ぶっちゃけると、実はその一体目……アインってガキは俺が殺しちまった。遊びで確殺コースぶち込んでな」
「遊びで確殺コースっすか!? しかもガキに!?」
「しゃーねーだろ。姉貴があんだけ自慢すんだから」
確殺コース。それは読んで字の如く、確実に殺すアレクセイの初見殺しの手札だ。今までこれで殺しきれなかったのは、片手の指で足りる。
その内二つは皇龍とアレクシアだ、という事を側近達は知っていた。それほどの技を、そのアインとやらに叩き込んだのである。驚くのも無理はなかったし、死ぬのは当然だった。
「……頭蓋骨完全粉砕。脳みそに砕けた骨が刺さってた。完全に虫の息で、助からねぇ状態だった」
「そりゃそうっしょ……てか、確殺コースで頭蓋骨だけで良くすみましたね」
「なわけねぇだろ。首も逝ったし、胸も逝ってたな……正直、やっちまったと思った。あの時だけは、ガチで姉貴に殺されると思って神に祈った。俺の生涯で一度っきりだぞ。膝屈してラグナ教団の神様に祈ったの」
一切の嘘がない。ラウは十年近くの付き合いの中で、ここまで嘘の無い様子で言葉を紡ぐアレクセイの姿を見た事がなかった。そうして、若干早口にアレクセイが続けた。
「姉貴にゃ、俺が脅したら逃げたっつったけどな。もーちろんバレてるさ。が、それでも一分でも一秒でも長く生きたかった。マジであの後数日は昼夜問わずで教会で祈り捧げたわ」
「……」
アレクセイがアレクシアを心底恐れている事は側近達の誰もが知っている。それ故に彼はアレクシアの命令と諫言には絶対服従だし、その言いつけを守らなかった事は一度もない。その根本的原因が、ここにあった。
「……で、それがどうしたんっすか?」
「そのアインが、あの優男じゃねぇか、って思ったんだよ……けどなぁ……考えてもみりゃ、姉貴がそれをわかってねぇはずもねぇか」
「いや、アレクセイさんが殺したんっしょ?」
「おう。実際、ヘリの中で心停止した、って聞いた時はマジで目の前真っ暗になった」
そりゃそうなんだがな。そんな様子でアレクセイはラウの言葉に笑う。が、そんな彼が告げた。
「が……姉貴ご自慢の完成体だぞ? あの程度で死ななかったんじゃねぇか、って思ってな」
「いや、それで死ななかったらマジ化け物じゃねぇっすか……」
瀕死の重傷を負えど死なずに生きているというのである。もはや化け物としか言いようがなかった。
「それな。あれで死んでなかったら、マジで化け物だ」
「すよね」
「おう……が、あの姉貴があれ以上の存在は無いって断言しまくって皇龍が鍛え上げた化け物だ。案外、あり得るかもと思ったんだが……」
「違う、と」
「まだ答えは出せねぇけどな」
隠しているだけかもしれない。アレクセイはカインこそがそのアインなのではないか、と考えていた。
「が……これがわかんねぇんだよな。姉貴はアインが大のお気に入りだ。その姉貴が、アインが生きてるとわかって手出ししないはずが無いんだよ」
「アレクシアさん、気付いてないだけじゃないっすか?」
「あ? お前バカか? あの姉貴だぞ? あの遺伝子工学と魔術、人心掌握において大天才と言われるあの姉貴だぞ? そうなら気付いてないはずないだろ。俺がそうじゃないか、と考えてる時点で姉貴は答えにたどり着いてるわ」
おそらく自分がここでこうやって考えていることさえ、姉貴にとっちゃ手のひらの上だ。アレクセイはラウのあまりに的はずれな指摘に、盛大にしかめっ面を浮かべる。それに、ラウは頬を引き攣らせる。
「さ、さすがっすね」
「まぁな……が、だからわかんねぇんだよ。奴がアインなら、姉貴は絶対に奴を囲う。オーシャン家だの何だのは一切関係無い。絶対に姉貴はアインを逃さないし、あの姉貴が我慢なんぞするはずがない」
あの姉貴のアインへの入れ込みは正直言って尋常ではなかった。アインは第四次世界大戦の全ての裏を知っていればこそ、アレクシアがアインを逃がす道理がないと理解していた。
「……で、今考えてるのが一個あってな」
「それは?」
「アインのガキのガキ……わかりやすく言えば、アインの子孫じゃねぇかってな。いや、アインの子孫っていうか、奴の遺伝子コードを使って作られた複製かそんな所か」
「クローンって所っすか?」
「そんな所だ」
なるほど。確かにそれならあり得るかもしれない。ラウはそのアインなる存在がアレクシアの研究により生み出された存在である以上、そのアインの複製が不可能ではないと考える。そしてアレクセイもまた、そう考えたのである。
「それなら、姉貴が手を出さないのもわかる。姉貴が気に入ってたのはあくまでアインだ。姉貴はあのガキの目を気に入っていた。あの目だけは、コピーできないだろうからな」
「目?」
「自分に依存しながら屈しないあの目がタマラナイんだと」
理解出来ん。アレクセイは二百年近く昔にアレクシアが語っていた事を思い出し、心底呆れた様にため息を吐く。
「しょーじき、姉貴の入れ込みっぷりは尋常じゃなかった。あいつを自分に依存させる為だけに、あいつの養父母をあいつ自身で殺させたほどだ。その上で自分に依存させて、それが自分が仕向けた事をアインに教えて、憎悪まで煽りやがった。で、ボコボコにして上下関係叩き込んで目覚めるまでつきっきりで看病して……DV野郎がメンヘラ女を躾ける手口だ。確かにあれで最後まで折れなかったアインも中々のタマっちゃタマだな。今更だが認めてやんよ」
「うへぇ……」
流石アレクセイさんの姉。良い趣味をしている。あまりに酷い仕打ちに、ラウは思わずそのアインとやらに同情を抱くしか出来なかった。無論、アレクセイも趣味じゃないのか、姉の仕打ちには盛大に顔を顰めていた。
「まー、そういうわけで。姉貴は何があってもアインは手放さん」
「そうじゃない時点で、アインって野郎じゃないと」
「じゃーねぇかって思っててな。あの姉貴がアインをみすみす見逃すはずがない……ぶっちゃけ、唯一姉貴が股開いた男はアインだけだ。多分姉貴の初めてを奪ったのも奴だな」
「え、マジっすか?」
「マジだ。そもそも姉貴の夫って奴は姉貴が弱み握って飼い殺しにしただけの奴だぞ」
うわぁ。聖女の裏に隠された狂人の顔を改めて思い知って、ラウは思わず顔を顰めていた。
「ちっ……あの優男がアインなら、手を出すと面倒くせぇ。姉貴にチクるかした方が良い」
「どうするんっすか?」
「……しばらくはヨーロッパ戻って考える。今ここで迂闊に動いて姉貴の勘気を買うのだけはごめんだ」
おそらく今自分がここでカインがアインではないか、と考えている事はアレクシアにはお見通しだろう。であればこそ、アレクセイはカインがアインである可能性を鑑みて動かない事を選択する。そうして、彼はそのままヨーロッパへと戻り、日本は平穏を取り戻す事になるのだった。
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