第110話 区切り

 アレクシアの指示によるドライの参戦。それにより邪教徒達は壊滅し、ドライの参戦を見て取ったアレクセイの部下達もまた転移術により撤退する。

 そうしてそれと時同じくして現れたドライにより、カインは怪我の治療を受けながら、脱出までの時を待つ事になっていた。と、そんな彼の所に、結界の維持を軍の術者に預けたアクアがやって来る。


「カイン。大丈夫ですか?」

「ええ……久方ぶりに一撃を貰いました」

「本当に、久しぶりですね」


 少し気丈に笑うカインに、アクアもまた笑う。アクアの記憶する限り、ここ数十年は一度も無かったらしい。


「どうやら私は邪教徒と相性が悪いらしいです……前も、奴らの横槍によって一撃を受けましたので……」

「前……ああ、あの時の。一応、言いますけど、土下座は無しですよ?」



 一瞬、アクアはカインの言葉がなんの事だかわからなかったらしい。以前カインはアクアが眠っている最中にちょっとした事情により交戦に出た事があったらしいのだが、そこで邪教徒の不意打ちを受けて怪我を負ったそうだ。

 で、それを察知したアクアが目を覚ます事になり、帰還して早々に土下座したのであった。が、怪我を負ったのは仕方がない事だ。というわけで、少し冗談めかしたアクアの言葉に、カインが笑ってうなずいた。


「承知致しました」

「カインさんは割と邪教徒と戦っていらっしゃるのですか? 前も、そういえば慣れているような事を仰られておりましたが……」


 笑って頷いたカインに対して、ドライが一つ問いかける。一応脱出までは見届けなければならないだろう、と彼女はまだ残っていたのである。なお、タイムリミットまであと三十分という所なので若干焦りは見え隠れしていた。そんな彼女の問いかけに、カインは少し考える。


「そうですね……一般の方々よりは、戦っているかと。オーシャン社は色々と邪教徒から狙われてもいますので……」

「そういえばそうですね……」


 言われてみれば尤もだ。ドライはそもそも二人がオーシャン家の関係者である事を思い出す。オーシャン家のバックにラグナ教団があるのは有名な話だ。故に何度となくオーシャン社の支社には襲撃が行われており、地区によってはラグナ教団の騎士団が警護にあたっている事もあった。


「いえ、失礼しました。統治者側が感心していてはいけませんね。申し訳ありません」

「いえ……アレクシア様も頑張られていらっしゃる事は私も存じ上げております。実際、百年前よりテロは減っている。何時か、なくなる事を願うばかりです」

「ありがとうございます。アレクシア様にもそう、お伝えさせて頂きます」

「ありがとうございます」


 ドライの言葉に、カインは一つ感謝を口にする。と、そんな事をしながら怪我の手当をしつつ待つ事になるのであるが、更に十分。白い影が盛り上がり、ヤタガラスが現れた。


「ドラ……ケルベロス様」

「どうしました?」

「はい。外の準備が整いました。けが人の収容も可能かと」

「わかりました。では、開いてください」

「了解です。五分後に副聖都側に開きます」


 ドライの指示に、ヤタガラスが再度<<転移門ゲート>>を通って消える。と、そうして出たのを見てドライがアクアとカインへと告げた。


「二人共、バスにお戻りを。ここから出ましょう」

「「はい」」


 ドライの指示に、カインとアクアは一つ頷く。そうして、二人がバスに乗り込んでドライ――彼女だけでなく率いてきた<<神話の猟犬ヘル・ハウンド>>隊員も一人一台で乗り込んだ――も念の為にバスに乗り込んだ。そんな彼女が、通信機を起動させる。


「……こちらトンネル内部。学生全員、収容完了。車両に問題無し」

『ヤタガラス了解です……門を開きます』


 ドライの連絡を受けて、ヤタガラスの力が爆発的に増大する。そうして、トンネルの前面。崩落した部分にバスがすっぽりと入るほど巨大な白い<<転移門ゲート>>が現れた。


『<<転移門ゲート>>展開良し。状態……安定。どうぞ』

「では、動かします」


 ヤタガラスからの報告を受けたドライが、バスのアクセルを踏み込んだ。するとゆっくりとバスが動き始め、最前列となるルイ達が乗ったバスの後ろに移動。それを受けて、ルイ達が乗ったバスがゆっくりと動き出した。


「<<転移門ゲート>>を通り抜ける一瞬、少しだけ違和感がありますが、我慢してください」


 バスに乗り込んだアトラス学院の生徒達に向けて、ドライが一応の助言を行っておく。当然だが<<転移門ゲート>>を通った事のない生徒の方が大半だ。

 それどころか見た事もない、という生徒も少なくない。このバスの中であれば、アクアを含めても見た事がある者は両手の指も居なかった。

 そうして、一同を乗せたバスが白い<<転移門ゲート>>へと消えていく。そんな光景を見ながら、アリシアがどこか緊張した様にアクアへと問いかけた。


「……アクア。貴方、<<転移門ゲート>>を通った事はある?」

「一応、あります」

「そうなの? どんな感じだった?」


 どうやらアリシアは<<転移門ゲート>>を使った経験は無いらしい。緊張もそれ故なのだろう。そんな彼女に、アクアは特段気にする事もない、と安心させる事にした。


「特に変な感覚はありませんよ。ただ触れた瞬間、少し引っ張られる感覚があるかな、というぐらいで」

「引っ張られる?」

「<<転移門ゲート>>での移動は概念での移動になります。その人という概念が移動するわけですね。ですので<<転移門ゲート>>での移動時には擬似的に二つの場所に同一人物が存在する事になってしまいますから、世界がその状況の打開に修繕力に似た力を働かせ、どちらか一方にしか存在しない様にするわけです」

「……え、待って。それ授業でやったかしら」


 いきなり出てきた詳細な理論に、アリシアが思わず待ったを掛ける。基本彼女は秀才と言ってよく、定期考査でも学年トップクラスの成績を修めている。

 なので授業でやった範囲なら問題なく覚えているし理解しているはずだが、この内容は聞いた事がなかった。これにアクアは笑って首を振る。


「ああ、いえ……授業ではやっていなかったと思います。そもそも転移術そのものが授業の範囲を外れていますから」

「そ、そうよね……でもそれなら何故知ってるの?」

「……前に通った際に、術者の方からそんな話を聞いたんです」


 しまった。うっかり語ってしまったが、何故これを知っているかは考えていなかった。アクアは驚いた様子のアリシアの問いかけを受け、大慌てでカインに対策を聞いたらしい。とはいえ、そんなこんなで話をしていると気付けば白い<<転移門ゲート>>が眼前だった。


「あ……ふぅ」

「引っ張られたでしょう?」

「ええ……ありがとう。話してたらすっかり緊張を忘れちゃった」


 気がつけば通り抜けるだけだったアリシアであるが、元々アクアが緊張を和らげようとしてくれていた事はわかっていたらしい。一つ礼を述べていた。と、そんなアリシアの礼を受けたアクアであったが、ふと目の端にヤタガラスの姿を見付けた。


「あはは……あれは……さっきの……?」

「どうしたの?」

「あの方……以前アレクシアさんのお屋敷で世話になったメイドさん……でしょうか」

「あれは……ああ、ヤタガラスさん、だったかしら」


 一応、アリシアはアレクシアの子孫として何度か彼女や彼女に仕えるメイドと話をしている。なのでヤタガラスのコードネームを与えられた女性の事も見た事があったらしい。が、そんな彼女もやはり首を傾げる事になった。


「でも……髪が銀色になってる……?」

「ですね……何かあるのでしょうか」

「さぁ……あ、そういえば……以前ツヴァイさんとドライさんから、アレクシア様に仕えているメイドが本気になったら見たらわかるので手を抜いている、とかなんとか言われた事があったわね……」


 髪が銀色に変貌――元々彼女は黒髪だった――しているヤタガラスに、アリシアは心当たりがあったらしい。なお、流石に軍事機密なので銀化については教えられておらず、アリシアもこれ以上の事は知る由もなかった。と、そんな彼女の呟きに、アクアが小首を傾げる。


「何かあったんですか?」

「……あ。ううん! なんでもないわ! ちょっと聞いた事があっただけ!」

「は、はぁ……」


 なんで急に慌てだしたんだろう。大慌てで首を振ったアリシアに、アクアは困惑げだった。とはいえ、それはそうだろう。自分がいたずらをした際の事だ、とは彼女の性格上言えるわけがなかった。と、そんなアリシアに対してアクアは少しだけ目を細め、ヤタガラスを見る。


『……相変わらず、凄まじい技術ですね。聖女アレクシアの生み出したという銀化……数度しか見ていませんが、すごい技術とは断言できます』


 当然であるが、アクアは本来は女神。喩え自分が知らない魔術であれ、大凡の事なら見ればわかる。なのでこの銀化が何か、というのは一目瞭然だった。そして同じく、その薫陶を受けているカインもこの銀化が何か理解していた。


『魔術と遺伝子工学の天才、だからな……』

『これはもう天才の領域を超えています。私の知る限り、地球の歴史上どんな魔術師よりも彼女の方が上でしょう。もしかすると他の星系の天才達よりも上かもしれません……大天才……いえ、もうここまでだと変態と言っても良いかもしれません』

『ごふっ……ぷっ……くく……ちょ、ちょっとアクア様……腹の傷に触るので……ぐっ……』


 どうやらアレクシアを変態呼ばわりしたのが相当面白かったらしい。カインのくぐもった笑い声が念話に響いていた。が、やはり傷が痛むのか、どこか堪えるような様子があった。そんな彼に、アクアが慌てて問いかける。


『ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?』

『え、ええ……まぁ、間違っちゃいないでしょう。彼女は間違いなく変態だ』


 伝え聞く限り、この百年近くでもツヴァイやドライ、その他メイド達を相手に好き放題やっている。これで変態でないわけがなかった。勿論、その意味はアクアとカインで別であるが。そんな彼の言葉に、アクアが引きつった笑いを浮かべる。


『あ、あははは……ま、まぁ……元気になれたなら結構です』

『はい。ありがとうございます……オレは少し寝るよ。傷の治癒に能力を傾ける』

『こちらで傷の操作は行ってあげます。ゆっくり、寝てください』

『ありがとう』


 一応命に別条はないが、それでも腹の傷は大怪我だ。放置して良いわけではない。というわけでカインは傷の治癒の為に周囲の許可を取ってシートを倒して横になり、アトラス学院に到着するまでのしばらくの間、傷の治癒に努める事にするのだった。

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