第107話 圧勝

 レクリエーションの帰り道にてテロリスト達による襲撃を受ける事になったアクアらアトラス学院の生徒会一同。その中でアクアは女神としての能力で誰よりも早くトンネルに仕掛けられた罠に気が付くと、トンネルの崩落によるバスの圧潰を防ぐべく単身結界を展開する。

 そんな彼女を守るべく外に出て応戦を行っていたカインであったが、どうやらテロリスト達の襲撃の目的であったルイと共にテロリスト達の本隊との交戦を開始する。そうして、本隊の一人を事も無げに切り捨てた後、彼は血糊を振り払って改めて敵を確認していた。


(残る敵は四人。短剣使いを早々に切り捨てられたのは有り難い)


 あの短剣使いは暗殺者に似た戦い方をする者だった。身のこなしからそれを察知していたカインは、それ故に敢えて一度暗殺を受ける素振りを見せていた。そうする事で確実に戦闘不能に出来る様にしたのである。


(さて……見た所、あのフレイル使いが今回の襲撃の実行犯のリーダーか。あれさえなんとかできれば、後は各個撃破でなんとかなる。が……やはりあの妙な強化術は厄介か)


 テロリストが邪教徒である事は確定だ。カインは襲撃者達の身を包む漆黒のモヤのような力を見て、油断はするべきではないと判断する。

 先の強化術であるが、軍よりの報告ではまだ解析が出来ていないらしい。一応先にリアーナを襲撃したマーカスは非常に従順であるとの事で、術式の提供にも応じていたそうだ。が、これを軍が再現しようとしても再現出来なかった、解析も難航しているとの事であった。


(とりあえず、早急な解明は必須か……アクア様に頼めば、何かわかるかもしれないが……)


 少なくともオレは見た事がない。カインはこの強化術の術式が一切未知である事を改めて胸に刻む。何が起きるかわからない。アクアが促していた様に、それを勘案して動く事にした。


「ふぅ……」


 まだ本気でやるべきではない。カインは手早く殺してアクア様の安全を確保するべき、と提案する自身の一部に対してそう命じ、精神を落ち着ける。

 今この場の安全を確保するだけで良いのではない。邪教徒は何十年、何百年とこれからも戦う相手だ。一枚でも手札を増やしておかねばならなかった。


「……」

「おぉおおおおお!」


 呼吸を整え相手の一挙手一投足を見定めるカインに対して、フレイル使いが雄叫びを上げて突進する。そうして、まるで回転させる様にフレイルを背にまわして大きく振り下ろした。


「っ」


 刻一刻と迫るフレイルの槌の部分に、カインはその場からバックステップの様に距離を取る。そうして飛び跳ねたと同時に、槍使いが着地の瞬間を狙い定めて地面を蹴る。着地の瞬間に槍を突き立てるつもりだった。


「はぁ!」

「はっ!」

「ぐっぅ!」


 槍使いが槍を抜き放つ瞬間。カインが腹に力を込めた声を放つ。その声量たるや周囲の大気がビリビリと震え地面が揺れたかのような錯覚を与えたほどで、思わず槍使いが動きを止めた。そこに、カインが刀を抜き放つ。


「ふっ」

「させんっ!」

「ちっ」


 自身が剣戟を放つと同時に割って入った短刀使いに、カインが一瞬だけ舌打ちして、しかしそのまま一気に押し切る事を選択する。


「はぁ!」

「ぐっ!」

「っ! 大丈夫か!」

「ああ、問題無い!」


 ずざざざっ、と地面を滑った短刀使いが、槍使いの声に応ずる。そうしてそんな槍使いへと追撃を仕掛けようとしたカインに、刀使いが真正面から大上段に斬り掛かった。


「おぉおおおおおおおお!」


 どごん。大上段からの振り下ろしをカインが再度後ろに跳んで回避した瞬間、その衝撃で地面が砕け散り破片が宙を舞う。そうして宙を舞う破片の中でもひときわ大きな破片を、フレイル使いが打ち据えた。


「はぁ!」

「む」


 フレイルの一撃を受けて砕けなかった破片を見て、カインは一瞬だけ眉をひそめる。普通に考えれば現代の戦士が使うフレイルの一撃を受ければ、よほど大きくなければ大抵の岩盤は砕け散る。それが起きないのであれば、何か策を講じた事は明白だった。


(……切り裂くのは悪手か)


 おそらくこの破片の裏に何者かが潜んでいる。カインは気配を読んで、そう理解する。それ故に、彼は敢えて破片を切り裂かずそのまま破片の上部へと蹴りを放つ。


「失礼!」

「なぁ!? ぐっ!」


 切り裂くでも避けるでもなく、破片の上に足を乗せて裏に居る敵を押し潰そうとするのは、誰も想像出来なかったらしい。破片の裏に居たらしい槍使いが思わず驚きの声を上げる。そして倒れてきた破片に槍使いはたまらず両手で支えるしかなかった。そこに、カインは破片ごと刀を突き立てた。


「ふっ……吸え、村正」

「ぐっ! っぅ……」


 突き刺さったのは、本当に切っ先程度。にも関わらず、流石は第三次どころか第一次世界大戦以前から存在する妖刀だろう。

 前のサイエンス・マジック社の幹部達ほどの吸収効率は無かったものの、邪教徒の奇妙な守りを貫いて、昏倒させるに十分だった。そうして堪らず破片の下敷きになった槍使いを見て、刀使いが苦々しげにカインを睨みつけた。


「……妖刀か」

「ご明察だ。銘は村正。初代村正が拵えた一振り……だそうだ。詳しくは知らん。下さった方がそう仰っていただけだ」

「ちっ……」


 なるほど、それなら今の一幕も納得だ。刀使いは一つ舌打ちし、改めて精神を整える。そうして、彼の身体から先程を更に上回る邪神の気配が漂った。そんな彼に、フレイル使いが問いかける。


「……知っているのか?」

「<<村正むらまさ>>……日本で最も有名な妖刀だ。神の力さえ抜けるのも納得だ」

「何故そんなものを奴が……?」


 妖刀。しかも邪神の力さえ貫けるほどの禍々しい力を持つ一振りだ。それを事もあろうにオーシャン家の家令が持っているおかしさに、短刀使いが困惑を浮かべる。が、そんな彼に対してフレイル使いは迷いがなかった。


「奴が外れし者であるのなら、道理でもある。オーシャン社も表に見えている聖人君子の顔だけではない、という事だ……元殺し屋……その類の可能性もある」

「……」


 なるほど、そうなのだろう。フレイル使いの言葉に短刀使いも納得して、気を引き締める。間違いなく相手は真っ当な道を歩んできた者ではない。そう理解したのだ。そうして気を引き締めた邪教徒達に対して、今度はカインが地面を蹴った。


「吸え、村正」

「「「っ!」」」


 鈍い赤い光を放った妖刀を見て、邪教徒達三人が流石に距離を取る。特に刀使いは妖刀<<村正むらまさ>>の名を知っていた事からか最大限の警戒をしていたらしく、かなりの距離を取っていた。その一方で一番近かった短刀使いは若干範囲を甘く見ていたのか、わずかにだが顔を顰めていた。


「ふっ」


 一瞬だが動きを鈍らせたのを、カインが見過ごすわけがない。故に彼は<<村正むらまさ>>の力を鎮めると、即座に地面を蹴って短刀使いへと肉薄する。


「はっ!」

「っ!」


 放たれた剣戟に対して、短刀使いは咄嗟に短刀を前に突き出して防御する。が、やはり希代の鍛冶師が魂を込めた妖刀と、どこの物かもわからない短刀だ。

 その強度はあまりに違い過ぎた。真正面から打ち合った両者であるが、その一撃で短刀が大きくひび割れる。それを見て、カインが獰猛に笑って次の一撃を放った。


「ふっ!」

「なぁ!?」

「これ以上はやらせんっ!」


 たった二発で砕け散った短刀に思わず目を見開いた短刀使いであったが、続く第三撃が迫りくる瞬間にその横からフレイル使いが割って入る。これにさすがのカインもフレイルとは打ち合うつもりはなかったのか、距離を取った。


「おぉおおおおお!」

「……示現流の流れか」


 再度雄叫びを上げて迫りくる刀使いを見て、カインはこの男はおそらく日本出身の者だと理解する。先程からどことなく動きが示現流と呼ばれるかつて九州地方は鹿児島県と言う地方で興隆した武芸に似ている事に気が付いた。そうして、先と似た気迫の込められた剣戟が振り下ろされる。


「ぐっ」

「ぬ……おぉおおお……」


 どごん。剣戟にも関わらず強力な衝撃を伴う振り下ろしに、カインは敢えてそれを受け止める。そうして一瞬だけしかめっ面をしたわけであるが、すぐに牙をむく。


「吸え、<<村正むらまさ>>」

「ぐっ! だがっ!」


 放たれた鈍い真紅の光を真正面から受けた刀使いであったが、腹に力を込めて更にそこに邪神の力を上乗せして拮抗する。

 どうやら、単純な戦闘力であれば彼は他の邪教徒達の一回りから二回りはあったらしい。が、やはり実戦経験値が違いすぎた。

 カインにとって、それは織り込み済みだった。故に彼は身を固めそれ以上の動きが出来ない瞬間を狙い定めて、その脇腹へと蹴りを叩き込む。


「はっ!」

「ごふっ!?」


 鋭い一撃を脇腹に受けて、刀使いが思わず潰れたカエルのような奇妙な声を漏らす。そうして彼の足の力がわずかに抜けたのを見計らい、カインはそのまま思いっきり足を振り抜いて吹き飛ばし、トンネルの壁面へとめり込ませる。

 どうやら脇腹の一撃により肋骨を骨折。そこに壁に衝突した事で、受け身も取れず全身を強打したらしい。壁面にめり込んだまま、刀使いが目覚める事はなかった。


「……これで、残り二人だ」

「っ……」


 まさかここまで強いとは。フレイル使いはどこからともなく武器を取り出した短刀使いと共に並びながら、わずかに苦い顔でカインを睨みつける。が、そんな彼も状況はわかっていた。故に苦い顔で短刀使いへと告げる。


「……おい……ここから脱出しろ。奴は私が抑える」

「ですが……」

「ダメだ。こいつには勝ち目がない……まさか、こんな男だったとは……見誤った。情報を持ち帰れ。こいつの情報は今回の失敗にも勝る。こんな男が居ては、並の部隊では今後アトラスへの襲撃は不可能だ。この情報を持ち帰る必要がある」


 ほう。中々に冷静な判断が出来ているな。仲間を殺され激高するではなく、次の勝利に向けて今は引く事を選択したフレイル使いに、カインはわずかに感心する。とはいえ、感心したからとそれを認めるかは、別の話だった。故に、彼は二人の会話に物理的に割って入る。


「「っ!」」

「はっ」

「そう何人も部下をやらせん! ぐっ!」

「!?」


 短刀使いを吹き飛ばし放たれた刃を敢えて自らの身で受けたフレイル使いに、カインは思わず驚きを浮かべる。そこに、吹き飛ばされた短刀使いが声を上げる。


「ダニー!」

「ぐっ! 行けっ!」

「っぅ!」


 盛大に歯噛みしながらも、フレイル使いの身を呈した言葉に短刀使いは従う事にする。そうしてトンネルの壁面に向けて、漆黒の宝玉を投げつける。


「逃がすか! む!?」

「ぐっ……おぉおおおおおおお!」

「ちぃ!」


 刃を敢えて自らの血を塗った手で掴むフレイル使いに、カインは思わず盛大に顔を顰める。が、流石に血で滑って切る事も難しい。しかもどうやら服の下には特殊な内着を着ているらしく、完全に切り裂けてもいなかった。というわけで、カインは仕方がなく<<村正むらまさ>>の別の力を解き放つ。


「放て、<<村正むらまさ>>!」

「っ!?」


 どんっ。そんな音と共に放たれた衝撃に、フレイル使いは堪らず吹き飛ばされる。しかも掴んでいた刀も血で滑った所為で抜けてしまい、地面を何度もバウンドすることとなった。

 しかしそんなフレイル使いには目もくれず、カインは近くの壁面にめり込んでいた刀使いを穴に放り込んだ短刀使いへ向けて地面を蹴った。短刀使いはどうやらまだ息のあった槍使いも引き込もうとしていたらしく、槍使いの身体を魔術で引き寄せていた。


「っ!」


 自分を見ているカインに気が付いて、短刀使いが思わず目を見開く。が、その彼の真横に、黒い穴が二つ空いた。そして、直後。短刀使いの胸に真紅の華が咲いた。


「……へ?」

「な……に……?」


 黒い穴から現れた黒い衣を纏う二人の人物により短刀使いは後ろから心臓を抜き取られ、何が起きているか理解が出来ず困惑した顔を浮かべていた。そしてそんな彼にフレイル使いも困惑を浮かべており、これが邪教徒達による増援ではない事を如実に示していた。


「おい……なんか変な奴とりあえずやっちまったけど良いよな?」

「良いんじゃね? 別にあの人もガキ殺さなきゃ良いって言ってたし」

「か……」


 まるで空になったペットボトルでも蹴っ飛ばす気軽さで、短刀使いの心臓を背中から抜き取った男が短刀使いの身体を蹴っ飛ばす。そうして、手の中に残っていた心臓も全く別の方向へとまるでゴミでも捨てるような様子で投げ捨てた。


「き……貴様ぁ!」


 今までカインでさえ、敵として相対していたのだ。にも関わらずまるでゴミの様に部下を殺されて、フレイル使いも流石に激高したらしい。血まみれの身体で二人の男達へと突撃する。が、その次の瞬間。先に心臓を抜き放ったとは別の男が巨大な火球を生み出した。


「な……ぐぎゃぁああああああ!」

「邪魔だ。さっさと帰りてぇんだよ」


 やれやれ。そんな様子でフレイル使いを消し炭にした男が胡乱げに吐いて捨てる。そんな二人がカインを見た。


「こいつか?」

「知らね。それっぽいの殺せば良いだろ」

「……」


 どうやら、自分が何者であれ運がなかったとばかりに殺すつもりらしい。二人の男達に対して、カインは先程より遥かに油断ならないと気を引き締める。そうして、カインは新たに現れた謎の襲撃者達との戦いを開始するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る