第106話 黒き者共

 アトラス学院の大学院から初等部までの生徒会・風紀委員会・運営委員会の全学合同で行われていたレクリエーション。それもつつがなく終りを迎え、帰りの途に着いていたアトラス学院の一同。そんな彼ら彼女らであったが、その途中。トンネルに差し掛かった所でテロを受け、崩落したトンネル内部にて防衛戦を行う事になっていた。

 そんな中、カインはトンネルの崩落を防ぐアクアを守るべく、どうやらテロリスト達の標的であったらしいルイとニコルの主従と共にテロリストの精鋭達との戦いを繰り広げる事になっていた。


「……」


 どうするべきか。カインは一瞬だけ視線を走らせ、現状を再度確認する。


(近くには学生たちによる魔法陣の構築の現場。こちらが狙いかと思ったが……)


 実際、こちらも狙いといえば狙いだっただろう。普通に考えればトンネルが崩壊すれば、後は転移術を使える敵だ。バス一台一台に兵隊を送り込んで、チェックメイトだ。よしんばルイは倒せないでも、甚大な被害は与えられる可能性は高かった。と、そんなふうににらみ合いの最中に視線を走らせた彼に、ルイが念話で告げる。


『カインさん。ひとまずこの場から敵を引き離したい』

『可能ですか? おそらく、貴方が離れた所で魔法陣を狙う事は確実でしょう』

『わかっている』


 現状、ルイはバスの外に出ている。そしてさすがの彼もトンネルの崩落を受けては無事ではすまない。となれば、魔法陣を破壊すれば後はこの結界を破壊してしまえばそれでチェックメイトだ。ルイを狙うより魔法陣を狙った方が遥かに確かだろう。とはいえ、それは彼もわかっている。故に、彼も手は考えていた。


『私の研究には空間に作用する類の魔術もある。それを使い、魔法陣を可能な限り遠くにする。が、その為には……』

『わかりました。一方に、という事ですね』

『ああ』


 現状、敵は魔法陣の全周に広がって位置している。このままもし空間を広げた場合、逆に防衛戦が伸びてしまってやりにくくなってしまう。であれば、一方に固めて戦いやすくしたいところだった。


『ルイ様。こちらはカインさんと共に一息に右方の敵を左方に押し込みます……その一瞬で展開を』

『わかっている。すでに準備も整っている』

「ふぅ……」


 となると、後はやるだけか。カインは主従の会話を聞きながら、合図を待つ事にする。そうして、一拍の後。敵が動くよりも一瞬前に、ニコルが一瞬で消える。それを合図に、カインもまた行動に移る。


「「「っ!」」」

「「「はっ!」」」


 本人は残って分身を生み出したカインが、一息に三人のテロリストを吹き飛ばす。そしてそれと共に二人のテロリストをニコルが吹き飛ばし、一方にまとめ上げる。

 が、やはり相手も腕利きだ。不意打ちを受けて蹴り飛ばしたテロリスト達も一瞬で減速し、体勢を立て直す。


「行くぞ!」

「「「おぉおおお!」」」


 不意打ちを受けたものの、誰も死んでいない状況だ。故にどうやら司令官らしい男の号令にテロリスト達が気勢を上げる。が、その瞬間だ。左手に開いた魔法陣を乗せ、右手で開いたページに手を当てていたルイが魔術を展開する。


「何!?」


 遥か彼方に遠ざかっていく魔法陣に、テロリスト達が思わず身を固める。当然だが、彼らには何が起きているかさっぱりだ。そうして残ったのは、コンクリートの地面とルイ達三人、テロリスト達のみだった。


「申し訳ないが、魔法陣に手を出されては困るのでな。この通り距離を離させて頂いた」

「……研究の成果か」

「そうだ」


 別に隠す必要も無いか。ルイはテロリストのつぶやきに一つ頷いた。どうやらやはりテロリスト達はルイの研究を知っていたらしい。そうして、テロリスト達が各々頷き合う。


「「「っ」」」


 一瞬、テロリスト達が腹に力を込める。すると、彼らの身体がかつてのマーカスと同じ様に邪神の力を身に纏った。それに、ルイが思わず目を見開く。


「何だ!?」

「お気をつけを! 奴らはおそらく邪教徒共! 女神ラグナが与えたもうた力とはまた別の力を使う模様です!」

「っ!」


 だんっ。ルイは驚きに包まれればこそ生まれた隙を勘案し、カインの言葉を受けて即座に地面を蹴って大きく跳躍。そうして数十メートルを一息に移動した彼の背後に、テロリスト改め邪教徒の一人が回り込んでいた。


「!?」

「はぁ!」

「ニコル! すまない!」


 背後に回り込んだ邪教徒を掌底で弾き飛ばしたニコルへ、ルイが一つ感謝を述べる。そうしてそれと同時に、彼は大空へと舞い上がった。

 それを横目にニコルはまた別の邪教徒のナイフを避けて、返す刀で回し蹴りを叩き込みながら、ルイへと告げた。


「ルイ様はそちらから魔法陣への最終防衛ラインを構築してください! 前線はこちらで!」

「わかった! 適時こちらも支援を行う!」


 どうやらルイは空中を自由自在に飛翔できるらしい。空中を無数の魔術を投射しながら優雅に移動して、魔法陣の側へと移動する。その一方、カインはというとこちらは完全に邪教徒達に包囲されていた。


「……」


 どうやら、奴らはオレの事を知っているらしいな。カインは膠着状態に陥っている状態から、そう理解する。そうしてそんな彼はアクアの従者として使える力を最大限に使用して、敵の念話を覗き見る。


『必ず滅せねばならん』

『だが、奴の強さは尋常ではない。マーカスも奴に捕えられた』


 なるほど。あの戦いを見ていたというわけか。カインは自身が警戒されている理由に納得する。あの戦いはなるべく見られない様に結界も展開していたが、それでも完璧に防げるわけではない。


『……全員、油断はするな。全力で臨め。奴が何であれ、御方の意にそぐわぬ者。御方の意こそこの世の摂理。摂理にそぐわぬ者は滅するべし』

『『『おう』』』


 小さく、邪教徒達が頷き合う。どうやら何が何でも自分を殺すつもりらしい。カインはわずかに内心で苦笑する。

 割と色々な恨まれる事はしてきていると思っている彼であったが、ここまで絶対に殺すと思われたのは久しぶりだったからか、どこか懐かしい気持ちさえあった。とはいえ、今は戦闘中。懐かしんでばかりもいられない。故に彼は敵が動くより一瞬前に、敢えて動いた。


「ふっ」

「!?」

「はっ」


 ふっ、と刀が抜き放たれ、目深くフードをかぶった邪教徒の一人を背後から首を落とす様に剣戟が放たれる。


「はぁ!」


 黒いフードが舞い落ちて、しかし首は落とさなかった邪教徒が前へ跳ぶと同時に半回転。カインへ向けて背面に跳びながらなにかを投げ放つ。そしてそれと同時に、他の四人の邪教徒が一斉に襲いかかった。


「っ」


 放たれた苦無を見て、カインは包囲される事を厭ってその場を跳ぶ事にする。が、そうして彼が身を屈めて大きく跳躍しようとした瞬間、彼は身の異変に気が付いた。


「!?」


 足が地面から離れない。カインは跳び上がれない事態を受けて、即座に後ろを向く。すると、複数の光源により生み出された彼の影の一つに投げ放たれたと似た形状の黒い苦無が四本突き刺さっていた。


(<<影縫いかげぬい>>!? その亜種か!)


 何時の間に。カインは<<影縫いかげぬい>>と呼ばれる影を縫う事で対象の動きを阻害する魔術を受けていた事を理解して、しかしそれがなにか邪神の力による亜種だと理解。

 一瞬の解呪は危険と踏んで、仕方がなくその場で身を屈める。そして直後。彼の真上を漆黒の苦無が通り過ぎる。


「貰った!」


 屈んだカインへと、肉薄した四人の邪教徒が各々の武器を振りかぶる。そうして危機一髪に思われた、次の瞬間。カインは屈む勢いを利用した殴打を、地面へと叩き込んだ。


「「「ぐっ!?」」」


 大きな地響きが鳴り響き、地面が大きく揺れる。そうして大きな衝撃を受けた地面が、大きく砕け散った。


「「「っ」」」


 大きく上空に吹き飛ばされた邪教徒達は即座に体勢を立て直し、カインの姿を探す。そうして見た彼であったが、彼は地面を砕いて<<影縫いかげぬい>>から脱出。術の解除により抜けた苦無を手にしていた。


「ふっ!」


 四本の内三本を砕けた地面で死角になっていない三人の邪教徒へと投げ放つ。とはいえ、ただでは彼も返さない。故に持ち手の部分に呪符を巻き付かせておいた。それはまるでジェット機のジェットエンジンの様に火を吹いて、急加速する。


「っ」

「ふっ」

「ちぃ!」


 三人の邪教徒達は一人はわずかに首を傾げて回避し、一人は持っていた短刀で切り落とし、最後の一人は忌々しげに投げ返された苦無をひっつかみ持ち手の部分の呪符を強引に焼き尽くす。その仲間達を横目に、最初にカインの奇襲を受けた一人と攻撃を偶然にも受けなかった一人は連携してカインへと襲いかかった。


「……」


 来る。迫りくる二人の邪教徒を前に、カインは一瞬だけ深呼吸をする。そうして、加速した意識の中で彼は邪教徒の姿をはっきりと捕えた。


(一人一人はマーカス以下……十分に捉えきれるが)


 やはり数が厄介だ。本気になれれば、おそらく五人共一息に殺す事はできるだろう。が、それは叶わぬ話だ。

 あくまでもカインはこの場ではオーシャン家の家令として立っている。衆目がある以上、ラグナ教団の騎士達が使うより更に上のアクアの力を展開してはならなかった。故に、彼は手間ではあったが一人一人確実に片付ける事にする。


(先に来るのは……右の短刀使いか)


 敵は短刀使いが二人に、刀使いが一人。槍使いが一人に、フレイル使いが一人。ルイ達側は不明。カインは自身が相手をしている五人を一瞬で再確認。この内、先の会話ではフレイル使いが指揮官らしかった。


「ふっ!」


 カインの読み通り、右の短刀使いが一歩先に肉薄しカインへと突きを放つ。それに、カインは一歩下がって回避する。が、その彼を更に刀使いが追いすがった。


「はぁ!」

「ふっ!」


 放たれた剣戟に対して、カインは自身も村正を抜き放って応戦する。そうしてぎぃん、という金属同士がぶつかり合う音が鳴り響いて、直後にカインの背後にフレイルを使う邪教徒が回り込んでいた。


「おぉおおおおお!」

「っと!」


 雄叫びと共に振るわれるフレイルを、カインは横に跳んで回避する。そうして地面が砕け散るのを横目に、カインは更に横に跳んだ自身目掛けて振るわれる長槍を正面に捉えた。


「はぁあああああ!」


 雄叫びと共に、槍を使う邪教徒が無数の槍を放つ。それをすべて回避するカインであったが、唐突に地面を蹴って飛び跳ねる。


「ちっ!」


 槍使いと応戦を行うカインの背後に忍び寄っていたもう一人の短刀使いが、あと一歩のタイミングで上空へと逃れたカインに思わず舌打ちをする。が、そんな彼に、フレイル使いが声を荒げた。


「馬鹿! 後ろだ!」

「!? ぐっ!」


 どさり。流れる様に着地すると同時に袈裟懸けに背を斬られ、もう一人の短刀使いが前のめりに地面に倒れ込む。


「ちぃ! だからあれほど気をつけろと言ったのだ!」

「安心しろ……気を付けてもどうせ同じだ。そして、お前らもな」


 苛立たしげに吐いて捨てたフレイル使いに、カインが敢えて挑発する様に告げてやる。そうして、戦いは更に激しさを増していく事になるのだった。

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