第105話 応戦

 アトラス学院の生徒会・風紀委員会・学祭の運営委員会の三つによる合同で行われたレクリエーション。それもつつがなく終わりを迎え、往路と異なり一同は一緒に帰路に着いていた。その最中。山岳地帯を越えるトンネルの中で、アトラス学院の生徒達は邪教徒と思しき者たちによる襲撃を受ける事となっていた。


「アクア様……抜刀の許可を」

『許可します。ただ相手の戦力が見えません。十分に、注意しなさい』

「はっ」


 敵はオーシャン社としてもラグナ教団にとっても敵となる邪教徒の可能性が高いのだ。先のリアーナの件を鑑みても、遊んでなんとかなるとは思いにくい。

 しかも今回は明らかに大掛かりな支度を整えてきていた。ある程度は手札を隠しつつ、しかしなんとかなるだけの手札は必要だった。というわけで、カインは先のサイエンス・マジック社襲撃の時とは違い一刀流にとどめておく。


「……」


 どこから何が来るか。カインは意識を集中し、何時敵襲が起きても対応出来る様に準備を整える。と、そんな彼の横に、アトラス学院従者勢の中でも特に武闘派と知られるリーガと清十郎が現れる。

 ルイが総指揮を執った事により、風紀委員会も彼の指揮下となっていた為、こちらの増援にやって来たのである。


「カインさん。横に失礼致します」

「では、こちらは右を」

「ありがとうございます」


 自身の左にリーガ、右に清十郎が立った事を受けて、カインがわずかに口角を上げる。この二人の実力は彼としても信じられる所で、手が足りない現状では値千金にもなった。そうして従者勢が崩落したトンネルの中に出来た空白地に散った後、ルイがバスから降りてくる。


「急いで結界の補強の為の魔法陣を書き上げる! が、テロリストによる襲撃が考えられる! 各自、十分に注意してくれ! また、風紀委員はバスの防衛! 初等部の風紀委員は素早く避難を! 中等部風紀委員はバス内部にて統率を行え!」

「「「はい!」」」


 基本的に生徒会と風紀委員であれば、後者の方が武闘派だ。故に非戦闘員に近い者も多い生徒会は基本はバスの中に待機させ、後方支援。

 風紀委員が直接的な戦闘を行う事になったのである。そうして、生徒会側の従者達が乗るバスの更に後方の二台のバスから、風紀委員達が降りてきて避難誘導を開始した。


「初等部と中等部の生徒は走って移動しろ! 時間はない!」

「焦るな! 基本に忠実に動け!」

「さっき練習した事を試す絶好の機会と考えろ! さっき出来た! 今も出来ない道理はない!」


 まるで自分達が盾になるつもりかの様に立つ大学の風紀委員達が声を張り上げて、下の学年の風紀委員達を誘導する。

 それに対して風紀委員達は先のレクリエーションで練習した様に、高学年から外周になる様に隊列を組み一糸乱れぬ動きで移動していく。


「……この避難が終わるまで、待ってくれれば良いのですが」

「……そればかりは、相手に聞かないとなんとも、としか」


 カインのふとしたつぶやきに、リーガが苦い顔でどこか祈る様に告げる。今この場で襲撃が仕掛けられると、もしかすると誰かがパニックになって隊列が乱れてしまうかもしれない。

 高等部が外周部に居るのは彼らの方が強い事と、年下の者たちがパニックになっても押し止められる可能性があるからだ。それでも、確実ではない。何も起きてくれない方が良かった。と、そんな彼らの所に、避難誘導の邪魔にならない様に通信機を介して連絡が入る。


『中央から北西側。黒いシミの収束を確認……来ます』

「ちっ……転移術者が居たか」


 転移術。それは一般的に言うワープと考えれば良い。それを魔術で再現した物が、転移術と言うのである。現状完全に崩落したトンネルの中にどうやって来るのか、と思われたわけであるが、どうやら転移術を使って乗り込むつもりだったのだろう。

 無論、簡単ではないが相手とて神の加護を得たものだ。何かしらのからくりがあっても不思議はなかった。


「ニコルさん。どの程度で魔法陣の展開が出来ますか?」

『ルイ様の腕でしたら、十分もあれば急造出来ます。準備ができていれば、ですが』

「となると……間に合いませんか」

『かと』


 どうやら、かなり厳しい戦いになるらしい。ニコルの返答にカインは苦い顔を浮かべる。すでに敵が乗り込んでくる兆候が見られているのだ。もう数分の猶予も無い今、彼らを守りながらの戦いになる事は確定だった。


「……リーガさん。清十郎さん……ひとまず、第一陣はおまかせしてよろしいですか?」

「第二陣第三陣……来ると見たか」

「来ない、とでも?」

「無いな」


 カインの問いかけに、清十郎がわずかに肩を震わせる。今回は十分に準備がされた襲撃だと考えられる。であれば、襲撃は数度に渡って行われる可能性は高かった。


「……承った。リーガ。第一陣、第二陣……どちらが良い?」

「では、第一陣で。ヘルト様もやる気に満ち溢れていらっしゃるご様子ですので」

「相変わらず、貴殿の主人は血気盛んか。承った。では、そうしよう」


 リーガの返答に一つ笑った清十郎は、出陣の順番をリーガ、自身、最後にカインと定める事にする。そうして、清十郎がカインへと告げた。


「カインも、それで良いか?」

「かしこまりました……ありがとうございます」

「礼には及ばん」

「ええ」


 カインの感謝に、清十郎とリーガが笑って快諾を示す。何故カインが礼を言ったかというと、彼の主人のアクアはしばらく動けないからだ。その守りが出来る様に配慮してくれたのであった。

 そうして、出征の順番が決まった直後だ。先に報告のあった北西側から、黒いモヤがまるで一本の筋となるかの様に立ち上った。それと同時だ。黒い筋を認めたと同時に、リーガの主人ヘルトが声を上げた。


「リーガ! 居るな!」

「はっ!」

「おう! では、いざ参らん! かつてと違い、我輩も足手まといにはならん! 存分に、奮おう! 風紀委員一同! 戦闘準備! 敵影を認め次第、応戦開始!」

「「「おぉおおおおおおお!」」」


 相変わらず気合が入っているな。カインは少し離れた所で響くヘルトの声に、内心でわずかに苦笑する。

 普通なら萎縮しても仕方がない状況にも関わらず、彼は逆に覇気を漲らせている様子だった。そしてそんな彼の覇気に触発されたのか、風紀委員達もまたやる気を漲らせていた。


「「「……」」」


 一瞬の静寂。黒い筋が現れて、一拍の間が空いた。そうして、なにかが響くようなかんっ、という音が鳴り響いて爆音と爆発が轟いた。


「ふんっ! その手が我輩に通用すると思うな! 応戦開始!」

「「「おぉおお!」」」


 手榴弾による爆発を一息に弾き返したヘルトの号令と共に、黒い筋に向けて無数の魔術が迸る。彼がその手が通用しない、と言ったのはかつてテロリストに襲撃された時も、同じ様に密閉空間に閉じ込められこの様な襲撃を受けたからだそうだ。

 その時と同じ手を使われた場合に備えて準備をしていたのだが、それが功を奏したのであった。そしてそれで、カイン達もこれがやはりテロリストによる襲撃と理解した。


「……どうやら、やはりテロで間違いなさそうですね」

「その様子だ……来るか」

「でしょう」


 カインは清十郎と共に、ヘルト・リーガ主従や風紀委員、その従者達が防ぐ場所の真逆の位置に敵の気配がある事を察知する。そしてそれと同時だ。そちら側を見張っていた従者の一人が、報告を入れた。


『南東方向。敵襲の予兆を確認しました』

「「……」」


 カインと清十郎は無言で頷きを交わす。そうして、清十郎が消えて報告があった側へと移動する。


「飛鳥様……周囲の警戒と支援はお願いします」

『わかりました』


 バスの上に立った飛鳥が、清十郎の要望に一つ頷く。その周囲には先にアクアと共に周囲を偵察していた鳥の使い魔が複数現れ、一気に飛翔して周囲の偵察を開始する。そしてそちらの準備が整うと同時に、清十郎側でも黒い筋が入り手榴弾がまるで挨拶代わりとばかりに投げ込まれる。


「……ふんっ」


 これはあまりにくだらなすぎる。清十郎は投げられた手榴弾を目視するや、刀の鞘で打ち返して黒い筋へと放り込む。そうして、爆風がこちらへと返ってきた。が、やはり相手も魔術を使えるからか、まるでこの程度は織り込み済みと黒い衣の集団が姿を現す。


「「「おぉおおおおお!」」」

「……」


 雄叫びを上げて向かってくるテロリスト達の姿に対して、清十郎は静かに刀の柄に手を乗せる。そうして、気がつけば最前線を走っていたテロリスト達が倒れ伏した。


「……その程度で、この日の本の鎮守を任される我らに敵うと思うか。哀れな奴らめ」


 どこか侮蔑にも憐憫にも似た様子で、清十郎が告げる。が、そんな彼に対してもテロリスト達は勢いを緩める事なく、戦闘を繰り広げる。


「……」


 後は、自分だけか。カインは始まった二つの戦いを横目に見ながら、意識を研ぎ澄ませる。今回の準備状況から見て、後一つぐらいは来そうではあった。

 無論、来ないなら来ないでも問題はない。万が一に対する備えは必須のものだ。それに備えておくのも、重要な役割である。とはいえ、来るな、という推測に理由はあったし、何より来るだろう場所にも推測は立てられていた。


「ルイ様」

『ああ……おそらく、そうなのだろう』

「では、そのままで。すべてこちらで取り計らわせて頂きます……アクア様はよろしく頼みます」

『しかと、承った。太陽王の名を継ぐ者として、彼女の身に問題無い事を明言する』

「ありがとうございます」


 ルイの返答に、カインは一つ礼を述べる。そうして、彼はわずかに妖刀の鯉口を切る。そして、直後だ。何の兆候も無く、ルイ達が居る魔法陣の構築現場の直上に黒い穴が空いた。


「っ!?」

「見え見えなんだよ、貴様らは」


 穴から飛び降りるなり自分達の方を向いて剣戟を放つ姿勢を見せていたカインに、テロリスト達が思わず驚きを浮かべる。

 とはいえ、やはり本命だからだろう。誰も彼もが腕利き揃いで、カインの一撃で首を落とす事はなかった。が、初手はカインに取られた形だ。故に彼らはカインの剣戟で着地地点をズラされ、魔法陣の周辺に着地させられる。


「っ……この男は……摂理に外れし者か?」

「……だろう。妖刀を使う燕尾服の男……間違いない」

「……何の話だ?」


 摂理に外れし者。自身を指してそう言ったテロリスト達に、カインは訝しげに首を傾げる。何の事だかさっぱりだったが、少なくともテロリスト達に自分の事が知られている事は事実だ。なのでカインとしては少し苦い思いがあった。とはいえ、そんな彼の問いかけなぞ聞いていないかの様に、テロリスト達はルイを見る。


「……あいつか」

「ああ……間違いない。標的だ」

「ほぅ……どうやら、私が目的か」


 どうやらテロリスト達の目的はルイらしい。彼が何故狙われているか、というのはわからないものの、少なくとも狙われている事だけは事実だろう。そんな視線を感じ取り、ルイがわずかに荒々しい気配を見せる。そんな彼に、ニコルが告げた。


「ルイ様……あまり、猛りませんよう。やりすぎると研究にも差し支えます」

「そうだがな……が、どうやら私に対する客人だそうだ。ぞろまた私の研究が狙いのどこかの企業の手先か、それとも純粋にテロリストか……まったく。私一人の時を狙えば良いものを」


 迷惑極まりない。ルイは盛大にため息を吐いて、首を振る。どうやら彼の研究は企業やテロリストに狙われるぐらいには価値のあるものらしい。自覚はあるようだ。そんなわけで、彼はカインに告げる。


「カインさん……申し訳ないが、どうやら私の客人のようだ。先にああいった手前、私自身はアクアくんを守りたい所ではあったが……私も手出しをさせて頂く」

「ご随意に……どうやら、私側にもなにか狙われる理由がある様子です」


 おそらく、オーシャン家の令嬢としてのアクアが狙いなんだろうがな。カインはアクアを狙わせない為に、自分が思いっきり狙われる事にする。

 そしてこちらでルイも狙われてくれるのなら、アクアへの危険が更に減るというだけだ。万々歳でしかなかった。とはいえ、それならそれで確認する事があった。


『アクア様。周辺の状況は?』

『他に敵影は見えません……万が一に備えて、バスへの直接転移は不可能にしておきます』

『了解した……それなら、こいつらを蹴散らせば良いだけか』


 バスへ直接転移されることだけが、カインとしては怖い所だった。それが防がれた今、もう大半気にする必要はなかった。そうして、カインはルイと共にテロリストの腕利き達の迎撃を開始する事になるのだった。

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