第108話 子飼いの犬

 テロリストこと邪教徒達の主力部隊との戦いを繰り広げていたカイン。そんな彼は邪教徒の内、自分が受け持っていた五人の内三人を容易く戦闘不能に追い込んだ。それを受けて、邪教徒の主力を率いていたらしいフレイル使いは撤退を決定。

 戦力的にお荷物と判断された短刀使いに撤退を命ずると、単身カインへと戦いを挑む。が、その彼が戦いを開始した直後。意識不明状態の刀使いを短刀使いが逃したと同時に現れた二人組により、短刀使いは後ろから心臓を抜き取られて殺される事となる。そうして二人組のもう片方によりフレイル使いも殺された後、改めてカインは新たな二人組との交戦に備えていた。

 そこから、少しだけ時は巻き戻る。件の二人組は先にアレクセイが命じたフィンの命令により、支度をさせられていた。


「で、なんなんっすか。あの燕尾服の奴」

「わからん。が、少なくともアレクセイさんが気にされている事は確かだ」

「いや、だからそれがなんなんっすか、って話っすよ」


 当たり前だが、側近と一括にされていても上下関係はある。少なくともこの場ではフィンと呼ばれた側近が一番上で、それ以外の若い奴らは全員その指示に従う義務があった。故に、フィンは少しだけ威圧的に告げる。


「わからん。が、わからんでも良い。お前らは言われた通りに動け。それとも、お前はさっきのアレクセイさんの命令に否を突きつける気か?」

「い、いえいえいえ! んなわけないじゃないっすか!」


 フィンの威圧的な問いかけに、若い側近は大慌てで首を振る。この場の側近達はアレクセイの側近だ。故に彼の恐ろしさは誰よりも見知っている。

 それこそ、並の相手なら日本に居ながら遠くヨーロッパの標的を殺す事だって容易いという噂が事実である事も知っている。到底逃げられるわけがない以上、その勘気を買う事が死を意味する事はこの場の全員が理解していた。


「だろう? なら、文句を言わずにさっさと行け。いや、文句は言っても良いが、行け」

「まぁ、良いんっすけど……結局、ヤバい奴なんですか?」

「わからん。少なくとも俺は見た事はない」

「はぁ……」


 唐突な思いつきでやらされているのではないか。若い側近二人は武装を整えながら、そう思う。面倒くさい事この上ないが、やれと言われている以上そこに拒否権はない。選ばれてしまった事を嘆くしかないだろう。そうして二人の支度が整った所で、フィンが黒い穴を生み出した。


「これで良いだろう」

「相変わらず凄いっすね、フィンさんの『転移門ゲート』」


 『転移門ゲート』。それは読んで字の如く、ある場所から別の場所へと移動する為の門だ。と言っても門の形をしているわけではなく、邪教徒達がアクアの結界を通過する為に使った穴によく似ていた。


「世辞は良い。あまり喋っていると、時間が無くなってアレクセイさんに殺される事になるぞ」

「あれ、マジなんっすか?」

「本気、だろうな。それだけは俺にもわかった」


 若い側近の問いかけに対して、フィンも苦い顔で首を振る。あの言葉だけは真実。それがフィンにはわかればこそ、何もわからずとも従ったのである。

 そうして、そんな言葉に急かされる様に若い側近二人は慌てて黒い『転移門ゲート』を通って、カインの前へとたどり着くのだった。




 さて時は進んで、カインと胡乱げな二人組。三人は相対しながらも、動きを見せていなかった。カインは言うまでもなくこの敵が何者かわかっていないからこそ、第三勢力の可能性を鑑みて動くに動けなかった。これが陽動だった場合、アクアが危険だからだ。


(邪教徒ではない……か? あれほどあっさり奴らを殺したのだから、当然か。であれば、こちらの増援……というわけでもなさそうか)


 先程の発言を鑑みるに、間違いなくこの二人は自分を殺しに来る。カインはそう判断する。


(だとすると……何者だ? この状況で第三勢力となると……ルイ様の研究を狙うどこかの企業が放った傭兵……の可能性が高そうか)


 先にルイは自分の研究が色々な所から狙われている旨の発言をしていた。この状態で邪教徒でも無い、自分達への増援でもないとなると、後はどこかの企業の可能性しかカインには思い当たらなかったらしい。

 アレクセイが来ている事を知らないのだから、仕方がない事であった。そんな考察を行うカインの一方で、アレクセイの側近二人はどうするか考えていた。


「どうする? とりあえずタイマン張っとくか?」

「さぁなぁ……フィンさんが二人で行けつったんだから、二人でなぶり殺しにしろって事じゃねぇか?」

「まぁ……俺とお前だからなぁ……一応本気でやれよ、って事なんだろうな」


 この粗雑さ。やはりどこかの企業に雇われた傭兵か。カインは二人の会話からそう判断する。そしてそれ故、一瞬だけどうするかを考察した。


(傭兵だとすると……殺しても問題はないか。こんな依頼だ。傭兵ギルドも動かないだろう。まぁ、元々あの組織は何があっても動いちゃくれないがな)


 傭兵ギルド。それは傭兵達に仕事を斡旋したり、逆に依頼人に適切な傭兵を紹介する組織だ。一応時代柄世界政府の認めている公的な組織の一つで、副聖都の町中にも支部を構えられるぐらいには普通の組織だ。

 が、裏ではこういった非合法な活動にも傭兵を斡旋しているとも噂されており、実際世界政府も必要に応じて依頼する為、もはや暗黙の了解だった。

 無論、そういった非合法な裏の活動では殺された所で骨も拾われない事も多々あった。今回も、そうだと判断したのである。そして傭兵なら、別にさほど警戒しないでも良いか。彼はそう判断して、少しだけ肩の力を抜いた。


「ふぅ……」

「おし、やるか。お前前、俺後ろ」

「あいよー」


 杖を持った側近の言葉に、剣を持った側近が軽く応ずる。どちらもこの時、相手が自分達の想像以上とは考えていなかった。それ故にこそどちらも楽に考えており、肩肘張らずに相対する。そうして、両者が驚きを得たのは同時だった。


「「「!?」」」


 どちらも相手には到底反応出来ないだろうと判断した速度で、カインと剣を持った側近が地面を蹴って肉薄する。が、それ故にお互い自身が想定していない場所で停止する事になる。


「っ」

「ほぅわ!」

「ぎゃっはははは! なんて声出してやがる!」

「うるせ!」


 停止から先は、やはり個人の性質の差が如実に出た。相手が自分の想定を大きく上回っている事を理解するとバックステップで即座に距離を取ったカインに対して、剣を持った側近は停止から即座に剣を振るっていた。

 もしカインが一瞬でも判断が遅れていれば切り裂かれたかもしれない。そんな速度の振り抜きだった。そんなカインに、杖を持った側近はまるでいたぶるかの様に無数の光球を放つ。


「ほらよ! 逃げろ逃げろ!」

「ちっ」


 どうやら単なる傭兵とは違うらしい。カインは二人組が傭兵ギルドに所属する傭兵に与えられる等級にしてSランクだと判断する。とはいえ、彼自身も傭兵ギルドに所属する傭兵の等級で当てはめればSランクだ。故に放たれた光球を普通に切り裂いた。


「あ?」

「おいおい、アレン。キレんなよ。フィンさんが二人で行けつったんだから、このぐらいはやってくんだろ」

「……ま、そうだな」


 自分の攻撃を意図も簡単に切り裂かれ一瞬だけ眦を上げた杖を持つ側近アレンだったが、剣を持った側近の言葉に怒りを収める。その一方、剣を持った側近は軽い様子で地面を蹴って、カインへと肉薄する。


「おらよ!」

「ちぃ!」


 こいつら、軽薄に見えて腕は確かだ。カインは放たれる一撃一撃が先の謎の強化を受けている邪教徒なぞ目でもないほどの威力である事に思わず顔を顰める。故に彼は仕方がない、と<<村正むらまさ>>を解き放つ事にした。


「吸え、<<村正むらまさ>>」

「ぐぇ! きもっちわる!」

「!?」


 <<村正むらまさ>>の吸収を気持ち悪いで済ませるだと。カインは常人なら触れただけで悶死する筈の一撃が痛痒さえもたらさない現状に思わず目を見開いた。そして一瞬だけ揺れを見せた彼の脇腹を、光条が貫いた。


「ぐっ!」

「おらよ!」

「がぁっ!」


 光条が貫いた脇腹を、剣を持った側近がまるで抉る様に蹴りを叩き込む。その一撃に、カインはまるで焼きごてでも押し付けられたかのような激痛を得て、意識が明転する。そこに、アクアの悲鳴にも似た声が飛んだ。


『カイン!』

『問題……ない! 油断しただけだ!』


 アクアの声はどうやら、カインにとって気つけ薬になってくれたらしい。一瞬だけでも飛びそうになった意識をしっかりと掴み、彼は<<村正むらまさ>>を振り抜いた。


「っと! やっべー……」


 油断しちまった。剣を持った側近は一瞬で復活したカインの打たれ強さを見誤ったらしい。足先で脇腹をえぐっていたが、その所為で危うく彼の一撃を貰いそうになってしまっていた。とはいえ、間一髪の所で回避に成功し、靴底が切り裂かれる程度で済んでいた。が、そこにアレンの声が飛ぶ。


「おい、ラウ! 靴!」

「あ? うぁわ!」


 アレンの声で、剣を持った側近ラウが慌てて靴を脱ぎ捨てる。そうして、直後。靴に纏わり付いていた血が発火して一瞬で燃やし尽くす。

 カインが付着した己の血を媒体にして、燃やしたのである。あのまま付着したままだったら、ラウも火だるまになっていただろう。ズボンに返り血が付着しなかった事は幸いであった。


「うわ、めっちゃ足が気持ちわりぃ。さっさと殺して帰ろ」

「今さっきのお前、無茶苦茶笑えたぞ」

「うるせぇよ」


 コンクリートの地面――しかも戦闘の衝撃で細かい破片が撒き散らかされている――を素足で踏みしめる不快感に、ラウは顔を顰める。

 その一方、カインにはアクアから魔術で一時的な応急処置が施されていた。一応やろうとすれば全回復も可能だそうだが、気付かれない様に止血と痛み止め程度に留めていたらしかった。


『これで大丈夫です……支援しますか?』

『いや……大丈夫だ。これほどとは思わなくて油断したが、負けるほどの相手でもない。それより、アクア様が気付かれる方が厄介だ』


 二人の会話から、この二人には少なくとも一人以上の仲間が居る事は明白だった。ならその最後の一人が何かしらの手段で二人の行動を見ている可能性はあり、アクアが支援すると彼女の存在に気付かれる可能性が怖かった。そうして、お互いに相手が油断ならない事を理解して、本気で取り掛かる事にする。


「っ」


 先手を打ったのは、脇腹の治療が終わったカインだ。彼は音もなく消えると、厄介と判断したアレンを先に始末する事にしたらしい。が、そうして放たれた斬撃は、まるで幻影を切ったかの様に突き抜けた。


「ちっ」


 外されたか。カインは蜃気楼の様に消えたアレンを見て、彼も彼で接近戦が出来ないわけではないと理解する。そうして標的を見失ったカインへと、真横のラウが弧を描くような剣戟を放った。


「おらよ!」

「ふっ」


 これが奴本来の戦い方か。カインは弧を描くような剣戟を飛び上がって回避して、その武器が今までの一般的な剣から偃月刀のような幅広の剣に変貌したのを尻目に見る。そうして飛び上がった彼の前に、唐突に光球が現れた。アレンがどこからともなく光球を放ったのだ。


「はっ」


 現れた光球を一瞬で切り裂いて、カインは更に今度は虚空を蹴る。そうして、天井に天地逆さまに着地した。


「……」


 天地逆さまに天井に張り付いて、カインは一瞬だけ周囲の状況を確認する。真正面にはラウ。そして少し離れた所に、幻術で身を隠すアレンの気配があった。それで、彼は自らの手を決めた。


「はっ!」

「……」


 地面を蹴って自身に肉薄するラウに、カインは張り付いていた天井を離れて自由落下で降下する。そうして、数秒も掛からずカインとラウが激突した。


「ちぃや!」

「はっ」


 斜め上に切り上げる様に剣戟を放ったラウに対して、カインは軽い感じで<<村正むらまさ>>を合わせる。が、この勝敗なぞ見えたものだ。軽い感じで放った剣戟がラウの一撃に敵うわけがない。故にカインは大きく吹き飛ばされる事になるのであるが、これに驚きを浮かべたのはアレンだった。


「は!? おい、馬鹿!」

「へ? っ!?」


 してやられた。ラウはカインが吹き飛ばされる方向を敢えて選んでいた事を理解し、同時に自身がカインの策に嵌められて押し出してしまったのだと理解する。そうして、ラウの剣戟の勢いを利用して加速したカインが、アレンへと襲いかかった。


「はぁ!」

「つぅ!」


 流石にあの状態から一瞬ではアレンも反応しきれなかったらしい。直撃こそ避けられたものの、フードが思いっきり切り裂かれて顔に深い傷が刻まれる。これを見て、ラウが盛大に顔を顰めた。


「……やっべー……」

「あ……あ……あぁあああああ! てっめぇ! 殺す! ぜってー殺す!」


 自らの顔から流れる血を見て、アレンがついに激高する。そうして、彼はトンネルの崩落さえ一切無視して、巨大な光球を生み出した。


「おい、アレン! やめろ! 俺達も死んじまうぞ!」

「あぁ!? てめぇこそまんまと乗せられやがって! てめぇもここで死ね!」

「おい、ちょっと落ち着けつってんだろ! 悪いとは思ってるって! 遊んじまった! 悪かった!」


 これはもはや自爆でしかない。それを理解しているラウに対して、アレンは一切聞いていないらしい。その一方、流石にカインは迷わない。術者を殺せば良いだけ。そう判断していた。

 が、流石にアレンもカインの事は忘れていなかったらしい。次の一撃を放とうと<<村正むらまさ>>を振りかぶった瞬間、無数の光条がアレンから迸った。


「ぐっ!」

「てめぇは殺す! そこでじっとしてやがれ!」

「ちぃ!」


 ずざざっ、と地面を滑って停止して、カインが忌々しげに舌打ちする。その間にも光球は更に巨大になり、ついにはトンネルの天井にも到達するほどにまでなった。


「おい、クソ優男ロメオ! 流石に一旦共闘だ! あれ、切るぞ! 一発ドカンとやりゃあいつは落ち着く!」

「っ」


 流石にそれしかないか。カインはラウの要請に応ずる様に刀を構える。トンネルと結界が破壊されて困るのは彼だ。

 アクアはおそらくすでにバスを降りて結界を強化している所だろう。となるとアリシアも外に出ている可能性は高い。彼女に死なれては困るでは済まなかった。


(最悪だ)


 この状況だ。ラウの実力がどれほどかはわからないが、最悪は自身の切り札を切らねばならないかもしれない。カインはそう思い、苦々しげに顔を顰める。

 そうして、異質な力がわずかに漂ったその瞬間。唐突にはるか彼方から、何かの遠吠えが響き渡ってアレンが停止した。


「あ?」

「こりゃ……やべぇ! アレン! 三つ首だ! 引くぞ! タイムリミットだ!」

「っ!」


 どうやら唐突な遠吠えによりアレンも一瞬正気を取り戻したらしい。そこにラウからの言葉で、彼も正常な判断が出来たようだ。巨大な光球が一瞬で消滅する。それに一瞬呆気にとられたカインであったが、即座に正気を取り戻す。


「っ! 逃がすか!」

「てめぇに付き合ってられねぇんだよ! 俺達も死にたくはないんでな! アレン!」

「ああ!」

「つっ!」


 ラウの要望を受けて、先程蓄積していた魔力の一部を流用したアレンがカインに向けて魔力の強撃を放つ。それは指向性の無い力だったが、それ故にこそカインも足を止めざるを得なかった。そうして、その隙にアレンとラウの二人はその場を離脱して、まんまと逃げおおせるのだった。

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