第97話 レクリエーション?

 アトラス学院においてイベントを運営する実行委員会主催で行われる事になったレクリエーション。そこに高等部生徒会一年として参加する事になったアクアであったが、そんな彼女はルイ率いる班に組み込まれ第二遊歩道を歩く事になっていた。

 が、開始早々。アクアはこれがレクリエーションなのか、と訝しむ事になるのに、そう時間は必要なかった。


「……」

「……」

「……」


 生徒会高等部三人はまさしく軍の行軍もかくやという真剣さを滲ませるルイ班の歩みの中、若干の困惑を得ていた。というわけで、中衛に組み込まれたアクアは不思議そうに飛鳥に問いかける。


「あの……飛鳥さん」

「なんですか?」

「その……レクリエーション……ですよね?」

「レクリエーションですが」


 アクアの問いかけに、飛鳥は不思議そうに首を傾げる。が、流石に一般常識に乏しいアクアとて、これが普通のレクリエーションではない事ぐらい一目瞭然だった。


「いえ、あの……私もレクリエーションなるものに参加した事はないのですが、その、もっとこう……楽しげに進むものでは?」

「……それは一般的なレクリエーションです。これはアトラス学院のレクリエーションです。一般と一緒にしては駄目です。隣の芝生は青く見えるものです」


 あ、自分でもちょっとこれはレクリエーションじゃないな、と思ったらしい。アクアは一瞬言いよどんだ後に少し早口で告げた飛鳥の様子で、それを理解する。

 というわけで、そんな彼女は若干その話題を逸らす様に同じ様に中衛――ただし若干後衛寄り――に振り分けられたシュウジに告げる。


「……修司。護符の用意を。中級をなるべく使える様に予め支度を。上級は使わなくて良いですが」

「……これをか?」

「ええ。貴方は今年からでしょう? 何時もの訓練と同様と思った方が良いかと」

「……正気なのか?」


 どうやら飛鳥とシュウジは知り合いだったらしい。彼女に対するシュウジは若干何時ものような遠慮がなかった。が、そんな彼の顔には驚きが満ちており、冗談じゃないのか、という色が見て取れた。というわけで、そんな彼が問いかける。


「小学生だって居るんだぞ? それなのに、か?」

「それを守りながら進むのが、このレクリエーションの肝です」

「なるほど……それでこの隊列か……いや、頭がおかしいんじゃないか?」


 なるほど、と納得したシュウジであったが、一転して飛鳥の言葉にツッコミを入れる。明らかに頭がおかしい。彼からしてみればそう言うしかなかった。と、そんな彼に今度はアクアが問いかける。


「そんな何時も厳しい訓練をされているんですか?」

「え? あ、いえ、その……まぁ、大神家と共にこの日本の守護を任されていますから」


 恥ずかしげに、シュウジはアクアの問いかけに頷いた。少なくとも生半可な修行はしていない、と言い切れるぐらいの自信はあるらしい。とはいえ、そんな彼はそれ故に、と口にする。


「ですが……その、それ故に小学生が挑んで良いものではないですよ」

「それを守りながら進むのが、上級生の務めです。ノブレス・オブリージュを果たす。それが、このレクリエーションのもう一つの目的です。特に風紀委員になると守る為の戦いも多いですからね」


 どうやら結論としては上級生が一丸となり、初等部の生徒達を守って進むのがこのレクリエーションらしい。確かにレクリエーションではないが、それはやはりこの生徒会と風紀委員の多くに上流階層の者たちが居るからなのだろう。と、そんな飛鳥の言葉が終わるか否かの所で、カインが反応した。


「む……始まったか」

「カイン」

「失礼。ノブレス・オブリージュは高尚なお考えかと思いますが……不意打ちはあまり良く無いかと思われますよ」


 飛来した石つぶてを右手の裏拳で叩き潰したカインは若干の訝しみと懸念を口にする。確かに殺すほどの力ではなかったが、中々の速度での不意打ちだ。普通に痛い目に遭う事もあり得た。


「……どうやら、今年は中々に本気らしい。カインさん。懸念は尤もだ。これについては翌年に向けて注意しておこう。が、今年はこれと理解しておいて欲しい」

「失礼しました。ついお嬢様に向けての不意打ちでしたもので、手を出してしまいました」


 ルイの謝罪に、カインは一つ頭を下げる。どうやら今の不意打ちについては彼も想定外だったらしい。後に聞けば、普通は第一の試練が終わった頃合いで本格スタートとなり、こうやって道中で攻撃が飛んでくるのが常だそうだ。

 が、今年はその常に反して、というわけなのだろう。と、そんな会話が終わった頃合いだ。無数の石つぶてが飛来する。


「来たか! 初等部の者たちは中央に固まって、守備の陣形を整えろ! 中等部! 初等部の守りを補強! 高等部以降は敵弾の破砕を行え! ヘルトくん! 接敵に備えろ!」

「はっ! 近接部隊! 構え! 追撃が見え次第、即座に打って出る!」

「「「はっ!」」」

「なるほど……」


 そういう事か。カインはルイの指示の意図を理解して、このレクリエーションの意味に納得する。初等部は守られる者の役。中等部はそれを直接支援する役。高等部以降は実際に敵を討伐する役というわけなのだろう。

 先のアトラス学院への襲撃の様に、このご時世学院に直接テロ行為を受ける事はある。そんな時、初等部が一番混乱に陥りやすい。そしてパニックに陥られては守る者も守れない。

 それを如何に宥め、適切に対応していくか。そして初等部の者たちは如何に落ち着いて行動出来るか。それを学ぶのも、このレクリエーションの肝だった。というわけで、一瞬でカインはアクアの横へと舞い戻る。


「アクア様」

「ええ……飛鳥さん。こちらで各個人に向けた防御障壁を展開します。敵弾への迎撃は任せます」

「お願いします」


 理解が早くて助かった。飛鳥は小型の刀を抜き放つ。そうして彼女が抜き放った刀の刀身が青白い光を纏う。


「現れなさい、<<蒼月そうげつ>>」


 飛鳥の口決と共に、青白い光が刀身を更に濃密に包み込み、もう一つの刃を形成する。が、彼女はそれを振るう事なく、まるで祈る様に目を閉じて両手で柄を握りしめる。


「はぁ……」


 飛鳥の口から吐息が溢れる。そうして、目を閉じた彼女の周囲に、無数の蒼い月が現れた。


「シュウジ。そちらに撃ち漏らしは任せます」

「わかっている」


 飛鳥はまるでオーケストラの指揮者の様に刀を指揮棒に見立て振るう。それに合わせて、無数の蒼月が縦横無尽に動き回る。そうして彼女は一度だけ刀を止めて、改めて迫りくる無数の石つぶてを見定める。


「行きなさい!」


 ぶんっ。刀を振るい、飛鳥は無数の蒼月を石つぶての雨の中に飛翔させる。そうして、無数の蒼月が無数の石つぶてを切り裂いていく。

 が、やはり石つぶての数が数。彼女以外にもシュウジやら何人もの生徒達が迎撃を行っているが、全てを相殺する事は出来ていなかった。


「……カイン」

「は……中々の数かと」


 とはいえ、そんな防衛網を突破した石つぶても、アクアの手に掛かればどうという事はない。というわけで彼女の防御壁により防がれるわけであるが、流石にあまりの猛攻には二人共訝しむしかなかった。


「ルイ様。一つ、お伺いを」

『ああ、わかっている。今年は中々に本気だ。去年であれば、この規模はラストだったんだがな。アクアくんには手間を掛ける』

「……それは中々」


 どうやら、この程度であれば常に襲いかかっている領域らしい。カイン――彼が問いかけたのはアクアが防御に集中している風を出す為――からしてみれば若干呆れたくもなった。


「とはいえ、どうするおつもりですか?」

『それはお手並み拝見、としてもらいたい。伊達に太陽王の名を継ぐ者と言われているわけではない』

「かしこまりました……それで、我ら従者は如何致しましょう」

『基本、手出し無用に頼む。これはあくまでもレクリエーション。ただ、主人に攻撃が届きそうな時には、手を出してくれ』

「かしこまりました」


 やはりルイも従者が居る身であり、ゆくは一族を率いる主人となる身だからだろう。従者の道理を理解している様子で、カイン達の手出しを一切禁ずる訳ではない様子だった。


「……アクア様。とのことです」

「はい。では、お手並み拝見と参りましょうか」


 今の所、ルイは一切行動しているようには見えない。一応適時指示を出して攻撃が初等部の者たちに一切届かない様にしている様子だが、それだけだ。

 が、カインもアクアも彼が何かをしようとしている事に気付いていた。そうして、耐え忍ぶ事数分。ルイがふと笑った。


「石つぶては、流石に去年も見ているさ。二度目が私に通じると思われているとは、中々心外だ」


 ぱちん。ルイが指をスナップさせるや否や、飛来していた無数の石つぶての雨がルイ班からある程度の距離に到達すると同時に砂に変わる。


「さぁ、これで問題ない。二度目の手が私に通用すると思った運営委員は、一度去年の事を洗い直す事を推奨しよう」

「結界……ですか?」

「その通り。カインさん。これでご納得頂けたかな?」

「無論でございます。見事かつ鮮やかなお手際でした」


 カインは全ての魔術の祖であるアクアから直接魔術を学んでいる立場だ。故に今ルイが展開した魔術が何で、どのような難易度を誇るかをはっきりと理解していた。それ故にこそどこか自慢げなルイにカインは全面的な降伏を示す様に頭を下げる。そうして、彼はそれを示すべくこの魔術の名を口にする。


「<<砂塵の陣さじんのじん>>……ではありますが、砂塵を作るのに敵の魔術を利用するとは。ただでさえ相手の魔術を利用する、というのは難しいのに、それを常時展開かつ、移動に合わせて移動させられる。一体幾つ改良を加えられたのやら……あっぱれと言うしかございません」

「うむ……さぁ、皆。これで問題ない。ただし、防げるのは石つぶてだけだ。油断しない様に頼む」


 カインの解説にルイは満足げに頷いた。これだけ凄まじい腕を持つのであれば、確かに十分に誇って良いだろう。カインをしてそう言うしかなかった。というわけで、そんな彼の魔術により石つぶての雨は完全に無意味なものになってしまう。


「ふぅ……これで大丈夫でしょう」

「では、ひとまずこれで?」

「ええ……アクアさん。障壁、ありがとうございました。おかげで防御を気にせず、敵の攻撃の相殺を行えました。後、見事でした。各個人に最低限の防壁……貴方の腕が並ではない、とは知っていましたが、ここまでとは」


 アクアの問いかけに、飛鳥は一つ頷いてアクアへと労いを送る。それに、アクアもまた一つ頭を下げた。そうして、ルイの防壁に守られたルイ班の面々はそのまま一気に三合目の第一チェックポイントを目指して進む事になるのだった。

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