第96話 レクリエーション

 アトラス学院全体で行われる部活動毎の交流会。それに生徒会役員として参加する事になったアクアは、シュウジ、リアーナの生徒会役員としては未経験の二人と、ヘルトら風紀委員一年生と共に大学の総生徒会長であるルイ率いる班に振り分けられていた。そうして、班ごとに分けられた後。改めてルイが口を開いた。


「さて。これから班ごとに別れて行動するわけであるが、レクリエーション活動の開始前に紹介しておこう。彼女はアトラス学院全体で行われるイベントの実行・運営を行う実行委員会会長だ。メインは秋の学祭になるが、その練習も兼ねてレクリエーション活動の運営も行ってくれている」

「今期からイベントの実行委員会の会長を務めますクセニア・カチーナと言います。よろしくおねがいします」


 ルイの紹介を受けて、青いジャージの上を羽織る長い銀髪をポニーテールにした女性が頭を下げる。年の頃は二十前後に見えるが、実行委員会の会長というからには二十歳は過ぎているのだろう。そうして、そんな彼女が少しの説明を行った。


「今年も生徒会・風紀委員会の合同レクリエーションは私達学祭実行委員会が企画・運営を行わせて頂きます。例年参加されている方はご存知かとは思いますが、私達も代替わりをして初のイベントとなります。不慣れな点や至らぬ点等あるかと思いますが、ご協力のほどよろしくお願いいたします」

「……このレクリエーションはアトラス学院の学院祭の練習も兼ねて行われるものになる。知っての通り、アトラス学院の学院祭は他校の生徒や近隣住民を招いて行う盛大なものだ。我々生徒会、風紀委員会共に彼らとは一丸となり事に当たる。その練習も兼ねているものと考えて欲しい」


 どうやらこのレクリエーションは生徒会役員・風紀委員の交流と共に、来る学院祭に向けてその運営を行う実行委員達の練習を兼ねてのものだったらしい。アクアはルイの言葉にそれを理解する。

 なお、入学と同時にクラリスにより生徒会に招かれたアクアは知る由もないが、実際にはクラスメートや同級生の中にはこの実行委員に所属している者も居たりする。大学生だけではなく、実際には小中高全ての学生達が参加した部活動だった。というわけで、全学の実行委員を束ねるクセニアはルイの説明に一つ頷くと、レクリエーションの本題に入った。


「はい……それで、このレクリエーションはかつてアレクシア様が遊歩道や公園などの設備を整える指示をなさいましたこの山全体を使って行うものになります。が、適時実行委員が立っていますので、もし班からはぐれてしまった、体調不良などの不測の事態がありましたら申し出てください。実行委員は私以下全員がこのジャージを羽織り、右腕に腕章を身に着けています」


 クセニアはそう言うと、一同に見える様に青いジャージとその右腕にピン留めされたアトラス学院学祭実行委員会と刻印された腕章を提示する。この二つがある者は実行委員会だ、という事なのだろう。


「また、レクリエーション活動中は班同士での不正を防ぐ為に公園全体に通信阻害の結界が展開されます。連絡を取る必要がある場合にはやはり実行委員に申し出てください……では、レクリエーションに必要な物資をお配りしますので、各班の班長は前へ」

「では、まずは私が受け取ろう」

「はい。こちらが、今回のレクリエーションで使う物一式となります。地図は特に無くさない様にお願いします」

「わかっているさ」


 クセニアの言葉に、ルイが一つ笑って小さめのかばんを受け取った。この中に必要な一式が入っているという事なのだろう。それに、クセニアも笑った。


「どうでしょうね。ルイさん、どこか抜けてますから」

「むぅ……ああ、すまないな。では、これは私が持っていこう」


 基本的に今回は生徒同士の交流を行う交流会だ。なので従者が居るから、と彼らに荷物を預ける事はない。なのでそれを示す様にルイも自らでかばんを背負い、後に続くクラリスらに場を譲る。そうして、全員がかばんを受け取った所で、クセニアが改めて口を開いた。


「では、開始です! 制限時間などはありませんので、頑張ってください!」

「よし。では、早速行動開始だ」


 クセニアの合図と共に、ひとまずルイは背負っていたかばんから地図を取り出した。と言ってもそれは紙の地図ではなく、一同で見れる様に作られた小型の映像投影用デバイスだった。


「さて……今年はどんなのになるかな?」

「去年は確かかなりアスレチックが多めでしたね」

「そう言えばヘルトくんは去年も一緒だったか」

「はい」


 投影された地図を見て去年の事を思い出したヘルトの言葉に、ルイもまた去年を思い出す。流石に全員が新入りではルイも手間だ。なので多めに割り振られているだけで、決して全員が新入りというわけではない。と、そんなルイがアクアを見た。


「そう言えば、アクアくん」

「あ、はい。なんでしょう」

「君の病については聞いているが……魔術行使などに不足は出るかね?」

「いえ、一切。体調管理はお医者様の指導の下、十全に整えております」


 どういう意図かは去年参加していないアクアには理解出来なかったが、魔術の行使が出来るかと言われれば出来る。なのでそれをそのまま告げたアクアに、ルイは一つ頷いて教えてくれた。


「そうか。それなら大丈夫だ……いや、実はな。このレクリエーションでは少し実戦的な事もさせられる。何分、アトラス学院では多種多様なトラブルが起きるからな。それに対応出来る様に、クレー射撃の様な物もさせられる事があるんだ」

「ク、クレー射撃ですか?」

「勿論、クレー射撃ではないさ。実弾を学生たちに使わせるわけにはいかないからな。魔術を使って行うクレー射撃。マジック・クレーだ。マジック・クレーは?」

「いえ……知りません。ですが、大凡想像は出来ます」


 ルイの問いかけに首を振ったアクアだが、流石にクレー射撃は知っていた。というわけで、その返答にルイも一つ頷いた。


「そうか……まぁ、これは一例に過ぎないが、そういう様に魔術を使わないと突破出来ない場所もある。一人では厳しい所などもな」

「すごいですね……」

「そのために山を一つ貸し切った。安全に配慮するなら、それぐらいはしないとな」

「い、いえ……それもそうですが」


 山を一つ貸し切りにしないと駄目なレクリエーションを組むのはすごいと思います。アクアはどこかズレた事を述べるルイに、頬を引きつらせる。

 まぁ、ここらはやはり彼らがぶっ飛んだ、と形容詞として付けて良いほどに上流階級なればこそ、そして世界に名だたるアトラス学院の為せる技なのだろう。

 アクアにしてもレクリエーションの為にそこまでするか、という呆れであって山一つ貸し切る事にはさほど驚きを感じていなかった。と、そんなルイにヘルトが告げた。


「ルイ先輩。アクア嬢の腕前であれば、自分が太鼓判を押します。間違いなく、自分と同格と信頼して頂いて大丈夫です」

「なるほど。去年の全学統一武闘大会で好成績を残したヘルトくんと同等なら、信頼して良さそうだ。頼りにさせてもらおう」

「は、はぁ……」


 一体どんなものが待ち受けているのだろうか。アクアはそう思いながら、ルイの言葉に一つ頷いた。


「アクア様。いつもどおりやれば、問題はありませんよ」

「……そうですね。お任せください」

「うむ」


 カインの助言を受けたアクアの返答に、ルイは一つ頷いた。そうして、一同は改めて地図を見る事にする。


「さて……見ればわかると思うが、現在この山全体には通信を阻害する結界と共に出入りを阻害する結界が展開されている。もしはぐれた場合はこの結界を目印にして行動する様に。基本、この結界の外周部には実行委員が立っている」


 地図を見ながら、ルイはぐるりと山を取り囲む様に記された円を指し示す。これが、結界の展開されている範囲らしい。

 なお、レクリエーションの開始と共に山の頂点から周囲数キロに渡って若干青みがかかったガラスのような半球状の結界――外側からは見えない様にされている――が展開されており、万が一にも別の山に迷い込む事が無い様にされていた。


「それで、我々の第一目標地点だが……ここだな。山の三合目。第二遊歩道を通るルートだ」


 地図を見ながら、ルイは表示される光点への最短ルートを指し示す。と、そんな道を見る際にちらりとクラリスの班が別ルートへと進んだのが見て取れて、アクアが口を開く。


「別々……なんですね」

「当然だ。これは確かにレクリエーションだが、全て同じではわざわざ班分けした意味が無い。どうやら、クラリスくんの所は第一遊歩道を通る道らしいな」


 確かにルイの言う事は尤もだった。それにアクアとしてもこれが交流会である以上、同じ面子で固まられても困るという運営側の意図は理解できた。というわけで、改めて彼女もまたルイの指し示した第二遊歩道とやらを見る。


「あちら、ですね」

「ああ……まぁ、暫くは何も無いとは思うが……」

「そう油断すると後が痛い、でしたね」

「ああ。初めての者が多いだろうから、先に注意しておく。このレクリエーションは実戦的なものだ……この光点に至るまでにも何かがあるかもしれない。その点、注意して動く様に」


 これは本当にレクリエーションなのだろうか。どこか真剣味が滲むルイの様子に、初参加となる者たちは若干身体を強張らせる。とはいえ、アクアとしてはそれならそれで良い。遊びと思わず真剣に臨むだけだった。


「では、行くぞ。ヘルトくん。君に殿を任せる。追撃があった場合は食い止めてくれ」

「はっ!」

「うむ……飛鳥くん」

「はい」

「アクアくんと共に君に中衛の統率を預けたいが、まずは初参加となるアクアくんに暫くの指南を頼む。おそらく大学の生徒会役員より、君達の方が腕は立つだろう」

「かしこまりました」


 本当にこれはレクリエーションなのだろうか。アクアはまるで軍事行動の様に隊列を割り振っていくルイに、内心でそう思う。とはいえ、ここでの班長はルイで、自身は初参加だ。素直にその指示に従うのが最良と判断した。

 というわけで、彼女は飛鳥と共にルイの決めた中衛として動く事になり、隊列を決めたルイ班は一番最後のスタートとなるのだった。

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