第98話 第一チェックポイント

 アトラス学院のレクリエーション。それはレクリエーションの名を借りた、テロリスト襲撃に備えた訓練でもあった。

 というわけで、実行委員達が放つ雨あられの如く降り注ぐ石つぶての雨をルイの魔術でくぐり抜け、第二遊歩道を進む事暫く。アトラス学院生徒会、風紀委員合同で組み上げられたルイ班は一切の問題なく、第一のチェックポイントへ向けて突き進んでいた。と、その一方。クセニアは声を荒げていた。


「誰、ルイ会長の所の初撃! 私まだゴーサイン出してないわよ!」

「す、すいません! 今確認してる所です!」

「わかってる!? 一応、防げる程度にはしていると思うけれど、それでも不意打ちで撃てば怪我をするかもしれないのよ!? 安全への配慮は第一! 生徒会と風紀委員の対処の確認は第二! 怪我人を一切出さず、レクリエーションを終了させる! それが、運営委員の仕事!」

「「「は、はい!」」」


 どうやらカインが対処した初撃はクセニアが指示したものではなかったらしい。それ故に彼女は自身の指示も聞かず勝手に攻撃を放った事に怒り心頭――特に自身の単独での初仕事で、その開始が意図した形でなかった事も相まった――だった様子である。

 とはいえ、自身の意図した形でなかったわけではあるが、すでにレクリエーションは始まっている。故に若干ヒステリックに声を荒げる彼女に、運営委員の一人がなだめる様に告げた。


「い、委員長。一つ良いですか?」

「何?」

「とりあえず、もうレクリエーションは始まっています。今は先に指示を出すべきかと。各チェックポイントから指示と状況確認を求める連絡が来ています」

「……そうね。ごめん。ちょっと気が立ってた」

「いえ……」


 やはりアトラス学院ほどの巨大学院で一つの組織を任されるほどの人物なのだ。クセニアは自身が想定外の事で苛立っていた事を自覚し、数度深呼吸して一つ謝罪する。


「とりあえず、この件については今日中に確認。オーシャンさんへ謝罪の手配とルイ会長に状況と事情の説明。そして撃った人には反省文の提出を。幸いカインさんが防いでくださったからヒヤリハットで済んだけれど、本来なら怪我があっても不思議のない行動。自分達が振るっているのが、ともすれば人を殺せもするものだと自覚して」

「「「はい!」」」


 落ち着いたクセニアの改めての引き締めに、実行委員達が改めて気を引き締める。そうしてその姿勢で彼女も更に一つ落ち着きを取り戻す。


「よし……もうミスしちゃったものは仕方がない。ここから、ミスを失くしていけば良い。もしさっきやっちゃった子がわかれば、状況次第で一旦こちらに呼び戻して。問題なさそうなら、そのまま引き続き業務の続行を指示して。反省文の事も言わなくて良い」

「はい」

「うん。で、後は……各班の第一チェックポイントの状況を報告」

「はい。第一チェックポイントは各所問題無し。何時でも行ける、との事です」

「よし。じゃあ、こっちは問題無しと伝えておいて。ああ、さっきの件は伝えなくて良いわ。重大なミスだけど、総体としては些細なミスだもの」

「はい」


 矢継ぎ早に飛ぶクセニアの指示に、実行委員の内総指揮を執る者たちは一斉に動き出す。実際、確かにアクアが怪我をしていれば問題だったが、事実として怪我はしていない。ルイにしても今年は気合が入っているな、と思った程度でしかないのだ。十分、取り戻せる程度のミスでしかなかった。


「よし……後は、大丈夫かな」


 やはり一度落ち着きを取り戻したからだろう。クセニアは一度自身で何かチェック漏れなどが無いか、と確認し頷いた。と、そんな彼女の所にルイ達が第一チェックポイントへとたどり着いた事が報告されるのは、この後すぐの事なのであった。




 さて、クセニアが落ち着きを取り戻したとほぼ同時刻。結界内部で石つぶての雨あられを防ぎながら進んでいたアクアはというと、報告の通り第一チェックポイントへとたどり着いていた。そこは山に登る者たちが休憩に使う休憩所の一つで、第二遊歩道から入って一番近い休憩所だった。


「お待ちしてました」

「ああ。では、ここが第一チェックポイントで良いかな?」

「はい。道中、お疲れ様でした」

「今年は中々、気合が入っているようだね」

「ありがとうございます」


 ともすれば嫌味とも取れるルイの言葉に対して、第一チェックポイントで控えていた実行委員は少し恥ずかしげに礼を述べる。

 それに、ルイは内心で彼が知らないかこれが予定通りなのだと理解する。というわけで、先程の一件については最後にするとして、彼は改めてレクリエーションに向き直る。


「それで、ここで我々は何をすれば良い?」

「はい。今年の第一チェックポイントでは、マジック・クレーをしてもらおうと思います。ルールは去年同様、七十点確保。候補の選定をお願いします」

「クレーか。しかもそのポイント……去年のラストと同じじゃないか?」

「はい。去年より腕があがっているだろうから、とのことです」


 やはりこれは今年は単に気合が入っているだけかもしれない。ルイは何時もなら第二チェックポイントあたりで出るだろう課題に、そう思う。そしてそういうわけなので、彼は即座に頭の中で適任者を割り出す。そしてその一人に、アクアが居た。


「そうか……アクアくん。君にマジック・クレーを任せたいが、経験は?」

「いえ……マジック・クレーとは魔術で行うクレー射撃……ですよね?」

「ああ。とはいえ、クレーの的も魔術で操られるから、普通のクレー射撃とは違う。こちらも魔術によるホーミングか、移動より更に速い速度での速射が要求される」


 やはり先程のアクアの魔術の腕を見たからだろう。そして彼は総会長として、先のサイエンス・マジック社の秘密研究所での一件を聞いている。アクアなら、たとえ未経験だろうと問題無いだろう、と判断していた。そんな彼に、アクアは一つ頷いた。


「どの程度が出来るかはわかりませんが……出来る限りがんばります」

「それで良い。後は……高等部はひとまずアクアくんだけで良いか。後は、中等部二名に初等部三名、という所で良いか?」


 誰にしようか。ルイはアクアの返答に一つ頷くと、幾人かの候補を見繕う。なお、別に一度出たからとチェックポイントでの行動ができなくなるわけではない。

 が、避けるべきではあった――何より全員参加の課題もあるので、体力の消耗も考える必要がある――ので、最初の内はなるべく新入りを選んでおくのが常だった。とまぁ、そういうわけで人員を選定するルイに対して、アクアはカインと話をしていた。


「アクア様。あまり、肩に力を入れなくて良いかと。今回はまだ初戦。今年が気合が入っているとはいえ、最初から無理難題を強いてくる事はないでしょう」

「そうですかね」

「ええ……あくまでもこれはレクリエーション。当たるも八卦当たらぬも八卦、の気持ちでやる事が重要かと」


 確かに初手の不意打ちと雨あられの石つぶてには驚かされたものの、これはあくまでもレクリエーションだ。些か他とは違うのかもしれないが、アトラス学院ではこれがそうだというのであれば、それに従うだけである。


「そうですね……とはいえ、それでも、私にも自負はあります」

「左様でございますか」


 そもそもアクアこそが魔術の総本家。全ての基礎を教えた者だ。ではその魔術が更に古くはどこにあったか、と言われると誰にもわからないが、この地球においては彼女こそが開祖であることに間違いはない。なので彼女も少年少女らの手前、少しやる気になっている様子らしかった。


「とはいえ……それならそれで、あまりやりすぎませんよう、お願いいたします。まだここは第一。ここから幾度あるかはわかりませんが……何度、アクア様に活躍せねばならぬ機会があるかわかりません。余力を残しておくべきかと」

「留意します」


  あくまでも、この場ではカインもアクアも共に単なる主従だ。故にあくまでも学生の領分を超えない様に注意しつつ、余力を残しておく様に注意しておく。こういった場合に主人が最高の結果を出せる様に指南するのも、従者の務めだった。

 と、そんな会話を繰り広げていると、ルイが一通り選定を終えていたらしい。何人かの生徒達に話をしていたらしいが、そんな彼がアクアの方を向いた。


「よし。アクアくん。君は一番最後だ」

「はい」


 つまりは、帳尻をあわせる様に、という事か。アクアはルイの指示をそう理解する。ここで最初に持ってこなかったのは、初等部の生徒が居るからだろう。

 チェックポイントでは基本的に学年に依らず選ばれる。そしてこれは内々のルールになっているのだが、代表者が選ばれる場合は基本大学と高等部一名、中等部二名、初等部三名になるらしい。

 なので大学と高等部の生徒が下手に気合を入れすぎて好成績を出してしまった場合、初等部と中等部の生徒にプレッシャーを与えてしまいかねない。

 特にアクアだ。本当に全弾命中をしかねない。それを、ルイは懸念したのである。なお、本来大学生が最後になるのだが、適任者とアクアの腕を鑑みた場合、アクアの方が良いと判断されたらしかった。


「うむ。まぁ、君ならある程度序盤にミスがあっても、十分にフォローしてくれるものと信じている」

「ありがとうございます」

「ああ……まぁ、この彼はマジック・クレーのヨーロッパ支部でのジュニア代表だ。そこまで、気負わなくても良い」

「っ……」


 少し笑う様に、ルイは中等部の生徒の一人に一つ頷く。期待している、というわけなのだろう。そうして、初等部の生徒から順番にマジック・クレーを開始する事になるのだった。




 さて、第一チェックポイントに一同がたどり着いて、少し。初等部の生徒と中等部の生徒の競技が終わり、アクアの番となっていた。そうして、彼女はカインを伴い休憩所横に設置された射撃用の立ち位置に着く。


「アクア様。こちらを」

「ありがとう。さて……」


 一応、アクアはさっきまでの実技を見てマジック・クレーの内容は理解している。基本は彼女が認識していた通り、魔術を使ってクレー射撃を行う形だ。

 魔術は何を使っても良いが、それ故に射撃の的にもランダムに魔術が展開され、一筋縄ではいかない。勿論、それでも無理の無い程度ではあるが、油断してなんとかなるものではなかった。


(おそらく、今までの傾向から学年に応じて速度などは変わってくる)


 思い出すのは、先程の大学生の一幕。大学生用のマジック・クレーの的は一般の競技者用の物が使われているらしく、速度はかなりのものだった。ときには音速もかくや、という速度で飛翔したり、唐突に挙動を変化する事もあった。


(唯一、共通しているのは狙撃可能範囲内に留まる時間。十秒間の間に、的を破壊すれば良い。確か本来の競技では、命中率が同率の場合は最終的に撃ち落とすまでの時間と魔術の難易度で判断されるのでしたか)


 まぁ、今回は単に撃ち落とせば良いだけなので、最悪は先程の方みたいに面での攻撃で強引に破壊するのも手ですが。アクアは内心で僅かに笑う。

 どうやら先程の大学生は少しミスが嵩み、最後に力技で帳尻を合わせたらしい。本来の競技だとこれは下策で、褒められた手ではないとの事であった。と、そんな事を考えたアクアはふと、少しだけ面白そうにカインに念話を送る。


『あ、カイン。一つ良いですか?』

『ん?』

『入った瞬間に自動で迎撃する自動迎撃装置タレットとか……どうでしょう』

『駄目です。それ、軍用です……』

『そうなのですか……』


 楽かつ設置するだけで良いかな、と思ったのですが。なお、カインが止めた理由は軍用以外にもアクアが作ると幻影やら何やら一切無視で百発百中で当ててしまう為、高難易度過ぎるからである。


(何か良い手、ないでしょうか……)


 うーん。おそらく、アクアは大凡全ての魔術を知っているからだろう。彼女には手札が多すぎて、何をどう使うのが良いかわからない様子だった。


(あ、そうだ。昔カインの運動に使ってたあれでやりましょう)


 ぴこーん。そんな様子で何かを考え付いたらしいアクアが、楽しげに笑みを浮かべる。それにカインは心底嫌な予感がしたが、その内容を問いかけるより前に、実行委員が用意を整えた。


「オーシャンさん。よろしいですか?」

「はい……あ、魔術の準備はもうしても?」

「勿論です。ただし、開始と同時にクレーが放たれるわけではないので、余力にはご注意ください」

「はい……では」


 とんっ。アクアは優雅に地面を杖で叩く。すると、彼女の真横に半透明の子供が現れた。が、これにカインが大いに声を上げる。


「ちょ、ちょっと!? あ、アクアさま!? な、何考えてるんだ!?」

「ふふ。懐かしいでしょう? 昔、カインの訓練に使っていた幻影です」

「そそそそ、そうだが!? いや、そういう事ではなく!」


 現れたのは、どうやらカインの子供の頃の姿らしい。確かに顔などは今よりはるかに幼く、しかも彼の過去にあった出来事を想像させるかなり粗野で粗暴な目だった。

 というわけで、そんな子供のカインの幻影は翻弄されるカインとそれに楽しげなアクアの横で、ただ機械的にクレーの的を手刀一つで破砕していくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る