第63話 再開

 ゴールデン・ウィーク半ばに行われた、アトラス学院高等部生徒会と風紀委員会への世界政府による表彰式。それが終わり翌日に行われた夜会。そこでの縁を受けてアレクシアの屋敷で一泊する事になってしまったアトラス学院高等部生徒会女性陣であったが、それも終わり一同揃って帰還の途に着いていた。そしてそれは、完全に緊張していたリアーナも同じであった。


「お疲れ様です。またゴールデン・ウィーク明けに」

「……あ、お疲れ様でした。では、また」


 リアーナは同じ車に同乗していたシャーロットへと頭を下げる。今回、リアーナのみは自宅から直接会場に乗り込んでいた。なので到着したのは彼女の家の前だ。

 やはりかなり大きな報道機関の局長だからなのか、一般家庭の家としては一戸建てのかなり大きな豪邸――もちろんアレクシアの屋敷に比べれば小さいが――だった。そうして彼女は再度ゆっくりと速度を上げていく自動車を見送って、小さく息を吐いた。


「ふぅ……」


 やはりシャーロットもそうであったが、アレクシアは彼女ら一般家庭の存在からすれば雲の上の存在だ。一応同じ聖都に住んでいるので彼女が時折自由気ままに散歩をしている事は聞いているし、近くを通りかかった噂ぐらいは聞いた事がある。

 一度ぐらいは会えないかな、と行きつけに店に行ってみた事がないわけではない。が、それでも直に見るのはこれが初めてだった。なのでその緊張は並々ならず、疲れた様に息を吐いても仕方がない事だった。


『……リアーナ様。おかえりなさいませ』

「ただいま」


 リアーナは家の腕輪を使った認証システムを用いて鍵を開けると、誰も居ない家へと入る事にする。ゴールデン・ウィークと世間は言うが、報道関係者である父と母には無関係な事の方が多い。

 それでも法律の関係でまとまった休みは貰えているのであるが、どうしても仕事柄ずれた休みになることは多かった。なので誰も居ない事を想像していたわけであるが、そんな彼女の予想はリビングに入った所で裏切られる事になった。


「ああ、リアーナ。おかえり」

「お父さん? 仕事は?」

「ああ、ちょっと色々とな……急に用事が入って、そっちに出ないといけなくなったんだ。で、入っていた会議がその件で立ち消えになってな。今日は何時もより一時間ぐらい遅いんだ」


 驚いた様子のリアーナに問われ、ステファノが少しだけ疲れた様に事情を告げる。父が朝早くから出掛けるのはよくある事だったが、逆に朝が遅いのは珍しかったらしい。とはいえ、そんな彼の服装喪服を見て、リアーナはその急な用事を理解できた様子だった。


「……誰か亡くなったの?」

「……ああ……ウチの会社のカメラマンが一人、な。ほら、昨日の夜会に居たカメラマン、覚えているか?」

「あの人が?」


 ああいう場に参加している以上、カメラマンとしてもそこそこの地位には居ただろう人物だ。なのであの時のカメラマンは確かに若くはなかったが、同時に殊更年老いている様子はなかった。それを思い出したリアーナは、父の述べた訃報に思わず驚きを隠せないで居た。


「ああ……昨日の夜、遅くに事故でな。偶然俺が電話をしている最中に、事故に巻き込まれたみたいなんだ……午前はその件で警察に行かないといけなくてな。で、そのまま葬儀の手伝いに、な。実は今一度病院から帰ってきた所だったんだ」

「事故……?」

「ああ……もしかしたら、事件かもしれんが」

「何かあるの?」


 苦々しげかつどこか怒りさえ滲ませた父の言葉に、リアーナが思わず問い掛ける。それに、ステファノはしまった、と少しだけバツの悪そうな顔を浮かべる。


「あ、いや……気にしないでくれ。仕事の話だ」

「……」


 昨夜電話をしていた、という事から考えれば、おそらく事故があったのは夜だ。部下から夜遅くに電話があった、ということは仕事の話ぐらいだろう。そして仕事柄、色々と厄介な状況にもなりやすい。

 そこで何かがあって、気になっているのかもしれなかった。と、そんなステファノであったが、この話題にこれ以上言及は出来ない為、慌て気味に話題を変えた。


「あ、そうだ。そう言えばお前はアレクシア様のお屋敷に呼ばれたのだったな」

「あ、うん」

「何か粗相はなかったか?」

「……多分」

「そうか」


 自信なさげなリアーナの返答に、ステファノは僅かに苦笑する。まぁ、相手の事を考えれば仕方がないとは思ったのだろう。ひとまずはそれで良しとしておく。


「……ああ、そうだ。母さんは今日は元々早く帰ってくる事になっていてな。一応電話はしたんだが……帰ってきたら、今日は遅くなるかもしれない、って伝えておいてくれ。慌ててて伝えたか忘れてな」

「あ、うん……兄さんには?」

「ああ。部屋に居るが……時間。もう朝ごはんには遅いだろ? お前から伝言頼んだ」

「あ……」


 そう言えば。リアーナはそんな様子で時計を見る。確かにすでに午前9時を回っており、規則正しい生活をしているのならもう部屋に戻っていても不思議はなかった。


「うん。わかった……じゃあ、私も一旦荷物置きに帰るから」

「ああ……まぁ、それで少ししばらく忙しいかもしれないから、遅くなる事も多い。戸締まりだけはしっかりな」

「うん」


 ステファノの言葉を背に、リアーナは荷物を一度置きに戻る事にする。そうして、そのまま彼女は部屋に戻って休息を取り、その後は殆ど何事もなくゴールデン・ウィークは過ぎゆく事になるのだった。




 さて、アクア立ちがアレクシアの屋敷に招かれてから数日。ゴールデン・ウィークは終りを迎え、カインとアクアは再び主従としての日々に戻る事になっていた。


「アクア様。今日から学業に精を出す日々に戻るわけですが……御加減は如何ですか?」

「……急にどうしたんですか? まだ寮室なのに……」

「今日から休みは終わり。恋人としての日々ではなく、主従の日々が始まるからな。流されないように、予行演習だ」

「あはは」


 カインらしい。アクアは少し遊びを見せている彼に、楽しげに笑う。であれば、一つここは恋人の趣向に乗ってやるのも良いだろう。アクアはそう思い、敢えて主人としての仮面をかぶってやる事にした。


「……はい、カイン。問題はありません。何時でも、いけます」

「はい、お嬢様」


 自らの興に乗ってくれたアクアに、カインは改めて従者として仮面で恭しく腰を折る。そうして、二人は寮室をあとにする。


「あら……アクアさん。おはようございます」

「あ、エアルさん。おはようございます」

「はい、おはようございます」


 今日も今日とて、アクアは寮長であるエアルに挨拶をする。何時もと変わらない朝。そうして二人はアトラス学院の校庭を歩いて移動し、高等部へとたどり着く。そこで二人は別々に行動する事となる。


「さて……」


 アクアを教室へと送り届けた後、カインは一人従者達専用の待合室へと向かう事にする。そうして入った待合室で自身の専用の椅子に腰掛け、しばらく。オーシャン社の業務を行っていた所に、ナナセが声を掛けた。


「カインさん」

「おや、ナナセさん。お久しぶりです」

「お久しぶりです」


 ゴールデン・ウィークだからといって、高貴な身分である二人の主人達に気ままに遊ぶという様な事はない。特にアリシアは様々な習い事があるし、一応アクアが電話で話す事はあったが、と言う程度だった。なのでカインとナナセが直接会って話すのはこれがあの夜会以来久方ぶりだった。そんな彼女に、カインが話を促した。


「それで、如何がなさいました?」

「はい……以前の夜会で起きた一件を覚えておいでですか?」

「ええ……あの件で進展が?」

「はい」


 カインの問いかけを受けたナナセが、彼へとデータの入った情報記録端末を差し出した。


「これに?」

「はい……そちらについては、閲覧が終わり次第私までご返却していただければ。それと当家のセドリックより、私と初音についてはそちらに任せる、とのことです」

「はぁ……」


 とりあえずは見てからでないと何も言えないが、何かがあってこの二人をカインの指揮下に配置する、ということなのだろう。というわけで、カインは自席に戻ったナナセを見送り、自身は机に設置されている端子にUSBメモリに似た情報記録媒体を差し込んだ。


「……」


 中に入っていたのは当然ではあるが、先の一件で捕らえられた邪教徒達が吐いた情報だ。元々オーシャン家はラグナ教団と密接に関わりがあることから狙われやすい家の一つと言える。そしてオーシャン家の立場の関係で先のナナセの申し出に関わらず、情報を提供される事になっていた。その一環というわけなのだろう。


(……上の者からの指示で、今回の襲撃を行った、か。ちっ……やはり下っ端だったか)


 中央の突破を任されたぐらいなのだからそこそこ事情を知っているのではないか。カインは僅かな望みとしてそう考えていたわけであるが、やはり現実はそこまで甘くはなかった様だ。

 カインが討伐したのは大凡下っ端だけで、敢えて言えば鉄砲玉とでも言うべき存在ばかりだったらしい。とはいえ、それぐらいは彼も想定内で、欲しいのは他に捕らえられた者が居たなら、その情報だった。


(ふむ……今回の計画は……っ)


 情報を見るカインの顔が僅かに歪む。というのも、そこにはちょうどカインがアトラス学院に来る計画を立てていた頃合いに計画が立案されていた様子だ、と書かれていたからだ。


(……いや、流石にあの時点ではアクア様はお眠りになられていた。確か……そうだ。去年の秋頃にアクア様がお目覚めになられて、オレが事情を説明。そこでアクア様が盛大に拗ねたんだったな)


 思い出せば懐かしい。カインはここにアクアが来る事になったきっかけを思い出して、僅かに笑う。元々アクアが寝ぼけてぶっ放す事はわかっていたが、その原因を掴んだのがこの頃だった。当然だが、サイエンス・マジック社とてあの魔物化薬とでも言うべき薬品を作るのには年単位での研究を行っている。

 なので海魔とサイエンス・マジック社の社長が言っていた存在も数年近く前から海に不法投棄されており、カインの知る所になっていた。そこから一年近く掛けて実態を掴み、カインが動いたのである。が、そんな所に偶然アクアが目を覚まして、彼女の知る所になりカインが出る事を知り、彼女も来る事になった、というのが事の経緯だった。


(今思えば、それも良い話だったのかもなぁ……おかげでアクア様も最近生き生きとされているし……)


 なんだかんだ苛立ったあの一件であったが、今思えばそのおかげでアクアはアリシアと出会え、更には今のアトラス学院での生活がある。カインとしてもここでの生活は今までに無い経験で、彼自身が少しの充実感を感じている事は事実だった。


(……っと、いや。それは良いな。それはともかくとして……)


 とりあえずはアクアの守りに不備が出ない様に情報を閲覧しないと。カインは気を取り直して、ナナセから提供された軍の資料の確認に入る。


(ふむ……特に目立った情報は無いか……何が狙いだったのか、というのも下っ端には知らされていない様子だったし……ちっ。ドライももう少しうまくやれば良いものを。あれだけ圧倒的なら、捕らえる事だって出来ただろうに)


 カインは資料の閲覧を終わらせ、一つ内心で舌打ちする。ドライが戦っただろう相手は間違いなく、邪教徒達のエースだ。それなら何か知っていても不思議はないと思ったのだが、これはドライにより一瞬で消されてしまたらしい。となると、何も情報は得られない事になる。そしてその他は下っ端だけだ。


(いや……もう言っても詮無きことか)


 カインはそう考えると立ち上がり、ナナセへと情報端末を返却してその後は放課後まで、アクアの補佐とオーシャン社の指示に務める事になるのだった。

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