第62話 帰還

 アレクシアの屋敷で行われたアクアらの女子会。そんな女子会であるが、ひとまずアクアへの美容に関する講習も終わりを迎え後は気ままにゆっくりとお風呂に入るだけとなっていた。


「にしても……二人共、本当に成長したわね」

「「は、はぁ……」」


 アレクシアから自分達の身体を見据えられ、クラリスもアリシアも揃って恥ずかしげだ。やはり同性とはいえ裸体をまじまじと見られては恥ずかしいのだろう。


「あらあら……それに対してウチの二人は成長しなくて。特にツヴァイ」

「な、なんですかっ」

「そ、そんな警戒しないでもー」

「では、その手はなんですか!? なんでワキワキと動かしてるんですか!?」

「こうするためっ!」


 警戒しまくるツヴァイに対して、楽しげに手をニギニギとしていたアレクシアが一気に襲い掛かる。一応言うが、これでも彼女は聖女である。なのに行動が本当に子供っぽい所があった。が、そんな彼女はツヴァイに襲いかかるかの様に見せて、その直前で真横に腰を下ろした。


「っ……あれ?」

「あらぁ? 何を想像したのかしらー?」

「……」


 この人は本当に何をしでかすかわからない。警戒させるだけ警戒させて普通に横に腰掛けるだけだったアレクシアに、ツヴァイは一気に毒気を抜かれ脱力してお風呂に沈み込む。が、ここでやはりアレクシアの方が一枚上手だった。


「隙あり!」

「ひゃあ!」

「うーん……やっぱり肌のハリはツヴァイの方が良いわね……おっぱいそこまで大きくないからかしら……」

「ひゃ……あ……」


 アレクシアに胸を揉まれ、ツヴァイの吐息が僅かに艷の滲んだ物に変わっていく。が、流石にアレクシアとて状況は理解しているのか、別に性的な興奮を与えて場の雰囲気を気まずくするつもりはなかったらしくすぐに止めた。


「ふぇ?」

「うーん……もう少し育ってくれても良かったんだけど……ドライまで行っちゃうと逆にツヴァイがどんな姿になるか想像出来ないし、落ち着かないし……ま、これで良いかなー」

「……アレクシア様……」

「あら?」


 ごごごごご、と怒気を滲ませるツヴァイに、アレクシアがきょとん、と首を傾げる。そうして、流石にツヴァイの雷が落ちた。


「流石に場はわきまえてください!」

「はーい」

「その返事はわかってないですね!?」

「……何時もの事なので気にしないで大丈夫ですよ。あの二人はあれで普通なので」


 呆気にとられる周囲に対して、ドライがまるで気にする様子もなくフォローを入れる。どうやらこれが本当に何時もの光景らしい。そうして、一同が呆気に取られるまま、時間は過ぎゆく事になるのだった。




 さて、そんなお風呂場でのひとときから少し。全員がお風呂から上がって一休みしていたわけであるが、そんな中でアクアはアレクシアと一緒だった。


「あ、そうだ。アクアちゃん」

「はい」

「お風呂上がりにミックスジュース飲む?」

「ミックスジュース……ですか? あ、はい。頂きます」


 どうやらアレクシアの屋敷の大浴場には冷蔵庫――それも三百年前の銭湯でも模したのかノスタルジックな形の――があるらしい。瓶の牛乳やコーヒー牛乳、果ては二人が言う様にミックスジュースまであった。今でもほそぼそとであるが瓶入りの牛乳などは売られていて、アレクシアの様な愛飲家が居るとの事であった。


「あら……知ってるの?」

「はい。私もお風呂上がりには飲んでます」

「あら……」


 楽しげに、そして少し嬉しげにアレクシアは冷蔵庫からミックスジュースを取り出して、アクアへと手渡した。そうして、二人は並んでミックスジュースを口にする。アクアはやはりちびちびとお上品だったが、アレクシアはごくごくという擬音が似合う良い飲みっぷりだった。


「ふぅ……昔、ツヴァイが小さい頃には三人で並んでよく飲んだのよ。でもドライはてんで飲まないのよねー……なのにツヴァイよりおっぱいは大きいし。どうしてかしら」

「……アリシアも飲んでるんでしょうか」

「あら……そうねぇ。飲んでるの……かしらね?」


 どこか僅かに温度の下がったアクアのつぶやきに、アレクシアはやはり年並みより大きめなアリシアの胸を見る。幾ら女神と言っても女の子。やはり女性的な象徴といえる胸の大きさは気になるらしかった。

 とはいえ、アレクシアはそんなアクアに楽しげで、気にした様子はない。まぁ、彼女の場合はアリシアより更に大きい――というかこの場で一番大きい――のだから、当然だろう。閑話休題。そんな事を思ったからか、アレクシアは物は試しと口を開いた。


「アリシアー」

「は、はい!」

「飲む?」

「あ、い、頂きます」

「だってさ……あ、ツヴァイー。貴方もフルーツ牛乳で良いわよねー」


 それは貴方が問いかければ、アリシアは飲むとしか言えないのでは。アリシアの返答を聞いていたアクアは、まるで答えは見えた、とばかりのアレクシアにそう思う。と、いつの間にかツヴァイも横に居た。


「あ、はい。ありがとうございます」

「はい……アリシアも味わって飲んでね……他の娘も欲しいなら言ってねー」


 まぁ、アリシアにだけ声を掛けて他の面子に声を掛けないのは可怪しいだろう。そしてアレクシアの言葉だ。他の面子に否やはない。

 というわけで、結局アトラス学院生徒会女子勢は揃って風呂上がりの一杯とばかりに各種の牛乳を頂く事になり、その日はなんだかんだアレクシアの強引さに巻き込まれ、そのまま一泊する事になってしまうのだった。




 さて、明けて翌日。カインはアレクシアの屋敷で一泊するというアクアに気を揉みながら夜を明かしたわけであるが、その一方でアクアは楽しげに屋敷を後にする事になっていた。そしてその見送りに、メイド服に着替えていたドライが来ていた。


「はじめまして……アレクシア様付きの従者ドライと申します」

「ありがとうございます……アクア様専属の従者カイン・カイと申します。この度は特例をお認め頂き、ありがとうございます。我が主人よりも重ねて、御礼申し上げるよう言い使っております」

「いえ……こちらこそ、昨日は主人の急なわがままに付き合わせる形となってしまい、その上に貴方の同行を認められず申し訳ありません」


 カインとドライは一旦はお互いの家の代理人としての立場で挨拶を交わし合う。昨日アレクシアが言っていたが、カインを入れなかったのは少し不手際だったかも、ということで彼のみ今回は特例として屋敷への立ち入りを認められたのである。

 それがどれぐらいの特例かというと、ここに食材などを卸す業者であってもアレクシアの屋敷への宅配の為に女性従業員を必ず雇うほどだ、と言えばわかるだろう。従業員だろうと、立ち入りを認めないのである。というわけで、それを知るアリシア達が屋敷の敷地内に立ち入れていたカインに大いに驚いたほどであった。


「入れてもらえたの?」

「はい。この度はアレクシア様の御好意により……特例という事で」

「「……」」


 やはり一族である為、これがどれだけの特例だったかはわかったらしい。アレクシアとクラリスは大いに驚き、言葉を失っていた。そんな二人に、シャーロットが問い掛ける。


「そんな珍しいんですか?」

「え、ええ……私達ヴィナス家でも、男子は入れないほどよ」

「ああ……唯一皇龍様が入れている、とは聞いているが……それ以外……その、アレクセイ様でさえ入れてもらえないと聞いている」


 アリシアの言葉に続けて、クラリスが聞いている限りを伝える。事実、彼女らの父親も結婚の報告に際してでさえこの屋敷には入った事がなく、アレクシアと何かしらの用事で会う時はホテルの一室とかになるとのことであった。そんな二人の言葉に、ドライが少しだけ教えてくれた。


「……大昔。アレクセイ様がある一人の従者と揉めたとのことです。それ以来、屋敷には皇龍様を除いた男子は一切入れない事になっています」

「「「……」」」


 それはまた。それで実弟であるアレクセイさえ屋敷に入れないわけだ。一応この場の面子の内、リアーナを除けば全員がアレクセイの悪評は聞いている。なので彼女を除いた全員がドン引きしかなかった様子で、それを見てリアーナも察した様だ。

 逆に皇龍は何かしらの事情で一切そういう揉め事を起こす可能性が無い、という事で屋敷に入れてもらえるとの事であった。そんな言葉を聞いて、カインが優雅に頭を下げた。


「あはは……それはご信頼頂きありがとうございます。この屋敷の方には決して、手を出す事はありません」

「アレクシア様もそうご判断されたのだと」

「かと……ああ、引き止めて申し訳ありません。その……あまり引き止めますと、またアレクシア様が気まぐれを起こしかねません。追い出すようで申し訳ありませんが……お早めのご帰宅を」

「はい」


 どこか急かす様なドライの言葉に、カインが頭を下げてアクアを車内へと促した。そうして車内へとアクアを通し、彼自身は何時も通り運転席に座る。

 そしてそれと同様にアリシアとクラリスはナナセの運転する車に、リアーナとシャーロットの二人はそれぞれアレクシアが手配した車に乗り込んだ。そうして一同が乗り込んだのを受けて、ゆっくりと車が発進していく。それをドライは見送って、主人へと報告した。


「アレクシア様。今、皆様が帰られました」

『そう……皆元気だった?』

「はい」


 アレクシアの何時も通りの問いかけに、ドライは僅かに柔和に笑って頷いた。そんな彼女であったが、ふと思う所があり問いかけた。


「にしても……良かったのですか?」

『何が?』

「いえ……その、幾らオーシャン家とはいえ男を屋敷に入れるなぞ。子孫さえ一切お入れになりませんのに」

『ああ、それ? 別に良いわ。アクアちゃん、可愛いし』

「……」


 本気でそれだけで入れた可能性があるから怖い。ドライはアレクシアの返答にそう思う。というわけで、彼女は盛大にため息を吐いた。


「それなら、良いのですが……はぁ……」

『あら、何よ。前にアレクセイが問題を起こして、それ故に入れなくなったのは事実よ?』

「知ってますよ。ツヴァイ姉さんはそれ故に今でもアレクセイ様を赦していない、という事も」

『そうなのよ。悲しいことね。私にとっては、どっちも可愛い家族なのだけど……まぁ、あの一件は今でも私も赦してないけど。あの子に手を出したのは、幾ら何でも私も謝って赦せる事ではないわ』


 ドライの言葉に、アレクシアは深い溜息をにじませる。どれだけ馬鹿な事をしでかそうと、アレクセイはアレクシアにとって弟だ。なので彼の事を弟として受け入れているのである。が、それでも屋敷に入れないのは、その点においては信頼も信用もしていないからだろう。


「あまりアレクセイ様を庇い立てするのはおやめください。確かに、軍略家としての彼は優れておりますが……彼はあまりに害をもたらし過ぎます」

『あら……』

「っ……失礼しました」

『……良いわ。まぁ、その事は私も理解しているわ。でも、あれでも私にとっては可愛い弟なの』


 一瞬だけ剣呑な雰囲気を滲ませたアレクシアであったが、言い過ぎた、と気付いたドライの謝罪に首を振る。彼女もアレクセイの悪癖は理解していた。そしてそれ故、と口にする。


『まぁ……次に貴方達に手を出せば本気で殺す、と釘を刺しているから大丈夫よ。あの子が私に勝てない、そして怯えてるのは貴方も知ってるでしょう?』

「幼少期から『教育』したから、でしょう?」

『そう。だから、貴方達とこの屋敷の子達には絶対に手を出さない。出したら本当に殺されるとわかっているからね』


 アレクシアはどこか楽しげに、アレクセイについてを語る。とはいえ、だからこそアレクセイは姉であるアレクシアには絶対に逆らわない。決して勝てないとわかっているからだ。


『まぁ、それは良いわ。貴方も戻ってらっしゃい。ツヴァイが軍務に出たから、私の世話が居ないのよ』

「……」


 戻りたくないなぁ。アレクシアの言葉に、ドライは心の底からそう思う。ツヴァイは朝一番で昨日の襲撃の報告を受ける為に政府の建物に向かっており、アレクシアの世話はこの屋敷の専属外のメイド達が行っていた。が、やはりアレクシアも彼女らには無茶が言えないのか、どこか拗ねた様な印象があった。とはいえ、だ。ドライはアレクシアの従者。戻らない以外の選択肢は無かった。


「……はぁ。わかりました。戻ります」

『わーい。待ってるわね』

「はぁ……」


 再度のため息を吐きながら、ドライはどんな無茶振りがされるのだろうか、と内心で頭を抱える。そうして、ドライは今日も一日、アレクシアの無茶振りに振り回される事になるのだった。

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