第61話 お風呂
アレクシアの気まぐれにより彼女の屋敷に招かれたアクアらアトラス学院生徒会女子陣。そんな彼女らは限られた男性以外一切男子禁制の屋敷に入ると、そこでお風呂に入るまでに一度彼女の屋敷の案内をツヴァイから受けていた。
そうして、角部屋だったアレクシアの部屋をツヴァイが少し覗いただけで、一同は引き返す事になる。
「……」
「……」
倉庫と説明された部屋の前で、アクアが少しだけ立ち止まる。それに、ツヴァイが首を傾げた。
「どうしました?」
「……ああ、いえ。構造的にアレクシア様のお部屋の横に倉庫があるのはどうなのかな、と」
「……まぁ、色々とありまして」
「……そうですか」
本当に色々とあるのだろう。アクアはツヴァイの様子から、これ以上突っ込んではいけないと理解する。というわけでこれ以上突っ込まずに立ち去ろうとした所で、二つ先の部屋からドライが顔を出した。
そんな彼女はツヴァイの連れたアクア――というかアリシアら――を見て、思わずきょとん、となっていた。
「……姉さん?」
「ああ、ドライ……車は?」
「ああ、それならすでに」
ツヴァイの問いかけに、ドライはそのままを報告する。どうやら一同が屋敷の中を案内されている間に車を車庫へと戻し、としていたのだろう。そんな彼女はここまで入ってきていたアクアらを見ながら、訝しげに問い掛ける。
「それで、そちらは……屋敷の案内の続きを?」
「ええ」
「……奥まで行ったら面倒になりますよ」
やはりドライもアレクシアの気まぐれには注意しているらしい。どこかどんよりとした様子で一応の忠告を行っておく。
「わかっています……が、案内しないわけにもいかないでしょう……」
「あ、あははは……はぁ……」
そうですよね。ドライもツヴァイの言葉に盛大にため息を吐く。まぁ、英雄だ聖女だと言われようと家族にとってはこんなものなのだろう。なんだかんだ恐れられるアレクシアであるが、結局としては家族として見做されている様子だった。と、そんなわけなのでドライがため息混じりに首を振る。
「まぁ、唯一良い事といえば、あの部屋があるので下手に近付かないで良いぐらいですか。いっそ、誰かがあの部屋に……あ、ご、ごめんなさい」
「……構いませんよ、別に。貴方は知らないでしょうから……」
どうやらドライの方にはあの倉庫とやらに思い入れが無いらしい。いっそ誰かがあの部屋に入ってくれれば。そう言おうとした様子の彼女であったが、ツヴァイの顔を見て慌てて謝罪する。
が、そんな彼女にツヴァイは悲しげに首を振っていた。そうして、一瞬だけ気まずい空気が流れる。と、そんな所に。件の部屋の扉が開いた。まぁ、現状だ。そこから顔を出すのは当然、アレクシアその人しか居なかった。
「あら、どうしたの?」
「え? いや、え?」
「あら。私がここから出てきたら変かしら」
「え、いえ、だって……先程まで御自室に居たはずじゃ……」
さっきまで自分の部屋に居たはずじゃ。ニコニコと何時もの様に笑いながら倉庫と言われた部屋から顔を出すアレクシアに、ツヴァイが盛大に困惑する。
「ふふふ……実は貴方には教えてなかったけど、あの部屋には隠し扉があるの」
「知っています! 何度も何度も朝起きたらベッドに入ってきてれば、馬鹿でも猿でも気付きますよ!? 気づかないと思うんですか!?」
「意外と鈍くさいツヴァイなら気づかないかなー、って」
どこか拗ねた様にアレクシアが口を尖らせる。それに対するツヴァイは相変わらずヒステリックに声を上げていた。
「そんなわけないじゃないですか! というか、私で遊ばないでください!」
「あら……いいじゃない」
「よくないです! 後それと、部屋を荒らしてないですよね!? あの部屋の片付け、誰がすると思ってるんですか!」
「ツヴァイ?」
「そうですね! 私ですね! だから言ってるんです!」
遊ばれてるなぁ。一同は声を荒げるツヴァイとそんな彼女に楽しげなアレクシアを見て、上下関係を誰に言われるでもなく理解する。
「しょーがないじゃない。あの部屋にこの屋敷で入って良いの、私か貴方だけなんだから。貴方だってあの部屋、他の子達に入られたくないでしょ? ドライがまだ良いかも、ぐらいで」
「うっ……そうですけどぉ……」
やはりというかなんというか、ツヴァイが敢えて紹介しなかったのには深い思い入れがあっての事だったようだ。というわけでアレクシアの正論に、彼女は思わず声のトーンを落とした。
「そそ……じゃあ、良いじゃない。ささ、お風呂行きましょ?」
「うぅー……」
「「「……」」」
楽しげにツヴァイの背を押すアレクシアと不承不承ながらも言いくるめられてしまったツヴァイに、一同は何時もこんな形で遊ばれてるんだろうな、と思うだけだ。とはいえ、そんなわけで進み始めた以上、一同も従うしかない。
そうして、一同はそんな二人の後ろをてくてくとまるで何事も無かったかの様に――もしくは何時もの事の様に――歩く紅葉の後ろをついていく事になるのだった。
さて、ツヴァイがアレクシアに弄ばれた一幕からおよそ十分。一同はアレクシアの屋敷にある大浴場にて湯浴みを行っていた。が、そこで一同は、全ての衣服を脱いだアレクシアのあまりの美しさに絶句する事になる。
「あら……見ても何もご利益なんてないわよ?」
「「「あ……」」」
どこか恥ずかしげなアレクシアの言葉に、見慣れているツヴァイとドライを除いた全員が一斉に恥ずかしげに視線を逸らす。
そこにはアクアも含まれていたのは、やはりそれだけアレクシアの美しさが桁外れだったのだろう。とはいえ、そんな彼女も女神たるアクアの可憐さには、思わず見惚れていた様子だった。
「にしても……アクアちゃん。本当に可愛いわね。何も身に付けて無くても十分に可憐だわ」
「あ……ありがとうございます。アレクシア様もお綺麗です」
「あら。ありがとう」
アクアの賛辞に、アレクシアが上機嫌に笑みを浮かべる。彼女とて人だ。褒められて嬉しくないわけがなかった。と、そんな彼女へと、ツヴァイが半目で告げる。
「……アレクシア様。流石に手を出す場合、実力行使も辞さないつもりですが」
「出さないわよー。もー」
ツヴァイの牽制に、上機嫌だったアレクシアが不貞腐れた様に口を尖らせる。まぁ、興奮したから、とツヴァイを襲うというのだ。女の園のこの大浴場で彼女がそれを危惧しても仕方がなかったし、実際ツヴァイとドライが参加する事にしたのも、万が一の万が一に備えての事だった。
と、そんな二人に対して、アレクシアは一転して楽しげでいたずらっぽい笑みを浮かべ、振り向いた。
「と・は・い・え……さて! じゃあ、まずは皆の使うシャンプーとリンス、その他諸々のリストを表示!」
「「「……」」」
この人は本当に何なのだろう。拗ねたかと思えば唐突に楽しげに笑い出し、と感情の起伏を見せるアレクシアの様子に、誰もが呆気に取られる。
とはいえ、これについては元々言われていた事なので、ここに来るまでの道中でしっかり全員がリスト化していた。というわけで、AR技術を使ってアレクシアは提出させたリストを閲覧する。
「はーい。まずはウチの子達……」
「「……」」
やはり相手はアレクシア。偉大な祖先だ。そして彼女から常日頃から美の女神の名を関する家の女に相応しい美しい女になれ、と言われている。きちんと出来ているかチェックします、と言われては緊張が見え隠れしていても不思議はなかった。
「あら……二人共シャンプーとリンス……あ、後乳液とかも同じメーカー?」
「あ、はい……えっと、二人で情報共有をしていますので……このメーカが今一番良いな、と」
「姉妹仲が良いのは良い事ね。さて……」
クラリスの慌て気味の返答に、アレクシアが上機嫌に頷いた。と、そんな彼女は二人の提出したリストを見て、一つ頷く。
「……そうね。私達の家系だと、このメーカが一番良いわ。やっぱり血かしら」
「「ありがとうございます」」
「別にお礼なんて要らないわ……ふむ……でも今の貴方達の年頃だと、この製品だとアリシアには少し背伸びをしてるわね。あまり知られていないけど、ここ。実は同じグレードで、もう少し若い子向けの物も出してるのよ」
「え?」
どうやらアリシアはアレクシアの指摘する製品を知らなかったらしい。アレクシアの提示した商品をまじまじと見詰めていた。
「ただ、乳液は二人共こっちより……」
やはり伊達に子孫に美の女神の名を与える女ではない、という所なのだろう。アレクシアの口からは多種多様なメーカの多種多様な製品の名が出てきて、しかも今の体調に合わせた製品の事など様々な指摘があった。
「……こんな所ね」
「「ありがとうございました」」
「はい。じゃあ、次……さぁ、誰にしようかしら」
ニコニコと楽しげに、アレクシアは残る生徒会女子三人を見比べる。とはいえ、これはあくまで見せているだけだ。なので彼女の答えは最初から決まっていて、まずはシャーロット、次にリアーナの順で評定とアドバイスが行われ、最後がアクアだった。
「さて……じゃあ、うちの子達以外のもう一つの元々の目的に入りましょうか」
「あ、はぁ……」
「さて……」
どこか目つきが変わった。後に一同がそう語るぐらいに、アレクシアの眼光が鋭くなる。この中で唯一アクアのみ、自分で化粧品などを選んでいない。山程指摘する事があるだろうな、というのがアレクシアの考えだった。
「まーず、アクアちゃんの肌年齢……うっそぉ……」
「ど、どうしたんですか?」
「ちょ、ちょっと見てよ、これ」
珍しいアレクシアの想定外という顔に興味を抱いたツヴァイへと、アレクシアがアクアから出されたリストと肌年齢などの検査結果を見せる。
「……見た目から肌も若いとは思いましたが」
「は、肌年齢は小学生ね……」
「はぁ……」
アクアとしてはだからなんなのだ、としか言えない。そもそも彼女は女神。肌年齢なぞ気にした事は一度もない。そして食事にせよ何にせよ、全てカインのお仕着せだ。
ここまで見事なのはひとえに、彼の世話がそれだけ行き届いているからに他ならなかった。
「え、えーっと……と、取り敢えず……カイン……だったわね? その彼が送って来たのがこれ?」
「はい。基本、私は何もわかりませんので……」
「……よ、よし! じゃあ、ちゃっちゃとチェックしちゃいますか!」
一瞬だが呆けてしまったアレクシアであったが、一転して声を上げる事で気を取り直す。
「……シャンプーもリンスも中々に良い物を使ってるわね」
「はぁ……」
「……自社製品だけど、確かオーシャン社は色々と幅広い価格帯で出してたわね。これはその一つ……だけれど……」
また色々な意味ですごい事をしたものだ。アレクシアはカインに対してそう思う。それは思わず彼女が頬を引き攣らせるほどだった。
「……これ、正気?」
「はぁ……何がでしょう」
「ちょっとこのリスト……一度貴方もご覧なさいな。変な笑いが出るから」
「はぁ……へ?」
後にアクア曰く、これは幾ら何でもやり過ぎです、とのことだ。というのも、カインがアクアに使っていたシャンプーやリンス、乳液などの類のリストは一人だけだというのに数十行にも及んでいたのである。
しかも物凄いのは、体調に合わせてこれを選ぶ、など様々な選択肢に分かれていたのであった。過保護にもほどがあった。
「……うん。これは逆に完璧過ぎて怖いわね……」
「……あ、あははは……」
アレクシアの逆の意味での苦言に、アクアも盛大に頬を引き攣らせる。
「ま、まぁ……ここまで完璧なら言う事はないのだけど……アクアちゃん。少しは自分で覚えた方が良いわね。カインだっていつまでも一緒に居てくれるとは、限らないのだから。選び方や乳液を使うタイミング……そういった物を教えてあげるわ」
「……そうですね。ありがとうございます」
実際には永遠に一緒ではあるのだけれど。アクアは一応女神である身分を隠す身として、アレクシアの言葉に同意しておく。そうして、彼女はその後しばらくの間はアレクシアから美容の講習を受ける事になるのだった。
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