第60話 アレクシアの屋敷

 アトラス学院によるサイエンス・マジック社の不正を暴いた事に対する報奨。それを受けて行われた表彰式と夜会であるが、その最中。アレクシアが唐突に気まぐれを見せた事により、アクアは彼女の屋敷へと招かれる事になっていた。

 そうして、夜会の後。アクアはアレクシアの招きを受けた事があり、生徒会の女性陣と紅葉――ついて来た――と共に、彼女の屋敷へと入る事になる。


「ここが……」

「そう。ここが私の家」

「女性ばかりなのですね」


 アレクシアの屋敷である以上、ここの主人はアレクシアだ。彼女が戻ったのなら従者の大半が出迎えに出てきており、それを見てアクアは見たままを述べる。それに、アレクシアも笑った。


「そうねぇ……男は数人しか入れないの。紅葉ちゃんのお兄さん、という事で皇龍ぐらい、かしら……ウチの弟も入らせないし……」

「は、はぁ……」


 クスクスクス、と楽しげに笑うアレクシアに、アクアはなんと言えば良いか反応に困る所だった。そんな彼女に対して、ツヴァイは相変わらずしかめっ面だった。


「あ、あの……良かったんですか?」

「あ、はい。いえ、こちらこそ申し訳ありません。アレクシア様のワガママに付き合わせてしまって……」


 アリシアの問いかけに、ツヴァイはしきりに頭を下げる。一応、立場としては主人の子孫だ。従者であるツヴァイが敬うのは不思議はない。

 とはいえ、だ。ツヴァイは英雄とも言われる存在だ。しかも見た目は同年代でも圧倒的な年上だ。それにペコペコ頭を下げられてはアリシアも立つ瀬がない。というわけで、彼女は少し慌て気味に話題転換を図る事にした。


「そう言えば……ドライさんの運転を見たのは初めてだったんですけど……何時もドライさんが運転なさってるんですか?」

「……はい」

「?」


 何故か恥ずかしげなツヴァイに、アリシアが小首を傾げる。カインが運転をするように、ツヴァイもドライも本来は軍属ではなく従者である以上はアレクシアの送迎を行う事はある。

 なので今回はドライ――彼女も巻き込まれた――が運転する車で来たのである。と、そんな恥ずかしげなツヴァイに気付いたのか、アレクシアが楽しげに口を開いた。


「ふふ……ツヴァイはあまり運転が好きじゃないの。大昔、車で大失敗しちゃって、それからあまり運転しないのよねー」

「い、言わないでください! は、反省してるんですから!」

「あらあら。でも可愛かったわ、あの頃のツヴァイ。今も可愛いけどね」

「うぅ……」


 どうやらツヴァイはかつて車でひどい失敗をしたらしい。詳しい事はわからなかったが、アリシアもそう理解しておく。そしてこの恥ずかしげな様子を見ると、相当な大失敗というわけなのだろう。というわけで、ひとしきり彼女をからかって満足したのか、アレクシアは一転して表情を変えた。


「にしても……今思ったら、少しあの子には悪い事をしちゃったかしら」

「あの子ですか?」

「ほら。生徒会の男の子二人よ」


 先に言われていた事であるが、この屋敷に入れるのは基本は女性のみとなる。以前にアレクセイが馬鹿を仕出かした為、それ以降アレクシアが一律厳禁にしたのだ。

 更には屋敷で働くのも女性のみとなっている為、下手に馬鹿な事をされない様に男子禁制にしている、との事であった。そしてそれ故、同じ様に夜会に居た生徒会男性陣も誘われなかったのである。アクアの問いかけにそれを述べたアレクシアは、少しだけ謝罪を口にする。


「それに他にも貴方の従者とか……確か男性なのでしょう? ごめんなさいね。よく思えば、貴方も立場ある身であるのだから従者も控えさせるべきだったわね」

「あ、いえ。カインの事ならお気になさらず。お父様にも許可は取っていますので……」

「そう? ありがとう」


 アクアの言葉に、アレクシアが頭を下げる。少女のようであり、大人のようであり。様々な側面をアレクシアは持ち合わせている様子だった。と、そんな彼女に時間が経過した事でツヴァイも落ち着きを取り戻したのか、口を開いた。


「アレクシア様。あまり外で突っ立っている必要も無いかと。それに他の者は職務もありますから……」

「あら、そうね。お風呂も冷めるし。さ、入りましょう」


 ツヴァイの指摘に同意したアレクシアは、従者達の間を通って屋敷の中へ入っていく。そうして通された屋敷は、どこかビクトリア調の様相だった。元々イギリスから持ってこられた、という事なのでそれで正しいのだろう。


「広いですね……それに、まるで物語の中みたい」


 アクアは入ってすぐに出迎えた巨大な階段と左右に続く通路を見ながら、感じるがままを述べる。アレクシアの屋敷の構造は見た限りでは地上階は2階建てという所だろう。地下があるかは不明だが、外から見ても相当な広さがあったので間違いなくオーシャン家の邸宅並かそれ以上の広さがありそうだった。


「そうねぇ……あ、でもお風呂は普通よ? 紅葉ちゃんのアイデアとか取り入れてるし」

「自信作……です。ぶい」


 どこか自慢気に、アレクシアの賞賛に紅葉がVサインをする。どうやら自信作らしい。それに、アクアが口を開いた。


「楽しみにさせて頂きます」

「はい……それで、シア様。これからどうしますか?」

「そうねぇ……今からすぐに入っても良いけれど……」


 紅葉の問いかけに、アレクシアが少しだけ悩む。別に今すぐお風呂に入っても良いのだが、流石に色々とあったのですぐに、というのもなんだろう。一息入れてから、というのはわかる話ではある。

 更に言えばあの申し出は誰がどう見ても、アレクシアの突発の思い付きだ。なので準備も一切されていない状態で、実は密かに屋敷の従者達が大急ぎで準備を整えている所だった。


「皆、夜会で少し疲れたでしょう。少しだけ休んでから、お風呂に入りましょう。皆で入ってると、意外と時間ってすぐに過ぎちゃうし……ドライもまだ戻ってないものね。ツヴァイ。みなさんを応接室までご案内しなさい」

「はい……アレクシア様は?」

「私は一度部屋に戻るわね……紅葉ちゃんも来る?」

「はい」


 アレクシアの問いかけに、紅葉が即座に応ずる。ここは七星でも特に仲の良い二人だ。こちらに案内されても不思議はなかった。


「ああ、そうだ。初めて来た人も多いでしょう。一度屋敷を案内しても良いわ。そこらの判断は貴方に任せるわ」


 アレクシアはそう言うと、紅葉と共に階段を上って二階に向かい、右側の通路の先へと消えていった。というわけで、もてなしを任されたツヴァイはとりあえず、とクラリスに話をする事にした。


「はぁ……あ、とりあえず皆さん。本日はお疲れ様でした。それと、アレクシア様のワガママに付き合わせてしまって申し訳ありません」

「い、いえ……」

「それで、どうしますか? とりあえず、屋敷の中を見て回っても良いですが……」

「そうですね……」


 ツヴァイの問いかけに、クラリスは僅かに考える。彼女も何度かこの屋敷には来た事があるので案内はされた事がある。泊まった事だってあった。なので今更案内を受けても、という所であるがそれはあくまでも姉妹に限った話だ。というわけで、彼女の結論はこれだった。


「せっかくなので、見せてもらうか?」

「「え?」」

「あ、私はぜひ」

「む……?」


 困惑を顔に浮かべたシャーロットとリアーナに対して、即座に乗り気になったアクアにクラリスが思わず目を丸くする。そんな彼女に、アクアが少しだけ恥ずかしげだった。


「いえ……こういうビクトリア調のお屋敷は自分の家を思い出しますので……どんな違いがあるのかな、と」

「そうなのか?」

「ええ……第四次世界大戦の事もありビクトリア調の屋敷は日本にはそうありませんので……良い機会かな、と」


 一応言っておけば、アクアは一時的にオーシャン家本邸ではなく別邸で療養していた事になっている。なのでここでのアクアの言葉はその別邸を指しての事として良いのだろう。

 まぁ、どちらにせよ聖域にあるオーシャン家本邸はまず誰も知らない。なので喩え別邸で過ごした事を知っていたとて、疑問は抱かれなかっただろう。なお、あの聖域にある本邸は確かにビクトリア調に近い様式らしい。とはいえ、そんな事はさておいても、確かに良い機会ではあった。


「まぁ、せっかくの機会だ。こういう機会でもないと、アレクシア様の屋敷なんか入れないからな。せっかくだから、見て回らせてもらうのが良いだろう。すいません。案内を頼めますか?」

「はい、わかりました……では、こちらへ。ああ、そうだ。とはいっても、お疲れの方も居るでしょう。よければ、先に応接室にご案内しますよ」


 良い機会、という言葉は確かに正しい。なのでツヴァイもその言葉に内心で納得すると、一応の所を告げておく。とはいえ、流石にこの状況で抜けます、は言えなかったらしい。結局全員揃ってアレクシアの屋敷を案内してもらう事になった。


「というわけで、ここが食堂になります」


 まず案内されたのは、一階だ。応接室も一階にあるという事で、着いたら言える者は言えるだろう、というツヴァイの判断だった。


「ここがお風呂で……ここが応接室……あちらは中庭に通じる勝手口です。今は夜なので外は出ない方が良いでしょう。ライトアップは……アレクシア様が無茶を言い出さない限りはしません……毎年やらされますが」


 まぁ、結論から言えば結局全員がアレクシアの屋敷に興味があったのか、応接室に到着しても誰も残るとは言わなかったらしい。というわけで、なんだかんだ一階の案内が終わり、二階の案内となる。


「二階は基本的にはここに住む者たちの生活エリアです。あちらの左側は案内しませんが、ご了承ください」


 再び玄関エリアにやって来た一同へと、ツヴァイが一応の断りを入れておく。後にアリシアからアクアが聞いた所によると、どうやら向かって左側はアレクシアやツヴァイらアウロラ家の名を与えられていない者たちの居住エリアらしい。

 なのでツヴァイも自分もなるべくは立ち入らない様にしている、とのことで今回も案内は避けたそうだ。ツヴァイはアレクシアの従者として見ればメイド長と同格かそれ以上の存在だ。それが立ち入れば休まらないだろう、という配慮らしかった。


「それでこちらが、私達の居住区となります。アレクシア様のお部屋もこちらに」

「だ、大丈夫なんですか? 入っても……」

「別に見られても困る物は置いてませんよ」


 おっかなびっくりという具合のシャーロットに、ツヴァイが笑う。別に部屋の中まで案内するつもりはないし、何より通路だけなら困る事もない。

 とはいえ、シャーロットがおっかなびっくりなのは聖女と呼ばれるアレクシアの生活エリアに通される事について、なのでツヴァイの返答はある意味では的はずれな物だったと言えるだろう。が、彼女は気付いていないわけで、別に何も気にする事なく案内を再開した。そうして二階に上がっている最中、アリシアが少しだけ緊張しながら告げた。


「ここらには私達も来るのは初めてです」

「そうでしたか?」

「はい」


 そう言えば以前に案内したのは下の応接室と客間までだったかな。アリシアの緊張した様子から、ツヴァイはそう理解する。というわけで、せっかくなので少し詳しく話しておくか、と一つひとつ部屋を説明する事にした。が、その初手で、彼女は肩を落とす事になる。


「ここは……アレクシア様の私物を入れる物置です」

「……大きいですね」

「……はい、大きいです」


 どうやら色々とあるらしい。アクアの感想にツヴァイはどこか呆れながら肩を落とす。そうして、彼女はこの部屋ぐらいなら良いだろう、と部屋の扉を開けてくれた。


「部屋の中は着なくなった衣服や、小物系ですね。多くは時の有力者から贈られた物が多いです。ああ、そうだ。オーシャン家の初代から贈られた物も一時はここにありました」

「そうなんですか?」


 とどのつまり、創設者であるカインが贈った物なのだろう。アクアは内心でそう思いながら、驚いた様に目を見開いた。

 そもそもオーシャン家を作ると言ったのはカインだし、彼がどんな活動をして世界一の大企業にまで育て上げたかアクアは知らない。なので贈った事は本当に知らなかった。


「ええ……贈られて五年ぐらいですか。アレクシア様が唐突にそれを気に入られまして。今は自室に飾られております。それ以外も何度かオーシャン家からの贈り物は気に入られているご様子です」

「「「へー……」」」


 これは世辞ではないのだろう。ツヴァイの様子から、アクアは感心した様に頷いた。それ以外にもこの話は流石に初耳だったのか、アリシアとクラリスも驚いた様子だった。というわけで、少しだけ簡易の美術館になっていた物置を見て回り、一同は更に奥へと進む事にする。


「こんな所ですかね……さて。更に奥ですが……こちらはドライと私、アレクシア様のお部屋だけです。後は紅葉様が来られた際に使われる応接室ぐらい……でしょうか」


 てくてくてく、と歩きながらツヴァイがざっとしたあらましを告げる。と、そうしてドライの部屋、ツヴァイの部屋と扉の前を通過して、更にその次。紅葉専用の客間を通り過ぎた所で、一同が首を傾げる事になった。


「あれ……? あの奥の部屋は?」

「あれは……今は物置という所です」


 アリシアの問いかけに、ツヴァイが若干の苦笑を滲ませながら首を振る。が、今までは丁寧に案内してくれていたのに、どういうわけか彼女はその説明をおざなりにして、歩き出す。


「それでこちらが、アレクシア様の部屋となります……良し」


 何が良しなんだろう。ツヴァイのつぶやきに、全員が首を傾げる。なお、ツヴァイは誰にも語らないが、密かに部屋を覗き込んでこちらに何かいたずらが仕掛けられないか確認したらしい。

 先程のアレクシアの言葉――屋敷を案内しても良いという言葉――におかしな点はなかったのでスルーしかけたが、彼女の事。ここまで連れてくる可能性を想定してこちらを楽しげに観察している可能性があったらしかった。


「まぁ、アレクシア様は今紅葉様とご歓談の最中ですので、二階はこれぐらいで良いでしょう……では、一度応接室に戻ります」


 どうやら案内はこれで終わりらしい。ツヴァイは何事もなく終わった事に若干の安堵を滲ませながら、アクア達を一階の応接室まで案内する事にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る