第53話 夜会の前
アクアとカインが聖都での活動を開始して、一日。二人はホテルにて一泊すると、その翌日にはアトラス学院の生徒会の役員としての行動を開始していた。
「良し。全員おはよう」
「「「おはようございます」」」
何度目かになるが、今回の活動はあくまでもアトラス学院の生徒会としての活動だ。引率の教員こそ居ないものの、基本的には朝一番や折に触れて集合する事になっていた。
「良し……リアーナも居るな」
「はい、会長」
「ああ。昨日の表彰式の写真、助かった。あれで大丈夫だろう」
「ありがとうございます」
クラリスの感謝に対して、リアーナが一つ頭を下げる。後に聞いた話であるが、どうやら昨日アリシアが来る事になったのはこの案件で少し話をしていたからだそうだ。
単に持っていくだけなので、クラリスである意味はない。なのでアリシアが代わりに、というわけらしかった。無論、久方ぶりに話したかったという事もあるだろう。
「リアーナさん、昨日はどこかに行ってらっしゃったんですか?」
「ああ、リアーナは聖都にご実家があるから、ホテルに部屋はないの。こちらに家があるのにわざわざ部屋を用意するのも無駄でしょう? 他にも風紀委員の数名が同じ様にホテルに部屋はないらしいわ」
「なるほど……」
アリシアの返答に、アクアはなるほどと頷いた。休憩程度であれば、今生徒会役員と風紀委員が揃っている控室として借り受けられた部屋がある。荷物を預けるのならクロークもあるわけだし、問題はないと判断されたのだろう。
「さて、一応今日の予定としては、私とレヴァンの二人がインタヴューがあるぐらいか。基本、各自自由行動で良いが、羽目を外す事の無い様に。また、本日は17時よりパーティ会場に向かうことになる為、それまでの間には全ての用意を整え、慌てる事が無い様に頼む」
一応メインとなる表彰式は昨日で終わっているのだが、様々な事情から祝賀記念パーティは今日の夜だ。それに合わせて動く必要がある為、クラリスは一応は釘を刺しておこうと思ったのだろう。
というわけで、軽い朝礼の後。生徒会一同と風紀委員一同は三々五々に散っていく事となる。そんなわけでアクアもカインを連れて立ち去ろうとした所で、お声がかかった。
「ああ、アクア。それとアリシア。すまないが、話がある。残ってくれるか」
「あ、はい」
クラリスの指示を受け、アクアはひとまず彼女の所へと近寄っていく。そうして生徒たちが居なくなった所で、クラリスが口を開いた。
「二人共、悪いな、残ってもらって」
「いえ……それで、お話とは?」
「ああ……とりあえず、アクア。昨日は移動で疲れただろうが、今疲れが残っていたりはしないか?」
「はい」
とりあえずのねぎらいの言葉に、アクアは一つ頷いた。昨日の彼女は公的にはかなりの忙しさだったのだ。そこらを気にかけておくのは、トップとして必要な事だろう。というわけで、彼女の体調に不備が無い事を確認すると早速と本題に入った。
「まずは昨日、表彰式が行われたわけであるが、勲章は受け取ったな?」
「はい。アリシアより確かに」
「そうか。まぁ、これは単なる確認だ。それなら結構」
アリシアが持っていっていた事もその後もわかっているが、それでも一応の確認は必要だろう。というわけでそこの確認を取った彼女は、そのまま話を進める。
「それで本日パーティとなるわけなのだが、オーシャンさん……お父上は来られるのか?」
「はい。一度聖地ラグナに帰った際、父より遅れる事なく到着する様に予定を調整している、との旨を聞いています」
「そうか。確か専用機で直接来られるんだったな?」
「はい」
一応、オーシャン社は基本的にカインが裏から運営しているわけであるが、社長があの男性である以上彼も色々と社外のやり取りをしている。というわけで彼にも専用機が与えられており、それに乗ってやってくるという話であった。
「実は夜会では母の方が色々と忙しくなりそうでな。後日またお会いしたいのだが、今日そのためにもぜひ一度、とな。念押しして欲しい、と珍しく頼まれたんだ」
「なるほど……わかりました。父に伝えておきます」
「お願いする」
どうやら改めてパーティでの顔合わせを、というわけだったのだろう。基本的にこういった細々とした所は基本はナナセや初音、カインが行うのであるが、その三人は現在主人の衣服を預けているテーラーに受け取りに行っている。
かといってこの機会を逃すと、次に会えるのが何時になるやら、だ。下手をすると土壇場になり、面倒になってしまうかもしれない。なのでこの場で内々に、という所だったのだろう。
「それで、アリシア。今回の夜会。七星様がおいでになられるというのは、お前も知っているだろう。今回は特に珍しい事に紅葉様も参加なさることは聞いたか?」
「はい、勿論」
「ああ……それでその紅葉様より、是非に会いたい、と言っていたとの事だ」
「私達に?」
先の会談の折りに言われていたが、紅葉は基本的には政府の仕事は行っていない。なので基本的には俗世間から隔離されているに等しいのであるが、殊更仲の良いアレクシアの子孫という事でアリシア達とは何度か会った事があったらしい。
「ああ……まぁ、昔から可愛がって下さっていたからな。成長を楽しみにしている、と言う事だった」
「ああ、そういう……」
とどのつまり、遠い親戚の年上のお姉さんが久方ぶりに小さかった子を見たい気分に似ているのだろう。アリシアはクラリスの言葉をそう解釈する。
「まぁ、そういうわけで。色々と会う相手は多くなりそうだが……」
「わかっています、お姉さま。これでも何度もパーティには参加してます」
「そうだったな。ああ、話は以上だ。呼び止めて悪かったな」
アリシアの言葉にクラリスはこれ以上の注意は必要ないと認識して、口を閉ざす。そうして、それを最後に二人はその場を後にして、各々の部屋に戻ってパーティまでの時間を潰しながら、支度に勤しむ事になるのだった。
さて、朝礼からおよそ半日。カインと合流したアクアはというと、ホテルの自室にてドレスを着ていた。
「……」
「カイン? どうしました?」
「……このカイン。素直に感動しております。まさに女神。まごうこと無く、アクア様は女神でございます」
「……カイン?」
何か変なスイッチ入った。アクアはカインの様子が一方ならぬ事を理解し、思わず目を丸くする。
「何時かアクア様にドレスを着ていただこう、と仕立てとデザインの勉強をした甲斐がありました……本当に、お美しい」
「カイン……あの、嬉しいのですがその……少し落ち着いて?」
どうやら何時もは暴走しがちなアクアをして、カインの現状は引くしかなかったらしい。なお、このドレスのデザインは本当にカインが行っていた。彼曰く、百五十年もあれば暇になり過ぎて被服科にも通うだろう、との事であった。
「これが落ち着いていられますか! いえ、失礼しました。この程度で興奮していては、真打ちが霞んでしまいますね。ご安心下さい。このカインがデザインしたドレスはまだまだ御座います。そのうち、真打ちはこの程度の出来栄えでは無い事をお約束いたしましょう」
「……」
やっぱりカインは自分に対して過保護過ぎる時があるのではないだろうか。一度興奮したかと思えば即座に気を取り直した彼に、アクアは密かにそう思う。
「カ、カイン? それよりその……口調。戻して?」
「…………あっと……悪い。だが、本当に綺麗だ。アクア様ならアレクシア様にだって負けないだろう」
「それ……良いんでしょうか……」
一応、今回の主賓はアトラス学院の生徒達だ。なのでアクアが悪目立ちしなければ、着飾った所で問題はない。が、相手が七星であれば話が変わるのではないか、と常識に疎い彼女も思わなくもなかった。
「あはは……だが、本当に綺麗だよ」
「カインが頑張ってデザインしてくれたものですから」
なんだかんだ言いながらも、アクアもアクアでカインが必死になって作ってくれたドレスは嬉しいらしい。彼の称賛に心の底から嬉しそうな表情を浮かべる。
「その青の色合いを探すのに苦労したんだ。アクア様は海の女神。ラグナ教の最高神だ。それ故、青系統のドレスを作ろうとしたんだが……これが苦労したよ」
今からすれば、その苦労も報われたけどな。カインは青いドレスを着るアクアを改めて、少し離れて観察する。
元々アクアの肌は純白と言って良い白さだ。更には髪も白銀と、全体的に白をイメージさせる。なので清楚感を出そうと薄い青を使ってしまうと、色のメリハリがなくなりあまり良くない。
かといって、彼女の素性を考えれば青は外せない。なのでカインが選んだのは、比較的濃い目の青だ。藍色と言っても良いかもしれない。
ここら、彼女の肌や髪色を加味してドレスの色を選ぶのは非常に彼が苦悩した所の一つだった。とはいえ、その分出来栄えは抜群で、間違いなくパーティに集うだろう数多の夜の蝶達に負けないだろう。
「後はブローチとかも用意しているし、マナーもしっかり問題無し。ノープロブレム」
うん。カインは一つ頷いて、アクアが問題なく動ける事に太鼓判を押しておく。なお、アトラス学院に通う以上、マナーなどもきちんと見られる事になる。なのでそこらも入学時にしっかりと叩き込まれていた。彼女が何か恥をかく事はないだろう。と、そんな彼女がふと気が付いた。
「そういえば……青にこだわるんだったら、ブローチとかに青で良かったんじゃないですか?」
「それは考えたさ。だが……それはとっておきに使う事にした」
「とっておき?」
「内緒」
小首を傾げたアクアに対して、カインが笑いながらそう告げる。それに、アクアが拗ねた様に、しかし楽しげに口を尖らせた。
「良いですよー。神の目を使って覗きますから」
「あ、それは卑怯だ」
「教えてくれないカインが悪いんです」
「でも、教えません」
「えー」
どうやら少しじゃれ合いたい気分らしい。二人は少しだけ楽しげに笑い合う。そうしてしばらくはじゃれ合いながら時間を潰した二人――アクアは結局は覗きはしなかった――は、再び主人と従者の顔を取り繕う。
「アクア様。お車の方が到着したとの事です。また、旦那様もご一緒との事です」
「はい」
ここからは、大企業の社長令嬢のアクアとその従者のカインだ。そうして部屋を後にした二人は専用の駐車場に向かい、すでに到着していた車に乗り込んだ。その中には、アクアの父として登録されている男性が座って資料を読んでいた。
「旦那様」
「ああ……カイン。運転は任せるよ。カシムは本社の方で控えているからね」
「かしこまりました」
ここではカインはあくまでも従者だ。故に努めて丁寧な態度で頭を下げる。そうしてアクアが後部座席に乗り込んで、カインは運転席に乗り込んだ。
「ふぅ……いやぁ、疲れますよ。まぁ、何人かで分業しているので今回は運が悪かった、という所ですけど」
「あはは、悪いな。オレは表向き出られないからな」
扉を閉ざすなり苦笑した男性に、カインが苦笑気味に謝罪を述べる。基本的にオーシャン家の家人達の多くは真っ当な身ではない。その利点を活かして何人かが持ち回りで社長を演じており、今回はこの男が丁度その番だった、というわけなのだろう。
「わかってますよ。実験動物だった僕らを拾ってくださった恩を返す為に働いているんですから。労働は基本、キツい物だと思いますよ……それでも、あんな場所よりは遥かにマシですし」
「あはは……ああ、そうだフィオ」
「なんですか?」
どうやら現在アクアの父として登録されている男性はフィオという名だったらしい。そんな彼はカインの言葉に僅かに小首を傾げる。
「アレクシア様だけはいろいろな意味で読めん。くれぐれも注意してくれ。あの方の場合、本気でアクア様が女神アクアだと気付きかねん。いや、気付いている可能性さえある」
「わかっています。オーシャン家存続の為にも、下手にアレクシア様と揉めるのは得策ではないですからね」
今、オーシャン家がある種の治外法権を持っていられるのは、あくまでも世界政府やラグナ教団というバックボーンがあればこそだ。それを維持する為には世界政府の最高指導者であるアレクシアと揉める事だけは、避けねばならない事だった。
「頼む。アクア様。アレクシア様の前では絶対にうかつな事をしないでくれ」
「わかっています」
カインはこの百五十年、聖域で眠るアクアに代わって世界の情勢を見極めてきたのだ。それ故にアレクシアの凄さは嫌というほどに理解しており、決して油断出来る相手ではないと思っていた。
「ふぅ……」
「そう言えばカインさん」
「ん?」
フィオの問いかけに、カインが首を傾げる。と言っても、運転をしているので後ろは向かない。
「僕らがパーティの間、貴方はどうするんですか?」
「ああ、一応は裏で控えているが……この間の一件で続報がヴィナス家より来ていてな。パーティ会場を狙う不届き者が居るそうだ」
「それは……正気ですか?」
「おいおい……相手は邪教徒だぞ? 正気で邪教徒なんてやってられるか?」
フィオの言葉に、カインが笑う。あの火災の後、やはりドライが調べた結果隠蔽工作の疑いが浮上したらしい。
そこから探った結果、今回の授与式かパーティを狙っている可能性が高い、との事だった。ドライではなくツヴァイがパーティに参加するのは、そういう理由だった。この案件を鑑みてドライが警備を総括するのが良いだろう、というアレクシアの判断だった。
「あはは。確かに、そうですね。それに何より、カインさんもいらっしゃいますし」
「オレは万が一だ。出ないで良いのなら出ないさ。出たくも無いしな」
「それでも、僕らにとっては貴方が後ろに居てくれるというだけで安心ですよ」
やはり幼少期からその背を守ってくれている者だからだろう。基本的にオーシャン家の者達はアクアに仕えているより、アクアに仕えているカインに仕えている向きが強かった。それはひとえに、全員がカインに救われているからなのであった。
そうして、そんな者の一人であるフィオやアクアと話ながら、カインは車を運転していくのだった。
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