第54話 夜会

  サイエンス・マジック社幹部の捕縛に関わる授与式とそれに伴って行われる事になっていたパーティ。政治的なあれこれにより授与式への参加を見送っていたアクアであったが、その後のパーティには普通に参加する事になっていた。

 そんな彼女はカインの運転する車に戸籍上の父となっているフィオという男性と共に乗って、会場へと移動していた。


「旦那様。お嬢様。到着いたしました」

「ああ、ご苦労」

「お疲れ様です」


 パーティ会場に到着してすぐ。カインが開いた扉から車を降り、パーティ会場の前へと降り立った。するとすぐに、各マスコミがシャッターを切る音が鳴り響く。


「オーシャン様。アクアお嬢様。お待ちしておりました」

「ああ。すまないが、案内を頼むよ」

「かしこまりました」


 会場の出迎えを担当していた男性にフィオが告げると、それを受けて二人が会場の中へと消えていく。そうしてそれを見送った後、カインは再び車に乗り込んで発進させた。


「ふぅ……」


 ひとまず会場に併設された駐車場に車を仕舞うと、カインはそのまま会場の別室へと移動する。そこにはナナセやセドリックら多くの従者達が控えていた。と、そこで入ってすぐに見知った顔と出会う事となる。


「カインさん。お疲れ様です」

「ナナセさん。お疲れ様です……認証はあちらですか?」

「はい。やり方は……」

「ありがとうございます。ですがこの会場にはオーシャン社の機材が納品されている筈ですので、問題ありません」


 とりあえず見知った顔と挨拶を交わしたカインは、ひとまず端末の認証を済ませる事にする。基本的に学生証の無い彼らはこの腕輪で認証を行っている。なので逐一ゲスト認証をしておかねば、万が一外に締め出された際に入れなくなる可能性もあった。


「これで、良し」

「カイさん。少々、よろしいですか?」

「セドリックさん。お久しぶりです」

「はい、お久しぶりです」


 端末の認証を終わらせたカインに声を掛けたのは、カリーナに仕えているヴィナス家執事長のセドリックだ。

 なお、年齢や立場を考えればカインはセドリックの事を名字で呼ぶべきなのだろうが、セドリックがセドリックと呼んでくれと言った為にこちららしかった。


「少々、お話したい事がございまして。大丈夫ですか?」

「かしこまりました」


 どうやら内密に話しておきたい話らしい。カインはセドリックの要望を受け、内密に話せるエリアまで移動する。


「申し訳ございません。わざわざこちらまで」

「いえ……それで、如何がなさいました?」


 やはり流石は超一流の執事、という所なのだろう。セドリックはおおよそ二回りは年下かつ主人としても個人としても家柄として格下だろうカインに頭を下げる事に迷いがなく、その動作はナナセや初音より遥かに綺麗だった。


「以前、当家の初音よりご連絡を入れさせて頂いた件について、続報が入りまして御座います」

「なるほど……この場で拝見させて頂いてもよろしいですか?」

「お願い致します。また、そのデータは閲覧後、返却をお願い致します」


 カインへとSDカードに似た小さな記録媒体を手渡したセドリックは、一つ頷いてそう述べる。どうやらこれは軍事機密の類らしい。

 基本どんな情報でもネットワークを介してやり取りされる現代だ。そのセキュリティは三百年前とは比較にならないぐらいに高く、魔術の存在も相まってハッキング対策は当時のよりも遥かに高度化している。が、不可能ではない。

 故に最大の防御とは、情報をネットワークに接続しない事だった。物理媒体による情報の持ち運びは、運び人が信頼がおけるのなら最優の手段だった。


「わかりました……ふむ……」


 カインはセドリックから渡された記録媒体に保存されていたデータを閲覧しながら、少しだけこのパーティを狙う不届き者たちの情報を把握していく。


「特段、恐れるに足る相手とは思えませんね。特に今はかのドライ様が警護に就かれております。不足は無いかと」

「当家としても、そう判断しております」


 カインは<<地獄の番犬ヘル・ハウンド>>の力を知っている。そしてそれはセドリックもまた、知っている。だからこそ二人は特段問題が起きる事は無いだろう、とは思っていた。が、そういうことではないのだ。


「ですが、それとこれとは話が別です」

「ええ」


 起きないだろう、と思う事と起きた場合に備える事は話が違う。そして彼らは起きない、と思っても万が一にでも主の身に危険が及ばない様にする為に居るのだ。

 それを指摘したセドリックに対して、カインもまた一つ頷いて同意する。そしてこの場合、誰の指示に従うのが一番良いか、と言われるとそれはヴィナス家従者筆頭のセドリックだろう。故に、カインははっきりと明言する。


「かしこまりました。旦那様にはこちらより、その旨の申し出があった事を報告しておきましょう。また、私としても申し出に同意する旨も」

「ありがとうございます」


 現状、彼らの主人たちは揃ってパーティに参加中だ。こんな血なまぐさい話を出来るわけがない。そしてそのために、彼らが居るのだ。この程度の対処に主人の指示なぞ必要がない。ただ主人が優雅に酒を飲み歓談する場を守るのもまた、従者の役目であった。


「セドリックさん。それでお伺いしたいのですが……」

「はい。そちらについては現状、オルデンさんが申し出にご了承頂いております。それ以外にも、神薙さんもまた。他にも幾つかの家には打診を入れさせて頂いております」

「わかりました」


 どうやら今はセドリックを筆頭にしてナナセや初音が根回しの真っ最中という所なのだろう。彼がカインの所に来たのは、主人の家柄などを加味した結果と考えられた。そうして、カインは起きるという襲撃に備えて準備を開始する事にするのだった。




 さて、そんなカインがアクアとフィオを守るべく暗躍を開始した一方、その頃。アクアはというと、表向き父とされたフィオと共にパーティで話を行っていた。


「ほぉ……流石は新大陸にて開拓を取り仕切るウィーザル家ですね」

「ははは。いやいや。まだこのせがれは未熟でしてな。やはりリーガの様にはいかない様子」

「ええ。私としても先の一件でも自身の未熟さを痛感しているばかりです」


 フィオとアクアが話をしていたのは、ヘルトとその父だ。やはりオーシャン社としても七星の子孫たちとのコネは重要と捉えていた。なのでカインより出来る限り七星の子孫たちとは縁を得ておくように、という指示がフィオに出ている。

 更には好都合な事に、この内の三家――ヴィナス・アレス・ウィーザル――はアクアの学友か知己を得ている相手だ。この縁を使わない道理は無かった。

 そんなヘルトの父であるが、こちらもやはり軍人らしく顔に大きなキズのある熊のような大男だった。


「いや、にしてもアクア嬢も中々に素晴らしい腕を持っているという話ではないですか。何か訓練でも?」

「いやいや……ウィーザルさんもご存知かと思われますが、実は娘は持病を抱えておりまして。それで無理を申しまして、ラグナ教団の方に家庭教師を依頼していたのです。その教師が優秀でして、ああいった戦術や戦技も教えて下さっていたようなのですよ。娘の方が強いのではないか、と思うばかりです」

「ははは。ご謙遜を。私が見ますに、十分に同年代の方に比べて良く鍛えていらっしゃる」


 ここら、やはり軍の名家ヴィーザルという所なのだろう。フィオのスーツの下に隠れている筋肉やその動きを目ざとく理解していた様だ。

 実際、カインの下に居る以上は、万が一には戦闘もあり得ると考えて教育が施されている。なのでラグナ教団の騎士の中でもエリート級の戦闘能力は必須条件として兼ね備えていた。が、そんな事実に対して、フィオは笑いながら首を振った。


「いやいや。これは単に鍛えているだけですよ。実戦になって活かせるかどうかは、その人次第。私は実戦経験が無い。所詮、模擬戦程度ですが……その模擬戦にしたって本当に演習程度。この子は力の発散の意味でも演習回数が多かった」

「なるほど……どうですか、ゆくは軍など」

「ははは。有り難い申し出ですが……それは娘が判断する事ですよ」

「それもそうですな。どうかね、軍は?」

「有り難い申し出です」


 ヘルトの父より話を振られて、アクアはあくまでもお嬢様としての顔で頭を下げる。が、即座に口を開いた。


「ですが、まだ私はアトラスに入学したばかり。まだその様に先を見通せません。特に私は今まで僻地におりまして、世間知らずであるとこの一ヶ月で思い知らされるばかりでした。何かを決めるには、もうしばらくお時間を頂ければ」

「ははは。確かにな。いや、失礼した。やはり軍は優秀な人材を求めていましてな。どうしてもアクア嬢の様に優秀な方を見ると、声を掛けぬには居られないのですよ」

「いやいや。今の我らの安寧は貴方たち軍の陰ながらの尽力があればこそ。この日本には縁の下の力持ち、ということわざが御座います。まさに、今の軍とはその縁の下の力持ちだ」

「それは有り難い。いや、華々しい活躍ばかりに目を奪われ……」


 フィオの称賛に、ヘルトの父が僅かに顔を綻ばせる。無論、どちらも世辞や社交辞令という所だ。が、こういう事が言えるからこそ、そして言えねば生きていけない世界だ。必要な事だった。そうしてその話を終えた所で、次はレヴァンとその父との話し合いだった。


「なるほど……流石はオーシャン家という所ですか」

「いえ……当家は先祖代々、海洋の再生に尽力しております。私も単に家業を継いだにすぎませんよ」

「いや、それでも貴方の功績が霞むわけではない。十分、素晴らしい事ですよ」

「あはは……ありがとうございます。全ては、我が社の社員たちの努力の賜物ですよ」


 やはり主賓が生徒たちだからと言っても、ここは大人の社交界だ。というより、言ってしまえばこのパーティとは子供を出汁に使ったコネ作りの場と言っても良かった。


「ふむ……確かにそれは困りますね」

「ええ……この地区で起きたテロで市民に被害が出ております。なるべく、被害のは出ない様には動いたのですが……我らの不徳の致すところです」

「いえ……事前に掴む事が出来るわけでもないのですから、そこらは致し方がない事かと思います」


 どうやら今度の話は以前にアレクセイたちが話していたヨーロッパでのテロ事件の事後処理に関する話だったらしい。レヴァンの父の言外の申し出に対して、フィオはそれを正確に理解した。


「当社としても何が出来るかはわかりませんが、何が出来るか善処させて頂きましょう」

「おぉ、そうですか。ありがとうございます」


 やはりテロ事件では被害が出る。故に政府も復興の為の助成金を出すが、こういう時には企業もまた寄付金を出すのが一般的と言える。社会貢献という所で、こういう事なら株主たちも理解を示しやすい。

 とはいえ、寄付を表向きに求めるのは些か不躾と言わざるを得ない。なのでこういうパーティの場では言外に自発性を促す形で求めるのが、一般的だった。

 そうして寄付金の拠出に内諾をして、更に一時間ほど。幾つかの名家の主人たちや大企業の社長たちとの話を交わした所で、カリーナがアリシアとクラリスを連れてやって来た。


「オーシャンさん」

「おや……これはヴィナスさん。お久しぶりです。前に北米大陸の新港のパーティでお会いして以来、でしたか?」

「ええ、それぐらいになりますね」


 やはりお互いに現在の地球でも有数の地位に居る者達だ。何度か面識があり、まずはそれを口にしていた。そうしてそこらの社交辞令を交わした後に、カリーナが本題を切り出した。


「この度は娘を救って頂き、ありがとうございます」

「ふむ? 何かありましたか?」

「ええ。実は先の戦いの折り……」


 ここら、フィオはアクアがアリシアを救った事は知らない体で話をしていた。別にこの程度は当然、とアクアが捉えている事を示す為だ。故にそんな彼の疑問を受け、カリーナがおおよそを説明する。


「おぉ、そうでしたか。アクア、よくやったね」

「いえ……アリシアはかけがえのない私の友人です。それを助けるのは、友人として当然の事。褒められる事はありません」

「そうか……いや、娘が良き友人を得られて良い事です」

「そうですわね」


 まぁ、お互いにこれが演技を含んでいるだろうというのはわかっていた。が、カリーナもこのアクアの発言が自身にも利益になる事を理解していて、それ故にこのフィオの言葉を良しと笑って受け入れる。


「ええ……アリシア嬢。よければ、これからもアクアと仲良くしてあげて下さい」

「はい。私にとってもアクアは良き学友で、良き友人です。これからも末永くお付き合いできれば、と思っています」

「ありがとう」

「ええ」


 アクアの感謝に、アリシアも笑顔で頷いた。ここら、お互いに場が場だとわかっているので、どこか他人行儀だ。そうして、しばらくの間はアクアはカリーナやアリシアと共に話し合いを行う事になるのだった。

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