第51話 合流

 表彰式が行われた一方、その頃。カインとアクアはというと、それをカフェの中からモニター越しに見ていた。すでに偽装となる医者の診察は終わった為、今は二人で優雅に聖地ラグナにてデート中だった。


「……仰々しいですね、こういった式典は何時見ても」

「あはは……どうしても、上になると見栄えというものが気になってくるものですから」


 仰々しい演奏隊の演奏と共に入場する七人を見て、アクアはどうやら若干気後れしていたらしい。いくら女神と言っても、その性質は普通の少女と同等だ。この仰々しい表彰式にはただただ圧倒されていたようだ。


「そういえば……カインはこういう表彰式に参加した事、あるんですか?」

「表彰式、ですか? ありませんね」

「そうなんですか?」


 アクアとカインの付き合いはすでに百年を超えているが、だからといって生まれた頃から知っているわけではない。なので全てを知っているわけでもなく、今回の様に自身に仕える前の事については知らない事も多かった。と、そんな彼は一つ笑って頷いて、しかし一転して真顔になる。


「ええ。あ、いえ……あれを表彰式に参加……したと言って良いのかどうか」

「どういう事ですか?」

「あの二人と同じ立場でなら、参加した事が」


 アクアの問いかけにカインが見たのは、アレクシアの側に控えるツヴァイとドライの二人だ。この二人は直接的に時の世界政府上層部を討伐したと言われる『地獄の番犬ヘル・ハウンド』の隊長と副隊長だ。

 故に式典に限らずアレクシアの関わる全ての警護は最終的にはこの二人が預かる事となり、特例的に二人はいかなる場でもアレクシアの側に控える事が許されていたのである。


「なるほど……それは確かに参加した、と言って良いかわかりませんね」

「ええ……ああ、クラリス様とレヴァン様が出られましたね」

「あ……」


 どうやら勝手気ままに話している内に表彰式が開始されていたらしい。クラリスとレヴァンの二人が前へと進み出る。その一方で、七星の側からもアレクシアと共に、カインに因縁のある人物が出て来た。


「……」


 ぴくん。アレクセイが出て来た途端、カインの顔が僅かに歪む。が、そんな彼は少しだけ目を閉じて、深呼吸をした。


「ふぅ……やはり駄目ですね。アレクセイ様を見ると、古傷が痛みます」

「……でも、私は少しだけ感謝してます」

「え?」

「だって、おかげでカインと出会えたんですから」


 柔和に笑う唐突なアクアの言葉に、カインが目を丸くする。そんな彼女の指摘で、カインも今までの剣呑な顔が一転した。


「……そうですね。彼のおかげで、オレは貴方に出会えた。そう思うと、悪くは……いえ、悪い。盛大に悪い。叶う事なら一発顔面にパンチを入れたいぐらいには悪い」

「あはは」


 浮かぶしかめっ面と口調に反して、カインの機嫌はかなり良くなっていた。それ故、アクアも彼の愚痴に笑うだけだ。


「まぁ、そんな事はどうでも良いんです。とりあえず、アクア様。彼の前には出ない様に……まぁ、大丈夫は大丈夫でしょうが……」

「……カイン? どこを見て言ったんです?」


 アクアがじとー、と湿った視線をカインへと返す。そんな彼の視線は一瞬だけアクアのささやかと言わざるを得ない双丘へと向けられていた事に、彼女は気付いていた。


「え、えーっと……」

「カ・イ・ン?」


 ニコニコと笑いながらも、般若が背後に浮かぶ様子でアクアが無言のカインへと問いかける。女好きと知られるアレクセイではあるが、その女性の好みは彼の悪癖を知る者からすれば非常に知れ渡っていた。

 彼は成熟した女性が好みらしく、明らかにそれとは間逆なアクアははっきりと言えば、ストライク・ゾーンから大幅に外れていたらしかった。


「ごめんなさい」

「……良いんです。これを選んだのは私ですから。でも本当はもっと私だって大きく……」


 やってしまったものはしょうがない。故に素直に謝るしか無いと判断したカインが頭を下げ、それにアクアが拗ねた様に口を尖らせる。そうして、それから聖都へ向かうまでの間、彼はアクアのご機嫌取りに奔走する事が確定するのだった。




 さて、カインがアクアのご機嫌取りに奔走して数時間。カインは長距離移動用の高速鉄道の個室にてアクアのご機嫌取りをあの手この手で行いながらなんとか彼女の機嫌を持ち直させる事に腐心し、そのご機嫌が幾度かのキスで持ち直した頃に聖都へと到着していた。


「ここが……聖都」

「はい。現在の地球の中心。世界の中枢がここにあります」


 個室では恋人として口付けをしようが口調を素にしていようが問題は無いわけであるが、一度聖都に降り立てばここからは再び主従関係だ。そんなわけで再び従者としての立場で立っていた。


「まぁ、もう夜も遅い。あまり遅くなりすぎてもホテルの方のご迷惑となってしまいます。ひとまず、ホテルへ」

「そうですね」


 なるべく七星との遭遇が無い様に動いていたし、診察とその結果が出るのに時間がかかる。なので二人は表彰式が終わった頃合いで聖地を発っていた。

 いくらこの時代の高速鉄道を利用したと言っても、すでに夕暮れも終わりの時間となっており、後少しすると完全に夜の帳が下りる事だろう時間だった。

 というわけで、二人は駅の前に停車していた自動運転車の一台へと乗り込むと、アリシアらが宿泊するホテルを目指して進ませる事にする。そうして少し進めば、あっという間にホテルへと到着した。


「いらっしゃいませ」

「連絡を入れていたアトラス学院生徒会のアクア・オーシャンお嬢様の従者カイン・カイです」

「お待ちしておりました。お部屋はすでにご用意させて頂いております」


 カインの提示した電子書類を見て、応対を担っていたホテルのコンシェルジュが頭を下げる。そうして、彼に案内されて受付でチェックインを済ませた二人は、ポーターとページ・ボーイに荷物と案内を任せ、用意されていた部屋へと入る事となる。

 そこはホテルの一室とは思えない広さがあり、オーシャン社の令嬢として一流の部屋が与えられている様子だった。


「わー! カイン! これ、すごい景色ですよ!」

「ええ。今の地球で最も発展している街ですから……数百年前なら、百万ドルの夜景、とでも言ったのでしょうね」


 ひとまずページ・ボーイ達を下がらせた後、アクアが絶景に歓声を上げる。その一方、カインはいつもどおり彼女の警護に問題が出ない様に盗聴器などの調査を行っていた。


「……良し。問題は無し」


 とりあえず盗聴器などの類は無かったらしい。カインは一つ気を抜いた様子を見せる。


「アクア様。とりあえず盗聴器などの存在は無い。安心して良いだろう」

「はい……にしても」

「どうした?」


 アクアは窓の外を見て、僅かに表情を険しくする。それに、カインもまた外を見た。


「すごいですね、あの屋敷……いえ、広さもそうですが」

「……あれが、アレクシア様のお屋敷だ。イギリスの私宅を一度わざわざ分解して、日本に輸入。全部一から組み直したお屋敷だ」

「そ、それもそれですごいですね……」


 一体いくら掛かったんだろう。アクアは巨大なアレクシアの邸宅を見ながら、素直にそう思う。おそらく坪換算で数百坪はあるだろう。そんな巨大なお屋敷だった。とはいえ、アクアが言っている様に、彼女が驚いていたのはそれではない。


「もう私でもあの結界は解析に時間が掛かりそうです。多分、現在の地球人類が手に出来る技術水準をおよそ数世代、先に行っている」

「……アレクシア様のお屋敷だからな」


 アクアの称賛にも似た言葉に、カインは僅かに険しい色を浮かべる。アレクシアの屋敷はこの世界で最も厳重な警備が敷かれている場所だ。

 それは第一にツヴァイとドライ以下メイドに扮した何人もの猛者達が一緒に暮らしているからでもあるが、何より彼女が施した各種の魔術的な防備があった。


「指導者としてのアレクシア様が有名で知られちゃいないが……アレクシア様の本職は研究者だ。彼女が二百年前に発表した再生医療の論文は未だに引用されるぐらいだしな」

「……そういう話じゃないかと」

「わかってるさ」


 やはりこちらも流石は地球文明に魔術を教えた女神アクアという所だろう。二人はこの魔術の異質感に気付いていた。それ故、険しい顔で睨む様にアレクシアの屋敷を再度見る。


「あれが、聖女アレクシアなのですね」

「ああ……この地球上において、アクア様を除けば圧倒的な強者にして、最大の策士……」


 世界政府を直接的に打倒したのは確かに、当時の『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』だ。が、彼らは猟犬。飼い主の指示なく動けない。

 その指導者飼い主が誰だったかというとそれは当然、アレクシアだった。それを侮る事なぞ出来ようはずがない。と、そんな事を話していると、内線が鳴り響いた。


「はい、カイです」

『カインさん。お久しぶりです』

「これはナナセさん。久方ぶりです」


 どうやら内線の相手はナナセだったらしい。腕を振るって出現させた立体映像には彼女の姿が写り込んでいた。


『お嬢様がアクア様のお部屋に伺わせて頂きたい、との事ですが、そちらのご様子は如何でしょうか』

「なるほど。かしこまりました……」


 ナナセの要請を受け、カインはアクアを伺い見る。それに、アクアが先程までの険しい顔を一変させて嬉しそうに頷いた。


「大丈夫だそうです」

『ありがとうございます。五分後にはそちらに伺えるかと』

「かしこまりました」


 当然であるが、ここはホテルだ。しかもアクアもアトラス学院の学生として部屋を取っている。なので移動に五分も掛かるわけがない。

 この五分は配慮と考えるべきだろう。というわけで、この五分の間に幾つかの用意を整えると、二人はアリシアの来訪を待つ。そうしてすぐに、部屋のインターホンが鳴り響いた。


「はい」

『アリシアです』

「お待ちしておりました。ただいま、お開けいたします」


 カインはアリシアの返答に応じて素の自分から一度気を引き締め執事としての自分を確かなものにすると、アクアへと一度頷いて入り口へと歩いていく。


「アリシア様。お待ちしておりました」

「ありがとう……入っても大丈夫かしら」

「はい。お嬢様も中でお待ちです。ナナセさんも、ようこそおいでくださいました」

「ありがとうございます」


 今日も今日とて一緒のアリシア主従をカインは部屋へと招き入れ、アクアの所へと案内する。


「お久しぶりです、アリシア」

「ええ、お久しぶり。移動、疲れてない? 色々とあったと思うのだけど」

「ただリニアに揺られていただけですから」


 アリシアの問いに、アクアが笑って頷いた。なお、実際は疲れているどころか、おかげで絶好調とさえ言える。列車の個室では延々カインに甘えていたからだ。


「そう。良かった」

「それで、どうしたんですか?」

「あら……友達のお部屋に来ちゃ駄目?」

「あ、いえ……何時でも歓迎ですよ」


 少しだけ冗談めかしたアリシアの言葉に、アクアが笑いながら首を振る。とはいえ、勿論そういうわけではなかった。


「ありがと……でも、今日は少し違うの。まぁ、一つはお夕飯はどうするか、って聞きに来た事もあるんだけど……」


 改めて言うまでも無い事であるが、アリシアは上流階級の娘だ。故に診察だの移動だの疲れがあるだろう今日は普通なら来訪しないか、精々内線でおしゃべりするぐらいだ。それが来たのだから、色々とあるのだろう。


「お夕飯……ですか?」

「ええ。アトラス学院の関係者は基本、ホテルのレストランで食べるのだけど……アクアがどうするか、お姉さまが把握されていなくて。で、お姉さまは今少し手が離せないから私が代わりに、というわけ」

「はぁ……カイン。私の今日の夕食は?」


 基本的にここらの手配はカインに任せている為、アクアはどうなっているかわからない。そんな彼女の問いかけを受け、カインが怪訝そうに口を開いた。


「本日はアトラス学院とは別にレストランにて食事となっております。確か、学院側にもそう連絡を入れていたのですが……」


 基本的にやり取りはログを取っている為、カインは立体映像を起動させて過去のやり取りを確認する。そうして、彼は一つ頷いた。


「ええ。確かに、本日は何時こちらに来れるかわからない為、最悪はキャンセル出来る様に学院とは別に手配させて頂いております」

「なるほど……じゃあ、お姉さまにはその別の連絡が入ってなかったのね。聞いたらホテルで食べる、とはなっていたのだけどアトラス学院側で用意している席にアクアの名前が無かったらしいのよ」

「なるほど……」


 おそらく書面上はそれで正しいのだろうし、事実のみを記せばそうもなる。が、これではアクアの席が忘れ去られているだけの可能性もあり得た。特記事項として記しておくべきだったのだろう。


「ありがとう。お姉さまにはそうお伝えしておくわ。それで、もう一つ。ナナセ」

「はい」


 アリシアの要請を受けたナナセが、持ってきていた小箱を彼女へと差し出す。それを受け取って、アリシアがアクアへと差し出した。


「これを」

「これは?」


 小箱の大きさはおよそ10センチ四方という所だろう。質はかなり良く、おそらく量産品ではなく手作りと考えられた。


「勲章よ。今日の表彰式でアトラス学院の参列者全員に配られたのだけど……アクアは来ていなかったから。本当はお姉さまが持ってくる予定だったのだけど……先にも言った通り、今は手が離せなくて」

「ああ、なるほど。ありがとうございます。カイン」

「かしこまりました」


 アクアは勲章の入った小箱を受け取ると、カインへと渡して保管を頼んでおく。この勲章は明日のパーティで一部の生徒――特にスーツで参加する生徒――は身に着ける事になる為、早い内に学生全員に渡さねばならなかったのだろう。そうして受け取ったアクアに、アリシアは一つ頷いた。


「良し。じゃあ、これで終わりね……どうだった、久方ぶりの聖地は」

「あ、そうですね……」


 どうやらこれで主要な話は終わりというわけらしい。というわけで、アリシアはしばらくの間、アクアと共に歓談を行う事になるのだった。

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