第50話 表彰式
バスに乗って聖都へとやって来たアトラス学院高等部の生徒達。そんな中に混じって用意されていたホテルに入ったアリシアは、来ているというカリーナと再会を果たしていた。そんな彼女とのしばらくのやり取りをした後、久方ぶりに母娘での昼食を囲む事になっていた。
「と、いうわけでアレクシア様が中央に立たれます。基本的に表彰式では各家の子孫が各家の祖先の前に腰掛ける事になります。位置を間違えない様に注意はしなさい。間違っても、七星様のお手を煩わす事の無いように」
「「はい」」
昼食を食べる三人――流石にカリーナや他の従者が居る以上ナナセと初音は主人の横で給仕に徹していた――であるが、その話題はもっぱら表彰式の事であった。
まぁ、今回の一件は各家にとって子供達の偉業を称える為であると共に、各家の権威を更に高める為のものだ。何一つ問題なく行われる様に手配するのが、各家の方針であった。そうして一通りの手配の確認を終えた所で、カリーナがナナセと初音の二人に告げた。
「そうだ。今日の夜なのだけど、私は私が宿泊しているホテルの方で摂ります。二人には、娘の事を頼みます」
「「かしこまりました、奥様」」
おそらく会食が入っているのだろう。アリシアもクラリスも揃ってカリーナの予定をそう推測する。事実、今日は久方ぶりに七星の子孫の各家の当主全員が集まるという事で、会食がてら少しの話し合いをしよう、という事であった。そうして一通りの手配を終えたカリーナであったが、ふと思い出した様にアリシアを見る。
「あぁ、そうだ……アリシア」
「はい、お母様」
「アクアさん、確か今日の夜に来られるという事で間違いないわね?」
「ええ……確か今日は聖地へ入って、お医者様の診断を受ける、という事だそうです」
別にここらは隠している事でも無かったし、アリシアも色々とあるのだろうとは分かっていた。なので母に不平不満を告げる事なく、ただ淡々と事実のみを報告する。
「そう……分かっているとは思うのだけれど、改めてオーシャンさんにはお礼を述べないといけないわ。夜会でオーシャンさんにお会いするから、その時には貴方も同席しなさい」
「あ、はい」
これについてはアリシアも当然として、二つ返事で了承を示す。親として救ってくれた相手の親に感謝を述べる事に何ら不思議な事はないだろう。拒む必要もないし、彼女の性格を考えれば拒む道理もない。
「よろしい。ああ、夜会にはアレクシア様も当然、参加なさいます。何時もの家でのパーティとは違うのだから、二人共あまり親しげにはしない様に。マスコミ各社も取材に来ています。祖先を敬っていない、なぞという風評が立たない様に注意を怠らない様に」
「「はい」」
カリーナは逐一、二人へと万が一が起きない様に注意事項を告げていく。そうしてしばらくの間彼女からの注意を受けながら昼食を食べ、二人は自分のホテルへと戻るというカリーナを見送り、表彰式までの少しの間、休息を取る事にするのだった。
さて、アリシア達が聖都へ来ておよそ三時間。14時を回った頃合いになり、クラリスは再度学生達をラウンジ前に集合させていた。
「全員、これから表彰式に臨むことになるが、お手洗いや身だしなみは大丈夫か?……よし、問題ないな。では、再び全員バスに乗車し、移動しよう」
クラリスは今度は誰も手を挙げなかったのを受け、再度学生証を確認しながらバスへと乗車する。そうして再びバスに揺られる事少し。聖都の中にある国が運営する記念会館の一つに到着した。そこにはすでに多くのマスコミが待機しており、アトラス学院の学生達が降りるのを待っている様子だった。
「……やはり来ているか。レヴァン。すまないが、身だしなみが整っているかお前の目から確認してくれ」
「良いだろう……ああ、問題はなさそうだ」
しばらくクラリスの身だしなみを確認したレヴァンは、一つ頷いて問題無い事を確認する。そうして彼の返答を受けて、クラリスはバスを降りる。
「お待ちしておりました」
バスを降りたクラリスを待っていたのは、政府の役人だ。それに、クラリスが頭を下げた。
「本日は一日、よろしくおねがいします」
「はい。私、本日の表彰式におきまして皆様のお手伝いをさせて頂きます係員の統率を行っております、ブルーノ・バークマンと申します」
「ありがとうございます。クラリス・ヴィナスです」
「はい……とりあえず、学生証を確認させて頂けますか?」
クラリスの自己紹介に一つ頷いたブルーノは専用の携帯端末を取り出して、彼女へと学生証の提示を依頼する。それに、クラリスは迷うこと無く学生証を取り出した。
「こちらを」
「はい……はい。ありがとうございます。確かに、確認させて頂きました。すでにご説明させて頂いているとは思いますが、本施設への入退室。また一部の部屋への入退室には皆様の学生証が必須となっております。無くされない様に注意をお願い致します」
「はい」
これはすでにクラリス自身が語っていた事だ。なので彼女は特に疑問もなく頷いていた。そうして彼女は他の学生達をバスから順次降ろして、ブルーノの案内に従って控室へと通される事になる。
「こちらで、開会までお待ち下さい。もし何かがありましたら、外におります係員にお声がけ頂くか、付近を歩いている係員にお声がけ下さい」
ブルーノはそう言うと、腰を折ってその場を辞する。そうしてそんな彼に学生一同頭を下げた後、揃って息を吐いた。
「ふぅ……やっぱり何度か表彰された事はあるけど……ここまで大規模なのは初めてね」
「ああ……何度か表彰された記憶はあるが……な」
アリシアの言葉に、クラリスは苦笑混じりに頷いた。彼女も自分で若干ではない緊張を感じている事を自覚していたようだ。
そうして更にしばらく誰もが緊張からか饒舌になっていたりトイレが近かったり、とそれぞれの待ち方で待っていると、時間なぞあっという間だった。
「皆様、おまたせ致しました。これより表彰式を開始致します」
「「「っ」」」
やって来たブルーノの言葉に、全員が思わず緊張を面に出す。とはいえ、ここで立ち止まる事は出来ない。表彰式を開始する、というゴーサインが出されたということは即ち、アレクシア達も用意を整え勢揃いしたという事だ。子孫である自分達が遅れる事はあってはならない事だった。
「……行こう。紫苑。何も無いとは思うが……」
「倒れても起こしませんよ」
「そこは起こしてくれ……さて、行くか」
敢えて何時もの風を装ったクラリスは、少し冗談めかした紫苑の返答に一つ笑うと気を引き締めて立ち上がる。
表彰式の会場に入る順番は生徒会長、次に生徒会副会長となる。彼女が一番先頭だった。その次に二年生二人が続き、最後にアリシア――リアーナとカミーユは学院関係者の席に居る――である。その後ろに風紀委員だ。
そうして、そんな並び順でブルーノに従って歩く事、少し。一同は記念会館の中でも最大のホールの脇に立った。そこは中央に階段がある特殊なホールだった。七星が何らかの式典を行う時に使われる、特別なホールだった。
「皆さん、準備はよろしいですか? これからお席へご案内致します。これ以降、お手洗いなどにはいけなくなると思われます。もし何かございましたら、この場でお申し出下さい」
ここから先にはすでにマスコミ各社が待機しており、すでに撮影も始まっている様子だ。鳴り物入りで宣伝しているのだ。表彰式の最中に子孫が席を立つ事が許されようはずもなかった。
そしてこの場の面々は緊張が見え隠れしているとはいえ、もとより人の上に立つべしとして育てられている。なので誰もがこの場に至っては準備を整え、誰一人として手を挙げる事はなかった。
「……はい。では、お席にご案内致します」
再度案内を開始したブルーノに従って、クラリスは先頭を歩いていく。そうして、ホール中央。最もお立ち台に近い席へと、彼女は通される。
「では、こちらに」
「ありがとうございました」
「はい……では、失礼します」
案内人の役割はここまでだ。故にクラリスの感謝に小さく頭を下げてブルーノは会場の脇へと移動する。
「ふぅ……」
「緊張、してますね」
「当たり前だ。いくら私とて、アレクシア様に会う時は何時も緊張する」
紫苑の言葉に、クラリスは少しだけ緊張を解きほぐす。アレクシアは基本気さくな人物なので、彼女も何度か会って話をしている。
が、やはり偉大な祖先だ。何度話しても、緊張がほぐれる事はなかった。そうして、待つ事少し。荘厳な音楽が鳴り響いた。
「「「っ」」」
この世で最も偉大なる者達が来る。表彰式に参列する全ての者達が一瞬、息を呑む。そうして、直後。ツヴァイとドライ――と言っても警護の関係で仮面で顔と目を隠していたが――がお立ち台の脇から姿を現して、中央の座席の左右にひざまずく。それを合図にしたかの様に、中央の階段の上の扉が開いた。
「っ……」
やはり現代においては最大の英雄と呼ばれる者達だからだろう。その存在感は有象無象の存在感を万倍にした所で到底及ばない様な存在感があった。
そしてその中心を歩くのは、七星の創設者でもあり、最大の英雄と言われる聖女アレクシア。この英雄達の中でも更に途轍もない存在感を持つ彼女が腰掛けるのは、当然二人の従者が侍る中央の席だった。
「……」
静かに、そして優雅に席に腰掛けたアレクシアは、小さく手を挙げて音楽を止めさせる。そしてそれを受けて、お立ち台の脇に一人の女性が立った。
『ではこれより、アトラス学院高等部生徒会、並びに風紀委員への表彰式を開始致します』
どうやら彼女が司会というわけらしい。この時代になると集音マイクの性能も二十一世紀とは比較にならないほどに上昇しており、ハンディマイクや専用の席を設けなくても拡声出来るそうだ。
無論、魔術を使っても良いが警備上の観点から使われない事の方が多かった。そうしてそれを受けて、アレクシアとアレクセイが立ち上がる。
『アトラス学院生徒会代表。生徒会長クラリス・ヴィナス。風紀委員会代表、レヴァン・アレス』
「「はい」」
司会に名を呼ばれ、クラリスとレヴァンの二人が立ち上がる。流石に逐一全員に表彰をしているとあまりにも時間が掛かり過ぎる。
なので今回、表彰されるのはクラリスとレヴァンの二人だけだった。そうして、二人は撮影のフラッシュライトやカメラ、無数の視線を浴びながら、前へと歩いていく。そうしてクラリスはアレクシアの前に、レヴァンはアレクセイの前に立った。
「あー……まぁ、頑張ったな」
「ありがとうございます」
流石にアレクセイとて場を弁えていたし、何より横に居るのはアレクシアだ。もしここで雑な対応をしようものなら、後々痛い目を見る事は彼もよく分かっていた。
なので服装はきちんとした礼服だし、努めて真面目に振る舞っていた。これに、レヴァンは真面目にしてくれれば一端の英雄に見えるのに、と内心で嘆くばかりであった。その一方、その横のアレクシアはというと、いつもどおり柔和な笑顔を浮かべてクラリスへと賞状を手渡していた。
「クラリス。よく頑張りました」
「ありがとうございます」
「今後も、ヴィナス……美の女神の名に恥じぬ様、美しく、そして強くありなさい」
「はい」
こちらはやはり流石は世界の指導者という所だろう。アレクシアもまた外向けの顔をしていたし口調も外向けであるが、それにも関わらず固くなりすぎず、クラリスもまたなんとかいつもどおりの対応が出来る程度であった。
そうして賞状を受け取った二人は再び席に戻り、その後も一時間ほど掛けて表彰式が執り行われる事になるのだった。
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