第49話 表彰式 ――直前――

 世界政府の中枢において行われた世界政府最高幹部達による会議。その開催から数日。アリシアは姉のクラリスと共にアトラス学院の生徒会室にやって来ていた。

 今回は先のサイエンス・マジック社の一件があった為、彼女ら姉妹は表彰式もあってイギリスへは戻らないらしい。

 他にも表彰式に参列する事になっている面子については、今年のゴールデンウィークは帰らない者が多いそうだ。なので寮室から直接こちらにやって来ていた。


「ふむ……やはり長期休暇になると、学院内も人気が少ないな。長年ここに居るが……案外、長期休暇中の学院を見るのは初めてだったかもしれんな」

「そうね……あ、そうだ。お姉さま」

「ん?」

「お母様が来られるのは何時頃の予定? 表彰式を考えれば、もう発たれている頃でしょう?」


 やはりこの表彰式で表彰されるのは、各家の嫡子達が多い。そして表彰するのは祖先である七星だ。それ故カリーナを筆頭にした<<神を支えし者キュベレー>>の親達も外聞を考えれば、全ての予定に優先して表彰式に参列する必要があった。

 が、やはり急な事なので早くても前日、遅ければ数時間前に到着という事もあり得たのである。カリーナも直前までは調整に忙しく、嫡子にして長女であるクラリスには伝わっていたが、アリシアには情報が届いていなかった様だ。


「ああ、母様か。それならもう到着されているはずだ。なんとか、朝には到着出来るように予定の調整が出来たらしくてな。その代わり、父様にはしわ寄せが行ったらしいが」


 基本的に二人の実家であるヴィナス家は代々女性が当主となる。なので現代の当主は母であるカリーナとなっており、今回は急ぎである事もあって彼女だけの参加となるらしかった。


「ということは、お父様は不参加?」

「ああ。まぁ、今回は聞く限りどこも片方だけの参加、というのは珍しくないらしい。日本に居を置く家なら、まだしもな。世界中から高位高官を緊急で集めるわけにもいかなかったんだろう。ただでさえ、新進気鋭の大企業の不祥事だった事もあるしな」

「ああ、なるほど……」


 言われてみればアリシアにも納得出来た。サイエンス・マジック社は決して小規模な企業ではない。確かに新進気鋭だが、世界中に支社を構える大企業の一つだ。当然だが取引先は多岐に渡る。

 その幹部達が一斉に逮捕されたのである。どうしても社会的な混乱は避けられず、その社会的な混乱への対処も必要だったのだ。そこらを沈静化するのも当然、彼らの役目だった。どちらも必要な役目ゆえに、片親だけが出席というわけなのだろう。


「ということは、もうホテルには到着なさってるのね」

「ああ……ああ、いや。今だと聖都付近の空港に到着なさっている頃だろう」


 クラリスは一度腕時計を見て、一つ頷いた。何事もなく飛行機が発着しているのであれば、今頃はもう日本で車の中の筈だった。と、そんな姉妹の会話をしながら待っていると、他の生徒会役員達が現れる。


「良し……これで全員だな」


 今日は一応は生徒会活動という事で、全員が制服だ。とはいえ、やはり状況が状況だからなのか、全員が一度クリーニングをしている様子だったのでピリッとした印象を受けた。と、そんな事をクラリスが思っていると、再び生徒会室の解錠を告げる電子音が鳴り響いた。


「クラリス。風紀委員一同、準備が出来た」

「そうか。生徒会一同も同じく準備は出来ている……初音。車の手配はどうなっている?」

「は……はい。すでに校門前に停車しているとの事です」

「わかった……さぁ、全員移動するぞ! 最後にお手洗いに行く者は行くように! ここから一時間ぐらいは行けないからな!」

「あ、すいません。行ってきます」


 クラリスの号令に、カミーユが大慌てで席を立つ。どうやら今から緊張しているらしい。自分が表彰されるというわけでもないのに、若干顔色は悪かった。


「ああ……ああ、なら、そのまま校門に集合する様に。後、身だしなみはきちんと整えてくる様にな」

「は、はい」

「良し……じゃあ、後は全員校門へ移動だ」


 カミーユの返答を見て、クラリスは一つ頷いて移動を開始する。そうして校門前に移動すると、そこには一台の大型バスが停車していた。そこまで到着すると、初音が進み出た。


「お嬢様。少々、お下がりを」

「わかっている」


 初音は用意しておいたリモコンを取り出すと、スイッチを押して扉を開く。そうして、その扉の横にクラリスが立って、腕を振るってモニターを出現させた。そこには、今回表彰式にアトラス学院として出席する面子のリストが表示されていた。


「良し……レヴァン。すまないが、手を貸してくれ」

「わかった……さぁ、全員一列に並べ! 学生証は忘れていないな!」


 クラリスの要望を受けたレヴァンが声を張り上げ、生徒達を一列に並ばせる。アトラス学院の学生証にはマイクロチップが内蔵されており、持ち主との間で生体IDの相互認証を行える。それで誰か偽物が入り込んでいないか、とチェックを行うのだ。

 更には出発前に行っておけば、誰かバスに乗り遅れなどが無い様にも出来る。些か手間だが、表彰式が表彰式故に仕方がない。そうして、レヴァンの指示を受けてまずは先頭に立っていた紫苑が学生証を提示した。


「お疲れ様です」

「ああ……良し。初音確認……次」

「良し。次だ」


 クラリスとレヴァンは二人で生徒会役員と風紀委員をバスへと乗せていく。そうしてその中に混じって、アリシアもまたバスへと乗り込んだ。


「ふぅ……」


 バスの椅子に腰掛けて、アリシアは一息吐く。なお、バスはもう一台用意されており、そちらには従者達が乗り込む事になっている。こちらはあくまでも、生徒の為に用意されたバスだった。

 とはいえ、やはり立場が立場の者たちも多い為、用意されていたバスは二十一世紀のバスよりも遥かに座席間隔は広く、飛行機のファーストクラスを思わせる豪華さだった。


「何時も思うのだけど……この広さ。無駄じゃないかしら」


 このバスに乗れるのは十数人という所だろう。多く見ても二十人前後という所だ。まぁ、その分のんびり出来て快適な旅が約束されるのでアリシアとしては良いが、無駄と思うのは避けられなかった。と、そんな事をしていると、全員分のチェックが終わったのかカミーユの後ろからレヴァンとクラリスが乗り込んできた。


「良し! 全員、シートベルトはしっかりな! 体調が悪くなる事は無いと思うが……もし悪くなったら、座席横の内線を使って1を押せ! それで私に! 2でレヴァンに繋がる!」


 クラリスはそう言うと、最前列の座席に腰掛ける。その逆側にはレヴァンだ。ここらは二人が学生たちの統率を行う為、出やすい位置に座るのは当然だろう。そうして、アトラス学院の生徒達は一路、聖都へ向けて進み出すのだった。




 さて、一同がアトラス学院を出ておよそ一時間。バスは順調に進み続け、何事もなく聖都にあるホテルの前へとたどり着いた。当然、この場の面子だ。用意されていたホテルは最高級のホテルだった。


「良し。到着したな。全員、荷物を忘れない様にな!」

「基本的にホテルの出入りも学生証で管理される! 決して忘れて出るという事はないように!」


 クラリスとレヴァンは到着と同時に席を立つと、降りた後の用意を行いながら声を上げる。そうして二人がバスを降りると、そこには学院長が立っていた。


「おぉ、クラリスくん。レヴァンくん。二人共、長旅ご苦労だったね」

「「学院長。おはようございます」」

「あぁ、おはようございます」


 多分胡麻を擂りまくってたんだろうなぁ。クラリスとレヴァンはそう思いながらも、にこやかな笑みを浮かべる学院長に対して頭を下げる。

 こんな俗物に見えても経営者としての腕は悪くないらしいし、実際各種の融資が受けられるのは彼の手腕も大きいらしい。まぁ、そう言っても大企業の中にはアトラス学院のOB・OGも多いらしいので、どこまで事実なのだろうか、とは二人は思うばかりであった。


「学院長。わざわざお出迎え下さって有り難い限りなのですが……お時間などはよろしかったのですか? 会合なども多いと思われますが……」

「む? おぉ、それか。いや、偶然このホテルに来る理由があり、予定が終わった頃に君たちがもう到着する時間だ、と思ってね。出迎えたのだよ」

「はぁ……」


 そもそも、学院長が出迎える事は予定にはなかったらしい。と、そんな彼の言葉に生返事をしたクラリスに対して、学院長が口を開いた。


「それで。誰か欠席者など、体調不良を訴えかける者はいるかね? すぐに医師の手配をしよう」

「ご配慮、ありがとうございます。ですが道中、何も申し出はありませんでしたので……」

「そうかそうか。うむ。私は常には教務棟に居て君たちの事は見れないが……これでも院長として、十分に君たちには注意を払っているつもりだ。何かがあったのなら、是非とも申し出なさい」

「ありがとうございます」


 そう思うのなら出迎えずにさっさとホテルへ入らせてくれないかな。クラリスはそう思いながら、頭を下げる。長旅で疲れている、というのは院長自身が言っているのだ。とはいえ、彼は分からないでも横の理事長はそれを察していた。


「学院長。皆、疲れております。あまり長々と話しているのも」

「おぉ、そうであったな。クラリスくん。君のお母様が部屋でお待ちになられている。統率はほどほどにして、妹さんと一緒にそちらに向かいなさい」

「あ、はい。わかりました」


 おそらく母に挨拶に行って、そこで面倒になった彼女が言伝を頼んだ体で追い出したという所だろう。クラリスは彼がここに居る理由をそう推測する。そうして学院長が理事長と共に去っていき、クラリスはレヴァンと共に学生たちをバスから降ろす。


「良し……全員確認、と。全員、忘れ物は無いな!? これからバスは車庫に向かう! 忘れ物をしていたら手間になるぞ!」


 クラリスは一応、最後のチェックをさせておく。とはいえ、誰も忘れ物などは無かったらしく、彼女は無言で初音に頷いた。


「……お嬢様。これで問題ありません」

「分かった」


 二人は去っていく二台のバスを見送りながら、一つ頷いた。そうしてクラリスは学生達を率いて、ホテルの中へと入っていく。ここからは流石に集団行動ではない。

 いくらなんでもホテルにこれだけの大人数が一度に宿泊できる部屋は無いからだ。というわけで、受付にて部屋の鍵を受け取ると、各自別行動となる。とはいえ、彼女はアリシア・ナナセの主従と一緒だ。別に家族で別の部屋を取る意味は無いからだ。


「ふぅ……」

「お疲れ様、お姉さま」

「ああ……そうだ。お母様が来られているらしい。アリシア、身だしなみはきちっと……出来ているな」


 言うまでも無かったか。クラリスはいつもどおりきちんと整えられたアリシアの服を見て、一つ頷いた。

 アリシアにもナナセという従者が居るのだ。何か身だしなみに乱れが見えれば、すぐに彼女が手直しをしてくれるだろう。と、そんなアリシアが口を開いた。


「ええ。さっきナナセから聞いたわ」

「そうか……まぁ、今回は久しぶりという印象も無いか」

「そうね」


 二人はゴールデン・ウィークは帰っていないが、その前にイギリスに帰っている。なのでその時に顔を合わせており、何時もより早い再会だった。というわけでそんな二人を乗せたエレベータは上昇を続け、最上階の一角にあるスイート・ルームにたどり着いた。


「クラリスお嬢様、アリシアお嬢様。お待ちしておりました。奥様が奥でお待ちです」

「ああ、セドリック。お前もこちらか」

「はい」


 エレベータを降りるなり出迎えたのは、母が腹心と頼む老執事のセドリックだ。彼も今回の来訪に際して聖都に来ていたのだろう。そうして彼と共に部屋に入ると、そこには数多の執事とメイドと共に、カリーナが座っていた。


「二人共、長旅ご苦労さまです。疲れなどはありませんね?」

「「はい、お母様」」


 カリーナの問いかけに、二人は優雅に腰を折って頷いた。と、そんな母にクラリスが問いかける。


「それで、どうしました?」

「いえ、時間が空いたので見に来ただけです。これからアレクシア様とお会いするというのに、何か不手際があっては事ですからね」


 やはり相手は世界最高の偉人だからだろう。カリーナも衆目環視もあって何かがあっては家の名に差し障る、と考えていた様だ。万が一が無い様に自ら問題が無いかチェックをしに来た、というわけなのだろう。そうして、二人はしばらくの間カリーナから幾つかの注意を受けながら、表彰式に備える事になるのだった。

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