第48話 聖なる七つの星

 アクア達が表彰式に向けて準備を行っていた一方、その頃。表彰式に参列する事になるアクア達と同じく主催者として表彰式へと参加する事になっていたアレクシア。彼女は聖都の自宅を後にして、聖都の中心にある旧京都御所にやって来ていた。

 旧京都御所。すでに日本の国体が無くなっている為、日本国の象徴であった天皇家もまた居ない。無論、そう言ってもやはり日本では特別視はされる存在であったので途絶えてはおらず、国体の崩壊と共に俗世へと還俗。象徴としての役目を終わらせ、今では大神家と呼ばれる日本の名家の祖の一つとなっていた。

 とまぁ、それはさておき。そんな旧京都御所であったが、今では世界政府が政治を行う霞が関の様な場所となっていた。それに伴い、名も京都御所から変えていた。


「ふぅ……やっぱり良いわね。外で飲む紅茶は。今日も良い出来ね」


 そんな世界の中心の最上階。数十階建ての巨大建屋の屋上にて、ドライの給仕を受けながら円卓に腰掛け紅茶を飲んでいた。とはいえ、その最上階は少しだけ、可怪しかった。


「当たり前だ。私が丹念に手を加えて創り出した空間だ。見た目にも拘った」

「誰も世界の中枢の更にその中心。七星の集う間がこんな草原の中になっているとは思わないでしょうね」


 草原。そう、部屋の中はどういうわけか草原となっていた。無論、普通に考えればありえないわけで、これを成しているのは魔術に他ならない。

 七星の一人が空間を操作する魔術を使い、最上階の会議室を好みの場所と出来る様にしてのけたのである。今日の気分は草原だった、というわけなのだろう。と、そんな上機嫌なアレクシアに対して、一人の長髪の男性が口を開いた。


「……アレクシア。貴様の弟は何をやっている。会議の開始は近いぞ」

「あら……困ったものね。遅刻すればお仕置き、って言ったのに。紅葉ちゃん。伝令、頼める? 遅れたらお仕置き、って言っておいてあげて?」

「はい」

「人の妹をパシリに使うな」


 アレクシアの求めに応じた紅葉に対して、先の長髪の男性がため息を吐いた。この言葉を鑑みるに、この長髪の男性こそが紫龍の師匠にして祖、皇龍その人というわけなのだろう。

 その見た目は、一言眉目秀麗で良い。漆黒の長い髪は非常に艷やかで、体躯は彫刻の様に整っている。目鼻立ちは切れ長で、ここはぽやんとしながらも比較的大きな目だった紅葉とは対照的だ。

 間違いなく何らかの道を極めた者。そんな印象を与える男だった。そんな彼は妹と揃って着物を着ており、腰には二振りの刀があった。


「あら……良いじゃない。私と紅葉ちゃんは親友よ? 私が唯一、掛け値なしに親友って言う女の子。こんな事を言うのが珍しい、って貴方も知っているでしょう?」

「それとこれとは話が別だ」

「兄様。構いません……それに、遅れた方が私達にとっても面倒です」

「……そうか。お前がそう言うのであれば、構わん」


 アレクシアの言葉に反論した皇龍であったが、紅葉の反論に一つ頷いて許可を出す。そうして、一枚の呪符を紅葉が投げた。それは音もなくふっとかき消えた。それを見届け、皇龍が口を開く。


「それで? 今日の議題は?」

「あら……私達の子供達の事に決まってるじゃない。近々表彰式が開かれるというのに、それについて一度ぐらいはお話し合いをしても良いんではなくて?」

「あたしゃ興味無いね」


 アレクシアの提起に、椅子に豪快に腰掛けた女性が興味なさげに吐き捨てる。彼女もまた美女と言って過言ではないが、アレクシアの様なお上品な存在とは正反対。はっきりと言ってしまえばカウガール、と言っても良いだろう。

 服装もそれを意識しているのか、かなり露出の激しい衣装だった。スタイルはもしかすると、アレクシアより遥かに出る所は出ているかもしれなかったほどのスタイルである。性格もそれに合わせて、かなり豪快らしかった。


「あら……エルヴィラ。ダメよ。信賞必罰は全ての基本。出来た子にはきちんと褒めてあげないと、伸びないわ」

「あんた興味あんの?」

「ええ」


 心底どうでも良さげなエルヴィラ――先のカウガール――に対して、アレクシアはお上品な様子で頷いた。が、これにエルヴィラもまた興味を見せた。


「あんたが、興味ね。何が起きてるんだ?」

「さて……何が起きているのかしらね」

「勿体ぶらずに教えろよ。私達六人……いや、お前の弟を除けば五人か。それをこんな政府の中枢に招いたあんただ。今度は何を、企んでいる?」


 エルヴィラは獰猛に笑いながら、アレクシアへと問い掛ける。が、これにアレクシアはただ、お上品な笑みを浮かべた。


「さて……実はまだ企んではいないのよ。ふふ……そうね。まだどうするか決めるには少し早いわ」

「そうかい。もし何か楽しい事になるのなら、ぜひ声を掛けてくれ。あんたの道楽は、あたしにとっても最高の娯楽になる事が多いからな」

「その時には、ね」


 獰猛な笑みを浮かべるエルヴィラに対して、アレクシアはあくまでもお上品な笑みを崩さない。と、そんな所であったが、唐突に空間が縦に割れた。

 そうして入ってきたのは、アレクシアと同じく黄金の髪を短く切りそろえた美丈夫。彼女の弟のアレクセイであった。彼は首を鳴らし伸びをしながら、円卓へと歩いていく。


「ふぁー……」

「あら……ようやく来たわね」

「あ? あぁ、姉貴か。おう、おはよう」

「あら……ええ、おはよう」


 アレクセイは困った子、と言わんばかりのアレクシアに手を振りながら、用意されていた自席にどかりと腰掛けて机に足を乗せる。と、そんな彼に皇龍が苦言を呈した。


「……遅れたのならせめて詫びの一つでも述べるのが人としての筋ではないか? 貴様に言っても無駄かもしれんが」

「遅れたって……お前らが早いだけだろう。ほら、会議時間には間に合ってるぜ。それに、お一人様はお休み中だしな」


 皇龍の問い掛けに、アレクセイは腕時計の画面を見せながら笑う。なお、厳密に言えば数分は遅刻しているので、皇龍の言っている事が正しい。

 まぁ、そんな事を言い始めれば良い大人なのだから五分前行動を心がけろ、と言う所だろう。というわけで、そんな彼に皇龍は首を振った。


「はぁ……もう良い。貴様に言っても無駄なのは俺とて知っている。さっさと始めるぞ……クレマンティーヌ。いい加減、起きろ」

「ふぇ……あ、あら。もう皆揃ったの?」


 クレマンティーヌ。そう呼ばれた女性はうつらうつらと船を漕いでいたが、皇龍の言葉にがばっと顔を上げる。そんな彼女であるが、どこかのほほんとした女性だった。が、何より特徴的なのはその肢体だろう。

 その肢体はグラマラスと言い切れたエルヴィラをも遥かに上回っており、顔立ちの穏やかさとは正反対。あまりに成熟した色香があった。


「はぁ……どうしてこの場の者達は一癖も二癖もある者しか居ない」

「それを言い始めれば貴様もそれに含まれるが」

「……」


 皇龍の苦言に、七星最後の一人が苦言を呈す。そんな言葉に、皇龍が思わず言葉を失った。この最後の一人の目つきはやはり鋭いが、皇龍とは真逆。非常に理知的、それこそややもすれば冷酷とも思えるほどに鋭さがあった。更にはこの場の七人の中で唯一メガネを掛けていた。


「あっははは。相変わらずの切れ味だな、クラウディオ」

「……」


 クラウディオ。そう呼ばれた最後の一人は、アレクセイの言葉に特段の興味も無さげに机に置いていたデバイスに視線を落とす。

 どうやら彼もカインと同じく、アナクロな人間らしい。ナノマシンや拡張現実で色々と出来るこの時代でも、彼の周囲には幾つかのデバイスがあった。


「何見てるんだ? エロ動画なら俺にも見せろよ」

「株価だ。邪教教団の襲撃で欧州方面の株価が若干低下している。適正値に戻さねばならない」

「……」


 クラウディオの返答に、アレクセイは思わず言葉を失った。確かに彼も世界政府の最高幹部として仕事は行っているが、それでもどこまで本気かは分からない。少なくとも、クラウディオほどの熱意と情熱は無いと言い切れた。と、そんなクラウディオがアレクセイへと問い掛けた。


「アレクセイ。そう言えば邪教教団の討伐はどうなっている」

「ああ、この間のか? あれならラグナ教団の欧州支部所属の討伐隊が出てる。部隊の隊長はそれなりに実績のある奴だ。情報さえ流してやれば、問題なく仕留められる」

「ふむ……分かった。金の流れから支援者を割り出す。情報を送ってやれ」

「あいよ。ついでにデッド・オア・アライブの許可証も出しとくぜ」


 やはりなんだかんだ言われながらも、アレクセイは世界政府の最高幹部だ。その才覚はカインさえ認めている。故に仕事の話となると、その才能が垣間見えた。


「ああ、そうだ。皇龍」

「なんだ」

「軍の欧州支部で良い剣が見付かったらしい。どうする? ウチで破壊して良いなら、ウチで破壊するが」

「ふむ……どの程度の物だ」

「第二次の折りにドイツ軍……いや、正確にゃ悪名高きナチが手に入れた霊的な物の一つ、らしい。俺は武器は要らねぇからな」

「ふむ……」


 アレクセイの情報に、皇龍は少しだけ悩む。ここいらの軍事に関わる事、その中でも治安維持は基本的には皇龍とアレクセイの二人が行っている。なので仕事上、皇龍はアレクセイとはそこそこ関わる事が多かった。


「わかった。日本に移送を頼む。呪術系の品なら、適切に処置せねばならないだろう」

「あいよ」

「ああ……紅葉。日本に入ってきて以降は私が指揮し、輸送させる。封印処置が出来る様に整えておいてくれ」

「はい、兄様」


 皇龍の指示に、紅葉は何時ものぽやんとした様子で頷いた。基本的に紅葉は皇龍の支援係という所で、国家としての仕事には殆ど関わらない。皇龍が厭った事も大きかった。

 が、やはり何もやらないと外聞に差し障るので、こういった彼女が役に立つと思われた事については積極的に関わらせていた。そんな友人達と弟の仕事姿を、アレクシアは上機嫌に見ていた。


「ふぅ……」

「アレクシア様。良いのですか?」

「あら……何がかしら?」

「いえ……その、会議中ですが」


 ドライはおずおずとモニターで何かを見るアレクシアへと問い掛ける。上機嫌に会議を聞いていた彼女であるが、決して会議に真面目に参加していたわけではない。彼女は彼女で内職に勤しんでいた。


「あらぁ……いいのよ。だってそのために人を集めたのだし。それに、片手間に指示は出してるわ」

「……」


 だからこの人は何者なのだろうか。ドライは左手では器用に議事録を取りながら内職に勤しむアレクシアに、ドライは内心で舌を巻く。

 なお、従者同伴なのはアレクシアだけである。それ以外、例えば皇龍であれば紅葉が作った分身が甲斐甲斐しく世話を焼いていたり、自分の事は自分でとやっているので問題はない。


「それに、私はトップ。トップは最後に採決を下すのがお仕事よ」

「まぁ、そうなのですが……そういえば、何をご覧になられているのですか?」

「ああ、これ?」


 ドライの疑問を受けて、アレクシアは見ていたモニターの閲覧制限を解除する。スマホの覗き込み防止のシートがある様に、この時代の拡張現実に映し出されたモニターには使用者以外見えなくなる様な特殊なシステムが組まれているのである。


「表彰式の参加者リスト……ですか?」

「そう。可愛い子、居ないかなー、って。やっぱり私の子孫は可愛いのだけど……それ以外にも見たいじゃない?」

「アレクシア様……」


 片手間で仕事をしながらもしっかり遊んでいたアレクシアに、ドライは肩を落とす。これで恐ろしいのは会話は全て聞いている事だろう。ドライは内心で彼女なら聖徳太子の逸話さえ出来るのでは、と思うばかりであった。と、そんな彼女へとクラウディオが問い掛ける。


「そう言えばアレクシア」

「なに?」

「この間のSM社の件。どうなった? 軍部に裏切り者が居た事は聞いたが」

「ああ、あれ? まだ調査中よ」


 SM社の一件についてはまだドライに調査を任せている所だ。これについて嘘は無い。


「さっさと片付けろ。この一件で製薬会社全般の株価が若干下落している。日本列島の治安維持等はお前に任せているはずだ」

「あら……しないとダメ?」

「世界経済に影響する」

「あらあら……仕方がないわね。とは言っても、もうドライに始末は任せているわ。後は報告を待って頂戴な」

「「「……」」」


 ドライを動かした。この一点で、七星の他六人は何か自分達さえ掴んでいない事が起きているのだろうと理解する。カインも訝しんでいたが、決してこの案件は彼女が動くほどの事ではない。


「何を企んでいる? 先の表彰式への興味と良い……お前が企む時はろくでもない事しか起きん」

「あら……それは言い掛かりよ?」

「……お前が企む時には必ず誰かしらの破滅が待ち受けている」

「あら……だから言い掛かりよ? 現にあなた達は破滅なんてしていないでしょう?」


 少女の様に楽しげに。アレクシアは笑って皇龍の指摘を受け流す。やはり聖女とは言われども世界のトップ。腹に一物は抱えているのだろう。

 それ故、それを知る他の四人――クレマンティーヌと紅葉は興味が無いらしい――の顔には僅かな真剣さがあった。が、これにアレクシアは素知らぬ顔で優雅に紅茶を口にする。


「ふふ……信賞必罰を除いて、今回は誰も破滅はしないわ。裏切り者への罰は必須。だからそれは破滅とは違うわ。だから、今回は破滅はしないわ」

「やれやれ……哀れだな」


 アレクシアのこの様子なら、もう完全に裏切り者もその内通者や繋がる先まで全て掴んでいるのだろう。クラウディオはそれを理解して、首を振る。今は何かの理由で泳がせているだけだと理解したのだ。


「ふふ……」


 ただ優雅に、アレクシアは紅茶を傾ける。そうして、聖女にあるまじき笑みを浮かべる彼女は、その後も優雅に、しかし誰にも何を考えているか分からせないまま、片手間に会議に参加するのだった。

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