第47話 表彰式へ

 紫龍とのやり取りによって僅かに表出した、カインの武芸に関する疑念。それはひとまずはカインの言い訳を受け入れる事で、紫龍が矛を収める事となっていた。


「ふぅ……」


 更衣室に戻ってアクアの着替えを終わらせて自身の着替えを始めたカインであるが、そこで一つため息を吐いた。それに、アクアが苦笑する。


「やはり、身に染み込んだ物は抜けませんか?」

「抜ける道理が無い。一応、合気や空手、システマ、CQC……果ては無茶振りでガン・カタも学んだが……やっぱり一番身体にしっくり来たのは<<天陰流てんかげりゅう>>だった」


 <<天陰流てんかげりゅう>>。それは紫龍やカインの学んだ流派で、開祖にして現代では最優の剣士とも呼ばれる皇龍その人がとある二つの流派を混ぜ合わせて編み出した流派の事だ。

 その二つの流派とは、宮本武蔵を祖とした<<二天一流にてんいちりゅう>>。そして上泉信綱が興した<<新陰流しんかげりゅう>>だ。この二つより一文字ずつ頂き、それに敬意を表して<<天陰流てんかげりゅう>>と名付けたのである。


「<<天陰流てんかげりゅう>>の理念は二つの流派の良いとこ取り。心技体を整えるには一番良い」

「御前試合、出てみたいですか?」

「やめてくれ……」


 少し冗談っぽく問い掛けたアクアに、カインは盛大にため息を吐いた。ただでさえ片や不老不死、片や女神という表沙汰にはなってはならない身の上だ。そんな大事になぞなりたいはずがなかった。そんな彼に対して、アクアが楽しげに笑う。


「ふふ……私、カインの筋肉好きですよ?」

「そんな変態っぽい言葉をどこで覚えたんだ……」

「でも今でも毎朝鍛えてますよね? 記憶を失っていた頃も毎朝やっていましたし……」

「三つ子の魂百まで、ということわざが日本にはある。子供の頃から毎朝鍛錬を怠るな、と言われて育てばこうもなるさ。身体に染み付いてしまって、もう取れない」


 アクアの指摘にカインは少し苦笑気味だった。アクアに拾われる前から、カインは戦士としての修行をしていたらしい。

 足掛け二百年近く。その間ずっと続けていたというのだ。それは師が誰であれ、紫龍さえ一目置くほどの腕になるだろう。そして彼が知らなくとも当然だ。なにせ時代が違うからだ。


「まぁ、取れなくて悪い事ばっかりでもない。アクア様を守るなら、前に出る者は必要だった。その姿だと魔術の行使、随分落ちてるだろ?」

「んー……どうでしょう。確かに白鯨形態より若干身体スペックが落ちてますからその分の低下はありますけど……」


 どうなんだろうか。アクアは自身の身体をペタペタと触りながら、軽い所感を語る。基本的には女神なので身体的な不都合は一切無いのだが、やはり大きい分優れている事もある。白鯨形態は大きいので出力は高く、その分の低下だけはどうしても避けられなかったらしい。


「魔術の演算についてはさほど落ちてませんね。出力が落ちてるぐらいで……」

「あはは。それでも、男の見栄として守らせておいてくれ。いくらアクア様が女神でも、な」

「はい」


 笑って僅かに恥ずかしげに告げたカインに、アクアが花が綻んだ様に笑顔で頷いた。武芸については彼女を守る為に学んだものではないが、それでも折角手に入れていた力だ。有り難く使うだけだった。そうして、そんな主従は相変わらずイチャイチャとしながら、着替えて次の授業へと臨む事になるのだった。




 さて、体育から更に数時間。しばらくの間が空いた後、二人はゴールデンウィーク前最後となる生徒会活動に臨んでいた。


「さて。明日からはゴールデンウィークとなるわけであるが、諸君らも知っての通り本生徒会もまた、休日となる。まぁ、生徒が休みだというのに生徒会が動く道理は無いからな」


 流石に最後の一日だ。そうなってくると必然としてクラリスも挨拶の一つでもしておくか、と考えたらしい。


「それで例年であれば無い、となっ業務もて何も無いのであるが、今年は幸か不幸か生徒会・風紀委員会全体でパーティに招かれている。これへの出席は絶対だ。体調管理にだけは気を付けて欲しい」

「会長。一つよろしいでしょうか?」

「なんだ?」


 リアーナの提起に、クラリスが首を傾げる。それに、リアーナが口を開いた。


「ドレスコードというのは分かるのですが……私の場合、制服の方が良いでしょうか?」

「ん? あぁ、そう言えば言っていなかったか」


 危ない所だった。クラリスはここしばらくはこの表彰式とパーティの応対に追われて伝達が不十分に終わっていた事を思い出し、僅かに掻いた内心の冷や汗を拭う。些細と言えば些細な事だったので、言われなければ忘れたままになりそうだったらしい。


「表彰される者だけではなく、関係者として招かれている君とカミーユも制服での出席を頼む。表彰式は正式な生徒会の業務だ。故に制服の着用が筋だろう」

「わかりました」

「ああ……伝達が遅れて申し訳ない。ただ、その後に行われる夜会については基本はドレスでの参加となる。そこの手配は?」

「そちらはすでに。その際に父より表彰式の衣服を問われまして……」

「なるほど。流石は君のお父君という所か」


 やはり大手報道局の局長ともなると、かなりの場数を踏んでいる。それ故にこういった七星が主催する様な表彰式にも報道関係者としても参列者としても参列した事があり、少し気になったそうだ。一応は制服で良いとは思うのだが、聞いておきなさいと言われたそうである。


「助かったよ。まぁ、丁度良い。改めてになるが確認しておこう。当日はアクアを除いた我々アトラス学院高等部の生徒会・風紀委員会の代表者は、本学院より連れ立って移動する事となる。集合時刻は朝の8時。遅れずに集合する様に」


 先にも言われていた様に、今回の表彰式への参列はアトラス学院高等部生徒会の正式な業務だ。それ故に集団行動が義務付けられており、学院側が手配したバスでの移動となるそうである。


「出発は8時半。10時頃に聖都に到着。その後は聖都にて昼食を食べた後、15時より表彰式が執り行われる。今の所、天気予報によれば当日の聖都は快晴の予報だ。暑くなる事が予想されるが、汗等は掻かない様に注意してくれ」

「どうやって、と疑問が出ますね」

「なんとかしろ」


 少し冗談めかして告げた紫苑に、クラリスが楽しげにそう投げ捨てる。そんな彼女は一つ冗談を交わした後に、再び気を取り直して話を進める。


「まぁ、それは良い。とりあえず表彰式は2時間の予定だ。お手洗い等も気をつけるように……いや、流石にここまでの事を逐一諸君らに言うほどの事ではないか。というわけで、当日はそこに注意して参加してくれ」


 流石に高校生にもなってこんな事を言う意味もな。そう思い苦笑したクラリスは首を振って、改めて最後の注意だけは行っておく。


「で、翌日の夜にはパーティが開かれる事になる。これにはアクアも参加で確定……で良いな?」

「はい。おそらく表彰式の後の夜には、合流出来るかと」

「そうか。ホテルについては……」

「カインが把握しています」

「お任せ下さい。現地までの道のりは全て把握しております。定刻通り、到着致します」


 クラリスの問い掛けを受けたアクアの言葉に、カインは何時もの様に優雅に腰を折る。


「そうか。カインなら、大丈夫だろう。まぁ、本来なら表彰式の後に開かれるのが常なのだろうが……今回はやはり何分急な事だったからな。一日間が空いたのは、仕方がない事だったのだろう。が、君たちには良い事だったか」


 今回、パーティというか表彰式の予定が組まれたのは今から丁度二週間も無いほどに直前の事だ。そして参列するのは当然であるが、全員が七星の子孫という立場にある。必然として七星達も揃う為、どんな政府の高位高官だろうと最優先で日程が組まれた。

 が、やはり明日行うと言ってもすぐに出来るわけではない。各地に散っている高官も多いのだ。結果として準備には十日ほど必要となり、学業等を鑑みた結果ゴールデンウィークとなったとの事であった。


「まぁ、こんな事を言う必要はないだろうが……緊張して眠れなくて目の下に隈を、という事のない様にな。では、ゴールデンウィーク最後の業務を開始しよう」


 クラリスは最後に一つ言い含めると、それで業務を開始する。そうして、ゴールデンウィーク最後の生徒会業務が開始される事になるのだった。




 さて、それからおよそ二時間。カインはアクアと共にゴールデンウィーク前最後の生徒会業務を終わらせると、寮室へと帰宅していた。そうして長期休暇に入って、カインもようやく従者としての仮面を取り払った。


「これで、長期休暇前は最後か」

「まぁ、長期休暇と言っても表彰式もありますけどね」

「あはは」


 腰掛けた自らの膝の上に座り、恋人としての奉仕を望むアクアにカインが笑う。そんな彼は魔術で器用に切り分けた桃を取り寄せると、爪楊枝を刺してアクアへと差し出した。


「丁度良い桃が手に入ったんだ」

「頂きます……うん、美味しいです」

「……ああ」


 アクアに食べさせたカインは自身も桃を一欠片口にして、その言葉に同意する。実のところ、アクアもアクアで子供っぽい物が好みだ。なので甘い果物等は好きらしかった。


「長期休暇……表彰式とパーティが終わったらどうする?」

「どうしましょう。折角起きているのだから、どこかにお出かけというのも良いですけど……」


 基本アクアは年単位で眠り、起きたら起きたでカインとイチャイチャするかデートに出かけるかしかしていなかった。

 が、折角学生として生きているのだ。なら少しそれに合わせた行動をしても良いかもしれない。少しだけ、アクアにはそんな気まぐれが起きているらしかった。と、そんな彼女であるが、唐突に何かを思い出した。


「あ、そうだ。そう言えば」

「どうした?」

「リヴィアちゃんにお土産、買わないと」

「そ、それか」


 唐突に顔を上げたかと思えば、そんな事か。カインは思わず苦笑する。リヴィア、というのはアクアがアリシア以外に唯一掛け値なしの友人と呼べる相手だった。それに、カインがわずかに苦笑した。


「まぁ、良いんじゃないか? あの方もどうせ寝てるし……急いで買う必要もないだろう。起きても来年とかじゃないか?」

「でも折角出たんなら、買わないとダメです……リヴィアちゃん。寂しがり屋だから……」

「ま、まぁ……アクア様を追いかけて地球に来るぐらいの方だしな……」


 地球に来るぐらい。そう言う様に、このリヴィアもまたアクアと同じく神の一柱らしい。とはいえ、この彼女の性格は神形態の頃から人間の少女に近い物があるらしく、カインも苦笑していた。と、そんな彼であったが、一転して気を取り直して問い掛ける。


「それなら、どこかに買い物にでも出掛けるか? よくよく思い返せば、アクア様は外に出る時は基本、聖地だけだっただろう?」

「そうですね……ここらを見て回るのも良いかもしれないですね」


 何をしようか。二人は楽しげに話し合う。二人で出掛ける以上、それはやはりデートと言っても過言ではない。故にかこんな話し合いだけでも楽しいらしかった。


「あ、そうだ。そう言えばカイン。リヴィアちゃんの着替えなんか、用意してあげていますか?」

「ん? ああ、リヴィア様の用意か。ああ、もちろん」


 何度か言われているが、アクアもまた年単位で眠る。なのでこのリヴィアとは同時に目覚める事はカインが仕えて二百年ほどの間でもさほど多くはなく、目覚めていない間はリヴィアの世話もしてあげて、とアクアより頼まれていた。

 それ故に基本的には彼女の世話もカインがしており、聖域を出るにあたって万が一にでも起きた際に備えて着替えも用意しておいたのである。


「二着とも?」

「ああ、二着きちんと。白と黒。どちらを好むか分からないからな」

「ん。じゃあ、大丈夫ですね」


 白と黒というのは、おそらく衣服の色というわけなのだろう。好みに応じてきちんと手配しているらしかった。というわけで、手抜かりのないカインにアクアは一つ頷いた。


「あ、カイン。そういえばお出かけも良いですけど……その前に一度ラグナに戻らないと」

「ああ、それか。もちろん、その予定は立てている。偽装の為にも一度向こうに戻らないとな」


 今回、表彰式に参加しない理由は<<神を支えし者キュベレー>>の意向だ。とはいえ、表向きの病状もあるので、そこらを鑑みても一度専門医が居るとされている聖地に戻るのは悪くない判断と言えた。

 それにカインとしては可能な限り七星に彼女を見せたくないという向きもある。二人は特殊な立場だ。世界最高峰の力を持つ彼女らの前に出て、要らぬトラブルを持ち込みたくはなかった。


「何時戻りますか?」

「アルマさんに会いたいのか?」

「はい」


 やはりアルマもアルマで友人というわけなのだろう。久方ぶりの再会という事もあって、アクアは嬉しそうだった。それに、カインもまた微笑んで少し急ぎ足で帰還の用意を整える事にするのだった。

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