第40話 新生徒会発足

 ナナセを介してヴィナス家よりサイエンス・マジック社に情報や物資の横流しをしていたという『神話の猟犬ヘル・ハウンド』の隊員の情報が寄せられて、少し。カインは昼になりアクアの警護に関する手配を一度中断すると、彼女の所へと馳せ参じていた。と言っても理由は単に昼だから、というだけだ。


「と、いうわけです。お嬢様も少々、お気をつけ下さい」

「アクア様もお願い致します」


 ナナセと共に昼に入るなり注意を促したカインは、アクアへと頭を下げる。やはり危険があるかもしれないのだ。知っておく事は重要だった。


「わかりました……お母様はなんて?」

「ひとまず、ドライ様が動かれているそうです。が、やはり内通者達が死んだ事で、少々難航している、という話です」

「そう……なら、ひとまずは待ちという所かしら」


 アリシアはヴィナス家の令嬢だ。故にアレクシアの従者であるドライとも何度か会っており、彼女の腕前もよく知っている。


「アクア。貴方の方は大丈夫?」

「カイン。どうなのですか?」

「はい。こちらについては旦那様が追って、調査を行うとの事。ラグナ教団にも情報提供を求めてみるとの事です」


 アクアを介したアリシアの問い掛けに、カインは現状打っている手を正直に告白する。と言ってももちろん、ここらは彼が手配している事だ。情報提供については問題なく行われる事になっていた。


「ですがとりあえず、暫くは学院の中で待機している様、旦那様より指示がありました。不要不急の外出は控える様に、との事です」

「アリシア様も同様の指示が奥様より来ております。暫くの外出はお控えを」

「どちらにせよ、暫くは学外に出る用事は無いわ」


 カインの言葉を聞いたナナセがアリシアにも同様の事を告げて、アリシアが笑って首を振る。基本的に彼女も彼女で寮生活だ。実家がイギリスなのだから当然だろう。

 なお、この寮であるが、こちらもアトラス学院が設立する際にヴィナス家が寄贈した由緒正しい寮だそうだ。例えば彼女の母のカリーナを筆頭に、代々ヴィナス家の家人達はここに入居しているらしい。無論、クラリスも入居している。


「そういえば、カイン。学外といえば……ミリアリア女史はどうなっているの?」

「ミリアリア女史ですか」


 アリシアの問い掛けに、カインはミリアリアの事を思い出す。彼女は今ももちろん、学外のホテルに軟禁されている。まだ調書は終わっていないからだ。とはいえ、これはアリシアも知っている筈だった。


「彼女でしたら、以前と同じくホテルに滞在されております」

「ああ、いえ……そうじゃなくて。学院長とかは大丈夫なのかしら、と」

「ああ、そういう事でしたか」


 当然であるが、従者全員が知っていた以上は学院長も知らない道理がない。と言っても流石に教員達も知っていると面倒になるので、あの一件においてミリアリアがサイエンス・マジック社の協力者であった事を知るのは学院長と副院長の二人だけとなる。が、これに手を回していないカインではなかった。


「……それについては、旦那様が手を回されまして学院長と副院長には口を閉ざす様、説得されました。ご両名も納得済みです」

「そう。じゃあ、ゴールデンウィーク明けから復帰という所かしら」

「はい……アリシア様。どうか、何かうかつな事はなさいませんよう。学院の風聞にも影響してしまいますので……」

「詳しい話は聞いているわ。哀れには思っても、文句を言おうとは思わないわ」


 頭を下げたカインに、アリシアははっきりと首を振る。彼女もミリアリアが人質を取られて協力させられていた事は知っていた。なのでやむにやまれずだと知っており、哀れには思っても非難するつもりは一切無かったようだ。と、そんな話をした所で、アクアがふと口を開く。


「そういえば……ミリアリア女史の警護は大丈夫ですか?」

「ええ。そちらについても抜かり無く。こちらについては軍も警戒しているらしく……旦那様曰く、警護に『神話の猟犬ヘル・ハウンド』が動いたそうです」


 ミリアリアもまた、望まざるではあったがサイエンス・マジック社の協力者だったのだ。『神話の猟犬ヘル・ハウンド』の裏切り者が狙わない可能性は無いではなかった。


「じゃあ、大丈夫ですね」

「ええ……おそらくは」


 ドライ達が動いても、まだしっぽは掴めていないのだ。中々に腕利きと言えた。なのでカインもはっきりとは明言せず、敢えて可能性は高いというに留めていた。

 とはいえ、これについてカイン達が出来る事はない。なので真面目な話はこれで終わりとなり、一同は昼食を食べる事にするのだった。




 さて、そんな昼食を挟みながらも午後からの授業を開始したわけであるが、これについてはアクアは普通に授業、カインは引き続きアクアの為の手配を行う事で終わりとなる。というわけで、放課後に入って二人は再び合流し、生徒会室へとやって来ていた。


「と、いうわけだ。ゴールデンウィークには生徒会で聖都グランブルーに向かうので、予定を空けておく様に頼む」


 生徒会の業務開始直後。全員が揃ったのを見計らってクラリスが一同に明言する。これが何のことかというと、アクアらが前に話していた表彰式の事だ。

 あの時はまだ根回しの段階。今回は正式な通達というわけである。というわけで、引き続き彼女がアクアへと問い掛ける。


「アクアは確かご実家の都合で表彰式は出ないのだったな?」

「はい。少々、お医者様の所に伺わねばならず……どうしても表彰式には間に合わないと判断しました」

「そうか。先の事件での功労者である君が出られないのは残念だが……パーティには参加で良いのだな?」

「はい」


 ここらは、どうやらクラリスもアリシアか実家を通してアクアが出ない事を聞いていた。なので特に疑問も無く、ただ一応の義務として聞いていたという所だろう。と、そんな所にカミーユがおずおずと手を挙げた。


「あの……自分も、ですか?」

「何か問題か?」

「いえ、その……何もしていない自分が出るのはどうなのか、と……」


 そもそも、カミーユとリアーナの二人が加わったのは今朝方の事だ。なのでミリアリアの事も知らず、そして従者を連れていない事からも分かる様に何か活躍をしたわけでもない。


「あぁ、そういう事か。無論、表彰式には君達は出れない。こればかりは、内容が内容だからな。これについては了承してくれ」

「いえ……自分はそちらの方が良いですよ……」


 今から想像しているのか、カミーユの顔は真っ青だった。それに、クラリスは一つ笑った。


「あはは……緊張しているのなら、その気持ちは私も分かる。七星様も来られるからな……とはいえ、だ。我が生徒会に参加した以上、パーティに参加せねばならない事もある。今後の練習と思って、パーティにだけは参加してくれ」

「……はい」

「リアーナもそれで良いな?」

「はい」


 クラリスの問い掛けに、リアーナも一つ頷いた。どうやら彼女の方は特に気後れしていないらしい。と、そんな彼女が一つ問い掛けた。


「そうだ、会長」

「なんだ?」

「撮影機の持ち込みは大丈夫ですか?」

「ああ、生徒会会報用の撮影か?」


 リアーナには生徒会の広報を担当してもらう、とは今朝方クラリスその人が述べていた。なのでそれの件か、という問い掛けにリアーナは一つ頷いた。


「はい。折角皆さんが活躍されたのですから、それを広く周知する事は重要かと」

「そうだな。わかった。本来、君も表彰式には不参加なのだが……確かに、君の言う通り周知する事は重要だ。申請についてはこちらからしておこう」

「ありがとうございます」


 クラリスからの許可に、リアーナが一つ頭を下げた。そもそもこの為に彼女を招いたのだ。なので特に迷う事も無かったのだろう。そうして許可を下ろしたクラリスは、更に確認する。


「ああ……それで、機材についてはまた確認してくれ。ダリオから話は?」

「はい。機材の使い方等は一通り」


 クラリスの問い掛けを受けたリアーナは一つ頷いた。それを受けて、クラリスはアクアとアリシアの方を向いた。


「アリシア、アクア。悪いがこの後、一度リアーナと共に機材のチェックに向かってくれ。広報で使う為の撮影用の機材があってな。去年も使っていたが……ここ暫くは人手が足りなくて、報道部に撮影を依頼していたりしてな。何か不備があっても困る」

「「わかりました」」

「ああ。よろしく頼む」


 二人の応諾に、クラリスが一つ頷いた。元々広報という仕事があった為、彼らの為の機材もあったらしい。というわけで、クラリスからの通知が終わった所で、二人はリアーナと共に一階にあるという備品保管庫へと向かう事にした。


「そういえば、リアーナさん」

「あ、はい。なんでしょう」


 道中、アクアの問い掛けにリアーナが首を傾げる。


「会報、というのは?」

「? 会報とはそのまま生徒会の会報ですが……」

「あぁ、ごめんなさい。アクア、実は貴方と同じで高校から入ってるのよ。ただ、編入という形になっているだけね」

「あぁ、そういう……」


 アリシアやクラリスと親しげだったし従者も連れていた事で、リアーナはどうやらアクアが普通にエスカレータ方式だと思っていたようだ。

 アクアは確かに有名人であるが、まだ一年生である彼女らの様に横の繋がりがさほど構築出来ていない段階だと、知らなくとも無理はないのだろう。


「アトラス学院では基本は生徒会の会報を偶数月に一度刊行しているそうです。去年は兄とその下に居た総務の方が手がけられていたそうですが……兄は風紀委員の引き抜きに、更にはその総務の方も抜けられたそうで……四月の会報は休刊となったそうですね」


 リアーナはそもそも兄からの依頼により、生徒会に所属する事になったという。なので仕事内容についてもその件の兄から色々と聞いており、ある種の引き継ぎがされていたらしかった。そういった面を見込んで、クラリスが声を掛けたという事であった。


「そのお兄さんはなぜ風紀委員に?」

「レヴァンさんが風紀の改善に当たって、広報活動に力を入れたいと言ったのよ」


 アクアの重ねての疑問に対して、去年の事をクラリスから聞いていたアリシアが答える。それに、アクアが首を傾げた。風紀委員が広報とはどういう事なのだろうか、と思ったのだ。


「はぁ……広報に、ですか」

「ええ……ほら、今年の青田買いやら色々あったでしょ? ああいった件は当時の部長達も知っていたのだけど、代替わりが起きるから。どうしても、まだ一年目という事で周知を徹底しておきたかったそうね」

「はい……それでアレス先輩の風紀委員長就任に合わせ、体制を変更。広報を設ける事となり、風紀委員に招聘された、と兄が」


 クラリスの言葉に続けて、リアーナが兄より聞いていた話を語る。去年クラリスが生徒会長に就任したと同時に、レヴァンもまた風紀委員長に就任していた。それに合わせて組織の体制も変える事にして、広報を設ける事にしたそうだ。


「ええ。それからは暫くは当時の総務の方で回されていたのだけど……シャーロットさん然りで会計に行ったり、抜けたりで人手が足らなかったわけね」

「なるほど。それで、人手が増え始めた事もあり会報を復活させる、と」

「そういう事ね」


 アクアの総括に、アリシアも笑って頷いた。そうして話しながら歩くこと少し。気付けば、備品保管庫にたどり着いた。そうして、アリシアが腕輪を端末へとかざす。


「さて、ここが備品保管庫。暫くは端末の登録に時間が掛かるから、少しの間誰かと一緒なのは我慢して頂戴」

「はい」


 アリシアの言葉に、リアーナは頷いた。いくらすでに内諾されたとはいえ、現在の彼女は現状正規の生徒会役員ではない。彼女の正式な配属はゴールデンウィークの後、他に勧誘している生徒がその返答を伝えてからだ。

 逐一登録すると事務員の手間なので、不便だが一括に提出するらしい。なのでそれまではこういった備品保管庫等への腕輪の認証はされず、入れるのは生徒会が独自にゲストキーを配布出来る生徒会室だけだった。なお、アクアは学院長の特例という事で、すでに生徒会役員として正規登録されていた。


「えっと……」


 備品保管庫に入ったアリシアは、一つ腕を振るってモニターを出現させる。そうして、備品のリストを表示させた。

 備品保管庫にも学院が雇った清掃員が入るのでホコリまみれという事はないし、管理場所等もきちんとデータベース化されて管理されている筈だった。なので、基本的にはこれを頼りに動けば良いとの事だった。


「あった。撮影用機材はC-2の棚ね」


 リストから撮影用機材の場所を見つけ出したアリシアは、それを一度タッチ。道案内を起動させる。そうして、一同は撮影用の機材が保管されている場所へと向かうのだった。

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