第24話 完璧なる勝利

 カインの術中にはまったサイエンス・マジック社。その襲撃部隊の襲撃を受けたアトラス学院は上に行けば行くほど、落ち着きを持っていた。故に、クラリスは落ち着いた様子でアクアに告げる。


「アクア。君はここに残留を」

「はぁ……よくある事とは伺っておりましたが、こちらから出るのですか?」

「可能なら、という所だ。なにせ学院の事だ。我々学院生が守るのが筋だ。それに、即座に軍が動いてくれるわけでもなし。被害を減らす為にも、そしていたずらに混乱や恐怖を招かない為にも打って出る事が出来るのなら打って出るのが通例だ」

「ノブレス・オブリージュ、というわけです」


 クラリスの言葉を引き継いで、ナナセに戦闘の準備をさせるアリシアが明言する。と、そんな事を話していると、ミリアリアがやってきた。


「皆、大丈夫?」

「はい、ミリアリア女史。ですがなぜ貴方が? 校長が来られると思ったのですが……」

「学院長のご命令よ。アクアさん、居るでしょう? もし病状が悪化したら大変だから、って」

「ああ、なるほど……」


 アクアの病気についてはこの場の誰もが知っている。それ故、誰もが疑問は抱かなかった。アクアの病気である魔力過多症。これには精神的な要因も強く影響する。なので不安になれば一気に悪化する事もあり、特効薬の第一人者である彼女が来ても不思議はない。


「アクアさん。一応、おくすりも持ってきたけど……飲んでおく?」

「あ、いただきます」


 アクアはミリアリアの差し出した薬を手にして、ミネラルウォーターを受け取った。そしてそれと共に、カインらが密かに頷いた。そうして、風紀委員一年統括の一人である飛鳥の従者である清十郎がミリアリアの背後に立ち、刀を抜いた。


「っ……」

「清十郎!?」

「失礼致す……もし安易に動けば容赦なく切り伏せよ、とお館さまより命ぜられている」

「失礼致します」


 飛鳥の驚きを無視した清十郎にミリアリアの牽制をしてもらい、カインはアクアより薬とミネラルウォーターを受け取った。が、これに困惑するのは生徒達だ。

 まるでこれを待ちわびていたかの様に従者達が一斉に動き出し、ミリアリアを包囲していたのである。というわけで流石にこれには困惑を隠せないクラリスが問いかけた。無論、彼女の従者である初音もまたこの包囲に加わっている。


「……一体どういう事だ?」

「……カイン殿」

「かしこまりました……まぁ、何かを言う前に。皆様、こちらを御覧ください」


 カインは初音の求めを受け、窓を開いて爆音が轟く外に手を伸ばす。そこに、彼の魔術で洗脳された小鳥が一匹飛来する。それは窓のサッシの上に止まると、そこで停止した。


「……これは皆様もご覧になった通り、アクアお嬢様に差し出された薬です。これをこのミネラルウォーターに溶かして……」


 カインはアクアの受け取った二つを混ぜ合わせ、薬効が現れるまで少し待つ。そうして、一分後。カインは一切迷いなく操った小鳥にその水をぶっかけた。


「「「っ!?」」」


 起きたのは、魔物化。先程まで一切何の変哲もない普通の雀が変容し、魔物と化したのだ。それは即座にカインの手で消滅されたが、誰もが今の光景は目の当たりにしていた。


「この様に、この薬とこの一件何の変哲もなかったミネラルウォーターを同時に飲めばお嬢様も魔物と化していたでしょう。まぁ、この程度ですと小鳥が精一杯なのでしょうが……お嬢様の症例が合わさると、こうなることは確実でしょう。それでも、わずかなラグ。自身が疑われない程度の時間差はあるでしょうが」

「……」


 カインの解説に対して、ミリアリアは何も答えない。ただ、唇を噛み締めていただけである。そうして彼女が涙と共に口を開こうとした瞬間、その機先を制する様にカインが口を開いた。


「っ」

「ああ、全て存じ上げております。貴方が妹君を質に取られ、奴らの言いなりにされている事も。奴らが密かに『魔力抑制薬』を転用した軍事兵器の開発を行っている事も。無論、この街の郊外に秘密研究所を保有していることも、です」

「…………え?」


 カインの言葉に呆気にとられたのは他ならぬミリアリアだ。故に、彼女は力なく膝を屈した。完全な敗北だった。


「……は、はははは……なに、それ……」

「ああ、ご安心ください。妹君でしたら、既にオーシャン社の特殊工作部隊が動き確保しています」

「は……? どうやって病院を掴んだの!? 私でもわからなかったのに!」

「ふふ……特段難しい事ではございませんでした。今どき、フィルムカメラを使う方なぞ殆ど存在しておりません。フィルムを現像する機材の搬入が行われた病院なぞ、この日本列島においてそうあるとは思えません。すぐに該当の病院は数件に絞られました。その上、女史がお見せ下さった写真で検索。裏にSM社の金が回っている所を見付けるのは容易い事でしたよ」


 泡を食ったミリアリアの問いかけに、カインは何ら難しい事ではない、と柔和な笑顔で教えてやる。そしてあそこまでわかっていれば難しい事なぞ何も無かった。

 世界でも最大の宗教組織をバックに付けた有数の大企業というのは伊達ではない。そうして全てを語り終え、カインは恭しく一礼した。


「後は皆様の保護者にお声掛けをさせて頂き、この様な次第となった所でございます」

「つまり……私の母やレヴァンの父達も全て承知の上だった、と……?」

「はい。失礼致しました。もし迂闊に警戒なぞされては困りますので、皆様には黙っている様に命ぜられておりました。いえ、皆様のお力を疑っているわけではございません。あくまでも、万が一ミリアリア女史に付けられた監視に見つかっては困る、というだけにすぎません」


 クラリスの問いかけにカインは努めて申し訳なさそうな顔を浮かべ頭を下げる。というわけで、彼女は重ねて問いかけた。


「ではわざわざ出向く必要は無いというわけか」

「いえ……これは『神を支える者キュベレー』より、我が社へのご依頼です。是非とも、皆様の学生生活に一つの栄誉を沿えて欲しい、と」

「「「はぁ……」」」


 カインの発言にクラリスらは揃ってため息を吐いた。これは表向き、普通のテロリストの襲撃事件として処理されるだろう。予め襲撃を予見し対応策を立てていた事は秘密にされる。

 おそらくミリアリアが関わっていた事に関しても箝口令が出される事は請け合いだ。学院の教員が不法行為に関わっていた挙げ句テロに協力、なぞ学院の沽券に関わる。であれば、親達の思惑も理解出来た。


「つまり敵はその程度でしかないので私達に花を持たせろ、というわけか?」

「そう捉えていただいて結構です」


 クラリスを筆頭に、この場で従者を従える者達は総じて名家の子女だ。親としてはなるべく子供達には在学中には一つでも多くの偉業を成して貰いたい、というのが考えだ。それが、家の利益ともなる。それを、クラリスも理解した。


「わかった。であれば、我々も出向こう。敵の本拠地を潰せ、という事で良いのだな?」

「ご理解いただけて何よりです。が、敵の本丸は皆様ではまだ不足。我らが片付けますので、何卒ご理解ください」

「わかっているさ」


 クラリスは恭しく頭を下げるカインの口を通して語られる『神を支える者キュベレー』の意向にため息と呆れを隠す事はなかった。

 テロリストの襲撃があった場合、大学の総会長が学園全体の防衛を行い、その次の地位となる高等部の生徒会が打って出る。これがアトラス学院の暗黙の了解だ。

 それに則ってクラリス達には敵の本拠地を撃滅すると共に、新進気鋭の企業の暗部を暴けというわけであった。

 これは間違いなく、彼らの家の名声を高める事になるだろう。それが喩え彼らの親達が作った物語であったとしても、である。


「レヴァン。残留の人員は?」

「万が一に備えて決定している。問題はない」

「そうか。こちらもだ……紫苑。後は任せる」


 クラリスの問いかけを受けたレヴァンは二年の生徒と、その反応を受けたクラリスが紫苑――彼女が残留の統率を取る――と頷きを交わし合う。そうして、レヴァンはカインへと問いかけた。


「ミリアリア女史の見張りはどうする?」

「彼女がもう何かをする事は無いでしょう。完全にこちらの支配下においてありますので……」


 カインは安堵やら後悔やら様々な感情で涙を流すミリアリアを一瞥する。彼女の懸念事項だった妹の確保は成功している。もう彼女が敵に従う理由はない。

 さらに言えば、この事件の開始直後に彼女の監視は始末されている。今頃敵はこちらの策に嵌められた事を知って大慌てだろう。


「そうか。では、ただ見張るだけで良いだろう」

「ありがとうございます。また、彼女の処置については当社が一任されております。おまかせください」

「わかった……クラリス」

「ああ……では、全員出陣だ」


 仕方がない。それが親達キュベレイーの意向だと言うのだ。なら、彼女らには従うしか道は無い。そうして、アトラス学院高等部役員達は即座に敵を迎え撃つ支度を整えるのだった。




 さて、そういうわけで即座に戦闘服に着替えたわけであるが、その頃には既に『神を支える者キュベレー』が手配した戦闘車両が何台も学院にある秘密通路に到着していた。それを見て、クラリスが心底呆れ返った。


「本当に、全てが想定内だったのだな……」

「はい……失礼致しました。カイン殿が仰った通り、奥様のご命令によりお嬢様には伏す様言われておりました」

「そんな所だろうな……」


 初音の謝罪にクラリスはそうだろ、としか思えなかった。なにせ全員が最初からミリアリアを包囲していたのだ。打ち合わせ済みだった、というわけなのだろう。

 そしてそのための待機室でもある。おそらく、学院の従者達全員が既に把握して動いている事だろう。道中で聞けば、各家の従者達から事の次第――ミリアリアの事は伏せられたが――を聞かされた子女達は表向き義侠心という事で大半が治安維持に務めたり、学院の防衛に参加したりしているとの事であった。


「では、車をお出しします」


 クラリス達の会話を聞きながら、カインは車を発進させる。ここに乗っているのはカイン以下、クラリス、レヴァン、ヘルト、アリシア、アクアの学内でも有数の従者を引き連れ、その上で当人も腕利きと言われる主従だ。更には実家が『神を支える者キュベレー』でも中心に位置する名家でもある。

 最も『神を支える者キュベレー』の意向を色濃く受ける面子、と言っても良いだろう。それ故の人選だ。と、その道中。学園が見える所になると、敵の生物兵器が見て取れた。


「あれは……人型の魔物ね」

「はい、アリシア様。敵の生物兵器の一体です」

「あの戦っているのは……軍? もう動いていたの?」

「というより、最初から潜んでいたのだろうな。どこの部隊だ?」


 アリシアの疑念にクラリスが答え、そんな彼女がカインへと問いかける。それに、カインは『神を支える者キュベレー』が動かした部隊の名を告げた。


「『神話の猟犬ヘル・ハウンド』です。あちらは紫龍師範が統率を取られている筈です」

「「「!?」」」


 部隊名を聞いた時、アクアを除く主人全員が目を見開いた。その名を知らぬ者はこの場にはいない。間違っても聞いた事がないとは言えない。学生であってもその名は知っていた。


「七星様の秘密部隊だと!? まさかあれが動いたのか!?」


 おそらく、自分達が知らされている以上の事がこの事件の裏では起きている。それをクラリスが察するに十分だった。が、それにカインは努めて柔和な表情で表向きの内容を語った。


「はい。皆様にご安心して戦って頂けるよう、学園の防備にも敵陣の周囲の封鎖にも完璧を施しております。無論、本隊ではございませんが……それでも、腕は確か。皇龍様が直々に教えを授けた指導官が教える部隊の戦闘力は伊達ではございません」

「「「……」」」


 違うのだろうな。全員がそう察していた。が、真実は語られない。つまりは、知るなという事だ。そうしてクラリスらは襲撃された側だというのになぜか相手に対して非常に同情したくなる気持ちを抱えながら、車に揺られて副聖都郊外にあるサイエンス・マジック社の秘密研究所へと向かうのだった。

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