第25話 戦闘開始

 サイエンス・マジック社。カインらが襲撃に備えていた一方その頃。彼らもまた襲撃に備えて活動を行っていた。そんな彼らが真っ先にした事は今後の彼らの目玉商品となる生物兵器のお披露目だった。


「どうですか? 我が社の商品は」

『素晴らしい。まさか薬一つで魔物化が可能とは……』

『歴史が変わりますな!』


 やはり薬だけで魔物化が可能なのだ。全世界の裏社会の顔役達や死の商人達は興奮が隠せないでいた。これをどれだけ待ちわびていたのか。そう言わんばかりである。それに、サイエンス・マジック社の社長は鼻高々に頷いた。


「我が社もこの実現には大変、苦労致しました。更には……」

『ほう! 更に何かあるというのかね』

『是非、見せてもらいたいものですな』


 敢えて溜めを作った社長に通信機の先の顔役達がわずかに身を乗り出した。そんな彼らの反応を満足げに感じながら、彼はこの商品の最大の利点を明言した。


「この薬を特殊なカプセルに入れて飲ませる事で、魔物化までの時間を自由にコントロール出来ます。なので対象に何も知らせずに飲ませておき、対象が目的地に到達したと共に魔物化も可能です」

『おぉ……』

『素晴らしいではないか!』

『是非とも買わせてくれ!』

『いや、ウチが買おう! 言い値で良い!』


 社長の説明に死の商人達は揃って身を乗り出した。が、まだこれで終わりではなかった。


「まぁまぁ、まだお待ちください。確かに、皆様の興奮もよく理解出来ます。が、我が社が今回皆様にご紹介したい商品はこれだけではございません……次の品を皆様にお持ちしなさい」

「はい」


 社長の指示を受けて、幹部の一人が頷いて指示を出す。すると、何体かの魔物が歩いてきた。


『魔物……?』

「はい。これは先の薬を使い、クローンを素体とした魔物でございます……が、些か可怪しいとは思いませんか?」

『そういえば……』

『あの魔物……暴れていないぞ……』


 魔物は理性もなく見境なく暴れるだけの化物だ。なので本来はここでも同じ様に暴れまわるのが、彼らの常識だ。だというのに、おとなしい。

 これが一体程度ならそういう事もあるか、と納得出来る。が、今居るのは複数体。それが全て暴れないのだ。偶然ではない、と理解するには十分だった。


「これはあの薬を使い我が社が開発した新商品。『魔の兵士デーモン・ソルジャー』です。素体となるクローンに特殊な機器を埋め込む事で、魔物にも命令を遵守させる事に成功致しました」

『まさか……魔物のコントロールにまで成功したというのか!』

『凄まじいぞ! これが事実なら、歴史が変わるどころの騒ぎではない!』


 どれだけの裏社会の者達が魔物を兵隊として使おうと考え、諦めてきたのか。それをついに実現したというのだ。興奮もやむなしで、そんな顧客達の絶賛の声を聞きながら、社長は満足げに更に話しを続ける。


「ありがとうございます。ですがそれだけではございません。時として、リミッターを外して暴れさせる事が必要となるお客様もいらっしゃるでしょう」

『ふむ……確かにそれはそうだ』

「はい……それで、この『魔の兵士デーモン・ソルジャー』はスイッチ一つで暴走させる事も可能。勿論、その時には皆様の命令も聞かなくなりますので、そこについてはご了承を」

『『『はははは』』』


 社長の冗談めかした発言に、顧客達は一斉に笑い声を上げる。が、その内心は全員が一致していた。間違いなく、サイエンス・マジック社はこの二つの商品で裏社会のトップに登り詰める。

 このデモンストレーションに呼ばれた者達はそれを予感した。そうして、社長はこれでトドメだ、とでも言わんばかりに口を開いた。


「とはいえ……皆様の中にはこの兵士の実力を疑われている方もいらっしゃるでしょう。ですので、皆様がご納得頂けるデモンストレーションを用意しております。標的はここ。アトラス学院。十全の防備を敷いた学院です。ここに、『魔の兵士デーモン・ソルジャー』を襲撃させます。軍と生徒以外に被害は一切与えません。完璧なコントロールをお約束致します。まぁ、『魔の兵士デーモン・ソルジャー』そのものは遠からず軍により討伐されてしまうでしょうが……別にこれは使い捨ての兵隊。問題はございません」

『おぉ……』


 使い捨て。つまりそれだけの数が簡単に用意出来るという事だ。その性能で量産性まであるのであれば、兵器として完璧だ。文句の付け所が無い。

 故に、全員が黙って社長が映し出した映像に注目し、これから起きるだろう事件に心を踊らせる事になるのだった。




 それからしばらく。確かに、事件は起きた。そして社長の想像どおり、全員がその映像を見て一斉に沈黙していた。が、その沈黙は決して、社長の想定した通りではなかった。


『……これは、どういうわけですかな?』

「……」


 強い語調での問いかけに、社長は何も答えられなかった。モニターに映ったのは、確かに圧倒的な戦闘力で一方的に蹂躙されるだけの戦いとも呼べない戦いだ。

 が、それを成しているのは『魔の兵士デーモン・ソルジャー』ではない。たった数人の兵士だ。背中に揃いの黒い狼の意匠を施した外套を翻したたった数人の兵士が瞬く間に、『魔の兵士デーモン・ソルジャー』を殲滅していたのであった。


『どうやら、トラブルが起きたご様子ですな』

『その様子だ』

『社長さん。もし貴方が明日も生きておいでなのなら、またご一報ください。貴方の商品には誰もが心惹かれている。が、流石に今は都合が悪い』


 誰かのまるで見捨てる様な言葉を最後に、ぶつんっ、と通信機が無情にも落ちていく。それが全て落ちて少しした所で、社長が大慌てで口を開いた。


「な、何が起きている!?」


 社長が絶叫にも似た声を上げるとほぼ同時だ。彼らが潜む郊外の研究所に爆音が轟き、地響きが起きる。


「な、なんだ!?」

「わかりません!」

「すぐに調べさせろ!」


 社長は混乱する頭をなんとかなだめながら、幹部や周囲のスタッフ達に指示を送る。全てが、完璧だったはずだ。デモンストレーションが起きるまで何ら一切おかしな事は起きていない。なのに、襲撃が始まると同時に一気に事態は急変した。そして報告はすぐに上げられた。


「社長! 襲撃です! 襲撃を受けています!」

「何!? どこのどいつだ!」

「わかりません! が、襲撃者は複数! 完全に包囲されています!」

「何!?」


 ありえない。あまりに早すぎる。いや、それ以前に露呈する可能性なぞ無かったはずだ。社長は今までを見直して、ありえないと内心で断言する。

 だが、事実は事実だ。その次の瞬間。轟音と共に壁を突き破り、クラリスらを引き連れたカインが姿を現した。


「ふむ……些かお上品では無いのではないか?」

「申し訳ございません。が、さっさとこの一件を片付ける為には突っ切るのが一番かと思われましたので……」


 クラリスの問いかけにカインが恭しく頭を下げる。壁を突き破ったのは彼だ。というより、壁や床をぶち壊して進む事を進言したのが彼であった。そうして、そんなカインの横を通ってクラリスが前に進み出た。


「サイエンス・マジック社の社長だな。ふむ……専務や常務も勢揃いか。ほとほと、呆れ返るな」


 完全に母達の手のひらの上。クラリスは間抜け面を晒す幹部達を見ながら、それを実感していた。呆れたのは勿論、彼らにではない。彼らを一網打尽にしてみせた母達だ。


「っ! おい! 逃げる時間を稼げ!」


 そんな呆れ果てたクラリスに対して、社長は彼女らが何者かはわからないものの、敵である事はわかっていたらしい。即座に『魔の兵士デーモン・ソルジャー』に命じて攻撃を開始させる。それに、クラリスが目を見開いた。


「っ! 速い!」


 『魔の兵士デーモン・ソルジャー』の速度はカインが戦った試作品よりも幾分遅かったものの、それでも兵器としては十分な速度を持っていた。が、量産品として性能を落としている分、幾ら早かろうと初音は特に驚きもなく対処した。


「お嬢様。補佐はこちらで」

「ああ!」


 元々ツーマンセルが彼女らの戦い。そして初音もこれは弱いとわかれど、主人達の意向がある。更にはカインからの情報で即座に倒せないのもまた事実だと理解している。それ故、彼女はクラリスの返答を聞きながらカインに対して口を開いた。


「カイン殿。では、こちらは我々が」

「お願い致します。我々は逃げた幹部達を追いましょう」

「おまかせ致します」


 始まった戦いを横目に、カインはアクアと共に歩き出す。その道中、やはり追撃を予想していたからか社長達が繰り出したらしい『魔の兵士デーモン・ソルジャー』の群れと遭遇した。


「カイン……抜刀を許可します」

「……かしこまりました」


 ようやく、許可がおりた。カインは恭しく一礼し、両腰の刀を抜き放つ。そうして現れたのは、怪しく光る二振りの刀だ。

 第三次世界大戦より前、それどころか世界大戦が起きるより前に作られた妖刀だった。まだアクアと出会うより前にカインが手にしていた村正と呼ばれる妖刀だった。


「……」


 刀を抜き放ったカインは一息で『魔の兵士デーモン・ソルジャー』の群れを細切れにする。その速度は以前にこの試作品と戦った時のそれを遥かに超越していた。そんな彼は敵を粉微塵にすると、いつの間にか納刀まで終わらせて恭しく一礼した


「アクア様」

「本当に気に入っているのですね」

「ええ、まぁ……」


 カインの恭しく一礼する姿を見ながら、アクアも楽しげに応ずる。そうして、そんな彼女が杖を振りかざす。すると無数の光球が生み出され、細切れになった『魔の兵士デーモン・ソルジャー』の残骸を一つ残らず消滅させた。


「では、行きましょうか」

「かしこまりました」


 恋人が興が乗ったと楽しんでいるのだ。なら、それに付き合ってやるのも良いか。そう思ったアクアがお嬢様として歩くのに従い、カインもまた歩いていく。そうしてしばらく歩いたわけであるが、唐突にアクアが立ち止まった。


「……カイン」

「かしこまりました。後は私にお任せください」

「任せます……じゃあ、最後に貴方の今回の興に沿うやり方をしておきましょう」


 以心伝心と己の懸案事項を理解したカインに礼を述べたアクアは立ち止まり、跪いたカインへと主人として堂々と口を開く。


「カイン。我が従者にして永久の伴侶よ……我が意を敵に示しなさい」

「はい、アクア様。貴方の意をこの地に示しましょう」


 跪いたカインはアクアの命を受け、何時も通りの柔和な表情で頭を下げる。そうして、主従はそこで道を別つ。カインは先へ進み、アクアは来た道を戻るのだ。


「……」

「……」


 お互いに一切振り返らない。振り返る必要なぞない。それ故、カインは前に進みながら刀を抜いて、騎士の様に前に構えた。そして呟くのは、彼が仕える者の名だ。


「これを言うのも久しぶりか……女神アクアの名において。神罰を執行する」


 轟々と迸る覇気を隠すこと無く、カインは厳かにそう告げる。そうして、次の瞬間。彼の姿はかき消えたのだった。

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