第12話 勧誘活動

 アクアが生徒会に入って二日目の放課後。彼女の生徒会役員としての初仕事は毎年恒例という部活動の勧誘に対するトラブルシューティングという所であった。

 というわけで実際にその作業を主導する事となる風紀委員会の所に生徒会一同でやってきていたわけであるが、そんなアクア――とアリシア――の上官となるのは学友にして学内でも有数の腕利きであるヘルトであった。と、そんなわけで改めて風紀委員としてのヘルトを紹介されたわけであるが、その後は風紀委員会委員長であり、アレス家のレヴァンという男から話が続けられる事になった。


「さて……新入生に上官を教えた所で改めて仕事の話に入ろう。基本的には我々風紀委員会が学内の見回りを強化する。無論、荒事が起きた場合にも動くのは我々と捉えてもらって結構だ」

「当たり前といえば当たり前だがね」

「返す言葉もないな」


 クラリスの相槌にレヴァンも少し肩を震わせて同意する。確かに風紀委員会があり委員も居るというのに、生徒会役員が主導して事件を解決しては彼らの沽券に関わる話だ。レヴァンとしてもそれは望まない。なのであくまでも生徒会の仕事は風紀委員の助力。手助けだ。


「が、先にも言ったが手が足りない。何分、この部の勧誘には金が絡む。部員の数に応じて基本的な部費が割り振られるからな。どの部も活動は非常に熱心である事は明言しよう」

「まぁ、これはヴァレリーが先に語った通りだ。揉め事はひっきりなしだから、間違いなく我々にも出番が回ってくる事は覚悟しておいてくれ。後、アリシア。去年までと同じと思うと痛い目に遭う。覚悟しておけ」

「はい」


 レヴァンの言葉に補足を入れたクラリスの促しに、アリシアもまた気合を入れ直す。去年まで彼女は中等部に居たわけであるが、そこでも同じ様に部活動とその勧誘は盛んに行われていた。

 が、所詮は中学生。高校生に比べ、まだまだ未熟な所は多い。更には人数も少なく、というわけだそうである。人数が増え専門性が高くなれば、必然として規模が巨大化するのは仕方がない事だ。


「そうか。先に語っていてくれたのなら、話は早い。再び教える事はせず、仕事の内容に取り掛かろう。基本的に生徒会諸君にしてもらう事はトラブルシューティング。荒事の解決だ。実力行使も委員の一任で許可する」

「良いのですか?」

「ああ……そうか。オーシャンさんは知らないのだったな。当然だが部活動の中には空手や柔術などの格闘技もあれば、魔術を使う部がある。どうしても演技用に使うとして魔術の使用が許可されている一角で喧嘩が起きる事もある。相手が武器や魔術を使うのに手加減なぞしていられん。無論、武装も許可する。多少の怪我なら問題はない」


 す、凄い所ですね。アクアは内心でレヴァンの言葉に驚きを感じていた。学生でなおかつ喧嘩している相手とはいえ、実力行使も問答無用だ。が、逆説的に言えばそれだけ色々なトラブルが起きると覚悟しておけ、という事でもあった。と、そんな言外の言葉に口を挟んだのは、ヘルトだった。


「委員長殿! その点については我輩が彼女の腕については保証させていただきます!」

「む? ああ、昨日の話か。紫龍師範より話は聞いた。クラリス。貴様に我々も狙っていた人材を二人も取られてしまったな」

「あはは。流石に妹を風紀委員にくれてやるほど、私もお人好しではないさ。それにそちらにはヘルトと飛鳥の二人を取られてしまったしな。お互い様だ……そう言えば飛鳥は?」

「ああ、彼女なら新入生の一部の武器の申請に不備があったので彼らと共に教務棟に行ってもらっている。新入生を全員紹介する意味は無いのでな」


クラリスの問いかけにレヴァンは首を振り、僅かなため息を吐いた。なお、飛鳥は名字を見ればわかるが、紫苑の妹だ。

 なので当然だがクラリスとも関わりは深いし、当然妹であるアリシアも幼馴染に近い関係らしい。そして大神家としての名や実力などを鑑みてクラリスも勧誘しようと考えていたらしいが、内々に風紀委員会が狙っている事を聞いたクラリスはアリシアを引き入れる代わりに彼女を譲ったそうであった。

 大神家としての名は東洋でこそ最も効果的だ。やはり元日本があった地としてアトラス学院には東洋人が比率としては多い。なので風紀委員の方が役に立てる、と判断したそうである。逆にレヴァン側もアリシアの名は世界でこそ意味のあるものなので生徒会の方が役立てられる、と考えて譲ったそうであった。


「そうか。それは残念だ……とはいえ、どちらも優秀な一年生を確保出来て何よりだろう」

「もっともだ……さて、ではお互いに優秀な人材を確保出来た事が認識出来た所で、実際に動くにあたり注意すべき実務について話しておこう」


 生徒会長と風紀委員長の二人として、学内の治安維持に務める者としての会話を交わしたレヴァンは改めて一同にこの勧誘活動に関する対処を纏めたマニュアルを配布する。それは手短に纏まっていて、制作者レヴァンの性格が良く現れていた。


「基本的に、暴れた者については最終的に当日配布する手錠を付けて貰えば大丈夫だ。後は風紀委員が向かうまで逃亡しない様に見張ってくれれば、こちらで引き継ごう」

「捕らえた生徒はどうなるんですか?」

「反省文を書かせる。いわば今は祭りの気分に浮かれているだけだ。後々、自分達でも落ち着けば反省は出来ると信じている」


 アクアの問いかけにレヴァンはそれだけで良いと断言する。どうやら、厳しくも生徒達の事を信頼している様子だった。とはいえ、そんな彼は一つ笑う。それはどこか楽しげであり、エスっ気のある笑みだった。


「とはいえ、流石に二年連続でバカをする様な三年生には、きちんと内申点に響く様に言い含めるがね。わが校の内申点には我々各委員会の委員長からの報告も加味される。これが一番効果的だ」


 言い含める、とはどういうふうに言うつもりなのだろうか。アクアは<<鬼の微笑みデビルズ・スマイル>>を浮かべるレヴァンの表情を見ながらそう思う。

 なお、後にヘルトら風紀委員から聞くと、聞かない方が良いとの事であった。案外彼は彼で良い性格をしているそうである。


「いや、それについてはどうでも良いだろう。実際の活動については諸君らに一任する。どの様なやり方でも良いので、喧嘩を仲裁すれば結構だ。では、ヴィーザル。君はこのあとは当日に備え、副委員長と共に生徒会一年生との間で共同で動いてくれ」

「はっ!」


 ずびしっ、とヘルトが敬礼でレヴァンの指示に応ずる。どうやら既にヘルトは風紀委員会のやり方に馴染んでいる様子だった。

 と、そんなこんなでレヴァンの話が終わった事で生徒会一同は生徒会室に戻る事となった。そうして戻った所で改めてヘルトが自己紹介を行う。


「うむ! というわけでしばらく世話になるヘルト・ヴィーザルである! まぁ、もう全員顔見知りであるが、再度よろしく頼む!」

「ああ、君は何時も通りで頼もしい限りだよ」

「クラリス殿もお元気そうで何よりだ」


 この男はいちいち声を張り上げないと挨拶が出来ないのだろうか。そう思うほどにヘルトは元気だ。というわけで、改めて無用なものの自己紹介が行われた後、クラリスは臨時でヘルトの為に用意していた席に彼を座らせる。


「まぁ、君が席に座る所を見るのは久しぶりだが……うむ。誰よりも、カイン殿。何か言いたげだな」

「……」


 視線を向けられたカインはクラリスの言葉にどう言うべきか非常に困った顔をしていた。クラリスが気付かない筈はないとは思っていたし、事実レヴァンもクラリスも気付いていた。なのでカインはアクアと一つ頷き合い許可を得ると口を開いた。


「本当に彼がアレス家の方なのですか?」

「ああ。彼は間違いなくアレス家の嫡男に間違いない。ヴィナス家の嫡子である私が言うんだ。そう思って貰って間違いないよ」


 困った様な顔をしていたカインの問いに、クラリスははっきりと明言する。カインはアレス家の嫡男が相手だと聞いて、この会談の前から非常に警戒していた。無論、これはカインが抱えるアレス家との過去が故ではない。道理だからだ。


「うん。彼の前で何も言わず、そして態度のみでそれも殆ど悟られないほどだったカイン殿には感謝しよう。意外と気にするんだ、あいつは」


 態度に出てしまうのは護衛も兼ねる者として仕方がない事だ。これは仕事である以上、そして相手が警戒されるだけの理由がある以上、クラリスもレヴァンも仕方がないと思っている。が、それでも気にしてしまうのは人の性。これもまた、仕方がない事だった。それ故、カインも素直に頭を下げた。


「いえ、失礼しました。こちらこそ不手際でした」

「いや、仕方がない事だろう。実際、アレス家からは何人も……うん。あまり言うべきではない事だが、あまり人に誇れる者ではない者が出てしまっているからね。まぁ、そんな事を言ってしまえばヴィナス家も然りだし、紫龍家も大神家も然りか」


 所詮、英雄の子孫と言われても我々は一般人と変わらないものだよ。クラリスはそう言って、僅かな苦笑を滲ませる。そんな彼女は改めて、少し照れくさそうにカインへと告げた。


「まぁ……うん。これであいつの事を偏見無しに見てくれると、親戚兼幼馴染の一人として私もありがたい」

「かしこまりました」


 どちらにせよレヴァンが信頼が出来る男であるのなら、カインとしても良い事だ。無論、まだ心の底から信じているわけではない。無いが、少なくともそこまで警戒するべきではないかもしれない、と思うには十分だった。

 と、そんなふうな執り成しを恥ずかしげに行ったクラリスであるが、やはり恥ずかしかったらしい。少し慌てた様子で頷いた。


「ああ、頼む。さて、それでは今日の仕事に取り掛かる事にしよう。と言っても、しばらくは風紀委員の仕事の手伝いがメインとなる。アクアとアリシアの二人にはしばらくはヘルトと共に動いてもらう」

「「はい」」

「うむ! 任された!」


 アクアとアリシア、そしてヘルトの三人がクラリスの指示に頷いた。兎にも角にもこれからしばらくは三人での行動らしい。というわけで、三人はそのまま来るべき騒動に備えての準備に取り掛かる事にするのだった。




 さて、その日の夜。カインは従者としての仮面を取り払うと、只々笑っていた。


「あれが、アレス家の嫡男ね……何の冗談なのやら」

「冗談ではない、と思いますよ」

「わかっている……が、改めて言わせてくれ。何の冗談だ? あの外道の血筋からは出来すぎた男だろう。あの丁寧な態度……まさしく貴族教育の賜物だ。あの外道にも見習わせるべきだろう」


 わかる。わかってしまう。数多の外道を見てきた自分だからこそ、あの男は間違いない善人だという事がわかってしまう。カインはそれ故にこそ、あまりのありえなさに大笑いしていた。


「マイナスとマイナスが掛け合わさってプラスになったとでも言うのか? あっははは。それとも陰陽術に則って陰極まりて陽生ずとでも言うべきなのか?」


 笑うカインであるが、決してそれは狂った様な笑いではない。無論、嘲笑の滲んだ笑いでもない。敢えて言えば、彼は非常に上機嫌でさえあった。そんな彼にアクアも頷いた。


「良かったじゃないですか」

「ああ。まぁ、あの外道と切っても切れない仲なのは素直に同情しよう」


 なにせ祖先で今も存命、そして未だに揉め事を起こすのだ。何がどう転んでも、彼らはその面倒事に関わらざるを得ない。

 その点についてはカインは非常にレヴァンに同情していたし、もし何かがあれば協力しても良いかな、ぐらいは思っていた。無論、可能な限り関わるのはごめんだ、と言うのが彼の本音ではある。


「っと、それでアクア様。そんな事はどうでも良い。兎にも角にも仕事だ。おそらくこの期間、ミリアリア女史も忙しくなるだろう。オレはそれを隠れ蓑に動くつもりだ」

「お願いします」

「ああ……そちらも気をつけろ。いや、不要な言葉といえば、不要な言葉なんだがな」


 調査によると、ミリアリアもどうやらどこかの部活の顧問を務めているらしい。であれば必然として彼女もこの期間は新入生獲得に動く部員の統括をせねばならないだろう。確かに研究者としての側面はあるが、同時に彼女は教員でもあるのだ。そちらの仕事がある以上、研究ばかりをしてもいられない。

 となると必然、この期間は彼女の居場所は限られる。監視も容易だ。この隙に情報を手に入れようというのは、自然な発想だった。そうして、二人は数日後に備えて密かに準備を開始する事にするのだった。

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