第11話 風紀委員との会合

 アクアが生徒会に入ったその日。彼女は生徒会の仕事を軽く教えてもらうと18時の最終下校時間の時点で会長命令により寮室に帰宅し、即座に盛大なため息を吐いた。


「もう……少しぐらい口を挟んでくれても良いじゃないですか」

「あははは。楽しそうで良かった良かった」


 不満げに拗ねるアクアに対して、カインは楽しげだ。彼としても主人達の会話であれ諫言をしたり苦言を呈したりする事は可能だった。彼は従者であるが、主人が誤解されているのであればそれに口を挟んで訂正するのも従者の役目だからだ。


「私、一応これでもお婆ちゃんなんですけど」

「こんな若々しいお婆ちゃんなんて、見たこと無いな。いや、まぁ、オレが知ってるババアとなりゃ大半クズしか知らんけどな」


 不満げに拗ねて自らの膝に座り甘える姿を見るカインは、不満げなアクアの頬を愛おしげに撫ぜていた。アクアのその姿はどこからどう見ても若い少女の姿だ。

 お婆ちゃんには決して見えない。肌は赤子も羨むもちもち肌だし、染みも一切無い。老人どころか童女と言われた方が納得できた。というより、仕事で溜まったストレスを恋人に慰めてもらう少女にしか見えない。


「とはいえ……これで良いだろうさ。生徒会役員となれば、学院ではかなりの権限と地位の筈だ。教師からの覚えも良いだろう」

「そうですね」


 カインの指摘にアクアも即座に同意する。その目は先程までとは違い、僅かに真剣味を帯びていた。


「これで、仕事に取り掛かれる土壌は出来たと考えて良いでしょうか」

「……」


 どうだろうか。カインは一度、自分達の現状を考える。彼らの仕事。それは無論、生徒会の仕事の事ではない。このアトラス学院に入院した本当の目的だ。


「なんとかして、ミリアリア女史の研究のしっぽを掴まないとな」

「はい……」


 カインの言葉に再度、アクアは真剣に同意する。学院長からも言われていたが、ミリアリアはこの学院でも有数の才女だ。

 そして実は、アクアが彼女のクラスに配属される事になったのは偶然ではない。カイン達が裏から手を施した結果の意図的な物だった。それは彼女の研究に関係があった。


「『魔力抑制薬』の開発……その第一人者、ミリアリア・カシワギ。彼女のおかげで魔力過多症の死亡率は飛躍的に減少すると言われている。現在は治験薬の最終承認待ち。これが終われば、実際の製造販売となる」


 カインは改めてミリアリアの功績を口にする。ミリアリアの功績。それは彼が述べたとおりだ。そしてそれ故、彼女がアクアの担任となったのだ。

 アクアの症例は魔力過多症。ミリアリアの開発した薬は特効薬と言って良い。彼女自身、その病気に対しては第一人者と言っても良いだろう。

 病気に対してなるべく理解と万が一の対応が可能な教官を担任に、というアクアの父からの申し出を受けて学院側が特例――学院の暗黙の了解でまだアクアらの担任にはなれない――としてミリアリアを担任としたのである。


「その共同開発先の企業……サイエンス・マジック社。通称SM社。魔法の薬を貴方へ。最近新進気鋭ブランドとして知られている医薬品メーカー。その目玉となるだろう、と言われているが、同時に黒い噂の絶えない企業でもある」

「というより、真っ黒ですね」

「ああ……少なくとも、裏で流れている麻薬類の一つは彼らが開発している事は裏社会では公然とした事実だ」


 面倒だな。カインとアクアは苦い顔だ。相手はかなりの大企業だ。確かにまだ新進気鋭という段階ではあるが、決して中小企業ではない。世界にいくつもの支社を持っている。無論、この日本列島にもいくつもの支部がある。

 それに対抗する為にこちらも大企業と大組織をバックに付けている。が、それは最後の切り札だ。安易には使えない。


「違法な人体実験、禁止薬物の栽培・製造及び販売……ざっとわかる違法行為だけで十分企業が傾くレベルだ。が、それ故にしっぽは掴みにくいし、掴まれたとて消す事にためらいはない」


 相当な難敵だな。カインは改めて口にして、気合を入れ直す。元々自分達が動くのが最適と判断して、自分達が動いている。なので油断も何も無いが、間違いなく相手も難敵だ。負ける事は無いが、油断は出来ない。

 そんな企業がミリアリアと何の関係があるのか。無論、普通に考えれば彼女とてこんな裏で行われている事は知らないはずだ。が、カインとアクアはある調査結果を受け取っていた。


「そのSM社が最近開発しているという新薬……この開発にミリアリア女史が関わっている可能性が高いという報告がある」

「……見た限り、その様な方には見えませんでしたが……」

「わからんな。実際、表の顔は聖人君子でありながら、その実は人道から外れた外道なぞ、オレが知るだけで片手の指では足りんぐらいは居る」


 良い先生だと思うのだが。そう思うアクアに対して、カインはどこまでもドライだった。それどころか、それを語る彼の顔には僅かな憎悪さえあったほどである。と、そんな僅かな激情を滲ませたカインに、アクアが強い口調でたしなめた。


「カイン」

「……悪い。どうやら、明日の会合相手の名が僅かに残ってるんだろうな」

「アレス家の嫡男……ですね」

「ああ……<<聖なる七つの星スターズ・オブ・セブン>>の面汚し。アレクシア様のおかげで英雄と呼ばれているだけの外道。狂人アレクセイ……その子孫」

「カイン。誰かに聞かれたら大問題の発言ですよ」

「はっ……誰もが思っている事、ではあるがな」


 アクアの再度の嗜めに対して、カインは嘲笑さえ滲ませていた。狂人アレクセイ。その悪行は枚挙に暇がないほどで、なぜ彼が英雄と呼ばれているのかは誰にもわからないほどだ。

 が、実際彼は現実として『聖戦ジハード』では誰よりも敵を倒し、味方を守り抜いた。英雄というのは正しい言い方だ。現にその性根を知らない者の中では有数の人気を誇る。

 が、その性根は外道と言って間違いない。しかも恐ろしいのは、当人がそれを一切気にしていないという事だ。今なお、彼が起こしたとされる事件はいくつもあった。世界政府が処理していて誰も知らないだけだ。知る者は知っている。

 その上、彼の姉は英雄達の中で最も人気のあり、聖女と謳われるアレクシア。彼女の名があって誰も諫言出来ない。

 唯一彼女のみが彼をたしなめる事が出来るが、両親を大戦前に失った彼女にとって唯一の弟故にか彼には殊更甘いそうだ。しかも、彼女の諫言であれば彼は渋々だが必ず聞くのである。誰もが、最悪は聖女様がなんとかしてくれるだろう、と判断して見過ごされてしまうのである。

 そういった性根などを総合的に判断され、聖人達と崇められる<<聖なる七つの星スターズ・オブ・セブン>>の七人の中で唯一の面汚しと言われているのであった。

 無論、誰もが姉の名もありそんな事は公言出来ないが、だ。カインはそれを公言したのだ。嗜められるのは当然であった。


「ふぅ……いや、すまん」

「落ち着きましたか?」

「ああ……少し吐き出したら落ち着いた。にしても、あの狂人の子孫ね……」


 どんな相手なのやら。カインは素直にそう思う。良い人物であれば良いのだが、もし悪い相手なら抑えられる自信は少し無かった。


「アクア様。頼むから、オレの手綱だけはしっかりと握っておいてくれ。あの家の男が外道だった時、オレはオレを抑える自信が無い」

「大丈夫です、カイン。貴方はもう自制出来る大人ですよ」


 どこか僅かな不安さを滲ませるカインに対して、アクアは優しくその頭を撫ぜる。その姿は確かに、先に言っていたお婆ちゃんが幼子をあやすようにも見えた。そうして、安らかな様子を見せたカインに対して、アクアが問いかける。


「……このまま眠りますか?」

「……いや、その前にご飯はしっかり食べておこう。作るけど……何を食べる?」

「そうですね……」


 気を取り直して微笑みを浮かべるカインに対して、アクアは晩ごはんを何にしようか悩み始める。そうして、二人は転入二日目の夜を過ごす事にするのだった。




 さて、明けて翌日の放課後。この日は生徒会役員が揃って風紀委員の部屋を訪れる事になっていた。理由は言うまでもなく、週明けから始まる部活動の勧誘に際しての連携を確かめる為だ。


「ああ、来たな。では、移動しよう」


 アリシアとアクアは二人、従者を連れて生徒会室にやってきたわけであるが、その時点でどうやらもう彼女ら以外は揃っていた様子である。

 どうやらここら教員としての慣れの問題か、ミリアリアより年上の教員は全員例年この時期になると早めに部活動に入らせる事にしているそうだ。理由は言うまでもなく、この対処に時間を取らせる為だ。その点、ミリアリアは教員としてはまだ未熟というわけなのだろう。

 というわけで移動する先は、高等部の学舎から少し離れた高等部の部室が入る建屋だ。基本的には運動部の部室はここにあるそうで、風紀委員はそれに睨みを利かせる為にここに本部が設置されているそうである。

 その運動部はどうやらまだ部活動が本格化する前だからかまだそこまで活発に活動しているわけではないらしい。ミーティングをしている所の方が多かった。


「……意外と静かなんですね」

「嵐の前の静けさだ。どの様にして新入生を取り込むか、というのをどこの部もこの時期は話し合う。入部の数は直接部費に関わってくるからな。それ故、真剣だ。来年も同じだから、もし来年も生徒会に続任するつもりがあるのなら覚えておいた方が良いな」


 何時もここまで真面目かつ静かなら我々も仕事が楽なのだがな。アクアの呟きに応じたクラリスは盛大にあきれていた。そうしてその部室棟の一階のど真ん中。一番大きな部屋の前にたどり着いた。というわけで、足を止めた一同の先頭を歩いていたクラリスは一つノックをして問いかけた。


「さて……レヴァン。私だ。入るが、大丈夫か」

『ああ、入ってくれ。こちらも既に用意は整っている』

「ああ……失礼するぞ」


 クラリスは中から聞こえてきた男子生徒の声を受けて、右腕の腕輪を横の端末へとかざす。生徒会長にはマスターキーの権限が与えられており、彼女の腕輪であればどこでも解錠出来るとの事であった。

 と、そんな部屋の中では周囲に何人もの風紀委員を整列させた一人の金髪の男が委員長の椅子に腰掛けていた。その様子はさながら、軍の整列の様に整っていた。その彼は生徒会一同が入り扉が閉じたのを見ると、口を開いた。


「ああ、クラリス。待っていた。見知っている者も居るだろうが、新入生が居る事もある。改めて名乗っておこう。私はレヴァン・アレス。風紀委員会の長をしている」


 レヴァンと名乗った男の腕には風紀委員会会長の腕章があった。であれば、彼が風紀委員会の会長で間違いないのだろう。生真面目そう、を通り越してもはや神経質ささえ滲んだ金髪碧眼の美丈夫だった。

 理知的なメガネの奥にある目は研ぎ澄まされたナイフの様に鋭利で、顔立ちは非常に整っている。荒くれ者達を統率するという役目からか体躯は非常に筋肉質だ。

 横には竹刀。メガネと並んで彼のトレードマークに近いらしい。後にアクアが聞いた所によると、鬼の風紀委員長の二つ名で呼ばれている猛者だそうだ。そんな彼は自己紹介を終えるや、深々と頭を下げた。


「まずは、改めて生徒会の協力に感謝する。例年の事ではあるが、例年この時期になると馬鹿をやる者が後を絶たない。一年で最も我々風紀委員会が力を入れる時期の一つだが……何分、慣れた先輩方が卒業し新入りが入ってきたばかりでもある。どうしても人手が足りないのだ。何卒、協力を頼みたい」


 レヴァンは生徒会の協力に感謝を述べると、再度頭を下げて改めて生徒会一同に協力を依頼する。それに、クラリスが口を開いた。


「ああ、わかっている。我々とて学内の治安維持に務めている風紀委員とは志を同じくする所だ。風紀委員からの助力の要請であれば、快く応じよう」

「ありがとう」


 クラリスの明言に三度、レヴァンが頭を下げる。その姿は非常に丁寧かつしっかりとした教育が感じられて、演技でやっている様には見えなかった。そうして頭を上げた彼は早速と現状の報告に入った。


「幸いにして今年は我が風紀委員会には逸材が入ってくれた……ヴィーザル。前へ」

「はっ! 委員長殿!」


 レヴァンの声を受けて何時も以上の音量で答えたのは、なんとヘルトだ。どうやら彼はその力量と体格を見込まれ、早々に風紀委員会に勧誘されたとの事であった。クラリスの提案による委員会による先物買いの一人と言う事なのだろう。


「まぁ、オーシャン嬢含め全員が知っているだろうので詳しい話は省く。彼はヘルト・ヴィーザル。彼が今年の一年生の統括を行う。生徒会新入生も風紀委員と協同で動く際には彼の指示に基本は従ってくれ。一年生であるが指揮能力、戦闘力共に抜群である事は私が保証しよう。全体の統括は無論、私が行う。君達が従うのが彼だと思ってくれ」

「「わかりました」」


 ヘルトの実力はアリシアも明言していたが、同学年に比べて頭数個分飛び抜けている。腕っぷしが求められる状況で彼が統括するのは正しい判断だった。こうして、アクアは生徒会の初仕事となる風紀委員との協同での対応を学ぶ事になるのだった。

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