第10話 生徒会のお仕事
アトラス学院高等部生徒会会長にして、アクアの学友であるアリシア・ヴィナスの姉クラリス・ヴィナス。彼女の要請を受けたアクアは生徒会の役員として就任する事となっていた。
そうして生徒会の役員達の紹介を受けたアクアは改めて仕事の話を聞く事になるわけであるが、その前に風紀委員との会合に出かけている最後の一人を待つ事となった。というわけで、アクアはその前にアリシアから生徒会についてを聞いていた。
「まず生徒会の総務だけど……これは簡単に言えば生徒会役員の見習い、という感じらしいわ」
「見習いですか?」
「そう……そもそも総務が何をするか知ってる?」
アリシアの問いかけにアクアは首を傾げる。そもそもアクアは今の今に至るまで学校に通った事はない。なので知っているわけがなかった。が、総務という名から察する事は出来た。
「何でも屋さん……ですか?」
「ま、まぁ……言ってしまえばそうね。総合的な業務をする、故の総務だから……とはいえ、それで良いのよ。総務の仕事は生徒会全体の補佐。必要とあらば会計の仕事を手伝うし、会長の仕事を手伝う事もある」
アクアの返答に呆気に取られたアリシアであるが、一転気を取り直して改めて総務の仕事を述べる。なお、総務と言うが学校によっては庶務とも言われている。
厳密には違うのかもしれないが、アトラス学院では言い方の差に過ぎない。なので庶務と言っている生徒もいるが、生徒会では正式名称となる総務と言っていた。
「それで良い……とはどういう事ですか?」
「そうね……まぁ、あまりこういう言い方は良いものではないのだけど……通例として、次の生徒会長。この場合は会長……だと紛らわしいからお姉さまの次の生徒会長ね。次の会長は通例として、この今の生徒会役員から選ばれるの。慣れていない奴にゼロから仕事をされても問題が起きる原因になってしまうものね」
「どちらを取るか、という所ですか?」
「そういうこと。確かに完全に選挙で選ばれるのが正しい在り方なのでしょうけど……実益として考えれば、仕方がないもの」
アクアの言外の問いかけ――純粋な選挙を行うか、仕事に問題が出ない方を取るか――を認めたアリシアは僅かに苦い顔だ。ここら、彼女は少し真面目過ぎるきらいがあった。
姉が姉なので、彼女は必然として真面目にならざるを得なかったのだろう。と、そんな話を聞いたからかクラリスが口を挟んだ。
「ここだけの話、もし適性が無いと判断すれば私からそれとなく出馬見送りを示唆させてもらう事もある。無論、流石に役員に選んだ人員にそんな事はしないがね。しかしもし生徒会長になるつもりがあるのなら、最低でも二年生の時には役員に就いてもらう事になっているよ。未経験で会長をやれるほど、アトラスは甘い所ではないからね」
先程までとは違い、クラリスの顔はわずかに真剣味を帯びていた。それほどこの学院には山程の利益と利権、厄介事が渦巻いているのである。それを調整しなければならないのだ。何も知らない者が飛び込んで出来る仕事ではなかった。と、そんな彼女は一転して笑った。
「ははは。会話が聞こえたのでね。とはいえ、そういうわけでね。総務は生徒会の仕事を覚えてもらう為の見習いと思ってもらえればありがたい……申し訳ないね。私達とて入ったばかりの者に重要な仕事を任せる事はしない。これは物の道理と考えてくれ」
「いえ、正しい判断かと」
僅かな申し訳無さを滲ませたクラリスに対して、アクアは首を振る。敢えて言えばこれは研修制度と言っても良いのだろう。
どんな仕事にだって見習いや下積みは必要だ。その一環と捉えて良い。と、そんな話をしていると電子音が鳴り響き、一人の男子生徒が入ってきた。
「会長。戻りました」
「ああ、戻ったか……っと、先に紹介しておこう。昨日説明はしていたが、彼女がアクアだ。この度、正式に生徒会総務に着任して貰った。君以外の承諾は得ているが……君はどうだ?」
「問題ありません。少なくとも何か駄目な噂を聞いた事もありませんし」
入ってきた男子生徒はクラリスの問いかけにはっきりと異論がない事を明言する。そしてこの問いかけをするという事は、彼が今の所の最後の一人、総務の仕事を取り仕切る生徒という所なのだろう。
かなりの色白の肌と透き通る様な金髪が特徴的な男子生徒だった。彼も彼で生真面目さが顔の前面に出ている様子だった。
「良し。では、君の事を紹介しておこう……彼はヴァレリー・ペルン。君の一年先輩で去年に引き続き総務を行っている」
「ヴァレリー・ペルンだ。かつてロシアと呼ばれていた極北の地の出身だ」
「アクア・オーシャンです」
手を差し出したヴァレリーにアクアも手を差し出し、握手を交わす。そうして握手が交わされた後、彼が一つ頷いた。
「ありがとう。有名な企業の令嬢だそうだが、一切の遠慮はしないので覚悟をしておいてくれ」
「お願いします」
「ああ……それで、アリシア。今は彼女と何を?」
「今は会長の指示で、彼女に総務の仕事についての基本的な事を教えていました」
「そうか……会長。では、後はこちらで引き継ぎます」
「いや、その前に君は打ち合わせの結果を報告してくれないか……」
ヴァレリーの言葉にクラリスが呆れ半分に報告を求める。そもそも彼が先程まで居なかった理由は風紀委員との打ち合わせの為だ。その報告が先だろう。そんなクラリスの指摘に、ヴァレリーも少しだけ恥ずかしげに頷いた。
「あ……失礼しました。では、報告します」
「ああ……アリシア。お前は引き続き、総務の仕事についての基礎をアクアに叩き込む様に」
「はい」
風紀委員との会合の内容について報告を開始したヴァレリーとその報告を聞くクラリスを横目に見ながら、アリシアは再度説明を開始する。
「とまぁ、そういうわけで全体の仕事のお手伝いが総務の仕事ね。ヴァレリー先輩の様に会長の代理として他の委員会との会合をする事もあれば、会計の仕事で各部に収支報告書の提出を求める事もあるわ。一番動き回ると思っても良いかもしれないわね」
「わかりました」
「良し……あ、そうだ。まぁ、これは私や貴方ぐらいしか関係の無い話だけど……」
アクアの頷きを見たアリシアは一転してカインを見る。彼はこの話の間一切関わる事なくアクアの給仕に務めており、依然として黙したままであった。
「従者が居るわけだけど、基本的に仕事は自分でする事。給仕してもらったり細かな手伝いは可能だけどもね。勿論、意見を求める事も可能だけど……それなら先輩役員に聞け、という話になるわね」
「はい」
少し冗談めかしたアリシアにアクアも笑顔で頷いた。まぁ、これは生徒会の仕事。つまりは主人といえど一人の生徒としての仕事だ。それを従者にやらせるというのは筋が違う。正しい意見だった。というわけで、アリシアは改めてカインへと明言する。
「というわけで、カイン。貴方もアクアさんが苦境だからと手は出さない様に」
「かしこまりました」
アリシアの発言にカインが微笑みながら頭を下げる。これは彼からしても正しい意見だろうし、何か反論の余地の無い事だ。と、そんな事を説明していると、どうやらヴァレリーの報告が終わったらしい。アリシアの近くにあった席に彼が腰掛けた。
「ふぅ……失礼した。さて、アリシア。説明はどれだけ進んだ?」
「はい、先輩。先程、一通りの説明が終わりました」
「そうか。なら、仕事に取り掛かれるな」
アリシアの報告を受けたヴァレリーは一つ頷くと、先程クラリスに報告する際に使っていた書類データを二人に転送する。それはどうやら、議事録の様な物らしい。
なお、アリシアを呼び捨てなのはヴァレリーは中等部からの外部入学組で、その頃にも生徒会に所属していたかららしい。そしてその当時も生徒会長だったクラリスの招きを受け、今も生徒会に所属しているとの事であった。
他にも紫苑もそう――シャーロットは高校からの入学――なので、今のこの陣営はある種、三年前のアトラス学院中等部の生徒会役員と酷似しているそうであった。
「さて……まぁ、アリシアには改めて説明するまでも無い事なのだが……例年、この時期にはやはり部活動の勧誘が活性化する。それはこの名門アトラスでも変わらない」
「所詮はアトラス学院も学校、というわけね。それに半分は外部からの入学生だし……彼らについては大半が外の学校と大差無いの」
ヴァレリーの言葉を引き継いで、アリシアが道理といえば道理を述べる。確かに名家の子女が多い様に感じ現にアクアの関わる者たちはそれが多いが、実際にはそれが少数派だ。
現に最上位となる従者連れは三クラス合同の体育の授業でさえ一クラス分も居なかった。なので実際にはアトラス学院も普通の学校と変わらないそうで、アクアのクラス以外の他のクラスは基本的には普通の学校と同じ様な風景が広がっているとの事であった。
「まぁ、そういうわけだ。それで、この時期はどうしても揉め事も多くてね。こればかりは仕方がない。この学院には世界中から人が来るわけだが……名家・一般家庭問わずこの学院に来る生徒は何か一芸に特化した物を持つ生徒が多い。優秀な人材を是が非でも、というのはどの部も変わらない。争奪戦になるわけだ」
「そして争奪戦になると、というわけね」
「あ、あはははは……」
争奪戦。そもそも名前の時点で穏やかではない。となると、必然として口喧嘩はもとより手の出る喧嘩もあるのだろう。無論、それだけではなく優秀な人材を引き入れるべく強引な勧誘もあるかもしれない。トラブルは一年の中でも多い方だろう。
「なのでこの時期、まず生徒会の仕事は風紀委員と協力してその勧誘を取り締まる事でな。風紀委員としても何より、この時期には力を入れている。幸い人手も増える時期だ。総力を上げて、と言っても過言ではない。我々としても生徒達の暴走は見過ごせない。特に高校になると、どういうわけか羽目を外す生徒も多くてな」
「夢の高校デビュー、というわけですね」
「知らないが……そうなのだろう」
楽しげなアクアの相槌に対して、ヴァレリーは苦い顔だ。どうやら、彼としてはこの乱痴気さわぎにも似たアトラス学院の現状には苦い想いを抱いているらしい。
が、対症療法にしかならないのが現状だった。彼曰く、名門アトラスと英雄様の名に恥じる行い、との事であった。真面目であった。
「まぁ……それでも一応会長の提案により、少しの改善は見られている。三年前は知らないが……去年度先代の会長の時に今の会長が勧誘開始の時期を僅かにずらす事を提案して認められていてな。こちらに対応の準備が整うまで、猶予がある」
「それで、見たことが無いわけですね」
「ああ……表向きは学生達に先に学校のルールに慣れてもらう為、としているがな」
勧誘を見たことがない事に密かに訝しんでいたアクアの問いかけにヴァレリーがなけなしにも等しい努力を語る。これぐらいしか出来ないのが現状との事であった。
が、その結果新入り達にわずかでも練習期間を設けられ、更には覚悟も出来ていて揉め事の対処の速度はそこそこ上がったそうだ。間違いなくクラリスの功績の一つとの事であった。
しかも、実はこの勧誘にはアクアとアリシアがそうである様に各種公的な委員会は免除されているらしい。委員会が優秀な人材を先んじて確保出来るのである。学生や運動部側からの受けはともかく、学院側からの受けはすこぶる良いらしかった。
「ああ……そういうわけなので、明後日からは……うん。地獄になる事は覚悟しておいてくれ」
「は、はぁ……」
遠い目をするヴァレリーにアクアは生返事しかなかった。とはいえ、つまりはそれほど凄まじい状況というわけだ。と、そんなヴァレリーにアリシアが明言した。
「ヴァレリー先輩。少なくとも、アクアさんでしたら心配は無用かと」
「うん?」
「昨日紫龍師範の指示でヘルトと彼女が組手をしていたのですが……タイムアップに持ち込んでいました。それも、かなりの余裕を残した上で、です」
「それは……頼もしいな。あのリーガさんも居るのに互角か」
アリシアの報告にヴァレリーは顔に喜色を浮かべる。どうやら、荒事は確定しているらしい。
「いえ、あれはまだヴィーザルさんが本気で無かったからです。本気なら近づかれて一閃でした」
「謙遜しないでも良いわよ。リーガはともかく、ヘルトはそんな器用な事が出来る奴じゃないし。真正面から突っ込んで叩き切る。その為に色々な奇策を思いつく奴だけど、根っからの正々堂々が奴の主義。そのタイマンから逃げ延びてるだけで十分凄いのよ」
「ああ。実際、去年の学内合同での運動会では彼は大学生にも単独で真正面から勝ってしまっていたよ。それとまともに戦えたのなら、これほど心強い味方はいない。頼りにさせてくれ」
どうやら、アリシアの話を聞いてヴァレリーは相当アクアの事を見込んだらしい。アリシアがこういうことで嘘を言わない事は熟知している、というわけなのだろう。と、そんな話を小耳に挟んだらしい紫苑が思わず、という具合で口を挟んだ。
「あの単純ば……単純明快が売りの男に互角ですか」
「む? ヘルトに勝った?」
「い、いえ! 飛躍しすぎです!」
どうやら小耳に挟んだ会話を更に小耳に挟んだからだろう。クラリスが驚いた様子で目を見開いていたのを見て、アクアが思わず制止を掛ける。
そうして、どういうわけか学内でも有数の実力者としてアクアは生徒会で見込まれてしまう事になったのだった。
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