第6話 体育の授業・2

 ヘルトとリーガという主従と出会いそのまま訓練場へと向かう事になったカインとアクアの主従。彼らが到着した訓練場はドーム状の建物だった。そうして到着して、アリシアが教えてくれた。


「ここが、訓練場ね。基本はここで訓練をする事になるから、体育の時は特別言われない限りはここに集合する事」

「雨の日は?」

「全天候型だから大丈夫よ。上は透明に見えるけど、透明度の高い強化ガラスなの。雨でも安心よ」


 つまりは、雨でも普通に体育を行うという事なのだろう。アクアはしっかりとそこを覚えておく。と、別にそんな事を説明するのにも外に立ち止まる必要はないわけで、一同はそそくさと中に入る事にする。と、そこに居たのは従者を連れた者たちだけだ。そんな光景にアクアは首を傾げた。


「……あれ?」

「ああ、体育は従者同伴の者とそうでない生徒で分かれるのよ。従者を連れる様な者は基本、従者とセットで行動するものね。なので戦闘訓練もツーマンセルを基本とする、というわけなの。で、それに合わせていくつかのクラスを合同で、という感じね。ここに居るのは私達一組から三組ね。四組から六組まではまた別の時」


 確かに、言われればそうだ。アリシアの言葉は道理で、アクアも素直に頷けた。基本的にアリシアにせよアクアにせよ、更にはヘルトにせよ一人で出歩くということはまずない。

 学外に出る時は必ず従者が同伴するし、おそらく家でもそうだろう。なので基本、一人で戦う事はまず無いと言って過言ではない。一人になった時点で彼らは詰み。負けだ。なら、学校では主従での戦い方をマスターさせるのが良いのだろう。


「それで……」


 見たこともない人が居るのか。アクアはなるほど、と頷いた。無論、大半が戦闘服に身を包んでいる。が、その戦闘服も多種多様だ。

 カインとアクア、アリシア主従、ヘルト主従の様にぴっちりとしたスーツから巫女服や神主が着る様な狩衣に似た衣服を着ている者も居る。凄い者では騎士の鎧の様な者まで居た。体育の授業で着ている所を考えると、これらも全て戦闘服なのだろう。


「まぁ、とりあえず今日は感覚を掴むだけで良いと思うわ。実戦形式での訓練も多いし」

「はい」


 アクアは一つ気合を入れると、これからの授業に備える事にする。と、そうして授業についての説明を聞いていると、一人の男が入ってきた。

 腰には刀。衣服は着物の上から金襴で彩られた陣羽織だ。特徴的なのは目をしっかりと覆い隠す白い布だろう。顔立ちは布の所為ではっきりとはわからないが、体つきは整った彫刻の様だ。年の頃は三十代中頃で良いだろう。

 そんな容姿であるが何より、その気配が特徴的だ。彼が入ってきた途端、場が静寂に満たされるほどの気配だった。武の道を歩む者。それを極めた者のみが纏わせる気配があった。


雪之丞・紫龍雪之丞・紫龍。今年から諸君らの武芸の指導教官を務める事になっている。まだ教員としては不慣れな事は多いが、よしなに頼む」


 紫龍と名乗った男性は自己紹介を行うと静かに頭を下げる。それに、誰かが呟いた。


「紫龍……剣聖皇龍おうりゅう様の子孫の一族……」

「雪之丞と言えば去年度の御前試合で優勝した剣豪じゃないか……」

「彼までこの学園で教員をしているのか……」

「おぉ、まさかかの紫龍師範に教えを願えるとは。何たる幸運」


 ヘルトが若干の興奮を隠す事なく、呟いた。どうやら紫龍というこの男は相当に有名らしい。まぁ、それもわからないではない。

 身のこなしが生徒はもとより、その護衛役でもある従者達と比べてさえ段違いに違う。圧倒的な強者と言っても過言ではないだろう。と、そんなざわめきを隠せない一同に向けて、紫龍が口を開いた。


「静かにする様に」

「「「っ……」」」


 一瞬で全員が沈黙する。気配だけで、自分が喋っていた事を理解された。喋っていた者たちの誰もがそう認識するのに、時間はさほど必要がなかった。そうして一同が静かになった所で、紫龍が口を開く。


「今後三年に渡り諸君らに教えを授けるわけであるが、まずはその前にそれぞれの腕前を見せてもらいたい……そこの少年。何か疑問がある様子だな」

「っ……」


 見えていないのではないのか。目を隠されていても何故か感じる視線を向けられて、男子生徒は思わず驚きを露わにする。彼は紫龍の言葉を聞いて、僅かな疑問を得たのだ。そして紫龍には隠すだけ無駄と悟ったのか、彼がおずおずと問いかけた。


「紫龍先生。一つご質問が」

「良い」

「前任の教諭から伺ってはいないのですか?」

「無論、諸君らを中等部で教えていたお二方よりの引き継ぎは受けている。が、俺が直々に見たわけではない。諸君らの事を知らぬ事には教えは授けられぬ。まずは、各々の力量を示して貰いたい」


 紫龍の言っている事は非常に道理だ。百聞は一見に如かず。百の言葉を語られるより、実際に見た方が遥かに彼にはわかりやすいらしい。

 と、そんな紫龍の語りに、一人の巫女服姿の少女が問いかけた。横には清十郎が一緒の所を見ると、彼女が清十郎の主人で飛鳥という少女なのだろう。長い艷やかな黒髪が特徴的な少女で、まさしく大和撫子と言って過言ではなかった。


「紫龍師範。それではどの様にして、それを測るのですか?」

「ふむ……その気配。大神の姫か。横は……貴殿か。久しぶりだ。それはともかく。古くからの知り合いである貴殿であれば、俺の考えている事は想像は出来るだろう」

「組手と?」

「然り」

「組分けは?」

「考えてある」


 どうやら飛鳥と紫龍は昔からの知り合いだったらしい。彼女の問いかけに頷いた紫龍は僅かに意識を集中する。すると、わかる者にはわかる本当に僅かな魔力の流れが紫龍から放たれた。


「……」


 か細い魔力の流れを漂わせる紫龍に対して、カインは想像通り紫龍がとてつもない領域の使い手である事を理解した。

 それ故、彼は僅かにアクアを守る様に前に進み出るしかなかった。何をしようとしているかわからないからだ。そして同じ様に気付けた従者達は揃って主人にも気付かれないほどに少しだけ、身を固くしていた。唯一気付けていて身を硬くもせず泰然としていたのは飛鳥と清十郎の主従だけだろう。と、そんな反応が一通り確認出来た所で、紫龍は一つ頷いて魔力の流れを消した。


「うむ。わかった……少々、待たれよ」


 紫龍は一同にそう告げると、懐から紙片の束を取り出した。そうして彼がそれを投げると、紙片はまるで自らの意思を持つかの様に勝手に飛んでいき、その一枚がカインの前へと飛来した。

 他の紙片もどうやら従者の所に飛んでいっていた所を見ると、従者が取る様にしているのだろう。と、そうしてカインが手にした紙片をアクアが覗き込んだ。


「……何が書いてあるんですか?」

「番号です……七番と」

「七……」


 先程の飛鳥と紫龍の会話を考えると、おそらくこれが組手の相手を決めた符号なのだろう。二人はそう理解する。と、紙片が全員に行き渡った所で紫龍が再度口を開いた。


「その番号に従い、組手を行う。今従者が手にしている番号と同じ番号が書かれた紙がもう一つある。その者達と組手を行う様に……では、まずは一番からだ。他の者は皆、訓練場の端。観覧席まで下がる様に」

「アクアさん。貴方の所は?」

「あ、私は七番だそうです」

「そう。私は六番だから、お相手じゃないわね……ああ、観覧席まで案内するわ」


 アクアへと声を掛けたアリシアはそう言うと、観覧席への案内を開始する。そうして先程まで一同の居た訓練場には、二組の主従だけとなる。


「では……始め」


 静かに、しかし誰もが沈黙した場ではよく通る声で紫龍が開始を告げる。そうして、二組の主従が同時に頭を下げて戦闘が開始されるのだった。




 主従二人による模擬戦が開始されて少し。数組の戦いが終わった所で、アリシアとナナセの主従が立ち上がった。次が彼女らの出番だった。


「じゃあ、行ってくるわね」

「はい……えっと、ご武運を?」

「ええ、ありがとう」


 これで良いのかな、という感じのアクアの激励にアリシアは微笑んで移動を開始する。そうして少しすると、アリシアとナナセの姿が訓練場に現れた。

 相手はどうやら他クラスの男子生徒らしい。アクアも知らない様子だった。こちらの従者は男性だ。そんな組み合わせに、カインが僅かな意外感を感じていた。


「ふむ……男性女性で分けていたわけではないのか……」

「どういう分け方だと思いますか?」

「……」


 アクアの問いかけに、カインは少しだけ考える。今までの模擬戦での組み合わせは基本、性別の組み合わせが同じになるように設定されていた。

 そして戦いが一方的に終わる事もあった。この二つから導き出される答えは、実力差でも性差でも無いだろう。そうして、数瞬後。カインが答えを述べた。


「……おそらく総合的な戦闘力かと。将来性、主従の信頼度……単なる戦闘力だけではなく、そういった総合的な要素を鑑みた上での組分けかと」

「……ほう」


 どうやら、正解だったらしい。今まで一切訓練場から視線を外す事のなかった紫龍がカインへと視線を向けていた。そんな彼はカインの言葉に一つ頷くと、再び視線を前に向けた。


「……やはり、見立て通りであったか」

「どうやら、そういう貴方はお噂以上のご様子で。もっと武張った方だとお聞きしていました」

「……曲がりなりにも師範代なのでな。師より教え方も学んでいる」


 少しだけ楽しげに紫龍がカインの言葉に応ずる。そうしてそんな彼は気を取り直すと、気を取り直して口を開いた。


「始め」


 紫龍の合図を受けて、アリシアとナナセの主従が同時に地面を蹴って切り込む。アリシアの武器は細剣。ナナセは短剣の二刀流だ。

 カイン達から見てアリシアが左から切り込み、ナナセが右側から切り込んでいた。その向かう先にはどちらも主従が二人を迎撃すべく、待ち構えていた。二人が挟み撃ちを狙った格好で、相手は背中を守れる様にしているという感じだ。


「どうなると思いますか?」

「敢えて言う必要が?」

「ふふ」


 自らの問いかけに問いかけを返したカインの問いに、アクアは楽しげに笑う。どうなるのか。それはもう二人には答えが見えていた。そしてその答えが一瞬の後に現れた。アリシアの相手の主従が二人に斬りかかると、アリシアとナナセの姿がまるで煙の様にかき消えたのだ。


「おぉ」

「幻影か」

「何時展開していたんだ?」

「最初からだよ。ほら、敢えて大音を立てて地面を蹴ってただろう?」

「ああ、あのタイミングで注意をそらしたのか……」


 つまりは、そういう事らしい。が、答えは少し違っていた。それ故、相手主従の背後からこちらは主従逆転して各々の武器を突きつけたアリシアとナナセを見ながら、紫龍が問いかけた。


「……カイ殿であったか。貴殿はどう視た」

「蜃気楼かと。タイミングはどなたかがご指摘された通り、地面を蹴った音に紛れさせたわけですが……その後、蜃気楼で撹乱し背後に忍び寄ったのだと」

「然り」

「「「おぉ……」」」


 流石はオーシャン社の社長令嬢の護衛。大半の者たちがまんまと欺かれたアリシアとナナセの策を見抜いていた事に感嘆の声があがる。どうやら、紫龍から一目置かれた所為で結果的にカインも一目置かれる事になったらしい。が、これにカインは首を振った。


「いえ……アリシア様が手加減されていればこそ、見抜けたまでの事です。もしこれがナナセさんまで魔術を使う素振りを見せていれば、私もわからなかったでしょう」

「……え?」

「アリシアさん……あれでも手加減していたんだ……」


 特に自慢げになるでもなく頭を下げて相手の生徒と握手を交わしていたアリシアへと今度は視線が集まる。

 カインが見て取ったアリシアの身のこなし。そしてナナセの実力。更にはアリシアの実家であるヴィナス家。そこらを鑑みた際、カインは彼女の実力が決してこんなものではないと理解していた。それ故の言葉だった。と、そんなアリシアがアクアの横に帰還した。


「お疲れ様です」

「それほどでも無かったわ。じゃあ、次はアクアさんね。頑張ってね」

「はい……では、カイン」

「かしこまりました」


 アクアはカインに声を掛けると、そのまま先程通ってきた道を通って訓練場へと向かう事にする。そうして彼女らが訓練場に立つと、相手もほぼ同時に姿を現した。と、そんな相手主従はどういうわけか、二人も知っている相手だった。


「おぉ、アクア嬢がお相手か!」

「ヴィーザルさん」


 アクアとカインの二人と対峙する格好で立っていたのはヘルトとリーガの主従だ。どうやら、アクアとカインの相手はこの二人らしい。これまた先程までとは趣の違う組み合わせだった。が、紫龍の意図はわからないでも戦う事に変わりがない。そうして、二人が困惑を飲み下すと同時に紫龍が開始を告げるのだった。

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