第7話 主従の実力

 アクアがアトラス学院に入院して半日。午後の授業の一コマ目は体育だった為、専用の戦闘服に着替えて授業に臨んでいたアクアとカインの主従。

 彼らは今年度からアクアを三年間教示するという紫龍という担当教員の指示を受けて、ヘルト、リーガの主従と模擬戦を行う事になっていた。


「リーガ。あの男、どう見る」

「間違いなく猛者と言って間違いありません。見た目に惑わされてはなりません。見た目は優男ですが、決してそうではない。あれは鷹。爪を隠す能ある鷹です」

「うむ」


 何時もと変わらぬ柔和で上品な笑みを浮かべ佇むカインを見るヘルトは、リーガの注意喚起にしっかりと頷く。彼自身、見える限りでさえカインが自分以上の猛者だと見込んでいた。

 故にか、彼が手にした身の丈ほどもある大剣を握る手にはかなり強い力が滲んでいた。そんな彼へと、リーガが問いかける。こちらは両手剣と呼ばれる少し大きめの剣を手にしていた。

 この時代、銃火器は下火だ。たかだか音速程度の銃弾ではまず反射神経を強化すれば避ける事は容易いし、少し気合を入れて魔術的な防御をすればそれで十分に防げる。生身の相手を殺せても、魔術を前にしては弱かった。


「どうなさいますか?」

「リーガ。お前に従者は任せる。俺では手に負えん」

「はっ!」


 自分で無理だ。それがわかっているのなら、自分でカインを相手にする事は出来ない。ヘルトはそう判断すると即座にリーガへとカインの制止を命ずる。

 確かにヘルトも強いが、リーガはそれを数段上回る。カインが相手とてまともに戦えるだろうと信頼していた。その一方、カインとアクアの主従もまた戦略を話し合っていた。


「さて……お嬢様。どうされますか?」

「……あら?」

「どうされました?」

「いえ、何時もならこの程度の俗物はオレが、と言うのになーって」

「これは授業ですので。それに本気でやるわけにも参りません。お嬢様にもお手伝い頂きます」


 アクアの冗談めかした一言にカインは笑いながら恭しく頭を下げる。先にも言っていたが、これは授業で科目は体育だ。アクアもまた運動する必要があるだろう。


「そうですか……では、相手に合わせましょう」

「かしこまりました……さて」


 アクアの指示を受けて、きゅっとカインはグローブをしっかりと装着する。どうやら彼は徒手空拳で戦うらしい。それに対してアクアは特殊な宝石が先端に取り付けられた杖を持っていた。

 わかりやすく言えば古来からの魔女という感じだ。実際、役割としてはそれで良い。そうして僅かな間、二つの主従の間で間合いの取り合いが行われる事となる。


「……詠唱、した方が良いでしょうか」

「いえ、しなくて良いでしょう。詠唱は素人のやる事だ、とされています。無詠唱で使えて初めて魔術が使えると言われる。下級の魔術であれば口決も必要は無いかと」


 ヘルトとリーガの二人が動くのを待ち構えながら、主従は僅かな間会話を交わす。詠唱、とはそのままの意味で魔術を使う際に使われる物だ。が、これはあまりの隙の大きさから実戦では使用されない。

 この詠唱の隙に銃で狙撃されたり、はたまたカインの様な腕利きの戦士であれば一瞬でこの程度の間合いを詰められる。リーガもヘルトもそれは可能だろう。詠唱している隙に殺されるのが関の山だった。

 口決は魔術を使う際の符号の様な物で、こういう魔術を使う、という意思表示の様な物だ。これについては一言で十分な上、敢えてしっかりと使う魔術を自らで認識する為にも実戦でも良く使われていた。

 が、それが意味を持つ符号である以上は敵に対して何をするか教えてしまう事になる。なので可能な限り口決も無しという方が推奨されていた。


「わかりました……じゃあ、始めましょう」

「かしこまりました」


 アクアの前に一歩進み出たカインは己へと戦意を向けるリーガへと視線を向ける。それに、リーガが僅かな笑みを浮かべて頷いた。お互い主人の戦いに手出しは無用。そう言わんばかりの態度だった。


「やれやれ……」


 従者としてどうなのだろうな。リーガの無言の言葉にカインは僅かな呆れを滲ませる。と、まるでそれを合図にしたかの様に、リーガが切り込んできた。その速度はまさに瞬足。一瞬で間合いを詰めていた。


「<<縮地しゅくち>>ですか」

「お見事です」


 まさに消える様な速度で移動して放たれたリーガの斬撃であるが、カインは両手剣の腹に右手を沿えて軌道をずらしていた。これだけの速度で移動したリーガもリーガであるが、それを見切った上で素手で両手剣の斬撃を防いだカインもカインだった。


「おぉおおおおお!」

「っ」


 うるさいな。雄叫びと共に両手剣での連撃を開始したリーガに対して、カインは僅かにその気迫に気圧されながらも的確に両手剣の斬撃を対処していく。

 どうやら、主従での分断を図ったらしい。確かに見た所ヘルトも近接系。遠距離系のアクアであれば、距離を詰められては勝ち目はない。とはいえ、距離があるこの現状で簡単に近付けるかというと、そうではなかった。


「ふむ……やはり我輩が見込んだ通り、素晴らしき益荒男ますらおよ」


 素手でリーガと互角に戦うカインを見て、ヘルトは満足げに頷いた。実のところ、彼ら主従の実力は学内でもトップクラスだった。幼い頃より軍に関する英才教育が施され、その上でここまで恵まれた肉体だ。そして魔術という存在もある。

 特に魔術には才能の有無が大きく左右される。これを含んだ戦闘では年齢より才能が勝敗に大きく左右してくる。そして彼らには経験もあった。

 学内で有数の猛者なのも道理だった。それと互角に戦う、というのは非常に難しい。出来てアリシアらごく一部のみだ。十分、称賛に値した。


「さて……そろそろ我輩も行くか」


 ヘルトは満足げにカインとリーガの従者同士の戦いから目を逸らすと、自らを待ち構え杖を握りしめるアクアをしっかりと見据える。そうしてアクアを見た彼は気合を入れる為、一度大剣を片手だけで軽く振り払った。


「ふんっ!」

「きゃあ!」


 確かに、リーガよりもヘルトは腕が落ちる。が、力であればリーガを彼が上回っていた。それ故、片手で軽々と振るわれた大剣からは強烈な業風が吹き荒び、アクアの長い白髪を棚引かせる。そうして僅かに気圧されたアクアを見て、ヘルトは思いっきり地面を蹴った。


「っ!」


 アメフトのタックルよりも遥かに速い速度で突進してきたヘルトへと、アクアは杖の先端を向ける。すると、杖の先端から十数個の火球が顕現した。火属性最下級魔術<<火球ファイア・ボール>>である。

 が、それにも関わらず、ヘルトは一切のためらい無くアクアの創り出した火球へと突っ込んでいった。その速度は躊躇うどころか、更に加速して音速さえ超過していた。


「無駄だ! このまま一気に、っ!?」


 総身に魔力を纏わせたヘルトはその身を守る魔力を硬質ガラスの様に硬質化させると、一切の防御の姿勢を取る事もなく突っ込んでいき、その勢いと防御力でアクアの生み出した火球を消滅させる。

 そうしてそのまま更に彼は加速を続けていき、後数歩でアクアにたどり着くという所で咄嗟に地面を蹴って後ろに飛び退いた。その勢いたるや、地面を打ち砕くほどの強烈さだった。

 そして、その次の瞬間。もしあのままの速度で突っ込んでいたらちょうどヘルトの顔面があっただろう場所の地面が隆起し、尖った小さな岩山へと変貌を遂げた。アクアが罠を敷いていたのである。


「あら……見切られてしまいましたか」

「顔に似合わずえげつない事をするものだ。気圧されたのは演技とは」


 あと一瞬気付くのが遅れていれば、まんまと罠に引っかかる所だった。ヘルトはアクアの目論見に気付けたものの、僅かに流れた冷や汗を拭う。

 気付けたのは偶然だ。偶然、次の一歩を踏み出すべく足を付けた場所が彼の目であればアクアの罠が視える距離だっただけだ。もし後少し後ろだったら気付けなかっただろうし、逆に近ければ気づけても間に合わなかった可能性は高かった。無論、彼でなければ見切れる事も無く、直撃は確定だっただろう。


「失礼した。アクア嬢も中々の使い手であったご様子。我輩、カイン殿の腕にばかり目を遣り、貴殿の腕について軽視していた」

「ありがとうございます」


 敢えて自分ならタックルだけで無効化出来る火球を選んだのは意図的。ヘルトはそれを理解していた。

 敢えてド派手で見栄えのする火球を選んだ事でヘルトの意識を前に向かせ、地面から注意を逸らす。その上でこの程度なら無駄だと加速させるつもりだったのである。


「はぁ……」


 アクアもまた油断出来ない。ヘルトは僅かに動揺する内心を宥めるべく一度だけ深呼吸を行う。そしてアクアの実力を理解すれば、ヘルトも本気で相対する事を決めた。


「……ふぅ」

「あら……」


 ヘルトが漂わせる無数の光の弾を見て、僅かにアクアが目を見開いた。彼は見た目からして純粋なパワーファイターだと思っていた。

 が、この光球は決して見た目や力だけに特化したものではない。きちんと制御された光の弾だった。十分な威力を持つだろう。


「では、参る」


 ちゃきっ、とヘルトが改めて大剣を構え直す。それに合わせて、光球も彼を追従する様に動いていく。光球を常に操りながら、近接戦闘を行う。熟練にしか出来ない芸当だった。

 それに対して、アクアは何時もの柔和な笑みを浮かべたままだ。が、ヘルトが本気を見せてきたからか彼女も僅かに本気を見せた。


「お相手しましょう」

「っ」


 僅かに浮かび上がったアクアを見て、ヘルトが僅かな驚きを得る。一瞬、飛空術と呼ばれる自由自在に大空を飛び回れる高度な魔術を思い浮かべたのだ。

 が、即座に自分の目で視て、そうではなく地面との反発力を増大させて浮かんでいるだけと理解する。彼女の場合、自分で走るより魔術で滑る様に滑空した方が速いのだろう、とヘルトも今の一幕を見て納得した。そして、それがわかったとて彼のやる事は変わらない。突っ込んでいって敵を斬り伏せるのみだ。


「はぁああああ!」


 ヘルトはリーガと同じく、獅子の様な雄叫びを上げながらアクアへと突っ込んでいく。今度は最初から全速力。手加減は殆どしていない。

 が、今度はアクアはそれに対して滑るようにして移動しながら、つららの様な氷を飛ばして牽制する。これに、ヘルトは光球を操って迎撃した。


「二度も同じ手は食らわん!」


 と、そんなヘルトであるが再度仕掛けられていた罠に対して光球をぶつけて無効化させる。そこからは、この繰り返しだ。

 ヘルトが追い、アクアが逃げる。が、直線的な速度であればヘルトが上だ。故に間合いが詰められた所で一瞬の斬撃がほとばしり、しかり機動性なら上回るアクアには届かない。そしてアクアが残した罠でヘルトが足止めされ、だ。


「なるほど。流石は、と言うべきなのでしょう」

「いえいえ。こちらこそ流石はヴィーザル家とオルデン家と思わされるばかりです」

「ははは。この様に平然と防がれていていては立つ瀬がありません」

「いやいや。こんな事が出来るのはリーガさんが主人の引き立て役に徹せられればこそ。そして私もまた両手が空けばこそですよ」


 自らの斬撃を的確に素手で処理していくカインに称賛を述べたリーガに対して、カインもまた称賛を述べる。ヘルトはそこそこ本気でやっている様子であったが、対するリーガの側は彼以上の戦闘力を見せながらもまだまだ手加減している様子だった。

 故にかどちらの顔にも上品な笑みが浮かんでおり、本気の様子は見えなかった。と、そんなリーガがカインへと思わず問いかけた。


「にしても……お見事なものです。一体どの様な修練を積まれたのですか?」

「おや……見つかっていましたか」


 ヘルトの指摘を受けたカインはとんっ、と軽い具合で一度その場から飛び退いて間合いを離す。が、これにヘルトは追撃を仕掛ける事はなかった。

 これが単なる答え合わせの為でしかないとわかっていたからだ。そして案の定、カインはアクアの支援をするではなく、答え合わせを行った。


「手刀……ですか。この場合は正しく手刀。そこまでの練度の物を私は見たことがありません」

「ありがとうございます」


 可視化したカインの手を包み込む様な青い魔力を見て、リーガが称賛を浮かべる。それは魔力で出来た刃だ。

 これはこの時代であれば当然の事なのだが、リーガもヘルトも武器には魔力を通して威力を上げている。古来からの銃火器が使われなくなったのは、この魔力が満足に通せない為だ。

 その威力は確かなもので、どちらも本気ではなくとも十数センチ程度の鉄板ならバターの様に斬り裂ける威力を持つ。それを素手だけで防ごうなぞ不可能だ。

 なのでカインは剣の腹を叩いて軌道を逸していたわけであるが、それだけではない事をリーガは見抜いていたのである。


「そこまで極められた手刀であれば、魔術であっても素手で無効化出来るでしょう。無論、人体なぞひとたまりもない。それどころか貴方なら、安々と核シェルターさえ貫いてしまえそうだ」

「ははは。それは買い被りすぎですよ」


 カインの謙遜にリーガはどうだろうな、と思う。これが本気でない事は明白だ。なら、それも不可能ではないかもしれない。そう思った。そしてそれ故、リーガも僅かに本気になる事にした。


「主人の手前、あまり本気にはなれぬ身ですが……少しだけ、本気で参りましょう。主人が努力する傍ら、従者があまり腑抜けていても格好が付きません」

「お相手させていただきます」


 僅かに表情に真剣さを垣間見せたリーガに対して、カインは主人と同じく柔和なままだ。と、そのタイミングで紫龍が口を開いた。

 と言っても、別にアクアとヘルトの勝負に決着が、というわけではない。単にこれ以上長引かせると他に影響が出るからだ。


「そこまで」

「……おや」

「……」


 やはり戦士としての心情があるからだろう。中々に手こずったなと思うカインに対して、リーガは僅かな不満を表情に滲ませていた。

 なんだかんだ言いながらも、彼もまだ若い。血気盛んでも仕方がなかった。が、終わりは終わり。そうして、従者二人はお互いに頭を下げて主人の下へと向かう事にするのだった。

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