第3話

一週間ほど経つと、家の外は一段と冬らしくなり、玄関のドアを開けた途端に空気が冷える。


今日から予備校で冬期講習が始まる。この日に向けて練習を行った成果が出たのか、俺の『女装』も様になってきたようで、一人暮らしの俺に何時も声をかけ、時におまけをしてくれる駅前の青果店の店主に「帰りにでも寄ってってくれよ!」と挨拶をされてしまった。そして普段と同じ時間の電車に揺られ、いつも一緒になる乗客が普段と変わらぬ行動をしている様子に安心する。誰も俺を不審がらない。


そして乗換駅に着くと、同年代であろう男女が一斉に同じ方向へと進んでいく。行き先は俺と同じ予備校だろう。


受講する教室に集まった人数はざっと見て50人程。予備校側から予め決められた席順で座り、彼らは無言で鞄からノートと筆記用具を取り出し机へと置いてていく。俺が受けるクラスは現役で大学合格を狙う者ばかりだからか、全く違う人間であるのに皆が同じ行動を取る。そう感じていた矢先、俺の背後から声がかけられた。


「あの……私、ここで良いでしょうか?」

正確には俺の斜め後ろからだった。手には受講票。小さな声で、少しおどおどした様子は、人としての自信を感じさせない。席順表が張り出されているホワイトボードの前は1限目が始まる直前だからか人だかりだ。俺なら近寄りたくない。早めに来ておいて良かったと思う。そして俺は席順が受講票順に並んでいたことを思い出し、彼女に受講票を見せるよう促した。


彼女が言う通り、彼女の席は俺の隣だった。それを伝えると、彼女も席順が受講票順であることには気付いていたが、肝心な部分が人の頭に隠れて見えなかったと静かに零し、最後に「ありがとう」と、俺の顔を見ることなくやはり小さな声で言った。久し振りに聞く言葉だった。


その後4限が終わるまで、俺と彼女は一言も言葉を交わさなかった。確かに、俺と彼女だけでなく、この場に居る全員は勉強が目的で来ているのだから、必要以上のコミュニケーションを取る必要は無い。その点は俺の学校生活と大して変わらないが、ギスギスした空気感はここの方が余程マシだ。校内で争わなくていい分、空気は悪くない。


そして俺を驚かせる出来事が起きた。それは大部分の人間が帰り際に口にする「また明日」の一言。お互いの名も知らないというのに、明日も隣になることが判っているから「また明日」。俺の高校生活ではあり得なかった。「おはよう」はあっても、「また明日」は中学……いや、小学生以来だ。


そして彼女も礼に漏れず、「また明日、よろしくね」と俺に言い、教室を後にして行った。

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冬期講習会 Yukihie @23AD7B

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