冬期講習会

Yukihie

第1話

「瑠維(るい)君の方があたしより細くて綺麗だなんて、悔しい。自信無くしちゃった」

そう言って、彼女は俺の前から突然姿を消した。同じ大学に行きたいねとお互い話しながら勉強していた図書館に足を運んでも、彼女の姿は見当たらない。


10月の末。彼女は受験勉強の息抜きにハロウィンパーティをしようと俺に提案した。付き合って半年と少し。受験生という立場から、図書館で勉強することが俺にとって彼女とのデートとも言えるものだった。そもそも他人が普段どんなデートをしているかなんて俺にはわからないし興味もない。彼女も特に不満そうな素振りを見せることはなかった。遊ぶのは大学に入ってからにしようとお互い決めていたこともある。それでもやはり勉強ばかりでは気が滅入ってしまうと彼女は感じたのだろう。だから俺はその提案に乗った。


彼女がハロウィンパーティの会場に選んだ駅前のカラオケボックスでは、コスプレ衣装の貸し出しを売りにしていた。折角だから仮装をしようと彼女は言い、彼女はハロウィンらしく魔女の衣装、俺は何気無く目に付いたメイド服をフロントで借りた。普段着と制服以外の彼女の格好はとても新鮮で、俺は心底可愛らしいと思った。しかし、俺の心情とは裏腹にハロウィンパーティは、開かれることなく終わってしまった。



突然の出来事から一月余りの早朝、駅で電車を待っていると制服のブレザーだけでは少し肌寒さを感じ、吐く息が白くなっていたことで俺は冬の到来に気付かされた。


あの日の彼女の行動を俺は未だ理解できず、一月余りの時間を持ってしても苛立ちを抑えることが出来ずにいた。俺は彼女に対してやましい行動を取ったことは絶対に無いと自信を持って言える。それは彼女も同様だろう。お互いに平日は学校、休日は図書館で勉強。しかも彼女は女子校に通っている。俺の知る条件下で『何か』が起こる理由は到底考えられなかった。あの日以降、彼女からの連絡が途絶えていることで彼女の真意を知ることもできず、俺は彼女に『振られた』かどうかすらわからない。わからないからこそ余計に俺は苛立たされる。一人で出来ていた勉強にも身が入らなくなっていく。受験生にとって最悪の状況だ。


ラッシュアワー手前のやや人が少ない電車に揺られ、もう何度目かわからない堂々巡りをしつつ、窓の外を眺める。走っている電車の中から見える景色は目まぐるしい速さで過ぎていく。乗り換え駅までの20分の時間もあっという間で、以前では当たり前だった単語帳を開くことを忘れてしまう。忘れてしまったことを自覚し、乗り換え駅で改札を出て歩く間は俺自身への苛立ちが頭の中で埋め尽くされていく。この負の連鎖を振り払う手段をそろそろ本気で考えなければいけない。


そう思った時。普段より強く吹いたビル風が俺を真正面から捉えた。冷たい風は冷や水をかけるように俺の頭を冷静にさせる。そして大手予備校の『冬期講習会 受講生募集』と大きく書かれた幕を見て、俺は彼女の最後の言葉が本当かどうか確かめてみたくなった。





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