男は脱出できるのか7

かごめごめ

男は脱出できるのか7話

 呼吸を整え、顔をあげると――

 一瞬、タイムスリップしたのかと思った。


 まず視界に飛びこんできたのは、黒板だった。そして、整然と並ぶ机と椅子。どの椅子もやけに背が低く、大人が座れば身体がはみ出してしまいそうだった。


 ……今度は、学校の教室か。まったく、休む暇もありゃしない。

 顔をあげた瞬間、無性に懐かしさがこみあげてきたのは、ここがただの教室ではなく、俺が過去に訪れたことのある場所だからなのかもしれなかった。あの英会話スクールの部屋と同じように。

 いや……今はそんなことよりも、だ。


「誰だ」


 俺は、教卓のそばに佇む人物に声をかけた。

 歳は俺と同じくらいか。長い黒髪の、目鼻立ちの整った少女だった。


「そ、そっちこそ、誰っ?」


 少女は上ずった声で言った。


「聞いてるのは俺だ」


 俺は警戒しながら、ゆっくりと少女に近づく。

 たどり着いた部屋で、俺を待ち構えるようにして佇む少女。明らかに怪しい。

 カラスと名乗ったあの少年は、自分のことを「部屋の主」だと言っていた。きっと、彼女も同じような存在なのだろう。


「答えろ」

「や、やだぁっ、来ないで! こっち来ないで……っ!」

「……?」


 どうも、様子がおかしい。

 なぜ、こんなに怯えている? なぜ、俺以上に相手のことを警戒している?

 ……俺は思い違いをしているのか?


「あんたは……カラスとは違うのか?」

「か、からすっ……? ど、どういう意味っ?」

「なぜここにいる?」 

「わ、わかんないよ! 目が覚めたら、変な部屋にいて、変な手紙が置いてあって……」


 少女の語った内容は、とても聞き覚えがあるものだった。

 彼女もまた、いくつもの部屋を経て、この場所にたどり着いたのだという。

 俺だけじゃ、なかったのか。この意味不明な事態に巻きこまれていたのは……。


「怯えさせて、悪かった。俺も同じなんだ」

「え……?」

「改めて自己紹介しよう。俺の名前は――」


 言って、さらに一歩近づいたときだった。

 覗きこんだ彼女の顔に、強烈な既視感を覚える。



「――――アユ」



 自然と、名前が口からこぼれた。


「……えっ!?」


 少女は驚いたように目を見開く。そして、まじまじと俺の顔を見つめ……


「コウちゃん、なの?」

「やっぱり、アユだったか……」


 俺のことをそんなふうに呼ぶやつは、一人しかいない。

 陽宮ひのみやアユ――

 かつて俺と同じ英会話スクールに通っていた、九人の少年少女のうちの一人だ。

 その中でも、俺とアユ、エマ、そしてコウシロウの四人は小学校も同じで、当時は毎日のように一緒に遊んでいた。


「本当に、コウちゃん、なの?」

「……ああ。俺だよ。久しぶりだな、アユ」

「……っ! コウちゃん! 会いたかったよぉ!!」


 アユが勢いよく抱きついてくる。


「離れろって、もう子どもじゃないんだから」

「えー、いいじゃん。コウちゃんのケチんぼっ」

「……にしても、こんな場所で再会するなんてな」


 状況が状況だけに、喜んでいいのか微妙なところだ。


 あの写真に写っていた十人のうち、二人がここにいる。

 偶然――で片付けるには、できすぎている。ここでアユと再会したことには、絶対になにかしらの意味があるはずだ。

 意味……いや、意図と言ったほうが正しいか。俺たちを手のひらの上で転がす、“何者か”の意図が、必ず存在する。

 それに、顔を塗りつぶされた、あの謎の少女のことも妙に気になる……。


 俺とアユは再会の喜びを分かちあうのもそこそこに、お互いの持つ情報を共有した。

 だが、これといって新しい情報は得られなかった。謎は深まる一方だ……。


「とにかく、今はこの教室から脱出するしかないんだよね?」

「そうだな……もどかしいが」

「なにか、ヒントになるようなものはないかな?」


 言われて、俺は後ろを向いた。

 俺はどうやら、掃除用具入れの扉からこの部屋に出たらしい。

 ダメ元で開けようとしてみるが、やはり扉はピクリともしない。


「クソッ!!」


 掃除用具入れを蹴り飛ばす。

 怒り、不安、恐怖……やり場のない気持ちが、じわじわと俺を追い詰めていく。


「あっ! コウちゃん、見て!」


 窓の確認をしていると、アユが机を指さしていた。


「なにか見つけたのか?」

「やっぱりこの場所って、わたしたちが通ってた小学校の教室だよ! ほらこれ、相合い傘!」


 俺はアユのそばに行くと、机を覗きこんだ。

 そこには、彫刻刀かなにかで薄く彫られた、相合い傘があった。

 左側にはコウちゃん、右側にはアユと書かれている。


「ねっ? これ、わたしの机だもん!」

「ああ……」

「てことは、コウちゃんの机はこっちかな……あ、あった! って、なにこれ?」


 その机にも同じように、「コウちゃん」と「アユ」の相合い傘が描かれていた。

 だが、そんなことがどうでもよく思えるくらい奇妙なものが、机の上には置かれていた。


 ――花瓶、だった。

 見たことがないような、真っ黒な菊の花が一輪、挿さっている。


「え……なに、これ?」


 これ見よがしに置かれていたので、俺はあとから詳しく調べようと思っていたのだが、アユはソレに今はじめて気づいたようだった。

 まるで、その事実を受け入れることを拒んでいたかのように。


「変なの。おかしいよ、これ」


 確かに、黒い菊は異様だが……

 この席に花瓶が置かれていることじたいは、別におかしなことじゃないんだ、アユ――。

 現に俺は、この光景を過去に見たことがある。



「だって、これじゃまるで、コウちゃんが死んじゃったみたい」



「…………」


 その席は、俺の席じゃない。死んだコウシロウの席だ。

 当時、コウシロウのことが大好きだったアユは、彼が死んだ事実を受け入れることができなかった。

 それからだ。アユが俺のことを、“コウちゃん”と呼ぶようになったのは。


「かなり悪趣味だけど……でもきっと、これもなにか意味があるんだよね?」

「ああ、そんな気がする」


 俺はポケットから写真の束を取り出す。

 俺とアユ。そしてコウシロウが死んだことさえも、今回の件に関係しているのか……?

 もしかすると、俺たち以外のメンバーも、なんらかの関わりがあったりするのだろうか?


 …………。

 わからない。

 考えても、答えは出そうになかった。


「アユは、なにかわかったか?」

「ううん、わかんないことだらけだよ。けど……ひとつだけ」

「ひとつだけ?」

「この部屋の扉なら、たぶん、どこかわかったよ?」

「……! ほんとか、アユ!」


 こう見えて、アユは頭が切れる。少なくとも、俺なんかよりずっと。

 コウシロウの件を除けば、アユは至って正常な思考回路の持ち主だ。別に病んでるってわけじゃない。

 この先、アユが一緒にいてくれれば、きっと心強い味方になってくれるだろう。


「ねぇコウちゃん、手、繋いでて? 絶対、はぐれちゃわないように……」

「わかった」


 俺はアユの手を取り、強く握りしめた。


「アユは、俺が守る」

「コウちゃん……ありがとう……」


 ――好きだ、アユ。たとえ、この気持ちが届かなくても。

 心の中でそれだけつぶやいて、俺は気持ちを切り替えた。


「で、どこにあるんだ、その扉は?」

「えっと、それはね――」

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