プレアデスとカシオペア その6 『マリオネットの細い糸』

プレアデスとカシオペア その6 『マリオネットの細い糸』


「読み通りだ! アステローペ! 今だ!」


 ソラはそう叫ぶと、アステローペは体を大きく撚る。そして、何かが空間を一閃した。同時に迫ってきた3機の機動ポッドは何かに弾かれた様に忽ち制御を失い彼方に吹き飛ばされる。


〈一体何が!? 何を仕掛けたの?〉


 レイカには何が起こったのか理解出来なかった。アステローペのマニピュレーターには十分警戒して常に死角から攻め込んだつもりだった。実際、前回の2回の攻撃では上手く相手にダメージを与える事が出来た。ソラは何を仕掛けた? アステローペの新兵器? レイカは今起きた事態に理解が出来ず、一瞬戸惑った。

 一瞬、そう、一瞬ではあるが、レイカに隙が生まれた。


「よし、アステローペ。行くよ」


 アステローペは返事をする代わりに、自身のバーニアスカートと背面スラスターを一斉噴射し、シグマリオンに掴みかかる。


 レイカは我に返るも、シグマリオン本体装備のスラスターだけでは満足に避けることが出来ない。機動ポッドは遥か彼方に吹き飛ばされて、すぐには呼び戻せない。シグマリオンは忽ちアステローペの第1腕に掴まれていまう。

 レイカは強気の言葉を発する。


 〈機動ポッドが離れた隙に、連続タッチでダメージポイントを稼ぐつもりでしょうけど、そうはさせないわ。すぐにポッドを呼び戻して瞬殺よ〉


 しかし、レイカの読みは誤っていた。


 アステローペはシグマリオンを掴むと、そのままスラスターをフルブーストで対戦フィールドを横切る様に駆け抜ける。機動ポッドもシグマリオンを追う様に追随するが、最早スピードの乗った両機体には追いつかない。ソラは一体何を狙っているのか?

 レイカが負け惜しみの様にソラに通信を入れる。


〈何をしたのか知らないけど、機動ポッドの攻撃を退け、シグマリオンを掴んで振り回した事は褒めてあげる。だけど、このまま逃げ切っても、直に機動ポッドは追い付くわ。時間稼ぎは無駄よ……〉


 レイカはそこまで言いかけて自分の考えが根本的に間違っている事に気が付いた。そして、理解した。ソラが何を仕掛け、何を狙っているのかを。


 ソラは決して勝負を捨ててはいなかった。


 アステローペはシグマリオンを掴んだまま、フルブーストの状態でフィールドの端へ突っ込むと、そこでシグマリオンを突き放す。シグマリオンは姿勢制御スラスターを目一杯蒸し制動を試みるも、スピードの乗った状態ではブレーキが効かず、虚しくフィールド外へ放り出されてしまった。

 同じく、アステローペも緊急ブーストでスピードを相殺するものの、シグマリオン同様スピードの乗った機体はフィールド外へと放り出される筈だった。


 そう、放り出される筈だった――。


 しかし、フィールドギリギリの所で不自然にアステローペはガクンと動きを止めた。動きを止めたのは背部に尻尾の様に取り付けられている有線制御ケーブルだった。それは表面を耐熱アラミド繊維と超硬スチールワイヤーで編み上げられた強靭なものであり、アステローペがフィールド外へと放り出されない様に支えた正に命綱となった。

 そして、そのケーブルはアステローペ本体から20メートルまでの部分には更に人工筋肉繊維が編み込まれ、絡まり防止の為に自由に動かせる様になっている。それらを鞭の様に巧みに操り、3機の機動ポッドを薙ぎ払ったのだ。


「やった……。勝ったよアステローペ」


 ソラはそうポツリと呟くと一気に全身の力が抜けた様にシートにもたれかかった。と同時に、アステローペ・コントロールルームは割れんばかりの歓声で大騒ぎとなった。


「やった! ソラが勝った!」


「流石、私の見込んだだけの事はあるわ。よくやった、ソラ」


「頑張ったわね。ソラ」


 ツッキー、ハル姉、ナナ、チームの皆がソラを労う。そこへ、レイカから通信が入る。


〈……負けたわ。ソラさん。あなたの勝利への執念には脱帽だわ。まさか有線制御ケーブルにあの様な使い方があるなんて……。第3ラウンド目で機体の動きに切れがなかったのは有線制御ケーブルの長さをギリギリの長さまで短くしていた為なのね。そして、機動ポッドを弾く為にケーブルで罠を張り、最小限の動きで攻撃を交わし、罠へと誘いこんだ。全くもって見事だわ。でも、忘れないで頂戴。3ラウンドを通してダメージポイントをより多く与えたのは私達だって事を〉


「レイカさん。いい勝負だったよ。もう一度同じ勝負をしたら今度こそ、こっちが負けるかも知れない。確かにシグマリオンは自慢するだけに良い機体だったよ。でも、アステローペも素晴らしい機体だったでしょ?」


〈認めるわ。確かにアステローペは一流の機体の様ね。旧式と言った非礼を詫びるるわ〉


 ツッキーもそれを聞いて「うん、うん」と笑顔で頷く。そこへアキラが通信に割り入ってくる。


〈レイカ。随分と素直になったじゃないか。プレアデスの皆さん、今日はいい試合ありがとう。試合の上では負けたけど、レイカの言う様に総ダメージポイントではこちらが有利だ。だから、決してコチラが劣っているとは思わない。もし、次戦があるのなら絶対にウチらが勝つよ〉


 アキラの話にハル姉が応える。


「そうね。今回は私達の辛勝といった所ね。私達も奢らず、来るべき次の試合に備える事にするわ。……所で、ここで知り合ったのも何かの縁、今度近い内にウチの島に来ない? 歓迎するわ」


〈ほ、本当? 俺、……いや私いっぺん、研究学園都市島には行ってみたかったんだ。是非、近い内にメンバーを連れてお邪魔させてもらうよ。その時は案内よろしく!〉


 ハル姉の招待に少々興奮気味のアキラだった。そこへアステローペから通信が入る。


〈こちらアステローペです。皆さん、やりましたね。おめでとうございます。ところで、……あの、ハルさん。お願いがあるのですが……〉


 もじもじと話すアステローペにハル姉が促す様に聞き返す。


「何よ。アステローペ。改まって」


〈いえ、あの……、シグマリオンさんとお話が出来たらと思って。久しぶりに出会えた極限環境作業ロボットドールですから〉


「分かったわ。ちょっとアキラさんい聞いてみるわ」


 ハル姉がアキラに経緯を説明すると是非、話し相手になって欲しいと快諾された。


「アステローペ。先方から会話の許可が下りたわ。10秒の接触アナログ通信なら良いって。但し、機密に関わる様な事は漏らしちゃ駄目よ。それと当然、記憶の並列化もNGよ。あと先方にキチンとお礼しておきなさいね」


〈ハイ。ハルさん。感謝します。ソラさんん。シグマリオンさんとの接触通信の手配お願いいたします〉


「うん。わかったよ。今から制御系全般をアステローペへ移行するよ」


 ソラはそう言うと機体制御の全般をアステローペへと委ねた。アステローペはシグマリオンに近づくとお互い握手をする様な格好を取る。その途端にキュルキュルと高速の機械的な音が流れた。人工知能AI同士の会話では独自の超高速機械言語が使われる。僅か10秒足らずでも人間の数十時間~数日話し込んだ様な情報のやり取りが行われる。

 きっかり10秒経つとお互いの機体は握手を止め、挨拶をするような仕草を取りながら、それぞれ離れた。


「どう? 満足した?」


〈ハイ。十分お話が出来ました。シグマリオンさんから皆さんにマスターの友達になってくれてありがとう、って言っていました〉


「へぇ。また随分と律儀な極限環境作業ロボットドールね」


 ハル姉が感心していると、またレイカから通信が入る。


〈ちょっと! うちのシグマリオンと一体どういう会話をしていたのよ! シグマリオンがアステローペの事を『先生』とか『師匠』とか言ってるけど、何なのよコレは!〉


「え!? 『師匠』」


 ハル姉が驚いた様に聞き返す。アステローペが恥ずかしそうに答える。


〈こちらアステローペです。『師匠』だなんて恥ずかしいです……。いえ、シグマリオンさんに頼まれて人工知能AI同士の超高速戦闘シミュレーションを30試合やっただけですよ〉


「で、結果は?」


〈こちらアステローペです。30戦全勝しました……〉


「流石、実戦経験済みだけあって強いわあ。しかも、容赦なしとは」


 ハル姉が呆れた様に感心していると、レイカが噛み付く。


〈何感心しているのよ! ウチのシグマリオンにマウントを取らないで頂戴!〉


〈はっはっはっ。良いじゃないかレイカ。シグマリオンに良い友達が出来て〉


〈アキラ先輩も妙な事を言わないで下さい。ウチのシグマリオンが一番なんですからね。戻ってシグマリオンの戦術データの特訓よ! ……ソラさん。落ち着いたら近い内に研究学園都市島へ伺わせてもらうわ。その時はエスコート宜しく頼むわ〉


 そう言うとレイカからの通信は切れた。黙って聞いていたソラがポツリと冗談交じりに言う。


「アステローペを師匠だって。押忍! アステローペ師匠! これからもご指導宜しくお願い致します」 


〈こちらアステローペです。やだ……、恥ずかしいです。私、師匠じゃありません!〉


 ソラとアステローペのやり取りにツッキーがくすくす笑っている。


「アステローペも何やってんだか……。まあ良いわ。模擬戦も終了したし、お互い挨拶も済んだ事だから、アステローペ師匠をドックまで戻すわよ。師匠をドックに戻るまでがミッションだからね。気を抜いちゃ駄目よ」


「了解!」


〈こちらアステローペです。私、師匠じゃありませんってば!〉


 ハル姉の掛け声と共に皆はアステローペ帰還の準備を始めた。そしてアステエローペ・コントロールルームには再び観戦の生徒の拍手で包まれた。


 後ろで静かに見守っていたやよい先生は、ソラ、ハル姉、ナナ、ツッキー達の模擬戦の様子を見て納得した様に頷いた。(この子達こそ、新たな宇宙時代に適応した新世代なんだわ。そしてこの子達を育てる事こそ、宇宙啓蒙プロジェクトの真髄なんだわ)



 その日、すばる海宙みそら学園は模擬戦勝利で沸き立ち、ちょっとしたお祭り騒ぎとなった。

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