プレアデスとカシオペア その4 『レイカの誤算』

プレアデスとカシオペア その4 『レイカの誤算』


「なんで、なんでこんな事になったのよ!!」


 レイカは大声を上げて頭を掻きむしる。この第2ラウンドでアステローペに完勝し、シグマリオンの優位性を世間に示す筈だった。

 しかし、第2ラウンドも中盤に差し掛かった今、カシオペアチームは相手に3ポイントのダーメージしか与えたのみで、逆に7ポイントのダメージポイントを取られていた。しかも、アステローペの4本のフレキシブル・マニピュレーターにより、4機の機動ポッドは捕縛され、動きを封じられていた。残り1機の機動ポッドではアステローペには歯が立たない。機動ポッドの大半を失ったシグマリオン単体ではアステローペに敵わないだろう。


 一体どうしてこの様な事態に追い込まれてしまったのか――。






 時間は遡ること15分ほど前、プレアデス・スターズのアステローペ・コントロールルーム。第1ラウンド終了で10分間のインターバルが挟まれる。この間に最低限の機体の調整と作戦会議が行われる。

 ソラが痺れを切らすようにハル姉に問い掛ける。

 

「ハル姉、シグマリオンの弱点って一体何?」


「そうね……。順を追って説明するわ。まず、シグマリオンが5機の機動ポッドで攻撃してきた時の事を思い出してみて。あの時、シグマリオンは私達から遠い位置にいて全く動かなかった。何でかしら?」


「それは、本体は安全な位置にいて機動ポッドに攻撃させる為じゃないの?」


 ソラがそう答えるとツッキーも「うんうん」と頷く。


「それなら、ソラが機動ポッドを2機確保した時の事を思い出してみて。ソラが機動ポッドを確保した瞬間にこちらは2ポイントのダメージポイントを与えているの。気が付かなかった? つまり、機動ポッド自体もこちらの攻撃対象になっているのよ。この模擬戦は相手にいち早く10ポイントのダメージを与えることが目的だから、この状況では本体も機動ポッドも関係無いでしょ。それでもシグマリオ本体は一向に動かず、積極的に模擬戦に参加しなかった。これはどういう事かしら?」


「え……と」


 考え倦ねているソラにナナが助け舟を出す様に答える。


「つまり、シグマリオンは『動か』なかったのではなく、『動け』なかったという事ね」


「そう、ご明察! 流石ナナ、冴えてるわぁ」


 ハル姉はそう言うと指をパチンと鳴らす。ナナの答えにソラが疑問をぶつける。


「シグマリオンが動けない? どういう事? シグマリオンは最新鋭の極限環境作業ロボットドールだよ。そんな事考えられないよ」


 ナナは自分の考えを説明する。


「これはあくまで私の推論だけど……。ツッキー、シグマリオンから機動ポッド制御の為に出ている制御用通信の通信量は判る?」


 ツッキーは自分にいきなり自分に話が振られ、慌ててコンソールを叩きながら答える。


「えっと、記録してます。機動ポッド1機当たり、毎秒1テラビットの通信をしています 。すごい……、こんな膨大な量の情報をやり取りしていたんだ……」


 アステローペが珍しく自慢する様に会話に割言ってきた。


〈こちらアステローペです。この量の情報量となると民生品レベルの人工知能AIではかなりの処理リソースを取られてしまいますね。私には大した量ではありませんが〉


「そう。これだけの量の情報をやり取りすると人工知能AIの処理リソースを取られてしまい、本体の複雑な制御が出来なかったのよ。ゆくゆくはダミー極限環境作業ロボットドールを機動ポッドの代わりに動かす予定みたいだけど、まだ、開発中の試作機なんでしょうね」


「ふうん。成程」


 ナナの説明にソラが一応の納得していると、ハル姉が間髪入れずに次の質問をする。


「もう一つ、シグマリオンの弱点があります。普段のソラなら気がついた筈だけど何でしょうか?」


「え、まだあるの? 何だろ……」


「ヒントその1。シグマリオンが動けなかった二番目の理由になります」


「うーん……。まさかとは思うけど……」


「ヒントその2。多分、ソラならシグマリオンのカタログデータも頭に入っていると思うから、それをよく思い出してみて」


「ひょっとして……、シグマリオン本体の機動用スラスターを5機の機動ポッドに依存していて、すべてを切り離すと移動能力が極端に落ちるって事?」


「ピンポーン! 正解。よく出来ました。シグマリオンは、あの厳つい外見に惑わされるけど、元々設計段階から純粋な産業用として建造されているの。だから、突発的な機動や複雑な制御は当初は必要とされなかったんじゃないかしら? だから、実の所、模擬戦なんかの戦闘には向いていないのよ」


 ハル姉の話を聞いてソラは十分に納得した様だ。


「そういう事か。確かに、普段のボクならシグマリオンの機動スラスターの弱点はよく考えれば気がつくべき所だったね。ゴメンね」


「ソラは十分ガンバっている。ソラは悪くない」


 ソラの謝罪にツッキーが全力でフォローする。それに応じる様にナナも静かに頷いた。皆が落ち着いた所でハル姉がソラに話す。


「そうよ。ソラは良くやってるいるわ。そんな事は気にしなくていいの。それより、こうして相手の弱点が見えてきた所で第2ラウンドの戦術が見えてきたわね」


「うん。つまり、相手機動ポッドを兎に角沢山捕まえて、シグマリオン本体の動きを制限した所にダメージポイントを与えればいいんだね」


「その通り。相手はまだ、こちらが弱点に気がついた事を把握していないから、それを悟られない様に機動ポッドをより多く確保していく事がポイントね」


 第2ラウンドの作戦が決まった所でソラは力瘤を作る様なポーズを取り、自らを鼓舞する。


「よぉし。やるぞぉ! アステローペが優秀な機体であることをレイカさんに証明してやるんだ」


〈こちらアステローペです。ソラさん、私も改めてサポートしますよ。ツッキーさんを泣かせる様な事は絶対にしません〉


 アステローペの励ましにツッキーはもじもじしながら、ある提案をする。


「アステローペ……。ありがとう。で、あの……私も考えたんですけど。今までの収集データを元にアステローペのECMシステムを使えば、機動ポッドをジャミング出来るのではないかと思うんです」


「流石、ツッキー。電子戦はお手の物ね。でも、今回は無しよ」


 ハル姉はツッキーを褒めつつ、その申し出は断った。


「でも……」


 まだ、納得がいかない様子のツッキーにハル姉はこう諭す。


「私達は戦争をしている訳じゃないからね。あくまで模擬戦よ。取り決めの無い攻撃は止めましょう。正々堂々と相手に勝ってアステローペの優秀さを見せつけてあげましょう」


「そうですね。確かにその通りです。ハル姉、ありがとう」


 正々堂々と勝ってアステローペの優秀さを証明する。ツッキーはハル姉の話に納得した。


「いーのよ。気にしなくて。でも、ツッキーのそういう用心深い所は好きよ。だから、今回は使わなくても万が一の時の為に準備だけはしておいて頂戴。きっと後々私達の為になるから」


 ソラもツッキーに感謝しつつ答える。


「ツッキー。ありがとう。ボクもアステローペの為にも正々堂々とシグマリオンに勝ってみせるよ」


「分かった。ソラ、ガンバって。そして、アステローペのスゴい所を証明して」

「うん! 今度こそ、カシオペア・シスターズにボクのロボ魂を見せてやるんだ!」




 ――こうして、第2ラウンドは開始された。ハル姉の読み通り、機動ポッドを切り離した後のシグマリオンは身動きせず、威圧するかの様に腕組みをして、こちらを睨みつけているだけだった。襲いかかる機動ポッドを3ポイントのダメージと引き換えにソラは見事に4機を確保して見せた。これで同時に相手に4ポイントのダメージポイントを与えることになる。

 後はソラとアステローペの独壇場である。機動ポッド1機だけではアステローペに太刀打ちできず、身動きの出来ないシグマリオンに瞬く間に3ポイントのダメージポイントを与えたのだ。


「プレアデス・スターズの連中はきっとシグマリオンの弱点に気がついたに違いないわ。たった一戦だけでこちらの弱点に気がつくとは相手を見くびりすぎていたわ」


 レイカはコックピットのレバーを握り締め、きゅっと唇を噛んだ。


 機動ポッドの大半を失ったシグマリオンはその機動力の殆どを失ったと言っても過言ではない。シグマリオン本体に装備されているのは姿勢制御用のスラスターのみで、機動用には適していない。機動ポッドを背部に装着し、移動は機動ポッドのメインスラスターで行い、安全な場所で機動ポッドを切り離した後はその場でシグマリオン本体は機動ポッドの司令塔となる。これが本来のシグマリオンの運用方法であった。また、、後継機開発の為のデータ収集も兼ねている為、機動ポッドの制御には膨大な通信量と作業リソースを取ってしまい、シグマリオン本体人工知能AIに大きな負担をかけていた。

 確かに通常の宇宙作業ならこれで問題はない。しかし、模擬戦などの対極限環境作業ロボットドール同士の戦いとなると状況が一変する。最新鋭の技術装備の代償は大きかった。


 「レイカ! こうなったら、残りの機動ポッドを戻して近接戦に持ち込むしか無い! 最後の機動ポッドまで抑えられたら本当に手詰まりになってしまう。急ぐんだ!」


 アキラがレイカにそう促す。確かに最後の機動ポッドまで抑えられたら、シグマリオンは実質、空間移動の術を失ってしまう。


「分かった。悔しいけど、アキラ先輩の言う通りにするわ」


「それと、確保されている4機の機動ポッドのスラスターをめいっぱい上げて相手の動きを出来るだけ封じるんだ」


「もう既にやってるわ。でも、アステローペの強力なスラスターで相殺される上に捕獲されたポッドの向きを微調整して自分の機動に上乗せしているのよ。制御人工知能AIが優秀なのか、それともオペレーターが有能なのか……。シグマリオンはこんな所で終わる機体ではないわ!!」


 残った1機の機動ポッドを呼び戻すとシグマリオンの背部に装備する。機動力は5分の1だが、無いよりはまだマシだ。機動力をなんとか確保した状態でアステローペに近接戦に持っていく、筈だった……。


「レイカ! 前方! アステローペ来るよ!」


「え……!?」


 アキラの注意も虚しく、シグマリオンの前方から猛烈なスピードでアステローペが迫ってきたかと思うと、瞬く間に第1腕の右手で軽く三連打でタッチされてしまった。つまり、シグマリオンは、あっという間に3ポイントのダメージを受けてしまったのである。

 これは、捕獲した機動ポッドが撹乱のために噴射したスラスターを上手く、アステローペ自身の機動に乗せた事が大きかった。レイカの見込み通り、相手オペレーターのソラと人工知能AIアステローペの技量が卓越したからこそ成せる技であった。


 これで、カシオペア・シスターズは10ポイントのダメージを受けた事となり、2連勝を逃す結果となってしまった。


 甲乙つけ難い大接戦に盛り上がる歓声の中、模擬戦は最終ラウンドへと移っていく。

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