プレアデスとカシオペア その3 『ソラの焦りとハル姉の策』

プレアデスとカシオペア その3 『ソラの焦りとハル姉の策』


「は、早い!」


 ソラは思わず声に出す。


 第1ラウンドの開始から僅か1分間でアステローペは既にダメージポイントを6ポイントも取られていた。あと4ポイント取られると第1ラウンドは終了となる。

 一体、ソラ達に何が起こったのか。




 シグマリオンの機動ポッドには、それぞれ作業用のマニピュレーターが装備されている。当然、戦闘用では無いが、高速で移動しつつ、マニピュレーターを使ってアステローペに触れるという芸当は造作も無く出来る。

 最初の30秒で5機の機動ポッドが一気にアステローペに襲いかかり、4ポイントのダメージを受け、その対策の暇を与えず、残り30秒で2ポイントのダメージを受けてしまっや。シグマリオンは戦闘エリアギリギリの遠方で相変わらず、腕組みをして仁王立ちの状態でこちらを威圧している。機動ポッドの1機や2機なら対処の方法はあるが、5機一斉となると、全て躱すのも難しい。況してや、シグマリオンに近づくのは不可能に思えた。


 未だアステローペはシグマリオンにダメージポイントを与えられていない。




〈自慢のアステローペの力とはそんなものかしら? 期待外れで残念だわ!〉


 レイカが高笑いの混じった通信を割り込んでくる。ソラにはその通信を返す余裕すらなかった。


「と、兎に角あの機動ポッドをなんとかしなくちゃ!」


 ソラはコックピット両脇の二本の操縦桿を強く握り締め、ペダルを強く踏み込む。VRゴーグルの周りには汗が溜まっているが気にも留めていない。相手の機動ポッドを躱すので精一杯だった。

(ボクが頑張らなくちゃ……。チームの為にも、学園の為にも……。そしてアステローペの実力を示すんだ)

 いつもの宇宙作業とは違う、初めての模擬戦に珍しくソラは困惑していた。


 普通と違うソラの様子に気がついたのかツッキーが悲鳴にも似た声を上げる。


「ソラ! 焦っちゃ駄目! 落ち着いて!」


 緊張と焦りも相まってソラはツッキーの声も耳に入っていない様だった。


 ソラの装着しているVRゴーグルには極限環境作業ロボットドール操縦に必要な膨大な情報がリアルタイムで送られてくる。普段のソラなら難なくそれらの情報を読み取り、取捨選択し、アステローペを操っている。しかし、決められた事をこなす通常の作業と違って、刻々と移り変わる状況の変化に戸惑っていた。模擬戦とはいえ、これが戦い、極限環境作業ロボットドール同士の戦いなのだとソラは痛感した。


〈こちらアステローペです。ソラさん! バイタルデーターが緊張状態を示しています。この状態では私の性能が十二分に発揮できません。平常を保ってください〉


 ソラの着用しているモニタリング・スーツの情報と、いつもと違う操作挙動から、ソラの異常に気がついたのか、アステローペもソラに警告メッセージと共に注意を促す。しかし、ソラにはそのどれもが届いていない。一種のパニック状態に近かった。


 ハル姉は尋常でないソラの様子に気が付き、自分の席を離れソラの座っているコックピットにつかつかと歩いてゆく。そして、ソラの後ろからギュッと抱き締めるように両手で覆いかぶさると、ソラの耳元で優しく話しかける。


「ソラ、落ち着いて聞いて頂戴。まず、一旦機動ポッドとの間合いを取りましょう。無闇な突撃は駄目。そして相手の間合いを十分に取ったら、私の指示を待って相手の機動ポッドを2機だけ確実に確保するの。残り3機は無視していいから。どう? 出来る?」


「え、あ……。う、うん。わかったよ。2機だけならなんとかなるよ」


 ハル姉にいきなり後ろから抱きつかれた上に耳元で囁かれ、ソラはハッと我に返った。いつもと違うハル姉の態度に驚いたのか緊張感も吹っ飛んでしまった。

「じゃあ、お願いね」


 ハル姉はソラが元の調子に戻ったのを確認すると自分の席へと戻った。ナナがハル姉にそっと囁く。


「ハル。模擬戦とはいえ、戦闘中にずいぶん大胆な事するわね」


「ソラはいつもと違う状況に戸惑って、自分の力が十分出し切れていないだけよ。ビンタでも食らわせて気合を入れようかとも思ったけど、こっちの方が効果あったみたいね」


 ハル姉はパンパンと手を叩きながら皆に改めて指示を出し直す。


「さあさあ、仕切り直しよ。まず、ソラは相手との間合いを十分に取ってね。余計な事は考えちゃ駄目よ。ツッキーとアステローペは相手機動ポッドの予想進路情報を解析後ソラに送ってあげて。ナナはシグマリオンの動向を探って頂戴」


「了解」


 ハル姉とナナのやり取りを後ろから黙って聞いていたやよい先生は(この子達ったら……)と半ば呆れながらも状況打破の見事さに感心していた。


 アステローペは相手シグマリオンとの距離をエリアギリギリの端まで移動して間合いを広げた。それに合わせて相手も警戒したのか、5機の機動ポッドを一旦シグマリオンの周囲へ戻し始めた。


「ハル姉、相手との間合いを十分に取ったよ」


「分かったわ。ツッキーとアステローペ、相手ポッドの予想軌道は算出出来そう?」


「大概の算出は完了しました。5機同時攻撃なので、うっかり惑わされていましたが、個々の機動は至って単純です。目標物を捉えた後、目標物に向かって直線的に向かってくるという物です。元々、戦闘目的じゃないから、機動ポッド自体は複雑な機動は出来ないみたいです」


〈こちらアステローペです。ツッキーさんのお話の様に相手ポッドの個々の機動は極めて単純です。しかも、一定のタイミング毎で進路補正と思われる通信が入るので、ほんの僅かの間、動きに隙ができます。そこを起点に進路予想が可能です。リアルタイムで算出した進路予想データをソラさんのVRゴーグルへ転送します〉


「分かったわ。二人共お願いね。ナナ、シグマリオンの動きはどう?」


「相変わらす動く気配が全く無いわ。余程自信があるのか、それとも……」


「それとも……何よ?」


「いえ、まだ仮説の段階で安易な判断は出来ないわ。兎に角、この第一戦でデータを集めてから判断するわ」


「ふうん……。まあ、いいわ。分かったわ。ナナ」


 ハル姉はそう言うと皆に向かって話し出す。


「直に再び相手の攻撃が始まるわ。ソラ、さっきも言った様に2機でいいから相手機動ポッドをマニピュレーターで捕まえて頂戴。その結果、残りの3機にダメージポイントを受けてもいいから。ます、この第1ラウンドは相手のデータ取得が目的だと思って。ツッキーとアステローペはソラのサポートお願いね」


 ハル姉がそう言い終わる間もなく、相手機動ポッドが再び動き始めた。ツッキーが状況を報告する。


「相手機動ポッド動き始めました。本体シグマリオンは依然として動きありません」


「分かったわ。ソラ、後は言った様にお願いね」


「了解。ハル姉。アステローペ、第2腕、第3腕ロック解除、展開急いで」


〈こちらアステローペ。第2腕、第3腕ロック解除、及び緊急展開します〉


 アステローペの背部のツインテール状の4本の作業アームを展開した姿は宛ら宇宙を羽ばたく妖精か天使の様に見えた。

 アステローペめがけて5機の機動ポッドが襲いかかって来る。


「2機だけ確保。2機だけ確保……っと♪」


 ソラは呪文の様にブツブツとハル姉に言われた事を繰り返す。さっきまでの緊張はもう無い。既にVRゴーグルにはツッキーとアステローぺのサポートにより、機動ポッドの予測進路データとその他の膨大な情報が送られていた。その間にも5機の機動ポッドがアステローペを肉薄する。


「よし! コレとコレに決めた!」


 ソラはそう言うなり、アステローペに迫った身近な2機の機動ポッドに目標を定め、レバーと握り締め、ペダルを軽く踏み込む。アスレローペはそれに呼応するかの如く軽く体を捻ったかと思うと忽ち2機のポッドを左右第2腕で捉えてみせた。その間残り3機の機動ポッドに2ポイントのダメージを受けてしまったが、ソラは見事にハル姉の指示通り2機の作業ポッドを確保してみせた。観衆から歓声が沸き上がる。

 ハル姉はすかさず、ソラに指示を出す。


「ソラ。2機の機動ポッド確保したままで、あと1機だけ確保できないかしら?」


「うん。コツは掴んだし、あと2機はイケると思うよ」


「いえ。1機でお願い。今は相手のデータを取得するのが目的よ」


「了解!」


 残り3機の作業ポッドが再びアステローペに向かって来る。ソラは先程と同じ様に今度はアステローペの第3腕を使って1機だけ、機動ポッドを捉えてみせた。しかし、残り2機の機動ポッドによって更に2ポイントを取られてしまう結果となった。

 プレアデス・スターズ、カシオペアシスターズが其々相手に与えたダメージポイントはこれで3ー10となった。



 観衆の生徒から溜息が漏れる中、ここで第1ラウンドは終了となり、相手カシオペア・シスターズに勝ちを先取される事となった。ラウンド終了と同時にカシオペア・シスターズのレイカから通信が入る。


〈第1ラウンドは私達の圧勝ね。歴戦の勇士が聞いて呆れるわ。少々物足りないけど、次のラウンドでお終いね。これで強さの順列も決まりって所かしら。せいぜい次のラウンドで派手に負けて、私達の花道に花を添えて頂戴ね〉


「……」


 レイカはそう言うと一方的に通信を切った。ソラはレイカに何も言い返せなかった事が悔しかった。何よりアステローペをしっかりと使う事が出来ない事が残念でならなかった。ツッキーもアステローペをレイカに馬鹿にされた事で目を真っ赤にして今にも泣き出そそうな顔をしている。

 そんな二人とは対象的にハル姉はニヤニヤと不思議な笑みを浮かべていた。こういう時のハル姉は何か良からぬ策を巡らせている時だ。


「ソラ、良くやったわ。十分よ」


「でも、でも……。負けちゃったよ。ゴメンね。みんな……」


「いいえ、コレで良かったのよ。お陰で相手の弱点と攻略法が見えてきたわ」


「弱点!?」


 あまりに唐突なハル姉の言葉にソラとツッキーは思わず声を揃えて聞き返す。


「そう、弱点。ナナはもう気付いたみたいだけど、普段のソラなら私より早く、見抜いているハズよ」


「それって一体……」


「それはね……」


 ハル姉は皆に自分の考えを説明し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る