プレアデスとカシオペア その2 『対決! シグマリオン』

プレアデスとカシオペア その2 『対決! シグマリオン』


「今回のミッションは『カシオペア・シスターズ』との合同ミッションになります」


 放課後のすばる海宙みそら学園のアステローペ・コントロールルーム。やよい先生が今回のミッションの説明を始める。前回の衛星放出ミッションから既に一週間経っており、今回で通算5回目のミッションになる。


 やよい先生の説明を待たずにソラが大声を上げる。


「えっ! 『カシオペア・シスターズ』と合同ミッション? 合同ミッションなんて緊張するなあ。一体どんな内容?」


 やよい先生に代わってハル姉がぼやく様に話す。


「模擬戦よ。模・擬・戦。アステローペとカシオペア・シスターズのシグマリオンとの模擬戦。ザン会長とカシオペアグループの金剛寺会長がドール振興協会会合の後の飲み会で両機どちらが強いのかって話題で盛り上がっちゃった訳。そこで模擬戦で白黒つけようと言う話になって、模擬戦の依頼を宇宙産業庁経由でねじ込んで来たのよ。全く、あのじーさん達は何を考えているのかしら」


「シグマリオンとの模擬戦か。くぅ~。コレ、コレ。コレこそロボット魂を熱くさせるイベントだよね」


「ソラ。ガンバレ」


 ツッキーが両手の拳を握りしめ、小声でソラを応援する。ハル姉もソラに檄を飛ばす。


「おっ。ソラ、乗ってきたね、シグマリオンなんかに負けちゃ駄目よ」


「うん。でも、模擬戦ってどんな内容? 壊し合いとかはやだなあ」


〈こちらアステローペです。戦闘ですか……。あの、私……戦闘はちょっと……〉


 極限環境作業ロボットドール同士の破壊を恐れ、拒否反応を示すソラやアステローペにやよい先生が説明を加える。


「大丈夫よ夏乃さん、それにアステローペ。今回の模擬戦は各々の機体に装備されたマニピュレーターを使って相手機体に触れるだけよ。縦、横、高さ1キロメートルの指定された宇宙空間内で、相手機体を触る訳。一回相手機体に触れる毎に1ポイントのダメージを与え、10ポイント溜まった時点で行動不能の大破とみなされ、ゲームセット。当然、指定空間外へ出てしまうとリングアウトで負けとなるわ。これを10分間3本勝負で行う訳。どう? 分かった?」


〈こちらアステローペです。つまり、戦闘というより私達極限環境作業ロボットドールを使ったスポーツという訳ですね。理解しました〉


「成程、早い話、宇宙空間で両方オニの鬼ごっこをする様なものと思えば良いのかな。やよいちゃん。禁止事項とかは?」


「航宙法に違反しない事。あと、相手機体を故意に破損させる様な事も駄目ね。……そんな所かしら。実の所、突発的な依頼だから、ルール等については深く練り込まれていないの。判定はお互いのフィードバックされた接触データを元に双方の学園の大型人工知能AIが行うけれど、問題があったらその都度、協議を行う事になるでしょうね。まあ、模擬戦だから、あまり深く考えないで思いっきりやっちゃいなさい」


「うん。分かった」


 そこへ撮影機材を抱えたヒナタが入ってきた。ヒナタは入ってくるなり、こう話す。


「今回の模擬戦は学園対抗という側面もあって、学園全体の注目も高いから頑張ってね。模擬戦の様子は体育館のパブリック・ビューイングで皆観ているから」


 よく見ると、いつの間にかコントロールルームの廊下側の窓には模擬戦の様子を直接見ようとやって来た生徒達がひしめき合っている。ソラはその中にクラスメイトを見つけたのか手を振る。


「あ、マイちゃん、ユッキー、ヤッホー! (何だか、益々緊張してきたなぁ)」


 ハル姉がソラに改めて話す。


「ソラ。アナタはいつもの通りでいいから、気負わず自分のペースでやって頂戴。学校対抗とか、ライバルとか関係ない。全力で行きなさい」


「分かったよ。ハル姉」


 10分ほどの簡単なミーティングを済ませた後、アステローペを軌道エレベーターのすばるドックから20キロメートル程離れた指定宙域へ待機させる。基本的にアステローペの有線ケーブルの全長は10キロメートルなので、今回は中継機を挟んだプラス10キロメートルの延長ケーブルを使用している。

 ここは高度400キロメートルの宇宙との境界線上。アステローペの足元には青く輝く太平洋が広がっている。既にこの宙域には軌道周回船等の宇宙船や航宙機は侵入しない様に関係機関に通達されている。


 アステローペが指定宙域に着いた頃、漆黒の宇宙より、もう一体の極限作業ロボットドールがものすごい勢いで接近してくる。カシオペア・シスターズの極限環境作業ロボットドール『シグマリオン』だ。

 シグマリオンは胸にカシオペア座を意味する赤いWの意匠が施され、白と黒のカラーリングと鋭角的で力強い外観を持つ。それに加え、威圧するように両腕を組み仁王立ちする姿は、昔のアニメのスーパーロボットを連想させた。そして、最大の特徴である5機の無線機動ポッドを背部に装備している。機動ポッドにはそれぞれ、作業用マニュピレーターと大型機動スラスターが装備され、それらのスラスターを巧みに操り、本体の複雑な機動を可能にしていた。


 シグマリオンがアステローペと対峙する様に定位置についた頃、モニターから呼び出し音が鳴る。ナナが大画面モニターに切り替えると、そこには真っ赤な派手目のモニタリング・スーツを身につけた一人の小柄な少女が映し出された。腕組みをし、仁王立ちする姿は正にシグマリオンそのものだ。


〈初めまして。プレアデス・スターズの皆さん。私はカシオペア・シスターズ、ドールオペレータの金剛寺麗華こんごうじ れいか。私達の最新式の極限環境作業ロボットドールシグマリオンは強くってよ。アナタ達の旧型有線式極限環境作業ロボットドールでどこまで太刀打ちできるか、お手並み拝見させて頂くわ〉


 レイカと名乗った少女は開口一番、上から目線のお嬢様言葉で話してきた。しかも、髪型は漫画でしかお目にかかれない金髪縦巻きロールにリボンという念の入れ様だ。背丈はモニターでは解らないが、等身から察するに150センチ前後、ソラと同じ位の背丈だろう。 ソラは心の中で(本物のお嬢様だ)と思い、何だか可笑しくなった。

 カシオペア・シスターズ所属する五曜学園は、すばる研究学園都市島の遥か西の本州、アイチ・エリアに存在する。きっと、彼女らはそこから通信を送っているのだろう。


〈コラ! レイカ。相手の方に失礼じゃないか。きちんと挨拶しな。……あ、ゴメンナサイね。オレ……じゃなくて私は『カシオペア・シスターズ』リーダーの日月明ひつき あきらといいます。レイカが失礼な事言ってスイマセン。何かと比較されがちなウチらですが、今回の模擬戦、お互いベストを尽くして行きましょう〉


 レイカに代わって映像に現れたアキラと名乗った少女はショートカットの髪に言葉遣いも含めてボーイッシュな印象を与えた。レイカと比べると、かなり背が高い。しかも、水泳選手を思わせる筋肉質で締まった体型をしている。口調から快活で社交的な人物を思わせた。レイカとアキラのやり取りにあっけに取られていたが、ハル姉は気を取り直して、アキラの挨拶と謝罪に応える。


「あ、えと……『プレアデス・スターズ』リーダーを務める春日陽音かすが はるねです。『カシオペア・シスターズ』の評判は聞いているわ。同年代のチーム同士、今後共仲良くやっていきましょう。でも、模擬戦をやるからにはこちらも全力で行かせてもらうわ。私達のアステローペは強いわよ~」


 ハル姉は冗談を交えて軽く挨拶をした。アキラの裏表の無い挨拶がハル姉に好意的に写ったのだろう。モニターからアキラに頭を押さえつけられているレイカの声が漏れる。


〈痛いよ。アキラ先輩。だって、相手は『ライバル』のプレアデス・スターズよ。今回の模擬戦できっちりマウント取って、こっちの優位性を見せつけなきゃ駄目なのよ〉


〈バカ。何言っているんだレイカ。オレの辞書ではライバルと書いて『心の友』と読むんだ。せっかく知り合った数少ない同年代の宇宙事業チームなんだ。仲良くやらなきゃ駄目だ〉


 二人の会話を聞いて双方チームから笑い声が漏れた。アキラに怒られるレイカは妙に子供っぽく、先程の高飛車な印象とは全く違って見えた。こちらがレイカの本来の姿なのだろう。アキラは竹を割った様なさっぱりとした性格で、レイカは実はツンデレなのかも知れない。そんな二人にソラも好意的に感じた。カシオペア・シスターズの人達は思ってたより良い人達なのかも知れない。

 レイカが改めてモニターに写り、再び話し出す。


〈アナタがプレアデス・スターズのドールオペレーターのソラさんね。私が操るシグマリオンは強さと美しさを兼ね揃えた一級品よ。アナタに凌げるかしら?〉


「カッコいいよね。シグマリオン。ボクも好きだよ」


〈へっ!? ……そ、そうでしょう。アナタにもこのシグマリオンの良さが分かるとは流石ね〉


 マウントを取りに行ったレイカの言葉にソラが予想外に同意するので、レイカは逆に出鼻をくじかれた格好となった。ソラの天然っぷりが遺憾無く発揮された様だ。ソラは会話を続ける。


「往年のスーパーロボットを意識した力強いフォルムに胸にはカシオペア座を意味するWをあしらった意匠が施されていて、カッコいいよね。そして背部に装着されている5機の無線機動ポッド。それぞれ独自に活動可能で宇宙空間での作業効率もスゴイよね」


〈そうでしょう。そうでしょう。アナタなかなか見所有るわね〉


 レイカは舞い上がって得意気だ。ソラは構わず更に会話を続ける。


「でもね。ボク達のアステローペには敵わないよ」


〈なんですって!?〉


 それまで上機嫌だったレイカの顔が自分の着ているモニタリング・スーツの様にみるみる赤くなっていく。


「アステローペは歴戦の勇士なんだ。それに加え、臨海工業エリアのおっちゃん達が改修と改良を重ねてきた実証済みの機体なんだよ。嘗めてかかると痛い目を見るよ。シグマリオンが一級品ならアステローペは特級品さ」


「よく言った。ソラ」


 観衆の生徒の一人がそう叫ぶと、周りの皆もドッと歓声が湧いた。


〈もぉー。分かったわ。コテンパンに打ち負かせてあげるから今に見ていなさい!〉


「こっちも負けないよ。ボク達のアステローペは強いよ」


 お互いそう言うと、通信は切れた。入れ替わりにアステローペから通信が入る。


〈こちらアステローペです。ソラさん。私を信頼してくれて、とても嬉しいです。今回の模擬戦、なんとしても勝ちましょう〉


「うん。そうだね。でも、勢いで言っちゃたけど、やっぱりシグマリオンは手強いよ。それにレイカさんの技量も未知数だし」


「ソラ。それなら任せて」


 ツッキーが珍しく積極的に会話に割り込んでくる。


「シグマリオンのアクションデータはアステローペを通じでこちらで解析するから。ドールオペレータの癖も解析してみせる。だから、ソラは気にしないで相手をやっつけて。アステローペを馬鹿にする人は私が許さない!」


〈こちらアステローペです。ツッキーさん、ありがとうございます。ソラさん、兎に角、相手とぶつかって行く事が大事です。フォローは私と『プレアデス・スターズ』の皆さんがやりますから〉


「ソラ。面倒な事はこちらに任せて、頑張って」


 ナナがソラを力付ける様に言う。そしてハル姉がソラの心に火をつける。


「そういう事。ソラ、あなたの熱いロボ魂をココで皆に見せつける時よ」


「ロボ魂か。そうだね。よぉーし! やるぞぉ! 皆で円陣組もうよ! 円陣!」


 ソラ、ハル姉、ナナ、ツッキー、それにやよい先生も誘われ円陣を組む。そこで、ナナが尋ねる。


「掛け声はどうする?」


「『アステローペ、ゴー』で行こうよ。アステローペは円陣組めないし」


 ソラの提案にツッキーも「うんうん」と頷く。


「よし、それ決定!」


 ハル姉がパチンと指を鳴らし、即決する。


〈こちらアステローペです。 は、恥ずかしいです……〉


 ハル姉が号令の掛け声を掛ける。


「それじゃあ、行くよ! せーの!」


「アステローペ、ゴー!!」


 チームの掛け声がコントロールルームいっぱいに広がると、観衆の生徒から拍手と歓声が湧き上がった。何はともあれ、アステローペとシグマリオンの模擬戦、開始である。

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