プレアデスとカシオペア その1 『おっさん達の火花』

プレアデスとカシオペア その1 『おっさん達の火花』


 ここは東京の某所。ホテルのパーティー会場の一室に様々な男性たちが集まっていた。総勢50名程はいるだろうか。その中に無敵エンジニアリングのザン会長の姿も見える。いつもと違うのはその出で立ちが作業服でなく、スーツ姿である事だ。


 今日は、日本ドール振興協会の定例会合で、極限環境作業ロボットドール産業関連の企業経営者が一同に集まっているのだ。定例会はいつも通り滞り無く終了し、今は酒や食事を楽しみながらの立食形式の歓談の場となっていた。


「ふむ。昨日は少し飲みすぎたかの……」


 ザン会長は少しふらつきながらポツリと独り言を漏らした。昨日、ハル姉やソラが訪れた事で社員共々舞い上がってしまい、宴会宛らの大盛り上がりとなってしまったのだ。そのまま殆ど徹夜状態で、すばる研究学園都市島から東京までプライベートジェットでこの会合に赴いたのだから無理も無い事かもしれない。


「……しかし、嬢ちゃん達も元気そうだったし、アステローペともゆっくり話せた……。昨日の酒は実に美味かった」


 またザン会長はポツリと独り言を漏らす。我ながら歳のせいか、独り言が多くなったと苦笑しつつ、ワインの注がれたグラスに口をつける。そこへ、ザン会長と同じ年齢と思われる初老の男が声を掛ける。


「無敵さん。お久しぶりです。飲んでますかな?」


「金剛寺さんかい。あぁ。楽しませてもらっているよ」


 金剛寺と呼ばれたその人は、ガッチリとした長身の体格に品の良いスーツに身を包み、白髪に口髭をを蓄えている。その姿は英国紳士を連想させた。彼は国内大手の宇宙開発関連企業の一つであるカシオペア・グループの会長を務める金剛寺創造こんごうじ そうぞうである。紛争時、戦闘用極限環境作業ロボットドールの開発に於いて、技術畑のザン会長と管理畑の金剛寺会長はお互い見知った仲であった。終戦後、無敵会長は技術一本で会社を興し、一方金剛寺会長は経営手腕で会社を拡大し、一大企業グループまで育て上げた。


「ところで、無敵さん所の雷神機が再起動したらしいが本当かい?」


「ああ、本当じゃ。1年近くの大改修を経て、アステローペとして生まれ変わって、現在宇宙そらに上がっとる。金剛寺さんも聞いたことないかい? 女子高生だけの宇宙事業チーム『プレアデス・スターズ』。彼女らが現在のオーナーじゃよ」


「なんと! ニュースではプレアデス・スターズの事は耳にするが、そのチームの使用する極限環境作業ロボットドールがあの雷神機だったとは。殆ど昔の名残がなかったんで気が付かなかったよ。名機だけに詳しくデータ取りしたいものだ。……しかし、名機とは言え、30年前の機体を現役で使用して大丈夫なのかね?」


「だから、言ったじゃろ。1年近く改修に時間を掛けったって。ブラックボックスと基本設計思想はそのままに、必要な所は最新式に換装しているんじゃよ。ブラックボックス内の人工知能AI関係を始めとする制御系、パワーユニットやセンサー系も軍用準拠のものだし、ただ単に宇宙事業を行うには十分オーバースペックな代物じゃよ」


「成程。ところで、ウチの運営する五曜学園にも女子高生中心の宇宙事業チームがあってな……」


 金剛寺会長の目がキラキラと輝き出す。ザン会長は(コレが話の本題か……)と気づきながら答える。


「知っとるよ。『カシオペア・シスターズ』じゃろ。ウチの嬢ちゃん達が名前が紛らわしいと嘆いておったぞ。何とかならんのか?」」


「まぁ、そう言うな。それで、そのカシオペア・シスターズに孫娘のレイカが参加していてね、孫娘にせがまれて、特注の極限環境ロボットドールを制作したんだよ」


「開発発表で派手に宣伝していたな。確か……『カシオペアン』」


「『シグマリオン』だ。無敵さん。わざと間違えただろう」


「いやいや。悪い悪い。悪い酒が入り過ぎた様じゃ。そのシグマリオン、公表されたデータを見る限り、かなり良い機体に仕上がっている様じゃな」


「技術屋の無敵さんにそう言ってもらえるとは嬉しいよ」


 金剛寺会長は更に目を輝かせながら話す。ザン会長は金剛寺会長の話の真意を理解した。(此奴め自分の孫とシグマリオンの自慢をしたいだけじゃな……)

 ザン会長がどう話を持っていこうか考えていると、そこへ30代半ばの一人の男が近づいてきた。男はメガネを掛けた身長160センチほどの小太りで、笑みを絶やさない人当たりの良さそうな印象を与えた。男は来るなり、二人に名刺を差し出して挨拶をする。


「初めまして。私、『フォスター』日本支社の外山とやまと申します。誠に興味深いお話をされていた様なので是非、お話をお聞かせ頂ければと伺いました。今後共お見知りおきを」


 ザン会長、金剛寺会長は渡された名刺に目を落とす。名刺にはフォスター重工日本支社開発企画室長兼渉外担当外山一郎とやま いちろうと記載されている。フォスターと言えば、アジアを拠点に重工業、電子で有名な企業グループだ。企業規模だけではカシオペア・グループと並ぶが、宇宙開発事業で出遅れたせいか、近年業績が伸び悩んでいる。彼はその重工業部門の開発担当の人間なのだろう。

 金剛寺会長が名刺を見ながら改めて聞き直す。


「フォスターの外山さんの興味深いお話とは一体?」


 外山はハンカチで汗を拭きながら答える。笑みを絶やさない物腰の柔らかさは開発畑の人間というよりむしろ、典型的な営業畑の人間に見えた。


「私共フォスターはご存知の通り、宇宙開発で遅れを取っております。その為、宇宙開発用極限環境作業ロボットドールの開発もまだまだこれからといった所です。今回、初めてこの会合に出席させて頂いたのも私共の勉強になるお話を伺えるのでは、と思っていたのですが、なかなか伝が無く困っていた所です。そこへ、極限環境作業ロボットドールの先達企業のカシオペアさんと無敵さんの作られた極限環境作業ロボットドールのお話をされているのを耳にして、後学の為にお話を伺わせて頂きたいと参った次第です」


 外山は更に話を続ける。話に熱が入ってきたのか、その体型の為なのか、ハンカチで拭ったばかりの額には玉の様な汗が滲んでいる。


「先ず、無敵さんのアステローペ。聞くと大戦中の名機中の名機、雷神機をベースに改修されているとか。ブラックボックスを始め未解明な部分も多いと聞きますが、よくあそこまで見事に仕上げたものです。特徴的な4本のフレキシブル・マニュピレータと高機動バーニアスカートのバランスが絶妙です。いや実に見事です」


「むぅ。そうじゃな。よく調べられたの」


 ザン会長は外山をよく口の回る男だと思いつつ、ぷっくりと鼻の穴を広げ、静かに頷く。外山の営業トークと判ってはいるものの、アステローペを褒められて悪い気はしない。


「そしてカシオペアさんのシグマリオン。最新式の機体制御システムと力強いフォルムに加え、特徴的な5機の無線作業ポッドが素晴らしい。それらを自在に操り、作業効率は他の極限環境作業ロボットドールの追随を許さない。更に将来的にはポッドでなく、極限環境作業ロボットドールそのものを分身体として制御させる計画だとか。まったくもって見事なものです」


「キミ。よく調べている上に、分かっているじゃないか」


 金剛寺会長も酒が入っているせいか、かなりの上機嫌だ。外山はザン会長、金剛寺会長の様子を確認しつつ、本題を切り出す」


「しかし……一体、どちらが優秀な機体なのでしょうかね?」


「!?」


 二人の会長はギョッとした顔をして見合わせる。外山は肩をすくめながら話を続ける。


「いえ、単純な疑問ですよ。それぞれの企業の技術の粋を結集した極限環境作業ロボットドール、どちらがより優秀なのかと、ふと思っただけです」


「それは外山くん愚問だよ。ウチの孫娘の操るシグマリオンに決まっとるよ。何しろ、極限環境作業ロボットドールは最新式でドールオペレーターの腕は一流だからな」


 金剛寺会長が酒の勢いも相まってそう答えた。それを聞いたザン会長もカチンと来たのか負けじと反論する。


「いやいやいやいや。金剛寺さん。ウチの嬢ちゃん達の操るアステローペが一番じゃろうが。何しろ、オペレーターは超一流、機体は実戦検証済みの雷神機を改修したものだからな」


「無敵さん。実戦検証済みと言っても30年近く前のものだろ。しかも今となっては時代遅れの有線式じゃないか。それに比べ、ウチのシグマリオンはすべて新設計、新造の最新鋭なんだよ。どちらが優秀かなんて考える迄もないだろ」


「ウチのアステローペが時代遅れじゃと? 金剛寺さん、馬鹿言っちゃいけない。アンタ、管理畑が長かったせいか雷神機の開発コンセプトをすっかり忘れてしまっておる様じゃな。有線式極限環境作業ロボットドールは決して時代遅れじゃない。そしてアステローペはシグマリオンより優秀な機体じゃ」


「無敵さんも相変わらず頑固だな」


「むぅ。金剛寺さんこそ、孫娘が絡むとその目も曇る様じゃな」


 段々とヒートアップする二人の会話に振興会の他のメンバーも何事かと集まりだす。外山はそれを見計らうように大声でこう提案する。


「どうでしょう。お二人共。歓談の場でいがみ合っても仕方ありませんし、いっその事、勝負でカタをつけてみては如何です?」


「勝負!?」


 外山の提案に二人の会長は揃って聞き返す。極限環境作業ロボットドール同士の勝負と聞いて集まってきた振興会のメンバーも歓声を上げる。周りが盛り上がって来た所を確認すると、外山は話を進める。


「そうです。勝負ですよ。例えば模擬戦なんてどうですか? 一定の空間内で機体を壊さない様に取り決めをして闘わせるんですよ。言うなれば極限環境作業ロボットドールを使ったスポーツの様なものです。これで白黒をつけてみたら如何ですか?」


「成程。面白いじゃないか。シグマリオンの良い宣伝になりそうだな」


「何を言っておる。アステローペと嬢ちゃん達の肩慣らしには丁度いいわい!」


「言うじゃないか。無敵さん。では私から宇宙産業庁経由でカシオペア・シスターズとプレアデス・スターズとの合同ミッションという形で模擬戦とその中継放送を依頼しておくから、せいぜい準備を怠わない様にな」


「分かっておるわい! 金剛寺さんも後で整備不良だったと言い訳しないようにきっちり整備しとくんだな」


 ザン会長はそう言うと今度は外山に向かって言う。


「フォスターの外山さん。そうゆう事だから中継を楽しみにしておくんだな。勝負は分かりきっているがな」


「はい。分かりました。楽しみにしていますよ」


 外山はそう答えると、ハンカチで汗を拭きながらメガネを鈍く光らせた。




 翌日、ザン会長も金剛寺会長も酔からすっかり覚め、自分達のしでかした事の重大さに気づいたものの、引っ込みがつかず、ザン会長はやよい先生とハル姉に、金剛寺会長は孫娘に平謝りする事となる。




 意外な形で対戦をする事になったアステローペとシグマリオン。しかし、これは動き始めた大きな陰謀の歯車の一つである事にまだ、殆どの人は気付いていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る