女子高生とオジサン達と その3

女子高生とオジサン達と その3


「『ゴースト』?」


ハル姉は聞き慣れない言葉に聞き返した。すかさずソラが返す


「そう。『ゴースト』。知らない? 単独で作業中の極限環境作業ロボットドールを狙って片っ端から破壊するっていう正体不明の敵性物体だよ。神出鬼没で正体不明だから『ゴースト』って呼ばれているんだって。一説では宇宙からの侵略じゃないかって言われているヤツだよ」


 先程までソラの荒唐無稽な提案に半狂乱だったロボさんが落ち着きを取り戻し、再び話に加わる。


「ああ、それなら俺も聞いた事があるな。宇宙空間で格闘戦を仕掛けてくる化物マシンとか、高機動実験航宙機とか噂が絶えないな。空飛ぶ円盤エイリアンクラフトとは初耳だが。何でも、先日起こったアメリカの極限環境作業ロボットドールロボマックスの破損事故もそれの仕業とか噂されてたな。破損ではなく全壊だったとか」


「えー! あのロボマックス破損事故って『ゴースト』の仕業だったの? 極限環境作業ロボットドールの象徴的存在だったロボマックスがやられちゃうなんて、ボク、ショックだよ。やっぱりアステローペにも武器が必要だよ」


 ソラの驚きと心配そうな声にザン会長が代わって応える。久しぶりのアステローペとの会話に満足したようだ。


「大丈夫じゃよ。ソラちゃん。『ゴースト』が出現するのは地球から離れた静止軌道上、しかも単独で極限環境作業ロボットドールが活動している時のみと言われておるし、宇宙海賊は更に遠く、火星の向こうのアステロイドベルトが奴らのホームグラウンドと言われておる。一方、アステローペは低軌道で、しかも軌道エレベーターから近い場所で活動しているから顔を合わせる事は無いじゃろ」


「あら、宇宙海賊ってそんなに遠い所で活動しているのね。もっと色んな場所で暴れ回っていると思ったわ」


 ハル姉が意外そうに聞き返す。


「紛争中や終戦直後の混乱期ならまだしも、今では地球から火星軌道までのエリアは連合保安局や宇宙軍がおるから滅多に手出しはできんよ。奴らは主にアステロイドベルトで採取される重力素子グラヴィダイト目的にやってくる『クリスタルハンター』相手に海賊行為を行っているのが関の山じゃろうて」


重力素子グラヴィダイト?」


 今度は不思議そうにソラが聞き返す。ハル姉は思い出すようにそれに答える。


「確か火星と木星の間に存在するアステロイドベルトにのみ発見される希少な水晶状の結晶鉱石だったかしら。内部に回路状の不思議な文様が刻まれていて、何でも一定の電気を通すと重力を発生させるとか。それでついた名が重力素子グラヴィダイトだって」


 少々驚いたようにサイキョー社長が話し出す。


「よく知っているなハルネちゃんは。そう、重力素子グラヴィダイトはどういう訳かアステロイドベルトでしか採取されない。内部に回路状の文様があり、それに従って電気を通すと一定方向に重力を発生させる。また、逆に重力の変化に作用して電力を発生させる『重電効果』という特性を持っている。更に条件によって、その文様が変化するという特殊な特性もあるらしい。加えて不可解なのはこれが人工物か天然物が未だに不明な所なんだ」


「へー。そうなんだ」


 少々話が複雑になってきたのか、ソラはいまいち理解しづらい様だ。それを察したのかサイキョー社長はこう言い方を変えた。


「つまり、重力素子グラヴィダイトを使うと反重力システムが出来る訳だよ。ロボットアニメでもよくあるだろう? あれだよ。しかも、その鉱石をアステローペにも使っているらしいんだ」


「すごい! サイキョーおじさん! すごいよ。じゃあ重力素子グラヴィダイトを使っているアステローペも反重力飛行やトラクタービームが出せるんじゃない? もうロボさんも人が悪いなあ。武器は装備できないなんて。もう!」


 目をキラキラさせながら話すソラにそれまで黙って聞いていたアステローペがバツが悪そうにモニター越しに答える


〈こちらアステローペです。ソラさん……あの、私、反重力飛行も出来ませんし、トラクタービームも出せません〉


「え?」


〈……だから、反重力飛行も、トラクタービームも無理です……ゴメンナサイ……〉


 目が点になっているソラに対してアステローペは申し訳無さで、その声は消え入りそうだ。見かねたザン会長が説明をする。


「ツヨシさんよ。お前さんが妙な言い方をするからソラちゃんは勘違いするし、アステローペは困ってしまったではないか。じゃが、ソラちゃん。アステローペに重力素子グラヴィダイトが使用されているのは本当じゃ。但し、ブラックボックス化されているコアユニット内なので一体どういう目的で使用されたか良く解っとらん。そういう事じゃ」


 ようやく総てを理解したソラは、アステローペを傷つけたと思い素直に謝る。

「ゴメンね。アステローペ。変な事言っちゃって」



〈……いえ、良いんです。私もソラさんの期待に応えられるよう頑張ります〉


 話が一段落したのを見届けてロボさんは一人考えていた。(アステローペの自衛手段か……。これはこれで俺なりに考えておくか)


「ところで、ソラちゃんよ。俺に必殺武器の要求はするけど、ちゃんとアステローペを使いこなしているんだろうな。先程送られてきたミッションログをざっと見た所、色々動かしてはいる様だが……。とりあえずアステローペの各腕の機能を答えてみろ」


 突然のロボさんの質問にソラは辿々しく答える。


「うん……と、左右第一腕は人間の両腕に相当する部分で、人工筋肉繊維を使っているから精密作業専門だね。だから、当然殴り合いはNG 。一発で壊れちゃう。そしてツインテールに見える左右第二、第三腕は背中に取り付けられたフレキシブル・マニピュレーターだね。建設機械由来の機械式アームだから精密作業には向いていないけど、パワーと強度はピカイチ。格闘戦ならこれが一番。そして左右第四腕は胴体に収容されている特殊工作腕。通常はレーザートーチが格納されていて解体作業に威力を発揮するんだっけ。今の所、第四腕は殆ど使わないけど」


「……まぁ、及第点って所か。いいかソラちゃん。万が一、その『敵』とやらが来て相対しなければならない状況なったのなら、第二、第三腕をメインに格闘戦で凌ぐんだ。この四本腕は特別頑丈に作っている上にパワーも大型のドールにだって引けを取らない。そして隙を突いて緊急離脱だ。長期戦は避けろよ。あくまでも格闘戦は逃げるための隙作りだと考えるんだ」


 ソラの答えに満足したのか、ロボさんはソラにアドバイスをした。


「うん、分かったよ。アステローペの機能をきちんと理解して、それを十二分に活かしきれって事だね。」


 ロボさんがその返事をする代わりにザン会長が答える。


「ほっほっほっ。そういう事じゃ。ソラちゃん。使える物は足だろうがケーブルだろうが、充分に活用することじゃ。ところでソラちゃん達が気にするべきは『敵』の心配ではなく、『ライバル』ではないかの」


「『ライバル』? あぁ五曜学園の『カシオペア・シスターズ』ね」


 ハル姉は思い出した様に応え、更に話を続ける。


「あそことは私達『プレアデス・スターズ』と『チーム結成時期』とか『女子高生中心のチーム』とか何かと被っている所が多いから、よく比較されて、お互い気苦労が絶えないと思うわ。そもそも、私達『プレアデス・スターズ』は狙って女子ばかり集めた訳じゃないし。人材を探していたら、たまたま女子率が高くなっただけなのよ。でも、『カシオペア・シスターズ』は数少ない同年代の宇宙事業チームですもの。きっといい仲間になれると思うわ」


 ハル姉はしんみりと話す。サイキョー社長が思い出すように五曜学園について話し始める。


「確か、宇宙開発の大企業、カシオペアグループが五曜学園の経営母体だったかな。宇宙開発の良い広告塔になるって資金力にモノを言わせて『プロジェクト』と関係無しに『カシオペア・シスターズ』を作ったんだろうな。あのチームの所有している極限環境作業ロボットドール何だっけ? 変わった特徴を持つドールだったような……」


 サイキョー社長の問にソラはすかさず答える。流石ロボットの事となると詳しい。


「『シグマリオン』だよ。カシオペアグループの宇宙事業開発部1課謹製の最新式ドールで確か5機の無線作業ポッドが特徴なんだよ。形状は往年のスーパーロボットを彷彿とさせて、ボク好みのデザインだけど、アステローペには敵わないね」


「ほう。よう言った。でも何でじゃ」


 ザン会長が喜びと疑問の混じった問いかけをする。


「だってアステローペはあの伝説の名機『雷神機』がベースになっているんだよ。ザンおじさんが作った『雷神機』にロボさんが新たにボディを再設計してサイキョーおじさんを始め、臨海工業エリアの人達が建造に参加して出来上がった皆の想いの結晶だよ。それが、ポッと出の極限環境作業ロボットドールに負けるはずないじゃん」


「……、……。」


 ソラの言葉に三人の男は言葉を失っていた。普通の人ならこんな恥ずかしい事は口に出せないだろうが、平然と口に出せる所がソラの天然さが為せるものなのだろう。ザン会長とサイキョー社長は歳のせいで涙脆くなっているのか目頭を抑えている。


 ハル姉はソラの話に気を取り直したのかソラに言う。


「それなら、ソラは責任持ってアステローペを活かさなきゃね」


〈こちら、アステローペです。ソラさん! 私もソラさんの話に感動しました。私もチームの一員として頑張りますよ~〉


 アステローペも興奮とも感激とも取れる口調で勢いづいている。普段おとなしいアステローペにしてはかなり珍しい事だった。


「どうじゃ。もう今日は遅いし、話はこれまでにして景気付けに寿司でも食いに行かないか。ワシの奢りじゃ」


「親父、俺にも奢ってくれるのか?」


「バカモン。嬢ちゃんだけに決まっているじゃろうが。ハガトは自分で出せぃ」

 親子のやり取りにドッと一同が笑う。そしてハル姉が申し訳なさそうにザン会長に提案する。


「あのー、ザン会長。私もソラも非常に嬉しいお誘いなんですけど、今日はナナもツッキーも居ないのに私達だけご馳走になる訳には行きません。お寿司は今度ということで、替わりと言っては何ですが、社員食堂でご馳走になってもいいでしょうか」


 ナナやツッキーを差し置いて自分達だけ得をしちゃいけないというハル姉なりの心遣いなのであろう。そして、せっかく申し出てくれたザン会長の気を悪くしない様に心配りも忘れない。ソラはそんなハル姉を流石だと感じた。


「そうじゃな。確かにワシの配慮が足りなかった様じゃ。ご馳走は今度皆が揃った時の楽しみに取っておくか。ウチの社員食堂で良ければ好きな物をどんどん頼めばええ」


 ハル姉は思わずガッツポーズをとり小声でポツリと呟く。


「やったー、ここの社員食堂は本島の一流ホテルの元料理長が仕切っているから下手なレストランより美味しいのよね~」


 あれ、ハル姉はただ単にここの社員食堂で食べたかったからなのかな、とソラはハル姉の真意を計りかねた。


「ハガトや。五人分の社員食堂の経費負担は会議費で落とせるかの?」


「親父、会議費は合計五千円までだろ。どうせ、親父と天下さんは酒が入るだろうし、それじゃ足りないぜ。経費計上するなら接待交際費だな。俺から経理と食堂に連絡しておくよ。食堂の接待用ラウンジを開けとくからそこを使うと良い。せっかくだからアステローペとの回線もそちらに回しとくか」


 そう言いながらロボさんは社長室の扉を開けると、5人程の社員が突然なだれ込んで来た。技術者らしく作業着を着ている者から、スーツを着ている事務か営業と思われる者まで様々だ。突然、扉が開けられたので体勢崩したのだろう。


「何だ、お前ら立ち聞きとは失礼だな。常識が無いのか?」


 ロボさんは少々不機嫌そうに叱ると、スーツを着た社員の一人が反論した。


「社長、自分達だけずるいですよ。お嬢ちゃん達が来るなら、僕達にも一声掛けてくださいよ」


「何言っているんだ。今日、嬢ちゃん達が来たのはアステローペの部品発注と改良点の打ち合わせに来ただけだよ」


 ロボさんが呆れたように言うと、作業着を着た小太りの別の社員が伏し目がちに話す。


「でも……、この後皆で食事会するんですよね。僕らも混ぜてくださいよ」


 この言葉に皆が口々に「そうだ、そうだ」と声が漏れ出す。収集がつかないと思ったのかザン会長がロボさん達にに話しかける。


「どうじゃ、ハガトよ。コイツらもアステローペの建造に参加した社員じゃ。食事ぐらい同席させても構わんじゃろ? 騒々しくて申し訳ないが、お嬢ちゃん達も構わないかい?」


 ザン会長の提案にハル姉が返事をする。


「もちろん、喜んで。皆さんあっての『プレアデス・スターズ』ですから。是非、アステローペ建造の苦労話等お聞かせ願いたいわ。ね、ソラ」


 ソラはハル姉の話にこっくりと頷いた。こういう時の処世術はハル姉は流石長けている、と感心した。ロボさんは仕方がないという風に頭を掻きながら社員達に話す。


「しょうがねえな。勝手にしろ。但し、食事代は自腹だからな。くれぐれも嬢ちゃん達に失礼の無いようにな」


 ロボさんの返事を聞くやいなや、社員達に歓声が湧く。


「お、俺残っている皆に声掛けてきます!」


 社員の一人が脱兎の如く社長室を飛び出していく。ロボさんは呆れたようにソラ達に言う。


「嬢ちゃん達、済まねえ。コイツら舞い上がっちまって手がつけられねえ。万が一、失礼があったら言ってくれ。社長命令で懲戒処分にするから」


「ううん。食事は賑やかな方が良いよ。それにボクも極限環境作業ロボットドールについていろんな話を聞きたいし」


 今度はハル姉に代わってソラが答える。実際、ソラにとってドールメーカーの社員から生の話を聞いてみたいのだろう。


「それじゃ皆さん、いつまでもここに居ても仕方が無いし、食堂へ向かうとするかの」


 ザン会長の一声で皆、社員食堂へ向かった。




 その日の晩、無敵エンジニアリングの社員食堂は話を聞いた社員がゾロゾロと集まり、食事会の筈が宴会さながらの大賑わいとなった。

 しかし、この時これが『ライバル』との戦いの前夜祭になろうとは夢にも思わなかった。

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