タンフウは静かに願いを告げる(2)
聖堂での出来事の処理が、ひとまず一段落した後。タンフウとサンは直々に国王に呼び立てられ、密かに別室に通された。
部屋に入るや否や。二人は正面から、ユーシュに抱きつかれた。
くぐもった声で、二人の肩口に顔を埋めたままユーシュは言う。
「……おかえり」
「ただいま」
笑ってタンフウは尋ねる。
「どうしたんだよ、ユーシュ」
「うるさい。察しろ。……肝が冷えた」
はあ、とため息をついて顔を上げると。ユーシュは、どこかふてくされたように口を尖らせている。
「確かに俺はお前に頼んだけどな。こういう無茶をしろとは言っていない」
「だけど、そうしなきゃ時間稼ぎもままならなかったし」
「うるさい。無茶をするのは俺だけでいいんだよ。こういうのは弱いんだよ。もういい、今度から裏も表も全部俺がやるから、お前らは大人しくしててくれよ」
「拗ねるなよ」
「拗ねてない」
しかしやはり不満そうな彼の表情を見て、またタンフウは笑った。
「それでユーシュ。そっちは終わったの?」
「大丈夫だ。殿下の精霊は無事に祓ったよ」
その言葉に、サンが目を見開いて反応する。
「それ。途中までタンフウにも聞いたけれど、どうやってそんなことをしたのよ」
「単純なことだよ。精霊にだって、上下関係はある。ランゼに……皇太子殿下に憑いてたのは精霊珠だ。精霊の方が当然、格が上だ。
ちょっとそいつらを殿下の外へ追い出してから、セイジュとフウカに叩きのめしてもらった。二度と戻ってこないようにね」
ユーシュはいとも簡単そうに言ってのけた。
サンは怪訝に眉を寄せ、首を傾げる。
「……なんとなくは分かったけれど。追い出すって、どうやったのよ」
その問いかけにユーシュは視線を泳がせる。
「企業秘密だ」
「今更、もういいでしょう」
「嫌だね。言いたくない」
ちろりとユーシュは舌を出した。
ようやくユーシュに解放され、辺りを見回す。
来客用ではなく、実用で使われている部屋のようだった。宮殿の中にしては狭く、調度品もテーブルに椅子が数脚、最低限置いてあるのみだ。事情が事情である。彼らが呼ばれたことをあまり表向きにしたくないのだろう。
部屋にはユーシュの他に、セイジュとショウセツが待機していた。セイジュは宮殿にいるとは思えない寛いだ様子で椅子に深く座り、出された紅茶を飲んでいる。一方、落ち着かない様子のショウセツは、椅子に座らず壁際に佇んでいた。
ツヅキはまだ来ていない。リュセイと共に、まだ聖堂の処理にあたっていた。
そして、もう一人。
ショウセツの隣に、サンとよく似た年格好の少女の姿があった。
タンフウは、息をのむ。
三人の様子を遠巻きに見守っていた彼女は、彼の視線に気付き。
おずおずと数歩、タンフウの元へ歩み寄った。
震える声で、タンフウは問いかける。
「……フウカ。フウカなのか」
「兄さん」
その答えを、聞くが早いか。
タンフウはフウカに駆け寄り、強く彼女を抱きしめた。
「ごめん。時間がかかってしまった。もっと早く、迎えに行きたかったのに。
ずっと、ずっと探してた」
「知ってる。全部聞いた。……ありがとう、兄さん。私を見つけてくれて」
タンフウの腕の中で、声を詰まらせながらフウカは答えた。
やがて彼女を解放し、改めてタンフウはフウカを見つめ。
「おかえり、フウカ」
「ただいま、兄さん」
十数年ぶりに再会した兄妹は、互いに顔を見合わせて、久方ぶりに笑いあった。
部屋の隅で佇んでいたショウセツが、二人の姿を見守りながら。少しだけ、不満そうな面持ちで呟く。
「……俺の時と対応が違いすぎないか」
「水を指すなよ爆発案件」
立ち上がり、近寄ってきたセイジュに襟元を掴まれ、更に遠くへ下がらせられる。
されるがままにセイジュに引きずられながら。
「まあ。いいか」
ショウセツもまた、口元へにっと笑みを浮かべた。
******
広間の時よりも近い場所で、タンフウと国王ユウゼバードは向かい合っていた。
周りには、彼の仲間たちもいる。しかし研究所の代表であり、今回の黒幕を捕らえた功労者であるタンフウが、一番前で国王と対峙していた。
全員をゆるりと見回してから、国王は厳かに口を開く。
「父の不名誉を、息子が取り戻した」
彼らに顔を上げるように言いおいて、国王は続ける。
「そなたたちの尽力により、国を揺るがす危機は免れた。
ランゼに薬を盛った内通者も、先ほど無事に捕らえられた。皇太子としての職務を務めることは難しいだろうが、時間をかけて治療をすれば命は助かるようだ。
この国の王として、そして一人の父として、改めて礼を言おう」
「いえ。当然のことをしたまでです」
国王は、タンフウへ温かい眼差しを向ける。
「事が事であったとはいえ。父親の成した悪行により、今は亡きそなたの母にも、そなたたちにも、これまで並々ならぬ苦労があっただろう。
だが子どもたちの働きにより、血の繋がりと、負うべき責任とは別であると証明された。
ついては地に落とされたミカゼ家の名誉を回復し、再び国を支える存在として、臣下として名を連ねてはと思うのだが、どうか」
意外な申し出に、タンフウは伏し目がちだった視線を上げる。
皇太子殿下の暗殺未遂事件以来、タンフウの家は取り潰しになっていた。代々神官を務めていたミカゼ家は、貴族でこそなかったが、それに類する家柄である。
家の名誉が取り戻され、今の彼らに対する扱いから解放されることは、願ってもないことではあった。
しかし、と心の中で苦笑いして、タンフウはその申し出を辞する。
「ご温情痛み入ります。父の咎により被った日々も報われるというものです。
しかし私は既にキュシャとして家を捨てた身。妹も現在はリーリウム家に仕えております。ミカゼの名を継ぐ者はおりません。家の再興自体は難しいでしょう」
話しながら。
不意にタンフウの脳裏に、ちかりと煌めいたものがあった。
差し出がましい望みではあった。受け入れられるかは検討もつかない。
しかし、望みが皆無であるとは言い切れない。言うならば今しかなかった。
深呼吸し、慎重に彼は口を開く。
「……無礼なこととは承知しておりますが。もし、お許しを頂けるのであれば。
陛下に、進言したいことがございます」
「なんだ。望みがあるなら申してみよ」
タンフウは顔を上げ。
しかと、告げる。
「私の、望みは――」
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