タンフウは静かに願いを告げる(1)

 迷路のように通路の入り組む、広い王宮内を走る。仄かな明かりに照らされ荘厳に佇む聖堂を目指し、迷わずタンフウは進んだ。

 その道筋を、彼は知っていた。


 走りながら、タンフウはナギに問う。


「ナギ。さっき霊狐の能力は、契約者が望んだことに引きずられるって言ったな」

『ああ、そうだ』

「じゃあ。お前は、何が出来るんだ」

『そうだな。お前の願いから考えれば、さしずめ、おれは』


 途中まで話しかけ、しかしナギは口を閉ざす。

 足元に倒れ伏した人の姿を見て、タンフウが立ち止まったからだった。それが見間違いでないことを確認し、彼は息を呑む。


 倒れていたのは壮年の男だった。剣は帯びていない。服装を見るに騎士ではなく、神官のようだった。それに気付き、タンフウはどきりとする。

 微かに肩が上下し、呼吸はしていた。死んではいないようだったが、見てすぐそれと分かる重症だ。


「これは」

「お前の親父の仕業だろうな」


 肩から飛び降り、ナギは男の傷をしげしげと観察する。


「厳密に言えば霊狐ランだ。霊狐の爪で切り裂いてある。

 死にゃしないだろうが、すぐには動けないだろうな」


 遅ればせながらタンフウは違和感に気が付いた。

 ここは王宮内だ。いくら新年祭が開かれ人の出入りが激しいとはいえ、広間と別方向に向かっている彼が、呼び止められないはずがない。

 しかし広間を出てから一度も、彼が王宮の者に何事かと尋ねられることはなかった。

 ぐっと彼は拳を握りしめる。


 タンフウを振り返り、ナギは叱咤するように言う。


「行くぞ。後から仲間が来るんだろう。そいつが助けてくれるさ。お前はお前の成すべきことを成せ。

 匂いが濃くなってきやがった。確かにこの先に、あいつらがいる」


 その言葉に、渦巻くやるせない思いを振り払って顔を上げ。

 彼はまた走り出した。




 聖堂の扉を、両手で押し開ける。軋んだ音を立てた重い扉をくぐると、聖堂の中は薄明かりで満ちていた。

 通常室内に使われる、温かみのある橙の灯ではない。かろうじて辺りは見渡せるが、少し先になると途端に視界は覚束ない。まるで星明りにも似た、淡く青い灯だった。

 訝しんで何気なく天井を見上げ。

 タンフウは、言葉を失った。


 聖堂の上空に瞬いていたのは満天の星だった。

 暗い夜空に瞬く星々。通常のそれよりは少しだけ強い光を放つ星影が、聖堂内をぼんやりと照らし出していた。

 天文台で観る星と、ほとんど遜色ない数の星。ありえないその光景が、今の状況に反して彼の心を沸き立たせる。山に囲まれた自然豊かな国とはいっても、王都からでは通常これほどまでに沢山の星を見ることは叶わない。

 吸い込まれるような星空に見とれ、首が痛くなるのも構わずに、彼は口を開けて思わずそれに見入った。


「星の巡りは、美しい」


 重厚な声が響く。

 声の主を辿れば、そこに立っていたのは。


「しかしその星の巡りの元に生きる、我ら人の営みは。実に矮小で醜いものだ」

「……父さん」


 聖堂の最奥。そこへ設置された祭壇の前に、シナドは佇んでいた。

 祭壇の上には、人影があった。豪奢なドレスを身にまとった人物が寝かされている。タンフウのいる場所からは遠すぎて顔まで分からなかったが、それが誰なのかは確認せずとも分かった。

 サンだ。


 慌てる素振りも攻撃する素振りも見せず、シナドは悠然と口を開く。


「よくここが分かったな」

「思い出したんだ」


 タンフウはシナドに向き直る。


「昔。父さんは、僕をここに連れてきてくれたことがあったね」


 一歩、タンフウは前に足を踏み出した。

 話しながら、彼は少しずつシナドとの距離を詰める。


「僕はずっと。以前父さんに、どこか郊外へ星を観に連れて行ってもらったことがあると思い込んでいた。

 けど、よく考えてみればそんなはずないと分かるはずだった。神官だった父さんは、そう王都を離れられない。

 僕が観た星空は。この聖堂の星空だったんだ」


 父親と七歩ほどの距離を置いて立ち止まり、タンフウは彼の背後に広がる星々を見つめた。

 本物の空ではない。よく見れば、それはすぐに分かった。夜空を模して藍色で塗り込められた天井に、星の部分へは淡い光が灯るようになっている。この聖堂で祀られる星女神を讃えて成された装飾だった。

 けれども偽りの星空は、そうと分かっていたとしても、美しく聖堂内で瞬く。


「それでもう少し、思い出したんだ。父さんの仕事のこと。この聖堂のこと。少しだけ聞かせてもらった、星女神のもたらす恵みのこと。

 この聖堂に納められているのは」


 シナドの奥に鎮座しているのは、サンが寝かされている祭壇。

 そして。



だ」



 祭壇よりも高い台座の上に、丁重に祀られた石。

 大人が抱え上げるほどの大きさの、隕石だった。


 微かに、シナドが笑みを湛えた気配がした。


「よく辿り着いたな」

「思い出せなかっただけだ。忘れる、わけがないんだ」


 続きの言葉は、言わない。

 言えば、これから何が起きたとしても。どこかで躊躇してしまう気がした。


「空を翔けた流星の子が、世界と運命とを司る星女神アキュレイシアの与えし恩恵として、地上の我々に精霊の恵みをもたらす。

 皇女は古き御代に約束された力を取り戻すのだ」


 シナドは朗々と告げた。


 隕石は、精霊の出現を誘発する。

 タンフウの仮説は、図らずもかつて父から聞かされた神話と結びついていた。

 あるいは、記憶の奥底で眠っていたその話こそが、彼をその仮説に導いたのかもしれなかった。


「だったらどうしてセイジュを狙った。最初からここに来ればよかっただろう」

「王宮内で騒ぎを起こしてからでは、肝心の祭儀が目立たないだろう。事前に準備しておきたかったのだよ。後の精霊たちとは、事が落ち着いてからここで契約をしていただくつもりだった。

 それに私とて。古巣を荒らすのは忍びないと考えるのだ」


 血を流し倒れた男の姿を思い出して、タンフウは怒りを押し込めるようにまた拳を握った。

 しばらく黙り、心を落ち着かせてから。彼は、静かに父へ訴える。


「父さん。お願いだから、もうやめてくれ。もうすぐ騎士たちが来る。素直に名乗り出て、罪を償ってくれ」

「罪とは? 偽りの王が玉座を汚すことこそが罪ではないのか」

「父さんの信じる過去が真実だとしても。今は陛下が平和に世を治めている。それを無理矢理に廃しても起こるのは争いだけだ。本人の意にすら沿わないのに、サンを玉座に据えるのは間違ってる」

「平和か。影を抱く者が、日陰で暮らすことを強いられる世界がか。果たしてそれは平和なのか。正しい世界といえるのか」

「だからって、上をすげ替えたところで根本的な解決にはならない。いくら精霊に愛された者が玉座についたとして、劇的に世界が変わるものか。夢や魔法みたいなことは起こらないんだ」

「いいや。諸悪の根源は、聖女の系譜が王道を去り、彼女の威光が汚されたことだ。神話を正し、正しい道筋へ導けば、自ずと世界は自浄される」

「父さん!」


 タンフウの悲痛な叫びは、しかしシナドに届かない。

 しばらく、二人の間には沈黙が流れる。偽物の星明りの元で、彼らはじっと互いを睨み合った。

 やがてその沈黙を破ったのは、シナドだった。


「タンフウ。お前は、留まる側なのだな」


 やれやれと首を振り。

 彼はすっと右腕をタンフウの方に差し向けた。霊狐ランが、その先に躍り出る。


「残念だ。実の息子に手を出したくはなかった」

「……今更、それを言うのかよ」


 身構えながら、タンフウはぎりと歯を噛み締めた。


「元から。あんたは、僕のこともフウカのことも、都合のいい道具としか思ってないじゃないか!」


 ナギがランに向け、勢いよく飛び出す。


「天から定められし大義のために、許せよ息子」

「僕たちの平穏な暮らしを邪魔するな、異端者」


 二体の霊狐が、タンフウとシナドとの間でぶつかり合う。

 互いに激しく体当たりを交わした後、しかしランはナギに向かわず。方向を変えて床を蹴り、今度はタンフウに向かって突進する。

 すかさず彼の前にナギが回り込むが、更にそれを避けるランの方が少しだけ早い。

 風のように翔けてきた霊狐ランに、タンフウは横腹を突かれた。入口近くまで吹き飛ばされ、強かに壁へ背をぶつける。

 痛みに呻くと、慌ててナギがタンフウに駆け寄った。


「おい、大丈夫かよ。しっかりしろ。お前がやられたら俺だって力を出せないんだぜ」

「分かってるよ。不意を突かれだけだ。次は、」


 呻きながら顔を上げたところで、言葉を止める。

 彼の視線に気付き、ナギも振り返ると。ぶわりと、ナギの尻尾が膨らんだ。


 彼らの背後に現れたのは、真っ黒な闇。

 先ほどまでは静かに星が瞬くばかりだった聖堂の中に、まるで夜を凝縮したかのような、黒い円形の闇が広がっている。

 空間を切り取るようにぽかりと空いた、深い穴にも似たその闇は、どこかへ通じる入り口のようだった。しかし覗き込めば落ちてしまい、二度とこちらには戻ってこられない。そんな予感のする、不安を煽る闇だ。

 闇はゆっくりと渦を巻き、何かを待っているようだった。


「……あれを構築するために、おれたちを遠ざけたんだ」


 警戒してナギは後ずさる。

 だが背後は壁で逃げ場がないことを悟り、鼻面に皺を寄せた。


「あいつの能力は、空間を操る力だ。多分、あの中に吸い込まれたら」

「事が済むまで少々邪魔だ。遠くへ行っていてもらうぞ。なに、死にはしないだろう」


 ナギの言葉を遮って述べた、シナドの台詞が終わるのを合図に。

 突如として、業風が聖堂内を吹き荒れた。風は闇の中を目掛けて一斉に吹き込み、彼らを引き寄せる。咄嗟に近くにあった椅子を掴むが、それごと彼は宙へ舞った。


 空中に投げ出されたタンフウは、顔をしかめて闇を睨んだ。

 シナドの霊狐ランが持つのは、空間を操る力。

 今のシナドの口ぶりからして、この闇の中に吸い込まれれば、おそらく彼はどことも知れない場所に飛ばされる。少なくともこの近辺ではないだろう。

 ひとたび吸い込まれれば、もう、間に合わない。


 どうにか抗おうと身動ぎするが、空中では方向転換すら思うように出来ない。

 絶望的な思いで、背後で大きく口を広げる闇を見つめ。しかい彼は場違いにも、ブラックホールのようだ、と詮無い感想が脳裏をかすめた。

 その時。



 ――待っていて。私があなたを連れ戻してみせる。




 風の中から、声が聞こえた。

 どこか聞き覚えのあるその言葉に、一瞬、気を取られると。


 闇の中へ一直線に吸い込まれようとしていた彼の軌道が、にわかに逸れた。

 大きく闇を迂回して通り過ぎ、タンフウはその向こうにあった祭壇の上へ着地する。

 何が起きたのか分からず、呆然としながらも顔を上げると。すぐ近くにある、気配に気づいた。

 彼の隣に座っていたのは。


「良かった。なんとかなったね」

「サン」


 タンフウのよく知る笑みが、彼を迎えた。

 金糸雀色の綺羅びやかなドレスに身を包んだサンは、いつの間にか起き上がり、シナドとランとを真っ直ぐに見据えているところだった。


 安堵し、タンフウは息を吐き出したところで。

 ふと気が付いて、ぎょっとした声を上げる。


「サン。まさか、精霊と契約したのか」

「御冗談」


 にこやかに彼女は告げる。


「この聖堂には精霊の力が満ちている。

 自我ある『精霊』だけじゃない。精霊の欠片、精霊になる前段階の『精霊珠』も、そこここに漂ってるの。

 そういった精霊珠は、たとえ契約はしなくても。私がお願いすれば、彼らは少しだけなら力を貸してくれる。

 この前、ギルドの変更届を持ってきてくれた時に、ナギからやり方を聞いたのよ」


 彼女は手の中に小さな旋風を起こしてみせた。


「とりわけ風精シルフに属するものは、どんな場所にもいる身近な存在よ。ここにだって沢山いる。

 だから助けてもらったの。ちょっと力が要ったけどね」


 そう言ってサンもまた、ほっとしたように笑った。

 サンが風精シルフの力を借り、闇に吸い込む力より更に強い風でもって、タンフウたちをこちらに引き寄せたのだ。

 一緒に祭壇の上へ着地したナギを、タンフウは呆れて見つめる。


「お前、いつの間に」

「利用できるものは利用する。そう言ったのはお前らじゃろう」


 すました顔でナギは言った。


 彼らがサンの隣にいるのを見て、ランは不服そうに闇を消した。この位置では、サンまで吸い込んでしまう。

 それを見るや、サンは表情を引き締め。動きにくそうなドレスを纏いながらも、身軽に祭壇の上へ立ち上がる。


「あなたのお父様には悪いけれど。ちょっと精霊たちに、仕置をしてもらうわね」

「気にしないでくれ。思う存分やっていい」


 サンはシナドに向け手を広げる。

 と、彼らとシナドたちとの間に、小さな竜巻が生まれた。

 それは聖堂内にある備品を巻き込みながら、唸りを立ててシナドに迫る。椅子や書籍を舞い上げ、激しさを増しながら、竜巻は身動き一つせずに待ち構えるシナドへ突撃する。


 だが。


 彼に届く直前で、竜巻は急にぴたりと止まった。

 唖然としてサンは目を瞬かせる。再び力を込めるが、しかしその場所から竜巻が動く様子はない。


「うそ。どうして?」

「……やばいな」


 ナギが何かに気付き、舌打ちする。


「嬢ちゃんの精霊は、あくまで一時的に言うことを効いてくれただけだ。契約じゃないから縛られちゃいない。

 けど奴は空間を支配してる。その支配権を行使すれば、精霊すらある程度いうことを効くみてぇだ。まして風精シルフは気まぐれだ。上手いこと丸め込んだんだろう」

「嘘でしょう。基本、精霊は私の味方になってくれるって言ってたじゃない」

「おれだって、あいつがこんな力を使えるなんて知らなかったんだよ」


 サンとナギとが焦って会話するうちに。竜巻が今度は反対に、彼らのいる祭壇に向けて走りだした。それを避け、彼らは左右に散る。

 ナギはタンフウの肩に飛び乗ったが、タンフウとサンとは離れた。


「まずい」


 ナギが言うが早いか。

 再び方向を変えた竜巻が、床に着地したばかりのタンフウに迫る。


 サンが側にいなければ、攻撃を躊躇する理由はない。



「致し方ない。歩みを止め停滞する者は、廃さねばならぬ。望みを見つけられぬ者に、希望は来ない。

 せめて星女神の加護があることを祈ろう」



 激しく吹きしく風の音に混じり、シナドの声が聞こえた。



 ――お前に見つけられるかな。自由を求めた星の軌跡きせきを。



 幼き頃、父から告げられたその言葉が、蘇る。

 しかし、かつて彼にそれを告げた父と、目の前にいる父とは、もう別物だった。


「……あるさ。僕の、望みだって」


 目前に迫った竜巻を見据え。

 タンフウは、ぐっと手に力を込める。








『ようやく決心がついたか』


 森でタンフウを待ち受けていた霊狐は、全てを悟ったようにそう言った。


『けど、いいのか。おれと契約すれば、めでたくあんたは不吉で忌まわしい狐憑きだ。これまでおれのしつこい勧誘をかわし続けてまで避けようとした、あんたの望まない不穏だ。平穏な世界の一線を超えちまうぞ』

『確かにお前を憑けたのが知れれば、僕への風当たりは強くなるだろうな。けど』


 タンフウは、じっと自分の手の平へ。

 先ほど受け取った、サンから贈られた懐中時計に視線を落とした。


『彼女が笑えない世界で、僕が隠れ続けて逃げ生きたとしても。

 それは、本当の平穏じゃない。きっと二度と平穏は訪れない』


 懐中時計を握りしめ、彼は顔を上げる。

 

『僕と契約してくれ、霊狐。

 僕はあんたに、死ぬまで僕の生命いのちの欠片をやろう。

 だから僕に、皆との平穏を守れるだけの力をくれ』


 にやりと笑い、嬉しさを隠しきれない様子で、霊狐はタンフウの肩に飛び乗った。


『なら、まずあんたが先に、おれに一つくれ。

 おれに、名を付けてくれ』

『名前?』

『そう、おれの名前だ。あんたの付けた名前が、おれをあんたの生命いのちに縛る。

 ヒトが霊狐に名前を送り、名付けた霊狐に願いを告げる。それが契約の証だ』


 しばらく考える素振りをしてから。


『ナギ』


 タンフウは、ぽつりとそう言った。


『今からあんたの名前は、『ナギ』だ』


 霊狐は、複雑そうな面持ちで彼を見上げる。


『……随分と嫌味ったらしい名前だな。なんだ、今までの当てつけか?』

『お前の存在が嵐みたいなものなんだ。名前くらいは大人しくしていてくれ』

『ちぇっ。……まぁ、いいさ。これでおれたちは、一心同体だ』


 ナギと名付けられた霊狐は、彼の肩から飛び乗り。

 タンフウの正面に座り、居住まいを正した。


『人の子、タンフウよ。改めて問おう。貴殿は、わらわに何を望む』


 真っ直ぐに、心の中まで見透かされるような霊狐ナギの視線にそう問われ。

 タンフウは、握りしめた懐中時計ごと、胸元に手を当てた。


『僕の、願いは――』








「停滞じゃない。諦めじゃ、ない!」


 両手を広げ、タンフウはそれを竜巻に向ける。

 竜巻を挟んだ向こう。彼の対極に、シナドがいる。



『僕の美点が、このどうしようもないと思っていた性根だと、そう言うのなら。

 それを受け入れてくれた皆のことを、とことん僕も受け入れよう。

 ここにいたいと願う皆のことを。

 このささやかな平穏を守る盾になりたい』



 霊狐ナギと契約した時の言葉が、思い出される。

 荒れ狂う竜巻は、彼に届く直前まで迫る。




『あいつらが否を突きつけた、皆の清も濁も全て飲み込んで受け入れた上で、




 ――霊狐の能力は、契約者が望んだことに引きずられる。




 タンフウと、彼の肩に乗る霊狐ナギの前には、透明な光の壁が現れていた。

 正確には壁ではない。地面から伸びたそれは、半球状のドーム型だ。

 白色に淡く光るその壁は、彼らを守るように包み込んでいる。


 轟音を立てる竜巻は、ひとたびそれに触れると。

 途端、ばちんと大きな音を立て、


反撃技カウンターか。なかなか悪くねぇな。攻撃されるまで何もできねぇってのはおれとしちゃもどかしいが、お前らしいっちゃらしい」

「放っとけ」


 タンフウは苦笑いで答えた。


 ナギの張る壁に弾き飛ばされた竜巻は、反対方向に吹き飛ぶ。

 その先にいるのは、状況が飲み込めずに驚愕した表情を浮かべるシナドだ。

 竜巻単体よりも、勢いのいや増したそれを避けきれず、正面からそれを受けると。

 聖堂の壁を破り、霊狐ランごとシナドを外へ吹き飛ばした。


「……やっぱり。血の繋がりのある、親子だな」


 すっと立ち上がり、タンフウは瓦礫の中に埋もれ、気を失った様子のシナドを見つめ。


「僕の大切な平穏を乱すというなら。

 僕は、父さんのことを容赦しない」


 決意のように、そう告げた。




 聖堂に開けられた穴は、外から人々の喧騒を運んできた。今の轟音で人が集まってきたのかもしれない。

 近付いてくる声の中に、いくつか聞き覚えのある声もあった。ツヅキとリュセイだ。


 タンフウは、腰の抜けた様子で呆然と状況を見守っていたサンを振り返ると。


「……これ。まずいかな?」


 おずおずと、困ったように壊れた聖堂の壁を指さした。

 その、いつもの彼の面差しに、サンは毒気を抜かれ。


「いいじゃない。全部、この人のせいってことで。

 利用できるものは利用するんでしょう」


 サンは、心底楽しそうに声を立てて笑った。

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