ショウセツは信愛し彼を送り出す
広間を出たタンフウは、ショウセツの姿を見つけるなり彼に詰め寄った。
「どうして天文連合にいたはずのサンが攫われるんだよ!」
「俺だって又聞きだ。状況の子細は知らない」
苦々しい面持ちで言って、ショウセツはタンフウに小さな紙切れを渡した。馬車でヴィヴィが受け取った手紙だ。
「油断していた。サンは安全圏に連れて行ったつもりだったが、それが仇になった。
ジジたちと三人でいるところに、急にシナドが姿を現して、サンだけを連れていったらしい。すぐに後を追ったが、一瞬で姿は消え失せていたと。
三人ともまだ天文連合に到着したばかりだったらしい。……読まれていたんだ」
話を聞きながら手紙に目を通すが、確かにそこに書かれていたのは必要最低限のことのみだった。ショウセツが今、説明した以上のことは読み取れない。
タンフウはぐしゃりと手紙を握りしめた。
「嘘だろう。だって、そんな余地はなかった。計画を立てる時も、ランに聞かれないようナギに見張らせてたはずだ」
「だけど現に連れ去られた。今はそこを考えても仕方ない。今、考えるべきは、サンがどこに連れて行かれたかだ」
「……そうだな。
天文台からは国境が近い。まさかサンを連れて国外にでも逃げられたりしたら」
「いや。近くにいる」
また人の形になったナギが、顔をしかめて、すんと鼻を鳴らした。
「あのいけ好かねぇ
あの嬢ちゃんの匂いもする。お前の親父もろとも王宮内にいるぜ」
「どこだ。二人はどこにいる!?」
「駄目だ。あちこちわざと痕跡を残してやがる。すぐに特定は出来ない。
だが近くにいることは確かだぜ」
あちこちに視線を配り、どうにかシナドたちの気配を辿ろうとするが。ランの撹乱に惑わされて上手くいかず、ナギは苛々と首を振った。
ナギの話に、ショウセツは腑に落ちないといったように首を傾げる。
「だが天文台からここに来るまでは二時間、最初からずっと馬車を飛ばしてきても一時間半はかかるぞ。どうやってそんな短時間でここまで」
「霊狐の能力は。契約者が一番最初に霊狐に望んだことに、引きずられる」
ナギは腕組みして、ちらりとタンフウに視線をやった。
「契約を結ぶ前の霊狐にゃ、たいしたことは出来ない。けどひとたび契約を結べば、契約者の望みに即した能力が強く現れる。たとえばタンフウが、あのツヅキとかいう小僧の怪我を治すことを望んでいたなら、おれはとりわけ回復に特化していただろうな。
それが霊狐の個性になるんだ。だから霊狐は力を得るためにも人間と契約を結びたがる。この能力を得ることが一人前の証だからな。
おそらくだけどな。お前の親父はランとかいう霊狐に、時間か空間に関わる願いを望んだんだ。時間の進みの早さを変化させるとか、遠くの場所でも簡単に移動できるとか、そういった類の何かだろ」
「……とんでもなく厄介じゃないか」
ナギの説明に、タンフウは口を引きつらせた。
「つまり父さんは。もし追い詰められたら、それこそ国外にだって簡単に逃げられるってことか」
「そうだろうよ。じゃなきゃ皇太子の暗殺未遂なんてことをしておいて、そうそう逃げきれる訳がねぇからな。
史学会でお前らが話していた時に、タンフウに都合よく接触してきたのも、同じ理屈だろ。ヒトが真冬に長時間、森に潜んでなんかいられるかよ。
今日のこれだって、きっと悟られてたわけじゃない。おれたちの動きを見た上で移動したんだ」
なるほどと納得して頷く一方。しかしタンフウは怪訝な面持ちで考え込み、口元へ手をやる。
「だけど一体、ここで何をしようとしているんだ。皇太子殿下のことはユーシュたちに頼んだ。今、父さんが現れて皇太子殿下を操ったとして、皆が精霊の仕業だと思うだろう。もう父さんの計画は潰えたはずだ」
「……違う、タンフウ」
はっとして、ショウセツはタンフウの袖を掴む。
「目先のことに囚われて、すっかり失念していたが。
シナドの目的は、皇太子殿下の暗殺じゃない。あくまでそれは副次的な産物だ。
奴の目的は、サンを神格化して女王に据えることだ」
彼の言葉に、タンフウも気付いて目を見開いた。
ショウセツは早口で続ける。
「最終的な目標は、アンゼローザの先祖返りであるサンの力を民衆に示し、聖女の名誉を回復して正統な系譜に戻すこと。サンを女王にすることだ。
『狂乱の皇太子を倒す』という筋書きなら分かりやすくそれが示せたが、極論、そのやり方じゃなくてもいい。行き着く先が同じなら、手段はなんでもいいんだよ」
「じゃあ。父さんはまだ諦めずに、今はまるきり別の方法をとるつもりでいる?」
「動きを見る限り、おそらくは。元々の計画を強行するのは難しいし、そもそもサンを連れてくるよりはフウカを取り戻した方がまだ早いだろう。影武者は使わずに、本人に何かをやらせようとしている。
土壇場で俺たちに邪魔されて、破れかぶれになっている可能性も否定はできないが。おそらくは、元の計画と似たような手段で、サンを神格化するための筋書きを辿ろうとしているはずだ。
だが流石に想像がつかない。どこにいるんだ……くそっ」
ショウセツは拳を大理石の壁に打ち付ける。
「こんなことなら、サンをユーシュに同行させればよかった。近くにいてもらった方がまだ目が多かったし。サンとユーシュのことだって、本人がいるならあたかも既成事実みたいに王家へ当て付けられた」
「……既成事実」
妙に引っかかるものがあり、タンフウは無意識の内にそう呟いた。何か失念していることがあるような気がして、彼はこれまでのことを順繰りに思い出していく。
やがて、彼はにわかに思い至って、息を呑んだ。
「父さんが次にやろうとしているのは。
……もしかすると、リーリウム家がやろうとしていたことと同じことなのかもしれない」
「同じこと?」
反芻したショウセツに、タンフウは頷いてみせる。
しばらく思案し、何から話したものかと考え込んでから。彼は、静かに口を開く。
「王宮内にも。おそらく、父さんの内通者がいる」
「どうしてそう言い切れる」
「皇太子殿下は、
思いもよらない発言に、ショウセツは凍りついた。
「阿片、だと?」
「ああ。僕も実際に目の当たりにしたのは初めてだけど。皇太子殿下の症状は、阿片中毒者の症状とひどく似通っている。
やせ細った体格、青白い肌、手足の震え、そして噂の範疇だが言語障害。
精霊憑きの症状は詳しくないが、『悪魔憑き』『狐憑き』とされる症状は、精神錯乱や異常行動。殿下のそれと、より近いのは阿片の方だ。
史学会を襲った強盗は、阿片中毒であるとして処理された。ユーシュが誘導してそういう風に誤魔化したとはいえ、あいつらが阿片を所持していたのは事実だ。偶然とは思えない。
悟られないようにやっているんだろうから、吸入ではなく経口だろう。経口摂取の場合はある程度が腸管吸収されるから、脳中枢系まで届くアルカロイドは少なく、遅効性だ。それでも確実に蝕まれている。
皇太子殿下は、長い期間をかけて阿片漬けにされているんだ。
いずれにせよ皇太子の座を退いてもらうために」
話しながら、タンフウは自分でも考えを整理しているようだった。
まるで独り言のように、彼はぶつぶつと話を続ける。
「皇太子殿下を打ち倒すという筋書きが、一番民衆にも分かりやすくて目を惹く策だった。これなら全てが一度で済む。本命の策だったんだろう。
けれども本命が頓挫した時に備えて、父さんは次点の策も練っていたんだ。
殿下を阿片中毒にして廃人にし、譲位させる。
次に皇太子となるだろう長男皇子となら、サンとの婚姻は釣り合う」
「……そういうことか」
理解して、ショウセツは唸りを上げた。
「ひとまずサンが王家に嫁ぐという既成事実を作ってしまえば、その時点で目的の半分は達成される。子どもが生まれてしまえば、その子はアンゼローザの系譜であることに違いはない。
現王族の排除や聖女の名誉回復がやりたいのなら、後からどうとでもすればいい」
「そういうことだよ。つまり、父さんが今いる場所は」
タンフウは顔を上げ、廊下にはめ込まれた大きな窓を見つめた。
その向こうには三本の尖塔がそそり立つ、白壁の大きな建物が見える。
「聖堂だ」
理由までは告げず、タンフウは踵を返した。
ショウセツが何かを言うより先に、彼は背中越しに告げる。
「セツ。ツヅキがリュセイ殿と一緒にこっちに向かっている。着いたら今の話をして、こっちに来てもらってくれ。
僕は先に行って、父さんを食い止める」
「お前だけで大丈夫か」
「大丈夫だ。すぐにツヅキたちが来てくれるだろう。僕は一人じゃない。それに」
振り返って、彼は笑みを浮かべる。
「僕にはナギが憑いている。
また狐の姿に戻ったナギが、ぴょこりとタンフウの肩に飛び乗った。ふわりと尻尾を煙のようにくゆらせ、ナギは微かに頷く。
それを見て、ショウセツもにっと笑みを口元に浮かべた。
「負けるなよ、親友」
ショウセツは拳で彼の肩を叩いて送り出し。
タンフウは、聖堂へ繋がる通路へ向け駆け出した。
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